03 スタンド使いはタバコの煙を吸うと


私が事情を説明するべきだったのだろう。5部ナレフこと逆行ポルナレフの正体に気づいていたのは私だけだった。
しかし告白すると、私にも状況が呑み込めていなかった。だって、誰が思うだろうか。私が時間あるいは世界を越えてこの3部軸にトリップしてしまったのだから、他の人が同じ境遇に陥ってしまっても不思議はない、なんて。自分だけが特別だと考えていたというよりは、不思議なことは二度は起きない、と高をくくっていたのだろう。言い訳になるけどさ、思わないよ普通……。どんだけよ……。誰かイルーゾォ呼んで。
ポルナレフは自分が精神的に未来から逆行して来たとは語らなかった。代わりに、非常にビビることをのたまった。
「確かに私は先ほどまで、あなたたちを暗殺する為に旅をしていた。このレストランでも、接触を図り、正々堂々勝負を挑もうとした。否定はしないが、今は事情が違うのだ。この……ポルポを見た瞬間、何か心の迷いが晴れたような気がした。肉の芽の呪縛に拘束されていた自分が解放されるような、探していた答えを見つけたような、不思議な気持ちだった」
よくもまあここまでオブラートに包んで言えたものである。要するに、私を見て自分の置かれた現状を理解できたってだけの話なのだが、こう語られるとまるで私がDIOの呪縛から羊たちを解き放つキーマンであるように見えてしまう。私は無実だからそういうアレは困る。
大人物のように評価され、全員の視線が私に集まる。あえて何もツッコミを入れなかったけど、私が超困惑してるのは伝わっているに違いない。ああはい、花京院くんの時には私は出かけていましたからね。真偽不明な不確定要素を追加してしまってすみません。弁解させてもらえるなら、私も自分のそんな能力かっこ笑いかっことじには気づいていなかったし、なんていうか完全に誤解だ。潜在能力があったとしても、そこにスキルポイントは振らない。使い道が限定され過ぎだもん。
「では、お前はもうわたしたちと戦う意思はないということか。冷静に事態を見極め、わたしたちに頭を下げてまで助けを求める理由……あくまでも礼を失せぬやつだが、いったいどんな事情を抱えているのか教えてはくれないか」
アヴドゥルさんは警戒しながらも優しい声を出した。相手の態度に好感を抱いたようだ。アヴドゥルさんは礼儀を重んじる。『ポルナレフ』の高潔な行動は、原作同様彼の心を打ったようだった。
それもそのはずだ。アヴドゥルさんは『モハメド・アヴドゥル』であり、ポルナレフは『ジャン・ピエール・ポルナレフ』だ。彼らの精神に変わりはなく、良好な関係を築く最低限の要素は既にある。
承太郎くんが帽子のつばに手をかけ、やれやれとため息を吐いた。スタープラチナを待機させているのは、ポルナレフが急な動きを見せた時に対応するためだろう。中華料理のメニュー表に目をやる素振りをするが眼差しに油断はない。花京院くんの視線も鋭い。
私もメニュー表をちらりと見た。早くみんなでほのぼのした食卓を囲みたい。カエルとかアヒルとかアサリとかを食べたい。すごくすごくお腹が空いている、とまではいかないけど早く料理を頼みたいし、食べるならやっぱり楽しい方がいい。
自分の旅の目的と経緯を話すのは、DIOの呪縛から解放されてからの方が良い。ポルナレフ氏はそう言って額を差し出した。
「うむ。少々気はひけるが、これも仕方がないじゃろうな。スマンが、君には一瞬気を失ってもらおう」
「もちろんだ。一思いにやってくれ」
ジョースターさんの視線に頷いた承太郎くんが立ち上がった。彼は思いっきり拳を振りかぶり、ハイエロファントが縛り上げて固定したポルナレフのどてっ腹に一発ドガンとぶち込んだ。
ぐったりしたポルナレフは、崩れ落ちたところをアヴドゥルさんに抱きかかえられた。膝をついた大柄な男が、倒れ込むポルナレフを支えて床に横たえる。ガチムチがガチムチを介抱している姿は、こののちのことを考えると涙を誘った。
「これで肉の芽がなくなってニクメない奴になるわけじゃな」
ジョースターさんのダジャレ。そして輝くウルトラドヤ顔。肉の芽にオーバードライブを食らわせ、ポルナレフは名実ともに自分の肉体を取り戻した。
ぴしゃぴしゃと頬を叩かれ意識を取り戻したポルナレフが、自分を覗き込む5人の顔を見る。まだ思考が戻らないのか、少しぼんやりしているようだった。
「ここはジョースターさん、さっきのをもう一発」
「ン?」
「"これで肉の芽がなくなって"」
「……"これで肉の芽がなくなって、ニクメない奴になるわけじゃな"……?」
そうそれ。
「今の、どう思います?」
フランス人は目を瞬かせた。
「トレビアン」
自然とにっこり、いつものように微笑んでいた。

彼を席につかせ円卓を囲み、ポルナレフの殴られた腹にも優しいご飯を注文していく。
ご飯を食べると、人との距離が近づくものだ。6人いれば話も弾むし、シリアスをぶっ飛ばしてくれるジョースターさんや、わざととぼけて話を逸らす私もいるので、話はあちらに行ったりこちらに行ったり忙しない。最終的には承太郎くんの改造学ランがホリィさんのお手製であるという結論に達した。承太郎くんは否定も肯定もしなかった。
ポルナレフも今は落ち着いた様子で店内を眺めている。
独特の唐草模様や複雑に絡み合う直線の飾りが壁を彩っている。懐かしさに目を細め、瞳が愁いを帯びた。誰にも気づかれなかった変化は、顔を前に向けた時にはなくなっていた。
優しい色をした迷路のような飾りを辿ってから、私も目を戻す。酢豚を飛び石にして視線をジャンプ。
「ポルナレフさんは……」
呼びかけると、ポルナレフは首を振った。ポルナレフでいいと言われる。内心では勝手に呼び捨てにしてしまっていたのですごく助かった。うっかりごっちゃになると恥ずかしい。授業中に先生をお母さんと呼んでしまうよりも、『ポルナレフさん!』を『ポルナレフ!』と呼び間違える方が心にキそうだ。想像するだけで地味に照れくさい。
「ポルナレフは妹さんの仇をうったらどうするの?ついてきてくれる……の?」
「もちろんだ」
ポルナレフは力強く言い切る。
すぐに小さく首を振って、自分が勢い込んだことを恥じるように額を押さえた。もうそこに束縛の証はない。
「もちろん、あなたたちが許してくれればの話だが。少し戦闘のカンを取り戻せば、私は力になれると思う。宿でスタンドを具現化し、剣を振るうことを許可してもらえれば、明日の朝までには必ず」
「焦る必要はない。わしらの旅には即戦力が必要じゃが、肉の芽の呪縛の効果はようわからんからな。花京院と相談しながらやってくれ。経験のあるスタンド使いが力になってくれるのなら、それほどありがたいことはない」
ジョースターさんはひょいと宙に箸で丸を描いて、視線を集めてから手を下ろす。
「……君の気持ちも少しはわかるつもりじゃ。これでも歳を重ねているんでのォ。ま、しばらくは船旅になるじゃろうから、ゆっくり訓練をしてくれ」
「お気遣い、痛み入る」
それにしても、とカエル肉を切りながら無駄なことを考える。うんうん、こんなことを思ってしまうと元も子もないし、ポルナレフが3部ナレフから5部ナレフへ成熟していくにつれて必要な変化だったのだとは思うけど。
「(ポルナレフがアヴドゥルさんと似た雰囲気になっているから、場が明るくなるどころかテンションの低い割合が増えてしまったな……)」
私とジョースターさん以外はお喋り的な意味で全滅だ。
想いは同じだったのか、ジョースターさんもぞりぞりと髭をいじりながら呟いた。
「なんだか堅苦しいなァ」
口に出しちゃうところがさすがのジョセフ・ジョースター。そこにシビれる憧れるゥ。
「ポルポもそう思わんか?」
私に振らないで。


旅にトラウマを抱かないか心配になる旅路も2日目だ。船まで嫌いになったらどうしよう。自分のメンタルが激弱ナヨナヨ丸だとはまだ思いたくないけど、この後にチャーター船は爆発四散して海の藻屑となるのだよなあ。激しく乗りたくない。あと船長と目を合わせたくない。
一見にこやかなテニール船長かっこ偽かっことじは、ひとりひとりと丁寧に握手をして旅の成功を祈ってくれた。こいつぁ息を吸うようにでたらめを言いよって。殴れ殴れ負けるな。
ポルナレフは船長を警戒し、船の内装を見てくると言って爆弾の在処を探しに出た。3部原作の流れを知っているとは暴露できないので、私はデッキに置かれた長椅子で渡された日傘を差しながらぐったり。うう、ストレスが溜まる。胃薬をくれ、できれば錠剤で。粉薬は味が悪くていやだ。開けた瞬間にふわっと小さな煙幕のように巻き上がる粉薬の独特な匂いが苦手だ。薬はいやだ。
ん?もしかして私は昔、リゾットたちにこのような痛みを味わわせていたのだろうか。SYACHIKUならぬギャン畜としてこき使っていたおぼえがアリアリアリアリなので目が泳ぐ。薬との友情を結ばせてしまっていたかもしれないと思うと申し訳なくて潰れそうだ。潰れないけど。
気を逸らそうと見上げた空は憎たらしいほど綺麗に海の向こうまで広がっていた。今の私の心は泣いてるのに。ごめんね、ダメな上司で。遠いあのイタリアへ届け。
承太郎くんと花京院くんはそんな私を心配してくれた。
「大丈夫ですか、ポルポさん?疲れたのなら、少し眠ってもいいんですよ。ここは海の上だし、誰も襲ってくる人はいません。空を飛ぶスタンドでもなければ、ですがね」
「そうだねえ。もしこの船にスタンド使いが乗っていなかったら、でもあるねえ」
承太郎くんが、腹の上で手を組んで横になったまま顔も動かさずに言う。珍しいジョークだ。
「乗っているだろうよ、確実にな」
「ああ、そうだね……君たちがスタンド使いだもんね」
私を抜いて確実に5人は乗っている。実際には6人以下略。
「そういえばポルポさんはスタンドを……」
密航少女が見つかったのは、ちょうど花京院くんが話し出した時だった。ポルナレフが気まずそうな顔で階段を上って甲板に戻ってくる。彼の前をゆくのは船員の一人で、その手から逃れようと子供が暴れていた。
私の隣にやって来たポルナレフは、喚く子供を見ながら低く言った。
「私が見つけてしまったんだ……」
いや、良いことだよ。放置しておいたら爆発するし。
当然言えないので、あの子も運が悪かったねと同情を見せる。だんだん隠し事が増えてきて嫌な気分だ。光をかざしてためらいを消したいしできれば私がここから穴を掘って消えたい。
元々、ズルをして生きているようなものなので、あんまり気にしない方がいいのだろう。細かいことを考えるのは自分や周りの生死が懸かった時だけで充分だ。その他は人生楽しくハッピーライフハッピーホーム。ああ、早くハッピーホームに帰ってディ・モールトカワイイ暗殺チームと護衛チームに抱きつき癒しを得たい。ソルベとジェラートのご飯を食べてリゾットの膝枕で眠りたい。
一気にメンタルが削れたので、ポルナレフの腕にデコをくっつけてエネルギーを充填した。
そんなことをしているうちに、承太郎くんが吸い始めた煙草の煙が風に乗ってやってくる。くん、と嗅いで振り返った。どうしよう、私は元々はスタンド使いだったし、そのことはスタクル全員が知っている。ええと、ここは鼻を手で押さえた方がいいのかな。でも今はスタンド使いじゃない私がハッとするのもどうなんだろう。
手を動かしたみんなを見て決めかねていると、ポルナレフが私を小突く。
「やっておいたほうがいい」
「そうかな?」
「君は自分のスタンドに未練がなさすぎだ……」
「ははは」
ごめんね、ブラック・サバス。
船長さえもが鼻に手を当て、スタンド使いがどよめいた。
「ああ嘘だぜ。だが、マヌケは見つかったようだな」
「そ、そこの彼女はどうなんだね!?」
「こいつはスタンド使いだ」
「DIO様はそんなことはひと言も……」
そこの彼女はどうなんだね、と私を指さした時点で彼の負けは確定しているのだけど、往生際悪く言葉を重ねた偽テニール船長は自分の言葉にハッと息を呑んで歯を食いしばり、その隙間からフククククと笑いをもらした。目の焦点が合わなくなってゆく。お前の眼はどういう仕組みになっているんだ。肉の芽を疑うまでもなくクロだと全員が確信できたのはこの奇行のせいもあったと思う。
「あ、えーと、ポルナレフさ、……ポルナレフ!」
「ああ!」
慌てて呼びかけると、返事をしたポルナレフが偽テニール船長の口上の最中に飛び出して家出少女を抱きかかえた。ごろりと身を低くし甲板の上を転がり、目を白黒させている少女を保護する。
すぐ傍にいた人質候補を失った偽テニール船長は、そちらに気を取られた隙に、情け容赦なくスタープラチナの拳でボコボコに殴り倒された。
「うわあ」
結構、ドン引きした声が出た。敵には容赦がない。
偽テニール船長だったものは空の奥に向かって思い切り殴り飛ばされ、綺麗な放物線を描いた。皮肉だな、悪人であればあるほど綺麗に吹き飛んでゆく。脳内で蔵馬先輩が言った。ついでに海に血液の飛沫で華が描かれたが、そちらはあまり美しくはなかった。
死にかけの男がスイッチを押したのか、はたまたタイマーが作動したのか、轟音と揺れが船の内部から弾け、機関部から爆炎が噴き出した。
非戦闘員たる私はポルナレフに守られながら家出少女と手を繋ぎ、優先的に救命ボートに乗せてもらう。この海水に顔を突っ込んで眠れば胃痛が消えるかな、と世を儚んでしまうほど、一瞬で胃痛がひどくなった。憐れっぽくジョースターさんを見つめると、不安がっていると思われたのか、力強く肩を抱かれた。
「大丈夫じゃよ、救難信号は打ってある」
おじいちゃんのたくましさと経験に裏打ちされた頼りがいに触れて胸がキュンとしてしまって、危ない危ない、うっかり惚れるところだった。やけどじゃ済まないわよ。
花京院くんも私を思わしげに見つめ、アヴドゥルさんはしっかりと顎を引いて心配するなと言った。いや、私は不安がっているわけでは。
たまに表情と言動がマッチしていないのか、こうして物凄く気遣ってもらえる時がある。私はただお腹が空いているだけなのに『仕事が大変なのか?』とブチャラティに肩を支えられた思い出が蘇った。大丈夫だよと微笑んで誤魔化したけど、いまだになぜあんな流れになったのか不思議でたまらない。とても心配されて、一日じゅう介護を疑いたくなるレベルで尽くしてもらえた。私はブチャラティに恋するネアポリス女子を日々敵に回している。あとミスタ。地味にモテるあんにゃろう、私が真面目に仕事の振り分けで悩んでいた時に『腹減ってんなら言えばいいのによォ』って言いながらパニーニを押しつけてきたことは忘れないぞ。一年にあるかないかくらいの真剣な場面だったのにぶち壊しだわよ。でもありがとね。
ポルナレフだけは私の真意を汲んでくれた。
「大変な旅だ。胃が痛いが、今は自分にできることをやろう。私で良ければ助けになるから」
「ポルナレフさん……」
「呼び捨てで良いと言っているじゃないか。……ああほら、見てみるといい。あの偽船長は敵だったが、彼の言った通り海は綺麗だ。こうしてみると、潮風も心地いいな」
「そ……そうだよ、よくわかんないけど、あんたたちって強そうだし。大丈夫よ!」
私を慰めてくれるポルナレフと家出少女に最後の一押しをされてSAN値回復ロールに成功した私は、膝に肘をついてゲンドウポーズをとりながら、仕方ないから気持ちを入れ替えてこの時代を楽しむしかねえな、と改めて思ったのだった。マジ帰宅したい2000%だけど、こんな時でも海風のにおいは変わらないんだなあ。
「綺麗だな、ポルポ」
海が。
アヴドゥルさんはボートから転げて海へ落ちてしまうかもしれないから、間違っても"私がですか?"と言ってはいけない。ちょっとピュアすぎる妄想だったかなとも思ったが、実直な波と太陽への褒め言葉をジョセフさんにからかわれてて少し赤面しているところを見ると、あながち間違いではなさそうだ。
救助隊が来るまでの間(間に合わないことは知っているんだけど)私たちはスピードワゴン財団から派遣された船乗りと一緒に、救命ボートの上で波に揺られることになる。家出少女は冷える海風に吹かれて腕をさすった。それから私の鎖骨の辺りにべたりと触り、上のボタン3つを開けたブラウスの奥に指を突っ込んで、あったかい、と呟く。そうでしょうよ、人肌ですからね。柔らかいでしょとおっぱいも示してみる。服のサイズが合わないから早く大きな洋服屋さんに行きたい。逃げる時に焦って息が乱れたせいで、胸元をくつろげる意味でもそのままじゃあきついっつう意味でも下着が見えない範囲で外していたんだけど、アヴドゥルさんが先ほどからこめかみを揉んでいるところを見ると宜しくはないらしい。そりゃあそうだ。私もリゾットがこんな恰好をしていたら……。……いや、してるな。彼はしている。こんなレベルじゃないわ、ごめん。じゃあ誰?ブチャラティ?彼もしてるな。
「もう一個くらいボタンを閉めた方がアヴドゥルに怒られんで済むんじゃあないか?」
「アヴドゥルさんが怒ると怖いですもんね」
「あっ、あたし閉めたい!」
何でだよ。
人のブラウスのボタンを閉めたい症候群を発症した少女は、両手で服の襟を掴んだ。なぜそこなんだ。第一ボタンだけを閉めると余計にアダルト雑誌みたいなことになるし、アヴドゥルさんが叫びながら窓ガラスをぶち割って迷路のようなスークに飛び出してしまう。短く言うと、怒られる。
少女は気にせず、第二ボタンと第三ボタンの開いた部分から再び指を突っ込んで脂肪をぷにぷにとつつきまくった。気に入ったのかな。私はこの子の手が冷えていて、結構心臓に悪いんだけど。
それにしても潮の匂いがすごいねと当たり前の感想を漏らし首をめぐらせると、青少年が一人、素早く私から顔を逸らした。もう一人の高校生は学生帽を顔まで引き下ろして何も見ない構えでいる。
「花京院くんも触る?今ならタダだよ」
「は!?……あ、いや」
ガチめの声で引いた花京院くんは、ボートが揺れるのも構わずお尻を動かして私から距離を取った。
「け、結構です。ポルポさん、そういうことは……その、イタリアの方だと聞いていますし、国柄の違いはあるのかもしれませんが……僕たちには馴染みがなくてですね」
安心して欲しいのだけど、イタリア人は全員が全員こういう性格をしているわけではない。私だって慎み深い女なんですよ、おっぱいにこだわりがないだけでパンツは嫌だし、ブラジャーもそこまで積極的に見せようとは思わないし、パンツは嫌だし。大事なことだ。知らない人におっぱいを揉まれたらそりゃあ驚くが、顔見知りにならまったく気にならない。おっぱい触ると楽しくないか。私は楽しい。自分のおっぱいだけど楽しい。ただしパンツテメーは駄目だ。
「無理やり揉ませたりしないよ」
女の子はとうとう谷間に手を差し入れて来た。余計にきつくなるからやめてくれ。そんなにあたたかいのかな。おっぱい湯たんぽと名付けて新しいネタにしよう。
おっぱい湯たんぽで遊ぶ少女の手をやんわりほどき、ポルナレフが私の第一ボタンを開けてくれた。代わりに第三ボタンを閉める。アヴドゥルさんがあんぐり口を開けたが、彼が何の照れもなくやってのけるのは、見た目の奔放さとは真逆の性質が奥底にあるからだろう。私のことをちょっと面倒くさい年下としか思っていないこの感じ。私たちがショタのズボンのチャックが開いているのを見て、仕方ないなあと閉めてあげる時、そこに邪な想いが発生するだろうか。発生するわごめん。
「ポルポ、すべてのボタンを嵌めると苦しいのはわかる。私も苦しかったからな」
「一応、ワイシャツか何かを身につけたことはあるんだ?」
「いつもこんな恰好をしているわけじゃあないさ」
煽り耐性が高すぎてツッコミ待ちをスルーされたので、私は口をつぐんだ。
「しかしな、あまりこういったことはしてはいけない」
ジェントルな忠告をいただいた。こう言われては、頷くしかない。ユーモアたっぷりで下ネタにも付き合ってくれそうな3部ナレフとは大違いなイメージだけど、スタクル4人にはこの姿が『ポルナレフ』として定着していくのだと思うと、ティースプーン一杯ほどの切ない気持ちが湧き上がる。
ゆらゆら揺れるボートの上、ポルナレフの透き通る瞳に自分の姿が映っていないか目を凝らしていると、彼はその瞳に小さじ三杯程度の茶目っ気を含ませた。
彼は私の耳元でこう囁く。
「こうしてボタンを閉めてくれる男の前だけにした方がいい」
顔を上げたポルナレフはきりりとした横顔に戻っていた。今度はアヴドゥルさんに代わって私が大きく口を開ける番だ。先ほど感じた、ひとりぶんの紅茶をつくるのに精いっぱいの切なさなんて海にとけてしまって、あたたかい何かがこみ上げる。名づけるのならたぶん、喜びだったのだと思う。
アヴドゥルさんとジョースターさんも首を傾げたままポルナレフの紳士さにひたすら感心していた。こっそり、私に恥をかかせない程度に注意を促したと思われているはずだ。
忠告通りもう一つボタンを閉めて見せるとポルナレフは口角を上げて私を褒めた。
一方、女の子はとても残念そうに指を動かしていた。そうそう、おっぱいって癖になるのよ。でも今は、お預けにしよう。