02 旅の始まり


飛行機の旅は好きだけど、緊張感があると、くだらないジョークを飛ばして場を和ませたくなってしまう。シリアス反対。
ここにはコメディ要員ポルナレフがまだいないから余計にそう思う。原作3部ではポルナレフが口を開くとなぜだか場が華やかになって感じられた。シリアスもギャグもイケる万能チャリオッツ使い。老成した雰囲気をまとう5部ナレフさんもすごく好きだけど、若々しく肌がつやつやして全身から溌剌とした生気を放っている3部ナレフくんも早く見てみたい。あれっ、今のは少しポルナレフさんに失礼だったかな。落ち着いてるからさ、あの人はさ。同一人物なんだけど、あまりにも違いすぎて、長髪ルークと短髪ルークがごとき組み分けをしたくなってしまう。どちらも好きなんだよ。ふと考えてしまったルーク・フォン・ファブレたそもね。どちらも好きだよ。ポルナレフの生き方と絡めて考えるとなんだかしんどくなってくるのでそっと思考を打ち切る。
元の時間軸では私の扱いはどうなっているのかなあとか、みんなが心配してくれていたら申し訳ないなあとか、こちらもちょっぴり不安や考えなくちゃあいけないことがあるけど、進めと促されたのなら進もうじゃないか。右のナプキンを取るなら右を取る。左なら左だ。知らない世界では余計にそうでしょ?世界は、しようと思えばなるようになるのだ。今までだってそうだったので軽くナメてかかっているけど大丈夫大丈夫。おっぱいとお金があればなんとかなる。あっやばい今お金ないんだった。ジョースターさんの脛をかじりまくってるんだ。おじいちゃん、元の時代に戻ったらあしながおばさんとしていっぱいお返しするからね。毎年ゴディバとか送るからね。うっ、自分のことをおばさんと言ってしまった悲しみがまた。おばさんじゃない、おばさんじゃない。よく考えてみれば前世が25歳でストップ切り上げデッドアンドアローンで、今が26歳として、精神年齢的にはようやく私が『私』に追いついた感じじゃん。大丈夫、全然おばさんじゃない。身体も心も若々しいよ。そうだって言ってよ。
「おいテメー、空港で土産を買うには早すぎるんじゃねえか」
こう指摘されるのはお約束の流れだ。常識的に考えた承太郎くんが冷ややかに私を見た。買わない買わない。眺めてるだけ。ホントだって。
でもさ、機内でも食事は出るし無駄な荷物は持たない方がいいのはわかっているけど、免税店を見ると財布の紐を緩めたくなってしまう。ご当地ネコのキーホルダーがずらりと並ぶ店頭と、気圧の変化に耐え長旅を乗り越える『覚悟』あるお菓子のカラフルさは空港ならでは。ちょっと足を止めて物珍しげにしてしまい、集団から一瞬はぐれたのが良くなかったのだろう。飛び抜けて背の高い彼らを目印に私が駆け寄ればよかったものを(そしてそうしようとしたんだけど)、わざわざ引き戻しに来てくれた青年の優しさに触れる。直後に怒られた。
小さなケースを引いて人混みをかき分ける。何も買わず、アヴドゥルさんやジョースターさんと今後の計画をおさらいし、花京院くんと承太郎くんに世間話を持ち掛ける。私の口は動きっぱなしだ。しかし大したことは喋っていない。トーキングヘッドで意見をマサカサにされても問題なさそうなレベルだった。
ピリピリしている承太郎くんは、お土産の件以来一切返事をしてくれない。彼の気持ちはよくわかるので、みっつめの窓口を通り過ぎた頃合いで黙ることにした。あんまりうるさがられるとこれからの旅でぎすぎすしてしまうかもしれない。承太郎くんは私の知り合いの多くと同じく、嫌いになった相手には永久に近寄らないタイプに見える(けれどなぜか嫌っている相手に限って承太郎くんに近づいて来そうな雰囲気もある)し、50日間ずっと無視されるのはさみしい。
また、承太郎くんとは異なり、一生懸命受け答えしてくれる花京院くんの健気さにも胸を打たれた。私を傷つけまいと返事を選んで丁寧に対応してくれる。どちらが大人かわからない。大人って何だっけね。
待機するための広い場所で私たちは大きく席を取る。
「ポルポ、わしは飲み物を買ってくる。何か飲みたいものはあるか?なきゃあコーラじゃよ」
「それじゃあ、アヴドゥルさんと同じもので」
「なぜわたしなんだ!?紅茶だが、大丈夫か?」
紅茶は好きなので問題なし。
ところでジョースターさんは一人で全部を持てるのだろうか。缶を5本抱えるのは大変だ。罰ゲームでパシられたイルーゾォが自動販売機の前でジュース缶をぶちまけている場面を見たぞ。誰も助けようとしなかったので私も放置の構えを取ったらあとからめちゃくちゃ怒鳴られた。
「私も行きますよ」
「ン?そうか。それじゃあ頼もうかなア」
もちろんですよ。
立ち上がり、ジョースターさんの背中を追いかける。
触れれば指先をきんと冷やすだろう床は行き交う人の靴音とカートの車輪の音を響かせ、空港独特の空気を滲ませていた。足元から立ちのぼる緊張感は、イタリアと日本の往復で何度も感じたものだ。ついつい浮足立ってしまう。
私がこつこつと靴の据わりを直している間、缶ジュースを選ぶ指先はずっと迷っていた。
そういえば、アヴドゥルさんと私以外には何にするかを訊ねていなかったような。
「どうしたんですか?」
ジョースターさんは義手で頬を掻き、待合の席に置いてきた3人の方を振り返る。廊下の曲がり角の向こうだから、うまくは見えない。
「何にするか訊いとらんかった」
やっぱり訊いてなかったのか。テキトーにコーラを選んだ彼は私に紅茶を2本渡し、キンキンに冷えた缶を大きな手で持つ。コーラを選べば外れないという自信が見えた。コーラってそんなに凄いのか。あまり飲んだことがないからわからないけど、映画のお供に最適だとよく言われているのは知っている。
「ポルポはコーラは好きか?」
「どうなのかなあ。数えるほどにしか飲んだことがないんですよ」
「何ィ!?人生の損失じゃな」
派手に驚いた彼と並んで歩き、廊下を戻る。ジョースターさんは曲がり角の前でふと足を止め、左手を大きく動かした。しゃばしゃばと音が立つ。悪い人だ。
「承太郎に渡すぞ」
にしし。笑ったおじいちゃんは何食わぬ顔をつくるよう私を肘で小突く。
「スマンスマン、待たせたなアー。アヴドゥルは紅茶だったな?」
「ええ、ありがとうございます。ジョースターさんは……コーラですか」
「お前たちもコーラじゃ、承太郎、花京院」
「ありがとうございます」
件の缶を渡されたのは宣言通り、承太郎くんだ。
承太郎くんは手に取るや否や見えない後ろ手で思い切り缶を振った。黙っていろと目で言われ、私は口にチャックをする。
「缶がへこんでいるのが気に入らねえ。ジジイ、そっちのをくれ」
一見そうとはわからないものの、よく見れば蓋のあたりがパンパンの缶(そりゃそうだ、屈強な男2人に振られているのだから)を投げ渡され、ジョースターさんは一瞬目を丸くした。
しかしおじいちゃんは一枚上手だ。可哀想な犠牲者を花京院くんに定め、今にもプルタブに指を引っかけようとしていた花京院くんから缶を取り上げる。
「おお、スマンな花京院。こっちはさっきわしが落としてしまったやつじゃった。スマンがこの……承太郎のお眼鏡に適わんかったへこんでいる方でもいいかな?」
「もちろん僕は構いませんが、ジョースターさんはそれでいいんですか?」
「わしは噴かせん開け方を知っとる」
自信満々にウインクしたジョースターさんの笑顔が白々しすぎてこれには承太郎くんもやれやれ顔。私は2人の共犯者として爽やかな沈黙を守ることにした。自分の紅茶の缶を開け、アヴドゥルさんが飲むのに合わせて澄ました顔でアイスティーを飲む。甘くてとってもおいしかった。花京院くんの「うわっ」という悲鳴も、実に甘美だ。
私はさりげなくハンカチを差し出して何も知らなかったふりをしたが、ジョースターさんと承太郎くんから手ひどい裏切りを受けて全員から白い目を向けられることとなった。ジョジョ2人の株を一手に私が買い受けて大暴落の憂き目に遭ったような気がする。

缶ジュースと、その後に食べたお菓子でちょっぴり膨れたお腹が空っぽになった頃、機内のシートベルト着用ランプが音を立てて消えた。
「もしもスタンド使いが襲ってきたらどうしましょう」
なるたけ心を落ち着けて訊ねる。
私は戦う手段を持っていないし、護身用にと持たされたのは小さなスタンガンが一基だけだ。これは明らかに対スタンド使い用の武器ではない。おそらくこの業深いおっぱいを目当てに暴漢が襲ってくると仮定したのだと思う。しかしこの屈強な男たちをSPがごとくはべらせる見るからにヤバげな女の胸を揉みに来る勇者、いるのならば見てみたい。
「うむ、いざという時は隠れておってくれ」
そんなアバウトな。礼儀としてツッコミを入れると笑われた。日本式の物理的なツッコミを受けて実に嬉しそうだ。この人は日本人の男に娘さんを取られたから日本が大嫌いなのではなかったかな。ツッコミとジャパニーズAVは別なのかな。ごめん、彼が日本のにゃんにゃんビデオを見ているかは知らないので勝手に想像をした。でも深く真実を追い求めると自分の首を絞めそうなので(私もちらりとたしなんでいるものだから)ここらでやめよう。
「いざという時は花京院くん、お願いね!何でもしますから」
「えっ、あ、あぁ、はい……」
ムチャブリに青年は慌てて返事をした。気を張り詰めていたところに無駄話を持ち掛けられるとイラッとするかな。ごめんね、つい絡みたくなってしまったんだ。どうせなら全員に絡んでおかないともったいない。だって、あの3部だぜ。あの3部だぜ。大事なことなので二度言いました。話しかけずにいられるだろうか。いや、無理だ。冬の寒風吹きすさぶ雪の駅、あるいは夏の陽炎ただよう猛暑の駅。アイスクリームの自動販売機があったら、私は絶対にボタンを押す。なんでかって、それが最高においしいものだと知っているからだ。おんなじだよたぶん。
「む、ポルポ。キミは花京院みたいな若モンが好みなのか?んん?」
「チョイワルお爺ちゃんも好きですよ」
「おほっ!そうかそうか!」
アヴドゥルさんの優しさと頼りがいにはスデに心臓をグッと掴まれているし、承太郎くんのクールさもつれなさも実は大好きだ。私がへらへらしているのは元からこういう顔立ちで生まれたためではなく、私の周囲にいる4人が可愛すぎるが故なんですよ。非常に幸せです。早くおうちに帰りたいけど、つらいという事実を除外すれば幸せしかありません。はい、大丈夫、まだ疲れてないよ。これ、50日にわたる旅の初日ですからね。
「今は誰とでもハグしたい気持ち。……しない?承太郎くん」
「しねえ。寝てろ」
「ポルポは節操がないのォ」
「ダメですかね?」
「わしは好きじゃが、モテんだろうなとは思う」
私そこまで悪いこと言ったかな。節操がないように見えるのはあなたたちのことが大好きだからなんですよ。普段はこうじゃない、いやほんとにこうじゃないんだって。好きじゃない人に所構わずハグするような本格的な節操なしじゃなくて、あえて防御を外してるんだよ。お前の防御ユルユルじゃんって言われたら泣き寝入りするしかないけど。
大人しく座席に戻り、幕の下ろされた窓を見る。外は夜で、ここは雲の上だ。
不吉な暗示のアルカナが私たちを待ち受け、早速の襲撃をぶちかまして来たのは、腕時計の短針が離陸から2つほど回った時だった。

「旅の中止を暗示するカード……『タワー・オブ・グレー』!」
老爺が名乗りを上げた。ぶんぶん唸る虫が怖すぎる。これ、虫捕り網で捕まえてもすり抜けちゃうのかな。ヘラクレスオオカブトよりもレアっぽいから、博物館に寄贈したらフクロウの館主が感激して受け取ってくれそう。あっ、あのフクロウはいつでも感激してくれるんだっけ。優しいよねえ。化石、寄贈しないで売ってばかりでごめんな。家に帰ったらまた遊ぼう。フーゴ、通信してくれないかな。メローネなら確実にやってくれるんだけど、あんにゃろうは私が魚影を見つけた瞬間走り回るからちょっとね。温厚な私もドーピングして殴りに行くレベル。
タワー・オブ・グレーの本体は高らかに笑いつつこちらを見ている。なかまになりたいわけではなさそうだ。しないしね。
「ポルポさん、下がっていてください。ここは僕の『静』のスタンド……『ハイエロファント・グリーン』で片付けます」
「花京院くんカッコイイ惚れる」
「えっあ、いえ……そういう場合では……」
「ふざけている場合か」
純情で素直、かつこちらを年上として立てるべき存在と見てくれている青年をからかうとこうなる。ぴしゃりと叱ってくれたアヴドゥルさんに感謝。
正直この敵のことは初っ端のかませとしか思っていなかったが、実際に見てみるとスタンドバトルに圧倒されるばかりで眉根を寄せる。今まで前線の空気に触れた経験が(あまり)ないのでちょっぴり怖い。
激戦の結果引きちぎれたスタンドの謎の体液、そしてまき散らされたスタンド使いの血反吐から守ってくれた花京院くん、本当にありがとう。何でもしてあげ、いや、させてください。わたくしめで良ければ肩とか揉みます。


飛行機旅行が限りなくトラウマに近づいたところで、in香港。既知の出来事だった筈なのに、実際に体験するとこんなにも恐ろしい。死ぬかと思った。気圧の急激な変化はもう嫌です。鳴り響くブザーの音が耳に残っている。これに近い状況を立て直した小学生の姿をした名探偵はいったい何者なんだろう。ハワイで色々なスキルを仕込んでくれた彼の父に圧倒的感謝。
物わかりのいいふりをしても怖かったものは怖かったので、香港でご飯屋さんに向かう前にお粥をやけ食いした。ジョースターさんには呆れられたがストレスは食べて解消するに限る。お粥のほかに、お肉がいくつも串に刺さっているものと、魚のつみれの串を買い食いしておいた。出世払いでお願いします。あるいはパッショーネにツケておいてくれ。もちろん冗談だ。
「よく食うな」
現役高校生男子に呆れ顔をいただいてしまったけれど、我々の業界ではご褒美です。
一口食べるかなと思って串を向けると、思い切り顔を背けられた。
「要らねえ。店に入るまでにさっさと食え」
「はーい」
さくさく食べてしまって、串をゴミ箱に捨てる。花京院くんがハンカチを渡してくれたので、ありがたく私のハンカチと交換をお願いした。貴重だから使うのをやめておきたいくらいだ。もしかして中に秘密のメッセージでも隠れてないかなあとこっそり開いてみたが、何にも書かれてなかったので、そりゃそうやろなと思ってそっと口を拭いた。ついでに意図せず匂いを吸い込んでしまい、『あっ……花京院くんってこんな香りするんだ……』あるいは『お前って意外とまつげ長いな』みたいな気分になり若々しさに負けて内心で崩れ落ちた。
「ナニ食べよっか?」
「ここはやっぱり定番がいいんじゃあないですか、ジョースターさん」
「定番と言うと……」
メニュー表を覗き込んで緊張感から解き放たれる男性を見ながら、承太郎くんのイケボを聞く為だけに話しかける。
「ずっと気になっていたことを訊いてもいい?」
「くだらねえことなら答えねえぜ」
「くだらなく聞こえたらごめんね。スタープラチナを使ってる時って、自分の感覚も研ぎ澄まされて感じるの?」
周りに戦闘系スタンドを持つ人はいても、スタプラレベルの高速性を誇り、実際に戦ってみせてくれる人はいなかった。セックス・ピストルズは素早いけど自立型だし、ジョルノに殴ってもらって私が実際に黄金体験をするっていうのもナンセンスだ。
どうでもいい質問で煩わせてしまったかな、悪かったかしら、とドキドキする。
意外にも承太郎くんはすんなり答えてくれた。
「感じるぜ。たまにな」
「マジか」
すげえ。
私は一対一でしかスタンドを使う機会がなかったのでわからないけど、本体とスタンドの感覚は共有されている、のだったっけ。あれ、でもナントカツェツェバエを模写したのはスタプラ先輩の能力で、本体の承太郎くんには見えていないっぽかったぞ。たまにってことは、場合に依るのか。だったら私はそんな場合がなくて良かった。私がサバスと感覚を共有しちゃってたらたぶん人の肉の手ごたえで精神が死んでた。危ない危ない。
ここまで考えたところで疑問が増える。
「じゃあさあ、スタープラチナにキスをしたら、承太郎くんもキスをされたって感じるのかな?」
こっそり聞き耳を立てていたジョースターさんが笑いで死んだ。ここにもゲラがいたよ。
承太郎くんは、今度はさすがに答えてくれなかった。くだらないもんね、すみませんでした。反省します。で、ホントのところはどうなの青年。もししてみることがあったら教えてくれ。


おかしいなと最初に感じたのは、近寄って来たフランス人がやけに困惑した顔で私を見つめた時だった。
「目が赤いのは生まれつきなんですよ」
「いや、私は……いや、俺は……」
一人称がフラフラして安定しないスタンド使いは、手にしていたメニュー表を私に見せた。なんてことない、中華料理の料理名が書いてあるだけのものだ。私はフカヒレよりも牛バラが好きです。カシューナッツはもっと好きです。デザートは胡麻団子と杏仁豆腐の二段構え派。
「すまないが……メニューの漢字がわからないんだ」
「おお、ならわしらと一緒の席につくといい。なに、気にすることはない。食事は大人数でした方が楽しいモンじゃよ」
誘われるまま、私の隣の席に腰を下ろす長身の男。
髪型のせいで余計に身長が高く見えるし、何より私は彼がこうして立って歩いている姿を見たことがないので、若くはちきれんばかりの肉体が(エロい意味じゃあないと注釈を入れておくけれど)これほど存在感のあるものだとは思わなくて、見えないところで動揺していた。具体的には、感動で胸が詰まった。ポ、ポルナレフ。元の時代に戻ったら食事にでも誘ってみよう。なにやら急に彼のことを愛護しなくてはと使命感が湧いてきた。
「その……君の名前を聞いても?」
未だ名乗らぬポルナレフは、視線をうろうろ彷徨わせてから、やっぱり私を見た。何でだよ。いや、いいですよ。いいよ。名前くらいね。
「ポルポだよ。好きなものはオレンジジュースとお肉」
フランス人は母国語で何かを呟いた。たぶん、驚嘆の言葉だと思う。目を丸くして、ポルポなのか、と言ったように見えた。
今まで考えたこともなかった可能性に気づく。
戸惑いに満ちた思慮深い瞳は、肉の芽の支配で精神的に落ち着かされている、というだけではなさそうだった。何より彼は、私の名前を知ったふうに呼ぶ。
「ええーっと、……私もあなたの名前を聞いても?ほら、一緒に食事を摂る間、名前を呼ばないっていうのは不自然だし」
どうすれば自然に名前を聞き出せるのか。あと、どうやったら例の名乗りの場面を目にできるのか。
「そうだな。成り行きとはいえ……いや、失礼。わたしはモハメド・アヴドゥルだ。彼はジョースターさんで、隣が承太郎。向かいが花京院。そして彼女が今言った通り、ポルポだ。君の名前は?」
アヴドゥルさんに促され、男はようやく顔を上げた。毅然とした眼差しは、ニクメない奴であっても肉の芽がある奴であっても変わらないところらしい。
「名乗らせていただこう。……私はポルナレフ。ジャン・ピエール・ポルナレフだ」
私内心ガッツポーズ。絶対に見られないと思っていた名シーンが目の前で展開されたのだから、興奮するに決まってる。堪え切れずにぐっと拳をつくって、ニヤニヤしないように唇を引き結んだ。見ようによっては、馴染みのないフランス圏の名前を一発で聞き取れずに困惑したように見えた、かもしれない。
名シーンを越えて、次に違和感を抱いた時には、もう私は確信していた。私の知っている第3部のポルナレフが、こんなことを言い出すわけがなかったからだ。
「ムッシュー・ジョースター。あなたに一つお願いがある」
こう切り出したスタンド使いは、頼む、と小さく頭を下げた。興奮を冷まそうと水を口に含んだ私は、直後に自分の行いを後悔した。誰だよここに水を置いたのは。私か。
「私があなたたちを攻撃する前に、ぶちのめして肉の芽を取り去って欲しい」
むせた。