24
ドリーム小説
盛大な開き直り方だと、承太郎はいっそ清々しい気がした。
「見えないんだよ、目が。悪いか?」
「悪かねえ」
しかしそれならばそうと早く言うべきだと、正論を口にしようとしてやめる。開きかけた口を閉ざし、承太郎は沈黙を選んだ。どうせ言っても無駄だ。この幼馴染は、承太郎の考えなどちっとも理解しないで、自分の理屈ばかりをこねまわしている。
「いつからだ?」
本当は訊かなくてもわかっていた。目に関して、が何かを負うことなど、この長く短い旅の中では一度しかなかった。
花京院の両目に異常はなく、出血と怪我のショックでしばらく気を失っていたが、ただそれだけだった。が痛みと傷を『ピンクペイン』で引き受け、代わりに包帯を巻いた。痛い痛いと文句は言っていたが、包帯のとれた愛くるしい顔に傷はなく、同行者はホッと息を吐いたものだ。
の身綺麗な姿は、唯一変わらない『平穏』の証として強く根付いていた。それが壊れてしまうことを、彼らは存外におそれていたのだ。
それならば。
承太郎は思ったことがある。つい数日前のことだ。の目に傷がないと最初から知っていた承太郎は、それならば、と考えた。
それならば、花京院の傷はどこへ消えたのか。
のスタンドは『等価交換』を原則としていると、彼自身は語る。傷を治せば代わりにが傷を負い、痛みを引き受ければ苦痛が襲う。
花京院の傷は消え、の顔にも痕は表れなかった。傷は忽然と消えていた。
「どのくらいだ」
承太郎はその行方を知った。瞼を縦に割った一筋の傷は、の視界に亀裂を入れたのだ。
「別に。自分の顔が見えれば充分だろ」
「どのくらいの距離で見えるようになるのかを訊いているんだぜ」
ため息を吐いたはスリッパに足を通した。ぱたりと二歩進んで承太郎のベッドに乗り上げ、大柄な青年の身体を細い脚で跨いだ。まだシャワーを浴びていない承太郎は、学ランを脱いだだけのラフな姿で汚れ除けの布の上に寝転がっていた。今はの腕を掴むために身体を伸ばしていたが、彼の方から距離が埋められ、再び、半ば横たわるような体勢になる。
は承太郎に比べればずっと軽い。同じ体型の少女よりは重いだろうが、鍛えられた承太郎の肉体はの体重に動じなかった。下腹に座り込まれても、ただの顔を睨むように見つめるだけだ。
空いた片手で承太郎の顔を掴んで、はぐっと背を丸めた。栗色の髪が耳から滑り落ち、承太郎の頬に当たる。二人の鼻先は今にもくっついてしまいそうだった。
「お前の眼はきれいだ」
の声は静かだった。
「僕はお前が好きだよ、承太郎。綺麗で、男らしくて、僕にないものをたくさん持ってる」
至近距離にいるというのに、声を潜めもしない。はどこまでも自分のペースで物事を進めた。承太郎の意思などお構いなしだ。
「てめーは世界のすべてを持ち合わせてるんじゃあなかったのか」
それはいつもが口にしていることだ。
「そうだよ、だって承太郎は僕のものだろ?僕にないものをたくさん持っている承太郎を、僕は所有している。つまり僕がすべてを持っているのさ」
「呆れて言葉も出ねえ」
「出てるじゃないか」
はくつくつと肩を揺らして笑った。
話題をすり替えられていると気づくのに時間はかからず、承太郎は「ふざけるんじゃあねえ」と文句を唱える。
「ふざけてないさ。ちゃんと答えてるだろ。この距離でお前の眼が見えるんだよ。虹彩も見えるね。僕が映ってるのも見える。何に映し出されていてもさすがに僕は可愛いね」
「……重症だな」
「花京院が『目』になってくれることもある。承太郎は僕の手足。何か問題があるかい?」
うっそりと微笑んで、はここにいない青年のことを言う。らしからぬ行動によって『救われた』と思っている花京院は、その罪悪感から、多少はの我儘を聞くようになっていた。
「これから、どうするつもりだ?」
「帰ったら眼鏡を作る」
「……おい」
「はあ?おかしいことなんて言ってないだろ?……なあ、僕は細いフレームが良いと思うんだ。僕の髪の色は淡いから、細いフレームの方がきっと引き立つ」
何が、と問うまでもなく、少年が言うのは自分の美しさのことだ。
承太郎はを通り越して天井を見上げた。クリーム色の、少しでこぼこした天井には、薄く染みが入っていた。
あの染みは、には見えないのだ。
何が正しかったのか、承太郎には形容がしがたい。のエゴは結果として、戦力を保つ要因となった。遠距離攻撃を主とする花京院が視力を奪われたとなると、スタンド使いとしてこれから先をどう戦い抜くのか、不安が残っただろう。
だが、これは、いったい正しいかたちだったのか?
を馬鹿だと言うことは簡単だった。
しかし承太郎は黙したまま、離れていくを見送った。赤くなった手首から手を離さずにいたために、は承太郎の腹に座ったまま、ぶうぶうと可愛らしい顔を不満に歪めることしかできない。
「離せよ。早く寝ないと肌に悪い」
「変わりやしねえ」
「わかりもしないくせに、言うじゃないか。僕の肌が荒れたらお前のせいだからな。アレを買わせてやる」
は高級な化粧水の名前を挙げた。無言で聞き流そうとした承太郎だったが、ふと引っかかるものを感じて口を開いてしまう。
「アレは効きが悪いんじゃあなかったのか?てめーが言ったんだろう」
は目をしばたたかせた。
「なんだ、憶えてたの?」
「……」
承太郎はの話など聞いていないつもりだったのだが、どうにも、そういうわけではないらしかった。