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女の子のように可愛らしく、世界中の技術の粋を集めてもここまでは透き通らないだろうというほど白く陶器のように滑らかな肌を持ち、栗色の髪は柔らかい手触りで心地がいい。
瞳はぱっちりとアーモンドのように綺麗な形をして、目を縁どるまつげは壁に移る横顔の影にくっきりと浮かび上がるほど、天を向いてそこにあった。
恥ずかしがると薔薇色に染まる頬は愛らしく、桜よりもぽってりとした色のぷるりとした唇は思わず口づけをしたくなると人に思わせた。
は天に愛されて生まれたような子供だった。唯一の不幸は、彼が男の性を持って生れて来たことだっただろう。

幼い頃の承太郎は、の泣き顔ばかりを見ていた。
可憐な少女にしか見えないは幼稚園に入る前から、親の見えないところにはやれない子供だった。手がかかるからではない。むしろは大人しく、おどおどと人の後ろに隠れて上目づかいに様子を伺う気弱な性格だった。
目が離せない理由は簡単だった。は可愛らしすぎたのだ。
ひとたび街を歩けば、知らない人にも声をかけられるほど愛らしく、愛玩せずにはいられない存在だった。
スカウトの男も、道を行く女も、駅ですれ違った年配者も、誰もがに目を奪われた。声をかけた。両親が共にいる時でも、物でを釣ろうとする不届きな者は絶えなかった。
「承太郎君、幼稚園でもと仲良くしてあげてね」
屈みこんで顔を覗き込んだの両親に否と言う隙も与えられず、承太郎の隣にはいつもがいるようになった。
子供の頃から腕っぷしの強かった承太郎は、の幼馴染として良いボディーガードになった。
「変な人に追いかけられた」
泣きながら「じょうたろう」と舌足らずに名を呼んで抱き付いて来た存在は柔らかく、弱弱しく、うっとうしいことが嫌いな承太郎にも庇護欲と言うものを目覚めさせた。母のホリィがに特別目をかけていたことも要因の一つだったかもしれない。
承太郎はを自分の背に庇う格好で歩き、は承太郎の服の裾をぎゅっと強く握りしめて、離れまいとして歩いた。

小学校に上がって、二人の関係は変化した。
クラスが離れてしまったことには強い恐れを抱いたが、承太郎はどこか清々した気持ちでいたようなおぼえがある。元々、傍らに人がいることはあまり好きではない。幼馴染であってもそれは変わらない。ほんのわずか、裾を引っ張られる感覚がなくなったことに違和感はあったけれど。
「じょうたろう、ぼくは男に見られたい」
その頃のは、できる限り少年らしい服装を選んでいた。女子と間違われることも、女みたいだとからかわれることもうんざりだったからだ。
青が男子らしい色だと感じられるのが当時の風潮だった。
だからは青色のシャツとズボンを好んで身に着け、承太郎のように強く格好良くなりたいと羨望した。だけど何をしても、承太郎のようにはなれなかった。
離れたのはクラスだけではない。二人の関係もまた、緩やかに溝ができ始めていた。
「承太郎、あのね……」
クラスは違えど同じ学年だ。廊下ですれ違うたびには幼馴染に何かしらの助けを求め声をかけたが、承太郎はそれを無視するようになっていた。
自分はもうのお守ではない。
そういう意識が、六年弱を小学校という閉鎖空間で過ごすうちに確立されていったのだ。
根気強く承太郎に取りすがったをクラスメイトたちははやし立てた。
「オトコオンナのは男のジョジョが好きなんだぜ」
次第にも、承太郎に声をかけなくなっていった。

小学校を卒業してから中学校に入学するまでの間、承太郎との関係は親同士の繋がりでかろうじて保たれているようなものだった。だからその間にが何を考えていたのか、承太郎にはわからない。少年が誰にも見えない友だちを手に入れたことも、それから数年が経つまで知らないままだった。
春になり、承太郎の目の前に現れたは女子の性服を身に着けていた。
「……、テメーは……」
思わず呟きが零れたが、二の句は継げなかった。
学校指定のものではない青いリボンでブラウスの襟元を飾り、は膝上丈のスカートを春風に舞い踊らせてくるりと回ってみせた。スカートからは眩しく輝く白い脚が覗き、紺色のソックスが細いふくらはぎを覆い隠す。新品のローファーが落ちた桜の花びらを踏みにじっていた。
紛うことなき女子に見えた。
「可愛いだろう?気づいたよ。僕は凄く可愛いんだ。だったらその可愛さを活かさないと損だってね」
唖然とする承太郎に気づいているのかいないのか、は歌うように、やけに明るい声を出した。とても楽しそうで、殻を突き破ったようなすがすがしさがあった。
「遠回りをした気分だ。どうだい、女の子に見えるだろ?実は男なんだよ。何一つ変わっちゃあいない。何一つね……」
の言いたいことがわかるような気がした。
は疲弊したのだ。
女子と間違われ、失望されることに。気弱でいることに。おかしな人間を呼び寄せてしまうことに。
少年は気づいたのだった。『自分は他人とは違う』ということに。ある種特別な能力を持ち、ある種特殊な生まれ方をし、ある種特殊な生き方をしているということに。
は振り切れてしまったのだ。
はこの世界を手のひらの上で転がす素質を持っている。傾国の美貌を。唯一無二の能力を。
彼にそんなつもりは毛頭ないし、自分の都合の良いように物事が進めばそれだけで満足だ。だが自分のポテンシャルを知り、最大限に利用することを知った。『ピンクペイン』の発現はに多大な影響をもたらした。周囲から向けられていた過度な期待と理由もわからない怖い視線に萎縮していた自己の意識が浮上し、『』は『』たりえるようになった。自分のことを認められるようになった。開き直るようになった。
「可愛いだろ?可愛い僕が可愛い女の子の恰好をしている。このことがアンバランスな魅力を醸し出すのさ。完璧じゃないからこそ美しい。そうだろ、承太郎」
少女の―――少年の嬉しそうな笑顔と翻った青いリボンが、今でも承太郎の瞼の裏から離れない。

その日からは誰にも遠慮をしないようになった。
不良と呼ばれても、男であることを嘆かれても、人から恋心を打ち明けられても、ニッコリ笑ってこう言った。
「君は間違ってないよ」
そして青色のリボンは、いつもそんなの胸元にあった。