10
ドリーム小説
霧に包まれた不気味な街で、承太郎はの側から離れなかった。幼馴染を守っているつもりか、距離を置いた時にがぶうぶうと文句を垂れたことが面倒だったのか、ポルナレフにはそのどちらでもないように思えた。
「しっかし……気味の悪ィ場所だな、ここは」
微妙な沈黙を吹き飛ばす為、ポルナレフが口を開いた。花京院とジョセフも同意する。
は無言のままさっさとシャワーを浴びる準備を進めていた。誰よりも先に入ることを当然と思う動きで、ポルナレフはまた少し顔をしかめた。そういう時はひと言断るのが礼儀というものだ。の態度は図々しかった。
「タイツがダメになっちゃったじゃないか。あの男、もっと痛めつけてやればよかった」
「オメーは何もしちゃあいねぇだろう」
承太郎の言う通り、峠でがしたことは転んで膝をすりむき、スタンド使いの男に文句をわめきたてたことだけだ。
暇を持て余したポルナレフは、一見したところ女子にしか見えない少年の姿を観察することにした。
は気に食わない。人を救う力があるくせにそれを行使することを嫌がり、わがままなことばかり言って一行の足手まといになる。この旅は過酷なものなのではなかったのか。腕や脚のかすり傷しか治せないような甘ったれがついて来られるわけがない。絶対にどこかでリタイアするに決まっている。
ポルナレフの想いの中には優しさもあった。
擦り傷だけであんなにも涙目になる軟弱な少女が―――少年がこれからどんな大怪我をするかわからない。DIOと戦うというのはそういうことだ。危険に巻き込まれ、死ぬかもしれない。守り切れるかどうかもわからない。それなら今のうちにやめさせてやった方が、自分たちにとってもにとってもいいはずなのだ。
「……ん……?」
少女のような姿をしているが、は基本的に自分の性別を間違えることはない。女装をしながら堂々と男子トイレに入る。はた迷惑な話だった。
この部屋でもやはりは男の前で脱ぎ始めた。ボロになったタイツをゴミ箱に捨てるよう承太郎に言いつけて、承太郎はを無視した。可愛らしい顔がムッと憤りをあらわにしたが、は何も言わずにスタンドを出し、木偶人形の姿をしたエネルギーの具現体に白いぼろきれを渡した。『ピンクペイン』はぎこちなくゴミ箱まで歩くと、転んだり砕けたり消えたりしてはしまわないかと懸念し集まった視線に見守られながら、よどみだらけの動きでタイツを捨てた。
緊張がゆるんで、ポルナレフはまたに視線を移す。薄暗い部屋の中での白い肌はよく目立っていた。もしが少女で、性格がよく、ポルナレフと仲良くしていたら、とても楽しい時間になっただろう。はとても可愛らしかった。顔だけは可愛らしかった。
「、……その……まだ、治らないのか?」
言ってよいものか、花京院は大いに迷った。
タイツが捨てられむき出しになったの足首には、シンガポールでポルナレフから引き受けたずたずたの裂傷が残っていた。
はハッとしたように短いスカートの裾で足首を隠そうとしたが、時はすでに遅かった。不透明なタイツで隠されていた『ピンクペイン』の能力の一片はすでに衆目にさらされていた。
「……、お前、それ……どういうことだ?」
のスタンド『ピンクペイン』は人の傷を治す。は己のスタンドを『等価交換』のスタンドだと言った。相手の傷を治す代わりに、自分が傷を引き受ける。わがままで、自分本位で、身勝手なには不釣り合いなほど穏やかなスタンドだった。
そのことを知らなかったのはポルナレフだけだった。諦めたように鼻を鳴らしたに代わってジョセフが説明係を買って出ると、ポルナレフの表情はどんどん不機嫌なものへ変わっていった。
「だったらよお、……最初っから言えよ。……オメーはそういうトコも自分勝手か?」
知らなかった。ポルナレフはのことを何も知らなかった。
言わなかったのはだし、教えなかったのは仲間たちだ。ポルナレフに非はなく、彼が放ったいくつもの言葉の中には的を射ているものも多くあった。救えと無理強いをしても、には最後まで拒むかたくなさがあった。自分の意志がハッキリとあった。
ポルナレフに非はなかったが、彼は自分の発言を後悔せずにいられる性格ではなかった。
知らなかったとはいえ、に死を強要したも同然のことを言ったのだ。
根が実直な男に、この事実はひどく堪えた。
「お前、もしかして……それを知れば俺が傷を治してくれと言いづらくなると思ったのか?それで黙っていたのか?」
ポルナレフの中でのイメージが拮抗していた。そうであって欲しいという気持ちと、そんな情のある奴ではないはずだという考えがせめぎ合い、勝敗の行方は本人に託される。
はベッドの上で大仰な胡坐をかいて後ろに手をつき、えらそうに胸を張ってくつろいでいた。
「そういう思いもあったね」
はあっさりと自白した。
驚いたのは花京院だった。まさかにそんな思いやりがあるなんて、欠片も思っていなかった。
「僕たちはビジネスの関係で結びついている。僕が君たちから報酬を受け取っているのに、君たちが僕から報酬を受け取りづらくなるのはおかしいだろ?だけど僕はいちいちそっちの心情を汲んでやるなんてことはしたくない。ポルナレフ、君が一番面倒くさそうだなと思ったから言わなかったのさ。……ほら、そういう顔をするだろ?こういうのが嫌なんだよ」
「……よーくわかった。オメーが素で嫌な奴だってことがよーくわかった。誰が面倒そうな男だ?面倒じゃなくて俺はヤサシイ男なんだよ。いいか?」
「ほうら、面倒くさい。花京院、なんとか言ってやってよ。元はと言えば君のせいなんだから」
急に話に取り込まれた花京院は苦笑するしかない。
ポルナレフの態度は軟化した。に対する認識は変わったのだ。
花京院は安心した。仲間の不和は嫌だった。せっかく見つけた"友だち"がお互いに不可侵の姿勢でいるというのは、花京院の考える"友だち"の関係からは大きく外れていたからだ。
「……で、お前の傷はいつ治るんだよ?」
「さあ、知らない。治る時が来れば治るんじゃないか?」
「おちょくってんのかテメーは!」
「僕は大まじめさ。ふざけてるのはそっちの髪型だろ。美的センスのかけらもない」
この方が良い、と花京院は思った。
こうやって悪態を吐き合っていても、先ほどとはまったく空気が違う。
ジョセフと顔を見合わせて肩をすくめると、ジョセフも花京院と同じ表情で一つ頷いた。