09

ドリーム小説 嫌な音を立てて回転するタイヤに罵声を浴びせたのはやはりだった。
彼にとってはようやく落ち着きを取り戻した旅路を邪魔され、飲んでいたお茶も途中で切り上げざるを得なくなったのだ。鈴を鳴らしたような可憐な声から放たれる罵倒の文句はどこまでも殺気に満ちていた。
カーチェイスを繰り広げたランドクルーザーの中でもみくちゃにされたは、今や地に投げ出された身を起こすこともできずにぎりぎりと唇を噛み締めていた。
可愛らしい靴が災いし、道端の石に爪先をひっかけて盛大に地に転がったは、擦りむいた膝の痛みに目を潤ませた。先に逃げてしまった仲間―――"同行者"たちを何より雄弁な瞳で睨み上げ、泣いてたまるかと土を握りしめる。そうして、後ろから追り来る車のエンジン音に耐えかねて呼んだのはやはり彼の名前だった。
「承太郎!」
やれやれとも言わず、悪態も吐かず、承太郎は無言で引き返しての伸ばした手を取った。力任せに抱き寄せるように立ち上がらせるとそのまま小脇に抱えて崖を上る。仲間と合流するまで、はじっと唇を噛んで承太郎の腕の中で大人しくしていた。
戦う承太郎からを預けられた花京院は彼女の―――彼の膝を見た。擦りむいた傷からは血が滲み、白いタイツは土と砂粒で汚れるばかりか無残にも破けていた。
「あ……」
何かを言おうとして、花京院は何も言えなかった。
いつも身綺麗なの格好は散々な様子だ。がこんなにも泣きそうな顔をしているところを花京院は初めて見た。途方に暮れ茫然とした表情は見たことがあったが、目に見えて痛々しい様相で痛々しく唇を引き結ばれると、慰めればよいものか笑わせればよいものか、それともしゃんとしろと叱ればよいのか、経験の少ない花京院にはまったく何もわからない。
結局何も言えずに、ホイール・オブ・フォーチュンの敗北を見送った。

それから三十分が経って、は石に磔にされたスタンド使いを見下ろした。少年は何もしていないのにふうふうと息を乱して怒りをあらわにしている。
「この僕の脚に傷が残ったらどうしてくれるんだ、この、このっ、親の顔が見てみたい!」
苛立ったの吐き捨てるような言葉にポルナレフがぼそりと言った。
「そりゃあ俺の台詞だよ」
顰められた声は憤ったには届かず、ジョセフはホッと胸を撫で下ろした。これ以上火に油を注がれてはかなわない。
ストッパーと成り得る承太郎がを放置していたので、炎天下の砂地で延々数十分、彼女は―――彼は男を下手くそに罵倒し続けた。頭に血が上っているからか、とてもつたない罵り方だった。
そのうちに息が切れて言葉も尽きると、少女の姿をした少年はようやく膝の痛みを思い出した。大きな声で「痛い!」と叫ぶ。
「随分豪快に擦りむいたのぉ……花京院、スマンが荷物から救急セットを取ってくれるか」
「はい」
ジョセフがてきぱきと消毒液で脱脂綿を湿らせる。はポシェットから出したレースのハンカチで自分の顔を丁寧に拭き清めていたので、汚れたタイツと綺麗な顔が不釣合いだった。
「オメーよ、自分の怪我も治せねえのか?」
「治せたら治してるよ」
打てば響くような素早さだった。
当然のように首を振られ、ポルナレフは肩を竦め腰に手を当てた。とにかくこの甘ったれにひと言を言ってやらねば気が済まなかった。
「……、オメーは本当にナニができるんだ?自分の傷も治せねえ、人の傷もまちまちで、戦えやしねえ。挙句の果てに文句ばっかりだ。荷物だって承太郎任せ。自立しようっつう気はねぇのか?」
ジョセフに片足を任せたまま、はしばらく黙っていた。大きな絆創膏がぺたりと貼られる。花京院は承太郎を見上げたが、彼は戦いのあとの一服にふけっていてこちらのことには何も関与しない姿勢を貫いていた。
幼馴染が謂れのないことで―――いや、多少の謂れはあるようだったが―――ここまでこき下ろされているというのに非情な態度だと、にいくばくかの思い入れを抱き始めた花京院は非難がましいことを思ってしまう。
「完璧な僕にだってできることとできないことはある」
はきっぱりと言い切った。なんのてらいもなかった。
「それは完璧たぁ言わねェーんだよ!」
「は!?この美貌が完璧じゃなくてなんだって言うんだ!?いいか、生き物として"完璧"すぎるものは"完璧"すぎるが故に死んでしまうんだ。僕は美しく、可愛らしく、愛される為に生まれて来たといっても過言じゃない容姿だ。そんな"完璧"な僕に与えられた、僕を"完璧"たりえなくする唯一のキーこそが"能力の不自由さ"さ。もしも神がいるとしたらこれは神様が僕を生かす為に作り出した"欠点"なんだよ」
今度はポルナレフが沈黙する番だった。あまりの言い草に反論も浮かばないようだった。
そんな彼の代わりに、承太郎が言った。
「何を言っても無駄だぜ」
ふう、と吹かれた煙が異国の空を刷く。
「こいつはずっとそうだ」
こちらもひどい言い方だったが、は満足そうに微笑んだ。とても可愛らしい笑顔だった。
「承太郎のそういうところ、嫌いじゃないよ。僕のことをよくわかってる」
いったいどこに満足する要素があったのか、花京院にもジョセフにもポルナレフにも、もちろん家出少女にも、誰にもわからなかった。