04
ドリーム小説
とにかくは憤慨していた。暴虐の限りをつくされた村民もかくやという嘆きと怒りは承太郎にぶつけられる。
「どうして僕がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ」
「てめえだけじゃあねえ。俺たちだって同じだ」
「ひどい、ひどい。こんなことが許されていいのか。僕の、僕の洋服が、僕の髪が……」
とうとうの目から大粒の涙があふれて零れはじめた。狼狽えたのは花京院だった。承太郎は面倒そうに顔をしかめ、そっぽを向いてしまっている。
少年は一見すると愛くるしい女の子だ。花京院は彼女―――彼の肉体の中に詰まっている我がままで自分本位でどうしようもない性格をこの数時間で充分に知っていたが、目の前で女子に漸近した人物が泣いていて見過ごせるタイプではなかった。スタンド使いという同じ立場である、数少ない仲間だという意識もどこかにあった。
ポケットから出したハンカチを差し出すと、栗色の長いまつげにたまった涙はまたぽろりと頬を伝った。どきりと胸が高鳴り、花京院は自分にぞっとした。この少年に魅力を感じるなんてことはあり得ないはずなのだ。優れたところは外見しかない皮肉な少女なのだから。
口を開いたは一度ハンカチに視線を落として、またすぐに花京院を見上げた。
「このハンカチじゃ涙しか拭けないじゃないか」
礼が欲しかったわけではないが、ムッとする気持ちは抑え切れない。ひと言好意的な言葉を添えるのが礼儀というものではないのか?花京院はいささか嫌な気持ちを抱えてからハンカチを受け取った。
の嘆きは再び訪れた。
外国人観光客に慣れた接客をする中華料理屋でそれは起こる。が食べていた小籠包が敵スタンド使いの攻撃の余波を受けたのだ。あらぬ方向へ弾き飛んだ蒸籠を呆然と見送ったはふつふつと沸き上がる怒りに身を任せ承太郎の背中を叩いた。非力なの暴力など承太郎には痛くもかゆくもないし、もはや慣れたものだ。は不条理に自分の時間を邪魔されると決まって承太郎の背中に拳を当てた。
軽々受け止めた承太郎は、自然と自分の身体でを守るように動いた。は驚いて承太郎を見上げる。彼の名前を各所で印籠のように掲げ厄介ごとのすべてを押し付けて来たであるが、自発的に承太郎から守られたことは初めてだった。
ジャン・ピエール・ポルナレフはの性別を知って卒倒した。こんな現実が許されていいのだろうか。否、そんなはずはない。からはひとかけらも男性を感じられなかった。よく見れば少し、女子にしては身体が薄っぺらいか。その程度のことは違和感にもならず、レースのついたブラウスとフリルたっぷりのスカートを身に着け、勇気ある白いタイツを履きエナメルの装飾が施された厚底の靴で地に足をつける少年は紛れもなく少女だった。
「カーッ!こんなことってあるかよ!?結局この旅は野郎ばっかりじゃねえか」
二艘めの、誰も居ない旅船に乗り込んだポルナレフたちは、改めての姿をじろじろと眺めまわした。
「心外だな。僕は自分が男であることは否定しないけど、野郎に数えられるほど自分を見誤ってはいないよ」
潮風を忌々しげに睨みつけるはそう言った。確かになとポルナレフが同意した時、クレーンに釣り下がっていたフックが動いた。
振り子のように大きく動いたフックの軌道の先にはがいた。
少年に飛びついた影があった。それは承太郎でもスタンドでもなく、一人の船員だった。階段から甲板に上って来たばかりの船員は事情も分からないまま、ただ少女の姿をした子供を助けんがために水平の軌道に飛び込む。突き飛ばされたは甲板に尻と背中をしたたかに打ち付けて咳き込んだが、唇まで上がって来た文句は凍り付いた。
「嘘……だろ」
船員はぴくり、ぴくりと動いていた。の能力を知るポルナレフは、血を流し瞼を震わせる男の傍らに膝をついて、茫然とするを呼んだ。早く治してやってくれと言われても、は動けなかった。の頭の中でめまぐるしくある思いが回転し、適切な言葉を見つけるより前に否定していた。
「無理だ」
ポルナレフは何を言われたのかわからないようだった。救う手立てはあるのだ。のスタンドは傷を治す。ポルナレフはの能力を断片的に知っていた。
なぜ無理なのか、は理由を言うことをやめた。アヴドゥルが警戒の体勢をとっても、ジョセフが船員たちに指示を出しても、承太郎がの手を引っ張り立ち上がらせても、はただ船員が息絶えるのを見ているだけだった。
は何を言うべきかわからなかった。こんな出来事は初めてで、どう反応することが正しいのかがわからなかった。助けられないことは知っていた。助ければ、自分が死ぬことを知っていた。は今ここで死ぬわけにはいかない。なぜなら―――……。
スカートの白いフリルに血の飛沫が染みていた。
考えがまとまらない末に出た言葉は、本人も意外に思うほどに冷淡なものだった。感情が言葉に追いついていなかった。
「血が、ついちゃったよ」
小さな声だったのに、その場にいた五人全員が言葉を聞いた。小さな声だったからこそ、聞き逃さなかった。は冷酷で無慈悲で人の命をないがしろにする。咄嗟に感じた想いは払拭されることなく、彼らにの印象を強く根付かせた。
承太郎は一人ハンカチを取り出してに手渡した。少年はそれを受け取って、途方に暮れた表情で、汚れてもいない頬を拭った。