ボーダー本部 外務営業部所属の彼女の企画
ワートリカフェメニューについての考察
ここは一つ、親しみを感じさせるというのはいかがでしょう。
そんな突拍子も無い台詞から始まった企画は、どこから予算が下りるのか想像もできないほどちんぷんかんぷんなものだった。こんな話は見るからに泥舟だ。泥舟を小切手で買ってどうする。ゆるやかに脳裏を支配する感覚を力技でねじ伏せてしまえるほど迅悠一の思考は異議まみれである。
しかしプランニングした本人は、まっすぐ見据える先には自分が飾りつけた花道が待つのだと心から信じている。信じているからこそ、ぴしりと背筋をのばしてタブレット端末を操作する。
通信先の大画面に映し出されるのはわかりやすい金銭の流れと、成果が挙げる利点の羅列だった。
「泥舟とおっしゃいましたが、この泥舟の沈む先は有益な沼です。まず、この案件が実現することにより外部から見る我々の活動に多角的な視点が生まれます。ありえない企画だからインパクトが強いんです。……もちろん、予算の無駄づかいと誹られる可能性は高いです。しかしそのような誹謗中傷は結局のところ何をしても生まれるものではないでしょうか。活動をする限り、息をする限り、そしてたとえ活動をやめようとしても、他者からの意見は常に理不尽です。だからこそここで『侮り』の感情を宿らせることが得策である、と私は考えます。相手を軽視する、呆れる、……そういったマイナスの感情は逆に言えば得体の知れないものを己の領域に引きずり込む行為に繋がります。『無関心』ではなくなるのです。もっとも恐れるべきは『無関心な世界』です。だからこそ、このタイミングで、この『くだらない』と評される企画をご提案しました」
「くん……!!」
食い入るように大画面を見つめていたお偉方が膝を打った。
「きみがそこまで言うのなら、わかった。やってみたまえ。きみは実績がある有望な人材だ。開催期間は臨機応変に決めなければならないが……、それを前提にくんはいつまでに内容を固めるつもりだね?」
は表情をきりりと引き締めたまま小さく顎を引いた。
「メンバーの方々からアイディアをいただいたのち、ひと月あれば広報も込みでこぎつけてみせます」
「わかった。それで構わない」
いや、迅悠一としてはまったくなにも構わなくない。
関係者の一人として呼ばれていた迅は、会議を終えたに声をかけられるまで、『電話予約オンリーにするのはやめさせたほうがいいのか?』と薄ぼんやりした欠けらを追いかけていた。
振り返れば、目を輝かせたがいる。
彼女の表情自体は胸がぎゅっとなるくらい好みなものだ。その口が何を喋ろうとするのか、なかば予想ができていたとしても。
「迅くんはぼんち揚が好きなんだよね?」
「あー、うん、まあ」
「コラボメニューとなるとやっぱりぼんち揚を入れたいよね?」
「あっ、普通に単品じゃダメなんだ……」
「それだとただのぼんち揚じゃん」
「逆にさ、普通のぼんち揚を何とどうコラボさせるの? コラボカフェとかでよくある……アイスクリームに添えるしょっぱい系あつかいとか?」
あまりおいしくなさそうだが。
は首を傾げた。
「ん? コラボメニューって言ったらアイスクリームよりパフェがメジャーだよ? ウエハースの代わりにぼんち揚を添えるっていう感じ?」
もう市場調査まで完了させているらしい。メニューもある程度の組み合わせを決めてから会議に挑んだというのだから気合いが見て取れる。
「ドリンクが難しいよね。コースターをランダムでつけるとなるとたくさん飲んでも苦にならない味付けじゃないとお客様が可哀想だし、メンバーひとりひとりだと数が多すぎるからそこは隊でまとめさせてもらうとして……、……迅くん的には『何々隊はこれでしょ』みたいなのある?」
「ぜんっ、ぜん、思いつかない。だってさん、飲みものとかジュースっつったらストローかマドラーしか手の加えようがなくない? ストロー or マドラーで表現できる隊の特徴って難問極まるって」
しかし律儀に考えてみる。
「……太刀川隊のドリンクには棒さしたら?」
「……洗いものが増えない?」
いまいちイメージにぴんときていないに補足する。
「食える棒にしなよ。あー、安上がりにポッキーとか」
「なるほどね!?」
の目がまた輝いた。
迅くんすごいね、と素直な言葉をもらった迅はくすぐったくなった。
もうちょい違う場面で褒められたかったけど贅沢は言わない。
こんなテキトーな五秒クオリティで生まれてしまった『太刀川隊のドリンク』が企画部で大いにウケまくり、本当にメニューとして実現してしまった瞬間の気まずさは、本当にやばかったけれど。
*
無事に開幕の朝を迎えた『ボーダー・カフェ』。
給仕の顔ぶれにこっそり混じった迅悠一はその盛況ぶりにため息をついた。
いや、嘘だろ。ありえないって。
まさかなとは思ってはいた。繁盛、しなくもなくもないだろう。しなくもなくも。
(いやありえないって)
次々に注文が入り、キッチンスタッフは謎のレシピに従って不可思議奇妙奇天烈珍妙理解不能な料理を仕上げていく。
中でも人気を博するのは。
「ぼんち揚げパフェ、またー!?」
「ぼんち揚げ足りないよ! 箱開けてこい箱!」
「迅悠一だろこれ考えたの。ぼんち揚げだもんな。どんな味覚してんだ」
ひとこと言わせてもらうなら迅悠一はこのメニューに限っては手を出させてもらえなかった。最初期に意見を求められたとき、企画者であるに『ぼんち揚げへの冒涜では』といったような内容の反応をしてしまったのがよくなかった。は人の意見をきちんと聞き入れ考える思慮深い人物だが、あの瞬間の彼女は『ボーダー・カフェ』に対する挑戦的な気持ちが強かった。『やってもみないで却下するのはどうかと思う』と正論で切り返されて黙り込んだ。
あとから思うと暴論である。
「ドリンクはどう?」
ひょい、と背後から声がかかった。
わかっていたので、迅は動揺せず、振り向きもしないで口をとんがらせて答えた。
「台詞つきのやつが出てる」
「やっぱりブロマイドと引き換えにできるようにしたのが良かったのかな。良い顔してたもんね、迅くん」
迅はここでようやく不満顔を向けた。
仕事用のスーツにひっつめた髪型で物陰にひそみ目立たないよう偵察する、企画の立ち上げ人に。
「『キメ顔して』ってめっちゃ言ってきたひとがいるからじゃん」
「それでこれが出るのもなかなかよ」
の手にはマットな仕上がりのブロマイドが一枚あった。
自然体の笑み。
ゆるくも見えるポーズは迅悠一の個性を引き出している。
正体不明所属不明能力不明なマスコット的存在、と言われても頷いてしまいそうな、迅悠一の素顔をあやふやにする絶妙な角度。
何度見てもいい出来だ。
「さん。ぼんち揚げパフェほんとに誰が考えたの。あんなの」
「私だけど」
「は」
「迅くんが『ぼんち揚げパフェとかぼんち揚げへの冒涜でしかないしこんなの食うやつの気が知れない』って言ったから食べられるものを作ったの」
「いやおれそこまで言ってないよ!? 捏造やめて!?」
「出してみたら好評だから私の勝ち」
「なんの勝負!? 料理なら味で競おうよさん。見てほら、完食してはいるけどここの……ほら、回収したアンケート」
紙束を見せつける。
ご自由にどうぞ、の下につくられた大きめの枠には、企画への褒め言葉と楽しんだという言葉のほかに、だいたいこう綴られている。
『ぼんち揚げとホイップクリームは合わないのでは』
俺が一番そう思う。
見つけるたびに大きく頷いて同意するご意見だ。
はじっくりと有難いご意見を六枚ほど読んでから首を傾げた。
「でもぼんち揚げパフェがいちばん売り上げてるから」
だよな。
企画者としてはそれが最優先だもんな。
さんの仕事に私情を挟まないところ、好きだよ。
せめてポジティブな言葉で気持ちを立て直そうと口を開いたところで、迅悠一の心は折れた。
「おいぼんち揚げ足りねーぞ! 箱開けてこい箱!」
「はえーよぼんち!!」
あっ、はい、開店から一時間ですけど、もう三箱終わったんですか。
のガッツポーズが目の端に入って、こげ茶の髪がうなだれた。
2019 0108