組織の一角に押し入りがあった。ネアポリスのアパートの一室に構えられていた小さなアジトでは、全員が殺され、死体の身体も服も手も、顔すらもずたずたになっていたので、どれが誰の死体かもわからないありさまだった。血まみれの部屋にはメッセージの一つも残されておらず、犯行の痕跡も見つからない。金目のものは盗まれていなかったし、ひどく異様な現場だった。私のいる組織は、敵対勢力の仕業と見たらしい。捕らわれていた仲間を助けに誰かがやって来たのだとは思わなかった。なぜなら部屋の中には拘束され、他の男たちと同じような惨憺たる死体と化した二人の姿があったからだ。それが誰なのか顔では判別できなかったが、ぶちまけられた血の中には確かに拘束されていた二人のそれが混じっていた。この部屋にいた全員が何者かに殺されたのだと多くの構成員が判断し、濡れ衣を着せられた一つの組織が壊滅の憂き目を見た。
私は一人そのニュースを聞き、笑みをひきつらせていた。どうやら恐ろしいチームに恐ろしい情報を流してしまったらしい。壊滅した組織構成員全員が殺されたのは、私が電話をかけた彼に指令書を渡した数日後の話だった。マッチポンプとはこのことか。封筒を渡すと、彼はジェラートも頼まずに受け取って、史上最速で場を後にした。去り際に言われたのはお礼だったのか、どちらかと言えば『敵』に属するようになってしまった私への罵倒だったのか。後者ではないと思いたい。

しばらく会う機会は訪れず、私も彼と連絡は取らなかった。例の押し入りのせいで事務処理が忙しかったとも言える。あちらこちらのチームに後始末の任務指令を手渡し、ネアポリスを駆け回った。喜ばしいことに、体重が減った。
季節の変わり目で風の匂いが変わる。その頃になると、ようやく某チームに向けての指令が飛び始めた。
しかし、ジェラテリアにやって来たのは二人組の男だった。片方は見覚えのある切れた顔に笑みを浮かべ、もう片方は不愛想にオレンジのジェラートを頼んでいた。
「あんたって『重い』って言われない?」
ここに来なかった彼は、私への対応に迷っているのだという。仲間の危機を報せたのはいいけれど、ちょっとした異変からチームの様子に気づき電話をかけ、情報を流した私に戸惑っているのだそうだ。気持ちはわかるなと思い頷いた。重いと言われたおぼえはなかったが、私が彼なら少し距離を置きたくなるかもしれない。
「それそれ。悪いけどしばらくはお預けな。礼も兼ねて、俺らがジェラートを奢るからさ」
「お気持ちは嬉しいのですが、ジェラートよりも、ひとつ伝えていただけますか?」
「うん、何?」
爽やかな笑顔に言葉を押しつける。なんだか彼らには自分勝手を突きつけてばかりだなと、今更な羞恥が襲ってきた。
「もうお名前は結構です。来てくださらなくてもいいので、これからもお元気でいてください。……これでお願いします」
「えっ、短いな。俺、メモる準備してたんだけど」
不愛想な方が、よく喋る方にオレンジ味を食べさせた。この二人はデキているのだろうか。
「準備なんかしていないくせによく言うな」
「あははは、心のメモだよ、心のメモ!……で、本当にそれでいいのかい」
これ以外に言いようがない。
私たちの間に特別な関係はなかったのだし、一方的に想いを伝えた結果、善意の散歩が始まっただけだ。ちょっとした会話や街歩きの仕草を知り、私は戸惑いながらも楽しさを感じていた。心も一時的には満たされていた。それで充分だと思う。
「名前も知らねえのになー」
「恋に名前は必要でしょうか」
「要らねーかもね。……でも、俺から名前を教えてやろうか?」
今度こそ首を振る。
「シニョール、ありがとう。要りません」
「言うねえ。伝えとくよ」
二人は席を立ち、もう一つ持ち帰り用のジェラートを頼んでから店を出て行った。後姿は目で追わず、私も空になったトートバッグをたたんでハンドバッグにしまい込む。