歯切れの悪い返事が続いた。
指令の書類を渡しても、彼はどこか地に足がつかない様子で返事に活力がない。何かがあったのだと、どんな人でもわかる。

組織を歩いていると、奥まった部屋から愉悦の声が聞こえてきた。捕まえたぞ、と言っていた。
危険には飛び込まない主義だったが、ふと、好きな人の不自然な態度を思い出した。虫のしらせが私を突き動かした。
足音を殺し、そっと隙間からドアの向こうを覗き込む。そこには態度の悪い男が数人と、縛られ床に転がされた二人の男がいた。
「どう処分しようかなあ」
楽しげな声がそう言って、熟考の時間として一週間の猶予を取り決めていた。私は後ずさり、誰にも気づかれないよう息を殺した。見てはいけないものを見てしまった。組織の裏切者に処罰を与える計画など知りたくない。七日という数字が、迂闊にも聞いてしまった自分にのしかかってくるようだった。ぎらぎらと瞳を燃やす二人の裏切者に何かを感じてもいた。何か、似たようなにおいをどこかで。
自分の地位を思い出す。そう高くはないが、色々な場所へ連絡役として出かけている私は彼らの顔も知っていた。
ひと息整えて、ドアをノックした。今私が死ぬと、ほんの少し役職に穴があくとわかっていたからできたことだ。
「あ?……じゃねえか。今は取り込み中だ」
「道に迷って戻って来ました。すみませんが、三番地の公衆電話はここを出てどちら側に行けばいいですか」
「右じゃねーの?」
「真っ直ぐだろ、三番地なんだから」
彼らは窓の外を指さした。
「ありがとうございます。失礼します」
どうとも思っていない口調で話すのが、こんなにも難しいことだとは知らなかった。恋に緊張していた時だって、ここまで口は渇かなかった。
踵を返してから、さりげなく振り返る。転がる二人は私を見ていた。こちらを睨みつける反抗的な瞳から伝わる気力が、やはり誰かを思い起こさせた。名前を知らないから、顔を思い描くことしかできないけれど。
「ところで、その二人は?どこかのチームの裏切者なら、死亡届を上に出すのは私の仕事ですか?」
数人の男は顔を見合わせて笑う。
「直接こいつらの仲間にブチ届けるから届はいらねえ。お前の仕事にはならねえから安心しな」
「そうですか」
「見せしめにするんだとよ。こいつらのチームも、仲間がいなくなってそわそわしてるかと思うと小気味いいぜ。来月には全部カタがついてるさ。せっかくだ、見せてやろうか?」
大枚をはたいてでも断りたい。私に加虐の趣味はなかった。
「気が向いたら伺います」
これだけ言って、ドアを閉める。早足にならないよう気をつけて廊下を戻ると、外に出た。珍しく湿気の多い晴れの風が生ぬるい。
三番地に行くふりをして真っ直ぐの道を歩き抜け、あの部屋から見えなくなる頃に角を曲がった。適当な電話ボックスに入り、不規則な番号を押す。数コールで出た声に、どうしようもない焦燥をぶつける。
「今、そちらに何かが起こっていませんか?」
恋をしているからだとか、親しくしているからだとか、そういう気持ちも関係していたのかもしれない。大切だと思ったから、できることをしたくなった。たぶん、それだけだ。