理由はわからないが、彼はジェラテリアで突然の告白をした私と、その後もずっと会ってくれていた。担当の人が変わることもなく、会話に奇妙な空白が生まれることもない。まるで何事もなかったかのようだ。
ただ一つ違うのは、書類の受け渡しを終え別れるだけだった私たちが一緒に店を後にし、他愛のない世間話のふろしきを広げながら街を散歩するようになった点だった。
ショーウインドウの中の自分が不思議そうにしている。無理もない、とこみ上げたため息をこっそり飲み込んだ。私たちの今の関係には意味がない。なにせ、シニョールには私と恋をする気など毛頭ないのだから。ちょっぴり『イイな』と思った程度で、付き合うなんてかけらも考えたことはなく、私からの告白は寝耳に水もいいところだった。それなのになぜこうして、デートの真似事をしてくれているのか。
隠さず疑問をぶつけたところ、彼は簡単にこう言った。
「ただジェラート食って話してただけなのに、よりにもよってなんで俺なんだかが気になってな」
「あなた以外の人とはあまり会ったことがないので、比較の対象にはならないと思うんですけど」
「それでもだよ。ただ会話してただけだろ?」
私以上に意味を呑み込めない顔をしているので、私は彼の手に視線を落としてから提案した。この手は私よりもずっと大きい。スプーンを持って鮮やかな色の冷たいお菓子を食べている姿も、見ているとすごく心が和んだ。もっとずっと見ていたいなと思ったし、できれば手を繋いでみたいなともずっと思っていた。
「……あの、説明しますか?どんなところを好きになってしまったのか、一から」
「頼むわ」
手始めに手の話をした。大きくてあたたかそうでたくましい手をしていて気になったと口にすると、彼は自分の手を見た。それから私の手を見て、確かにオメーは小せえもんな、と言う。すごく恥ずかしくなり、こっそり手を背中に回して隠した。少女のような自分が情けない。
いかつい顔つきは好みのタイプとは違っていた。ただ、何度も目を合わせるうちに伝わってくる豊かな表情と頼りがいのある話し方に、自分にないものを感じてゆく。人は自分にたりないものを本能的に求めるというけれど、本当かもしれないなと思わされるほど、私と彼には共通点がなかった。同じ組織に属しているくらいだ。性格も会話の運び方も、きっと趣味も生まれも違う。名前の響きももちろん違うし、体格も違う。服の趣味も異なりそうだ。けれど、深いところで私は彼に共感を抱いていた。私は『大切な人』をすごく大切だと思っている。当たり前のようで、これだけは自覚があるし自信もある。私は大切な人を大切にする。彼も同じだ。自分の仲間を優先し、尊重し、愛する。この人は仲間の情報など一つも漏らさなかったが、ちらりちらりと垣間見える優しさと度量は大きな魅力だった。
手を繋ぎたいし、ハグもしたい。笑った顔を見ると嬉しくて、もっと笑ってほしくなる。声を聞きたい。同じ思い出を共有したい。要するに、好きだった。
「……それでですね、まずはお名前を知りたかったんです」
彼は頭を抱えていた。それもそうだ。何とも思っていない、むしろただの架け橋でしかない女にここまで言われたら気持ち悪くなるだろう。
「ほんっとにオメーとどうこう、なんて考えちゃいなかったんだ」
「はあ」
「だがな」
目を合わせてくれなかった。多少は心を動かされたのかもしれない。
「さすがに照れるぜ、こいつは」
この調子で名前を教えてくれたらいいのに。私は鞄を肩に掛け直した。彼はまだ顔を逸らしたままだった。