ドリーム小説
並んで街を歩きながら、いったいどうしてこうなったのか、私は首を傾げていた。
確かに想いを告白したのは私の方だった。まさか受け入れられるとは思っていなかったし、実際、彼は私の気持ちをジェラートと一緒に溶かしてしまった。急に何なんだよ、と戸惑った声がまだ耳に残っている。
それがなぜ、私たちは並んで街を歩いているのだろう。
ジェラテリアで待ち合わせをし、ジェラテリアで別れる。私の方が先に出て、お互いの居場所は詮索しないというのが暗黙の了解になっていた。今は同時に店を後にしただけでなく、腕一本分の距離をあけて一緒に石畳を踏んでいる。
「まあ、気持ちは嬉しいぜ」
イタリア人らしからぬ気の遣い方だ。彼は嫌なことでも即座にNOとは言わず、ワンクッションを置いてくれる人だった。ずばりと言うところは言うのだけど、この見た目に合わない細やかな部分も心をくすぐってくる。私は素直に頷くことにした。
「だがなァ……無理なのは知ってるだろ?」
「ええ、よくよく」
私は連絡役でしかないし、彼らは組織の手足でしかない。お互いに個人的な感情を持ってしまうと、少しだけ面倒だ。私情を挟むつもりはないが、誰かにはそう受け取られるかもしれない。どちらにとっても特にならない。
「ただお伝えしたかっただけなので、気にしないでください。自己満足というやつです。私は半年程度この気持ちを抱えていたので、そろそろ打ち明けたくなってしまって」
シニョールは大げさに両手を上げた。
「イヤイヤイヤ、オメー、アレで気にすんなって方が無理な話だろ。俺たちはこれからもこうして会うんだぜ」
「いいんですよ、シニョールが来なくても」
「オイオイ」
連絡さえ取れれば組織としては何の問題もない。最初に「暇だったから」と選ばれてやって来たこの男が、惰性でずっと役割を引き受けてくれていただけだ。これでずっと気まずくなるようなら、私は書類を渡せればそれで良いので、別の誰かになっても構わない。
寂しさはあるし残念だとは思うが、一度告白してしまうと、何やら随分とすっきりしてしまった。私は彼を見上げ、いいんですよ、と繰り返した。
「お気になさらないでくださいね」
「だから、気にするだろ」
まともな神経を持つ人だ。この組織に属していると、こういった反応は珍しい。もしも私が『ボスに近しい人々』に同じようなことを言ったとして、彼らがこんなに誠実な対応をしてくれるだろうか。この人のいるチームに渡す書類をやり取りするだけの関係だが、実に冷酷な嘲笑と陰口が返ってくることだろう。
「本当はあなたの名前を呼んでみたいんです。ですが、負担にはなりたくありません」
ショーウインドウに映る私たちの姿はアンバランスだ。雰囲気も身長もがたがたで、あまり共通点はない。
彼は立ち止まり、頭の後ろを何度も手で撫でつけた。どこからどう見ても困った表情を浮かべているので、私の心にも後悔が広がっていく。負担になりたくないなどと言っても、こんな想いを打ち明けられてしまえば重く考えずにはいられないだろう。三年も不定期に会話を続けているのだから、私もそのくらいはわかっていたはずだ。気にしないでほしいと言うのもわがままだし、私はこの仕事から外れられないのに、ひどく迂闊なことを言ってしまった。
「まァー……、この三年間でオメーについて何にも考えなかったっつったらウソになるんだけどな。シニョリーナに言うのも何だけどよォ」
私は「はあ」と曖昧な相槌を打ってから込められた意味に気がついた。好きだ嫌いだの話ではなさそうだ。こういった話題を女性に向けるのはどうなのかとも思ったし、好意を持った相手とはいえ少し理解が及ばなかったが、あえて伝えられたということは、ここから断りの文句に通じるに違いない。私は静かな気持ちで曲がり角を通り過ぎた。彼も両手をポケットに突っ込んで、私のちょうど隣を歩いている。
「だがな、無理なんだよ。俺とオメーじゃあ立場が違うし、……疑うワケだが、こっちの内情を知ろうとしているのかもしれねーだろ?」
「そうですね」
決して短くはない時間、向かい合ってジェラートをつつき合い世間話をしていたとしても、私たちの関係はこのようなものだ。
「担当、変わりますか?」
窺い見ると、彼は目を逸らした。
「俺は気にならねーが、オメーが気まずいってんなら」
「私は気まずくありませんが、むしろ、気にならないあなたがおかしいのでは」
「どっちもどっちだろ」
呆れた声が、私の肩を励ますように叩いた気がした。