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刀剣乱舞 (彼氏持ちの女審神者の話)
大将、と声をかけられ、審神者は振り返った。かたわらに湯飲みののった盆を置く細身の少年が、障子戸を開ける。
季節の風が部屋の中を駈け、紙を何枚か巻き上げて逃げていく。
「あ……、悪いな。大丈夫だったか?」
「平気平気」
散らばったものをひとまとめに横へ除け、審神者は立ち上がって薬研を迎えた。
人の為に座布団を敷いてやることを覚えたのは、何もかもが目新しく、そして古めかしいこの時代にやってきてからだ。
薬研は審神者の為だけに茶を淹れたようで、盆の上に彼の分の湯飲みはなかった。
「最近は……どうなんだ? その、あー……」
おそるおそる切り出され、審神者が怪訝そうに首をかしげる。
「どうって何が」
「……あー……」
これを認めることは、刀剣男士たる自分たちを傷つけることだ。心の柔らかい部分がギュッと締めつけられる。
刀剣男士は常に、審神者の一番でありたいと願っている。
もっとも多く振るわれ、頼りにされ、心をかけて手入れされて初めて真の幸福の桜を放てるのだ。
だからこそ、この現実が少し苦しい。
審神者にとって、自分たち以外にも心を傾ける相手がいるのだということは。
「その、恋人さんだよ。うまくいってるのか? 前に話してただろ、……『遠恋がつらい』だったっけか」
ようやく話題の意図が読め、審神者は幸せそうに笑う。照れくさそうに頭を掻いた。
「ラブレター見る? あのさー、世界で一番愛してるって書いてあったんだよ! もぉ、私も嬉しくてすぐ返事を書いたんだけどさ、この間報告書に紛れさせて本部に送ったら投函どころか返送されてきちゃったの。だから次の面談の時まで返信できないんだよ。クソじゃね?」
「女がそんな言葉遣いをするもんじゃないぜ」
「いいじゃん、もはや手遅れだよ」
審神者の笑顔は薬研の幸せだ。
しかし、内容が内容である。
軽く諌めてもどこ吹く風と無視されてしまうので、そろそろ諦め時かとも思うのだが、軽妙なやりとりが面白くてつい言ってしまう。普通ならばしつこい忠告にうんざりするものだが、細かいことは気にしないこの審神者にはまったく堪えていなかった。
そも、機微に繊細であれば、こんな無神経な話を刀剣に持ちかけたりはしないだろう。その点からも何かすっとぼけた香りを感じると言ったのは誰だったか。長谷部でないことは確かだった。
長谷部といえば。
薬研はふと思い出し、問いかける。審神者はすっかり気を抜いてお茶を飲んでいた。
「そういえばこの間、乱と話してたよな」
「え?」
「『四次槍の忠義とおんなじじゃねーの』って言ってたって乱が不思議がってた」
そんなこともあったかと眉根を寄せ、審神者の記憶がぐるぐると回る。長谷部の忠義が四次槍みたいだなあと思うのはいつものことだし、誰かに話しても通じることではないのであまり口にはしていないはずだけど。
乱かあ、と名前を口の中で転がす。そんな日もあったかもしれない。ポロッと言ってしまったに違いない。乱のコミュ力は女子会でのそれに似ているから、つい色々と喋ってしまうのだ。
「あの人は槍兵じゃないぜ?」
「まー、そーね。こっちの話だよ」
「そうかい」
それ以上は追及せず、薬研はおとなしく引き下がる。たぶん薬研の理解できない世界の話に関わるのだろう。
審神者はぐっと勢いよくお茶を飲み干すと、さあて、と腕まくりをするふりをした。
「残りを片付けたらおやつでオナシャス」
「大将……」
最後までちゃんと発音して欲しいものだ。
薬研はそっと引き下がり、気楽に振られた手に笑って戸を閉めた。
「……あ」
本当の用事を思い出すのに、ほんのわずか時間がかかった。
もう戸は閉めてしまった。
仕方がない、後にしよう。
薬研はため息を隠さず吐き、盆を持って立ち上がる。
20150222