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彼氏持ちの女審神者の話×魔法


 けたたましい音と共に開け放たれた扉に、フォークを咥えた審神者は教員席で顔を上げた。

「なに?」

 隣に座り、チキンのローストに苦戦していた清光が眉根を寄せて不機嫌な顔をする。

「うるさいなー」
「ね。超うるさい」

 大広間に飛び込んできたのはクィリナス・クィレル。審神者に正体を握られ、辛酸を舐めたDADAの教師だった。

「トロールが……地下室に……」

 喘ぎ喘ぎに言い放った警告に、大広間中が悲鳴を上げた。恐怖は伝播し、クィレルの直接の声が聞こえなかった端の席の生徒たちも頬に手を当て、口元をおさえ、立ち上がって逃げ惑う。
 どこに逃げ場があるっていうの、と清光が言った。確かにこの大広間は閉鎖的で、出入口はひとつしかない。外に出ればトロールの恐怖は倍増するだろう。どこから襲ってくるかわからない強大な魔法生物だ。生徒たちが恐れるのも無理はない。
 だが、ここにいれば安全だとは誰も思わないのだろうか。
 思ったとしても、口には出せないのかもしれない。この空気に呑まれず声を上げようとしても、きっと誰にも届かないだろう。賢明な生徒たちはそれがわかって、せめて友人を宥めようと苦戦している。
 ダンブルドアが花火をいくつも爆発させたような激しい音を立てた。審神者は肩を竦めて耳を押さえる。細部まで知っているわけではないので、こうして不意を打たれると素直に驚く。
 清光は一応、チキンから手を離した。しっかりと布で手についた油を拭う。審神者もフォークを置いて、美容の為に食べていた温野菜の皿を押しのけた。

「ねー、トロールって強いんだっけ? 私の記憶ではすんごくのろまだったけど」
「俺も細かく憶えてるわけじゃないけど……」
「じゃあのろまってことでいいや」
「主様のそういうところ、好きだよ」
「あんがと」

 適当極まりない。
 マッシュポテトの山を切り崩し、審神者はぶっ倒れたクィレルには目もくれず、フォークを口に運んだ。
 非常事態にもかかわらず、教員席で唯一、優雅に食事を続けている審神者にダンブルドアが視線を遣る。彼女がここまで落ち着いているということは、この事態は『想定内』のことなのだろう。だが、実際に流れているこの時の中で、確かなことなどありはしない。監督生に生徒たちを誘導させながら、マクゴナガルに指示を出す。
 混乱に乗じて姿を消したクィレルとスネイプに気づいたのは清光だった。あれ、いなくない? そう言って審神者の注意をひいたが、審神者は料理のカロリー計算をするのみで特に反応は見せない。

「ドンパチやってんじゃない?」
「物騒だなあ」
「ホントにね」

 審神者と清光も立ち上がり、見物がてら、教員についてトロールがいたという地下に向かった。

 トロールはまだ、地下室に居た。それを見ると同時に、教師陣に戦慄が走る。埃が薄く積もった床には、明らかに二種類の足跡があった。ひとつはこの、地下室にいるトロールのものだ。そしてもうひとつのトロールの足跡は、明らかに城の中へ向かっていた。

「二体……!?」

 動揺したマクゴナガルの隙をつき、トロールが棍棒を振り上げた。失神の呪文を凶器で薙ぎ払い、手近にあった古びた棚を破砕する。殴り飛ばされたあわれな棚は砕けながら壁にぶつかり、無情な音を立てて崩れ落ちた。もうもうと立ちのぼる砂埃に誰もが腕で顔を庇った。
 トロールの愚鈍な、濁った瞳が審神者をとらえた。誰よりも先に敵の動きを察知した清光が前に出る。地鳴りが起きるほど無遠慮に、のしのしと足を動かし主に近づく異形の雄に白刃を構えた。
 細身で、杖も持たない。あれほど細い刃がトロールの厚い皮膚を破れるはずがない。
 そう思った『魔法使い』たちの考えは、直後に一掃される。
 振りかぶられた棍棒が振り下ろされるよりも早く、清光は「いいよね?」と敵から目も離さず審神者に問いかけた。審神者は腕を組み、「よかろー」と答えた。
 片刃が煌めいた。
 一閃。ただそれだけでトロールはバランスを崩し、太く呻いて膝をつく。だくだくと傷口から漏れ始めた血の色に驚いたかのように棍棒をとり落とす。
 刀を振り、血を振り払うようにした清光は、審神者にもらったリップクリームを丁寧に塗った唇をとがらせた。

「殺してないから」

 追及される前に言っておく。
 清光の言う通り、トロールはもがいていた。痛みと、立ち上がろうとしても立ち上がれない自分の身体に対する戸惑いが走り、憐れっぽくあたりを見まわしては低く泣き声を上げる。
 マクゴナガルは知らず、つばを飲み込んでいた。
 この青年は、脅威だ。
 杖を持たず、刃のみで危険なトロールを退治してしまう。殺さずにとどめる方法を知る、見た目通りではない青年は。
 そして同時に、この『主』は。
 染まり具合を確かめるため、エクステで伸ばした髪の先をいじくる審神者に自然と視線が集まる。この場に居る誰もが理解していた。彼女の一声で、あり得ない話ではあるけれど、一騎当千の青年たちがホグワーツの敵にまわるのだ。

「なに?」

 視線に気づき、審神者が首を傾げる。

「褒めたいなら清光を褒めたら?」
「え、……ええ、そうですね、ミスター加州、ありがとう。助かりました」
「別に、あのままじゃ主様が殴られそうだったからやっただけだし」

 感謝されるほどのことではない。
 そう言いたげにもごもごと言った清光は、サッと審神者の背に隠れた。微笑ましいひと幕であるが、マクゴナガルの中にくすぶった懸念はより深まる。清光が審神者を頼りにすればするほど、彼女の危険性が際立つような気がした。

「いったい誰がこんなことを……」

 思考を無理やり切り替える。実際に、気にかかることでもある。
 ちらりと目を動かしたのは、何もかもを見通すようなこの女性がどういう意見を述べるのかが気になったからだ。
 ダンブルドアが『とある事情』からホグワーツで預かることになった、教師でも生徒でもない、特別な存在。詳しくは聞かされていないが、彼女がいることは未来の為に必要なファクターなのだという。あのダンブルドアがそう言うのなら、そうなのだろう。
 だが、とマクゴナガルは瞼を下ろした。

「ミス・審神者。あなたは誰がやったとお思いですか?」

 審神者は首を傾げた。まるで、答えを知っているのにとぼけようとしているように、マクゴナガルには思えた。
 マクゴナガルの推察通り、すっとぼけた審神者は、あらぬ方向を見て言った。

「ワルモノじゃない?」
「……それはわかっているんですよ、ミス・審神者」
「それ以上はわかんなぁい」
「これは真剣な話なのですよ、ミス!」
「なんで部外者の私が知ってるって思うワケ? そんなん見つけたクィレルに訊けばいいじゃん」
「……それは……」

 確かに、その通りだ。
 正論を突きつけられると、それ以上は何も言えなくなる。
 胸の前で手を握りしめたマクゴナガルは、「そうですね」と思慮深いため息を吐いた。

「失礼。少し取り乱していたようです」
「それな」
「はい?」
「気にしないでってこと」
「全然違うでしょ」

 突っ込んだ清光には、誰も返事をしなかった。



20150701