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彼氏持ちの女審神者の話×魔法


 おそるおそる訊ねたのは、ハーマイオニー・グレンジャーだった。

 その人物はどこかから持ってきた椅子を草の上に置き、器用に胡坐をかいてカエルチョコレートのカードを眺めていた。
 背後から近づいた三人組に気がついたのは、狩衣のような装束をまとい、髪飾りを風に揺らす背の高い美丈夫だ。
 未だかつて、彼らが『彼女』に近づく者の気配を察知しなかったことはない。
 刀剣。
 英国にありながら東洋の民族衣装を身にまとう異質な青年たちを、魔法魔術学校の生徒は好奇心と畏怖の混じった感情を込めてこう呼ぶ。
 中には彼らを「acies」と呼ぶ者もいるが、『彼女』が紹介したとおり「刀剣」と口にする生徒の割合が勝っている。教師陣が先んじてその呼び名を使ったのが効いたのだろう。
 刀剣たちは『彼女』を何よりも優先する。絶対に、害意に触れさせたりはしない。悪意を持って近づけば、必ず刃のような鋭い眼差しで睨まれた。
 だから三人組は、こっそり、密かに、何もする気はないと全身で表しながら歩み寄るしかなかった。
 小高い丘の上、ハグリッドの小屋が見える位置で風に吹かれる『彼女』は、三日月宗近に肩を叩かれるまで三人の訪れに気づかなかった。
 振り返った女の顔が今日も過度なまでに整えられていると知り、ハリー・ポッターはなぜか安堵する。入学してからこの方、彼女の化粧が崩れたところは見たことがない。ジャパニーズが自らに施す化粧は、彼女にとても合っていた。あまりにも上手なそれは一部から「自分の顔に自信がない」「滑稽だ」と揶揄されることもあったが、こっそり女子生徒がやり方を訊ねに行くほどでもあった。頭の中身が詰まっていなさそうな軽い女、と言われ、期待はされていなかったのだが、意外にも彼女のメイクアップ教室は好評だ。
 三日月に示され、審神者は心底から意味がわからないと言いたげに眉根を寄せた。

「なに?」

 無感動すぎる声に、十代になったばかりの少年たちが怯んだ。笑顔のひとつも浮かべないので、余計にとっつきづらく感じられる。きれいな顔なのにもったいないな、とハリーは思った。どうして笑わないんだろう。
 笑いどころがないからである。
 これが彼女の通常であり、ストライクゾーンから大きく外れた少年たちに愛想を振りまく必要性などかけらも感じていないのだ。

「あの、私たち……あなたに質問したいことがあって」
「あ、そう」

 冒頭に戻る。
 おそるおそる訊ねたのは、ハーマイオニー・グレンジャーだった。
 審神者は軽く自分のネイルを確認した。相手が何をしていようが彼女はマイペースを崩さない。
 まともな返事ではなかったが、拒絶されていないとわかり、少女はおずおずと質問を口にする。

「あなたの名前って、どうして誰にも知られていないの?」

 爪から視線が外れた。
 興味を惹くことに成功したハーマイオニーは、勢いをつけて手を握りしめる。

「本で調べ……たんです。だけどホグワーツにある本には、トウケンのこともサニワのことも載っていなかったわ。もちろん、全部調べたわけじゃないけど。でも、特殊な役割だってことはわかる。ダンブルドア先生がホグワーツにあなたたちを『特別に』滞在させるくらいですもの。何かあるんでしょう?」
「うん」

 隠すことでもないので、審神者は頷いた。
 三日月の衣が風をはらんで膨れ上がる。
 空の雲はハグリッドの家の上を、悠々と通り過ぎてゆく。

「ええと、そうじゃないわ。私が訊きたいのは……、そう、名前。ダンブルドア先生もあなたの名前はご存じないって言ってた。訊いてはいけないともおっしゃられたわ。でもそれって、どうして?」

 審神者はたったひと言、「秘密だから」とひどすぎる答えを言って少女たちの失望を買った。
 そのやりとりに声を上げて笑ったのは三日月だ。上品に、衣の袖で口元を隠して目を閉じ笑いに興じる。
 ひとしきり肩を揺らして楽しんでから、彼はハーマイオニーたちを見下ろし、わらしを愛でるようにした。

「そう簡単には教えてくれんぞ。なにせ、俺たちでさえ知らない響きだ」

 これには三人組も驚いた。
 ハーマイオニーが言葉を失った代わりに、ロンが口を開く。

「おまえ、四六時中一緒にいるのに知らないのか!?」
「知らんなあ」
「じゃ、じゃあどう呼んでるの?」

 三日月は考えるふりをした。特に考えずとも答えはいくつもないのだが、こういうのはポーズが肝腎だ。
 ハリーたちはごくりと唾をのむ。

「『主』だな」

 この答えは少年たちの混乱を誘っただけだった。

「え、じゃ、じゃあ、その、後ろから……、そう! 後ろから呼び止める時はどうするんだよ!」
「ふうむ、そうだな。後ろから呼び止めることがないからなあ」
「え、え、え」
「ずっと一緒にいるからってこと?」
「ああ、そうだ」
「で、でも……万が一離れちゃったら?」
「『おうい、審神者や』と呼べば振り返るぞ」
「だからサニワってなんなんだよ!?」

 ロンが頭を掻きむしる。審神者が何なのかは審神者自身が投げかけたい質問だ。しばらく務めているが、いまだによくわかっていない。
 審神者も三日月も頼りにならないとわかり、ハーマイオニーはがっくりと肩を落とした。求めていた答えは得られそうにない。
 そもそもは遠くに見かけた彼女を呼び止めようとして、その名前を知らないと気づいたのがきっかけだった。
 少しでも距離を近づけられたら、と思ったのに。
 勢いを失ったハーマイオニーを見ても、審神者は別段なにも感じなかったが、その子供特有の肌つやには注目した。
 じろじろと顔を見られていることがわかり、少女は急に自分が恥ずかしくなった。

「ねえ、寝る前に何かつけてる?」

 ハーマイオニーの羞恥などつゆ知らず、審神者は手を伸ばして少女の頬に指を押し付けた。優しく磨かれた爪先はまったく痛くない。重そうに飾られているのに、羽根のようだった。

「な、なにも、つけてないわ」

 しどろもどろになってしまう。
 ロンとハリーが固唾を飲んで見守るなか、審神者はすうっと手を下ろす。片手に持っていたカードをハーマイオニーの手に握り込ませる。お駄賃だよ、というような仕草だった。もちろん彼女にそんなつもりはない。おそらく、と三日月は読んだ。カードが邪魔になったのだろう。

「あげる」
「え、……あ、ありがとう……」

 涼しい顔をして、何も知らないような素振りで渡された『それ』に。
 追い払われるように退散し、城へ戻ったハーマイオニーたちは目を丸くする。
 カードに描かれていたイラストと、添えられた説明文に、彼女たちが求めていたものがあった。



20150602