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彼氏持ちの女審神者の話×魔法


 基本的に、彼女は上司に逆らわない。法の穴はつくけれど。
 反発したところでどうにもならないと知っていたし、大切な存在を握られているとわかっているからだ。
 というわけで、嫌々ながらも審神者がそれを受け入れたのは、『本部』からの強い押しがあったためだった。
 大声で異議を唱えたのはむしろ刀剣たちのほうだ。守られていると理解しながらも、不服が口をついて出る。
 そんな彼らを宥めるのは、審神者との歴史がもっとも深い清光だった。

「はん、良い子ぶりやがってさ」

 涼しい顔の下に皮肉を隠した大和守にこう言われても、グッと唇を噛んでひと睨みするだけで終わらせる。心の中では既に二人の言い合いは始まっていたが、表には出さない。
 動揺し、涙を浮かべる短刀の前で、揺らぐわけにはいかないと思う気持ちがあった。
 短刀たちが見た目通りの年齢でないことはもちろん、知ったうえで。
 ああ、と審神者の隣に控え、畳に爪が食い込むまで手に力を込めた清光は気づく。姿かたちで相手を判断することのない自分たちだけれど、そうして己に言い聞かせねばならないほど取り乱しているのだと。
 審神者は、救いを求めるように伸ばされた手には気づかない。
 ここまで綺麗に放置されてなお心を傾けてしまうというのだから、審神者と刀剣の主従関係はおそろしい。
 審神者に言い渡された任務を簡単に説明した清光は、さまざまな方向から遠回しに「おまえはそれでいいのか」とちくちくやられて「うぐ」とうめいた。
 いいわけないじゃん。
 よっぽど言ってやりたかったが、審神者の隣に座る者であるという、己の役目が彼の口を閉ざさせた。
 深呼吸を一度する。
 清光の葛藤を知ってか知らずか、彼女は無造作に清光の背中を撫でた。
 あまりにもさわさわと忙しなく撫でられるので、居心地が悪くなって問いかける。

「なんで撫でてるの?」
「柔軟剤使ったかなーって」
「……使ってないと思うけど……。っていうかこれに柔軟剤使ったらヤバイでしょ」
「そーなの?」
「主様が言ったんじゃん!」

 手洗いでもダメかもねと言われたのは随分前のことだったけど、清光はよく憶えている。どういう意味かわからなかったあの時が懐かしいくらいだ。首をひねったその頃は、こんな命令が下されることなど欠片も想像していなかった。

 歴史が正しく進むように。
 過ちがないように。
 ひとりの少年を見守るよう。

 それが今、審神者に与えられた新たな仕事の内容だ。
 概要を聞いてふんふんと理解を示した審神者は、その直後にばしんと思い切り座布団を投げた。

「異世界トリップじゃん! よくあるやつ! 進研ゼミでこれ見た! ってやつじゃね!?」

 清光たちは『異世界トリップ』も『進研ゼミ』も何のことやらわからなかったので、深くは訊かなかった。
 気になりはするのだが、興味を持って問いかけたところでまともな答えは返って来ないと理解済みなのである。
 審神者は刀が全員おさまりきる、大きな部屋でひとり、立ち上がった。

「ってワケでー、ちょっと魔法界? ……に行ってくるから。こっちからみんなのうちの誰かを召喚してもいい?」
「むしろ主様が単体で動くほうが心配だから、呼ばないとか言われたらどうしようかと思ってた」
「私、サイコロ振るくらいしかできないもんね! ウケる!」
「ウケないけど……」

 けらけらと笑った審神者は、大事を小事と吹き飛ばす勢いだ。
 まず初めに、隣にいた清光をひっぱって立ち上がらせる。

「一番最初は清光ね。そんでー、また誰か呼ぶから。そん時は清光からこれを……」

 渡されたのは数珠の飾りだった。
 赤色か、青色かわからない、不思議に色が混ざり合って、黒にも見える玉ばかりだ。
 不思議と惹きつけられる魅力があった。
 見入る清光は、思わずそれを陽にかざそうと手を持ち上げた。向こう側の透けないガラスのような、奇妙なものだった。
 審神者が上司から渡された宝玉にはきちんと崇高な名前があるのだが、審神者はまったく憶えようとしなかったので、刀剣は単に「数珠」と呼ぶ。
 数珠には審神者の力が籠められ、この世とあの世を繋ぐ効果がある。
 この世とはすなわち、刀剣たちと審神者が詰めるこの館のことであり、あの世とはつまり、これから審神者が赴く世界のことである。
 この数珠を介して二つの世界が繋がり、あの世で仕事に勤しむ審神者の『近侍』として一振りの刀剣が召喚される。もちろん、召喚しなくてもよいのだが、ただでさえふらふらしている彼女を放置できる者はいない。嫌がられても押しかけようと心に決めていた。
 そんな彼女のほうからお呼びがかかったので、清光は少し前の憂鬱も忘れてしまいそうなほど舞い上がった。
 任期は前後するようだけれど、この世の時間とあの世の時間の進み方には違いがある。世界が違うのだから当たり前といえば当たり前だが、『こちら』で待つ刀剣たちにとってはありがたい情報だ。あまり長く、離れていたくはない。
 常に数珠を通じて交信もできるそうなので、遠征に回されることの多いにっかり青江や大和守などは、動揺をすぐに静められた。
 『近侍』を任される者がこの数珠を持つ。
 そう取り決めると、立つ審神者は清光の手にある数珠に指で触れた。
 審神者の指が突いたところから順に、玉に波紋が広がり、とけるような光を放つ。
 光はすぐにおさまるが、流れる動きですべての飾りを審神者が撫でると、二人の真ん中に巨大な蝋燭があるように影が揺らいだ。外の日差しが急激に陰る。風が吹き、審神者はなびくスカートを手で押さえて他人事のように「すっごぉい」と感想を漏らした。

「じゃあ、お土産はないけど待っててね。参考資料はそこに出しといたから、予習はごジユーに」

 審神者が言い残して、二人の姿が掻き消えた。
 残された刀剣たちは顔を見合わせる。

「……で、彼女はどこに行ったんだ?」
「マホウカイって、なんでしょうか」
「予習って、……これのことか?」

 和泉守が、積み重ねられた本を一冊取り上げた。
 分厚く、枕にちょうど良さそうだ。
 和泉守の肩越しに題名を読み上げるのは鶴丸だった。

「ハリー・ポッターと賢者の石」

 もちろん全員、首を傾げた。



20150529