neta02
刀剣乱舞 (彼氏持ちの女審神者の話)
晴れ男なのでは、と審神者は隣に立つ和泉守の様子を窺う。長い髪を風になびかせる姿は女性の目を惹くだろう色男ぶりだ。視線に気づいたのか、顔を前に向けたまま、和泉守の、空を映していた目が動く。
「何だよ? 見惚れてんのか?」
「そお。見惚れてんの」
「やけに素直じゃねーか」
ふてぶてしく笑って言いながらも、満更ではなさそうだ。
審神者も風に吹かれた髪をいじって大人しくさせる。くるくると指に巻きつけ、柔らかくサラサラに仕上がるスプレーの具合を確かめた。どんな時でもきちんと着飾る。それが審神者のモットーだ。可愛い方がいいじゃん、と鏡の中の自分に笑いかける。たぶん、鏡の中の彼女も同じことを思っているだろう。
にこりと口角を上げるまでもなくチークの位置は完璧だ。何年も続けて慣れ切ってしまったので、やりはしないけれど、電車の中でもぶれさせずにアイラインが引ける。
ちなみに、そんな審神者は一部の刀剣が自らの目元に差す紅色を見て瞳を輝かせた。どこで買ったのそのアイライナー、と詰め寄ったのも良い思い出だ。『ラッシュか!?』と言われ首を傾げた太郎太刀の見せた隙は、しばらくの間『可愛かったな』と話題になった。
「で、オレたちはいったい何しに町に出るんだ? 食いモンなら定期的に送られてきてるよな」
「この時代のアクセ買いに行くの」
「あ……くせ?」
「アクセ」
「だから何だよそれ。説明する気あんのか?」
「だって何て言っていいかわかんないんだもん。アクセはアクセじゃん?」
腰に手を当てて腰を曲げ、審神者と目線を合わせた和泉守は、じとりと彼女を睨みつけた。
彼が大きく口を開けるのとほとんど同時に、優しげな声が二人を止める。屋敷から門まで小走りにやって来た堀川国広のものだ。
人当たりの良い堀川は、自然な足取りで和泉守の隣に立った。
「装飾品ですよ、兼さん。アクセって、アクセサリーのことですよね?」
「あ、なるほどね、装飾品。そうそう、装飾品。すごぉい」
「僕たちも『刀』としてですが、それなりに知識はあるつもりです。主さんから教わったりもしてますしね。でも、略されたり特別な言い方をされたりすると、ちょっとわからない時があるんです」
「ベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンドキャラメルエキストラホイップキャラメルソースモカソースランバチップチョコレートクリームフラペチーノとか?」
「そうです。……どういう意味なんですか?」
「おいしいものが出てくる呪文」
なるほどなるほどと二度頷き、審神者は和泉守に軽く謝った。
「兼さんも主さんと会話を成り立たせたかったんですよ。二人とも喧嘩はよしてくださいね」
にこりと笑った堀川への対応は二者二様。片手を上げたのは審神者で、ぷいとそっぽを向いたのが和泉守だ。
「はぁい」
「喧嘩じゃねえよ」
この姿にくすりと笑い、堀川は和泉守の上着の裾から糸くずを払い落した。
「さ、行きましょうか」
よく町に出る堀川の先導に従って、二人は歩いた。色男が並んで立っているので、審神者の予想通り、道行く人の視線がこちらへ注がれる。なんだか面倒になってしまった審神者は、ここにカレシがいたらなぁと寂しい右手を見下ろした。いつもは、彼女が不満そうにしていたらすぐに手を繋いでくれるのに、ここにはその彼がいない。残念だった。
屋敷でなら問題はないが、外出となると審神者の普段着は悪い目立ち方をする。余計な詮索と面倒を防ぐため、今の彼女は時代に合った化粧をし、つやつやと健康的な髪を簡単に結った着物姿だ。
しかし、元の顔がどう、今の姿がどう、という問題ではなく、審神者からは『無視できない』気配が漂っていた。
ずっと審神者の近くで過ごす刀剣たちの感覚はもうそれに気づけないほど麻痺してしまっているが、純粋なだけに敏感な町民たちには痛いくらいの刺激があった。
なぜか目で追ってしまう。
なぜかふらりと足が彼らの方へ向いてしまう。
なぜか声をかけたくなってしまう。
けれどなぜか、道をあけなくてはならないと思ってしまう。
客寄せの声が大きくなったのは、少しでも気を惹こうとするためか。
審神者は気持ちのいい呼びかけに釣られ、ふらふらといくつかの店に足を踏み入れる。意外にも和泉守がよく彼女の動向に気がつき、堀川を短く呼び止めて彼女に付き合ってやった。
「これ、なんかなんかチョーカワイイんじゃない!? ヤバイ! 可愛すぎてヤバッ!」
「本当だ、綺麗ですね。主さんに似合いますよ」
「ホントぉ?」
審神者が手に取ったのは髪飾りだ。赤と黄色の飾りがついた、少し大ぶりのもの。
髪にあてて見せると、堀川は如才なく彼女を褒めた。
和泉守は大きな身体で店内を闊歩し、あれやこれやと店のひとから話を聞いて暇をつぶす。女の買い物は長いものだ。
長い時間、根気強く審神者に付き合った堀川の尽力の甲斐あって、審神者は一つ飾りを購入した。ホッとしたのは店主と和泉守と堀川の三人だ。それなりに体力のいる熟考だった。
審神者は一人、疲れなどはまったく感じさせない動きで次の店へ向かった。あとでここに寄ろう、と甘味のチェックも怠らない。
次の店でも和泉守は素知らぬ顔。堀川が丁寧に審神者に感想と意見を述べて対応する。気を良くした審神者は本部からの予算と給料に胡坐をかいて金に糸目を付けぬ買い物をしようとしたが、そこでも堀川の手腕が光り、無計画な出費をさせたりはしなかった。
最後にもう一つ、ときらきらしたびいどろの根付を見つけて手に取る。
根付がこの時代に存在するのかしないのか、審神者はまったく気にしない。たとえ存在しないはずであっても、『でもあるじゃん』と何も考えない顔で品物を選び始めたことだろう。
(カレはこの色が好きかな)
こちらで手に入れたものを、現代へ持ち帰ることは禁じられている。あちらからの干渉は許されるのに、不公平だと感じはしたが、そこは仕方のない部分なのだろう。
だから彼女は恋人にお土産を渡せない。彼からはよく差し入れを受け取るので、少しでもお返しをして気持ちを伝えたいと思う。けれどどうしても許されないことなのだ。叱られるのは審神者だけでなく、恋人も巻き込まれるかもしれない。そんなことは嫌だった。
「恋人さんはどんな色が好きなんですか?」
ぼうっとびいどろのぬくもりある光を見つめていた審神者は、突然現実に引き戻されてはっとした。
答えようとして、やめる。
ついこの間次郎太刀に言われた言葉が記憶の引き出しから飛び出し、ぐるりと審神者を取り囲んだのだ。
なんだかんだと言っていても、審神者は刀剣男士を嫌いではなかった。むしろ恋人と家族の次くらいには好きだ。一緒に暮らして同じご飯を食べ、四六時中顔を合わせているのだから情も移る。彼女にしては破格の扱いだった。なにせ何をするにしても、常識の前に身内を基準にするひとだ。
そんな彼女が次郎太刀の言葉を思い出して口を閉ざした、なんて。
爆走する馬に似た勢いで繰り出されると予想していた恋愛話の嵐が訪れなかったことを不思議がる堀川国広は、この行動の貴重さがわからない。
一方、和泉守は驚愕していた。直接自慢された回数は――近侍を任されたことがないので――少ないが、審神者の性格はよく知っている。頃合いを見て、うんざりした顔で割って入ろうと決めていたところにこれだ。目を丸くして言葉を失った。
「……カレシは……こういうはっきりした色が好きだけど。……私みたいだって言ってくれる、んだけど。……えーと」
「はい?」
「……ほ、……堀川といずみの……いずみのかみ、は、どういうのが好き……なの?」
和泉守、が言いにくいのか、いつも彼女は噛みかける。
「僕は……、そうですね。赤とか青とか、……いや、どっちかと言うと青が好きです」
堀川がちらりと和泉守を見る。
「あー、……あー、あ、赤、か?」
苦し紛れに、目についた適当な色を言った。
「ふぅーん……?」
審神者は根付を二つ手に取り、熟考したうえで赤色を買った。赤色の方がはっきりして見えたので、恋人の趣味にも合うかなと、やはり拭いきれない基準をもって選択した結果だ。
しかし選ばれた方の和泉守にしてみれば、審神者が自分の意見を取り入れたようにしか思えない。この、主が。
激しい衝撃に見舞われ凍りついた和泉守の脳裏に、刀を持ってゆらりと立ち忠義を謳うへし切り長谷部の姿が過った。
「堀川、いず、い、……いずみちゃん、ありがとねぇ。つけるわ。なんかに」
「誰だよそいつは。呼びづらいなら『兼定』でいいぜ」
「あれ、デレた」
「はあ? 出れた? どこに何がだよ?」
「え? 何が?」
二人の齟齬を理解した堀川が、笑って、預けられた金子を取り出した。ここでも何度か値切りを試み、満足できる数字をはじき出す。
明るい声で見送られた三人は店を後にし、先ほどチェックを入れた甘味を食べに道を戻った。
途中、何人かに話しかけられたが、すべて審神者に届く前に和泉守兼定と堀川国広のガードに阻まれる。害があろうとなかろうと、容易に近づかせはしないのだ。
「何、楽しそうじゃん。どったの?」
「たぶん僕たち、嬉しいんですよ。ねえ兼さん」
「そうかあ?」
初めて審神者からアプローチを受けたことで、堀川と兼定は少し機嫌が良かった。
何となく審神者も気づきかけていたが、確証がないので沈黙を選ぶ。
ぶすくれてるよりは機嫌がいいほうがグッドだね。奢ってもらえるかもしんないし。
審神者は三本目の団子を食べようか、それともダイエットの為にやめておこうかと悩みながら、二人の気も知らずひどいことを考えた。
審神者にとってはとてもどうでもよい余談なのだが、兼定らのちょっとした喜びは本丸に帰ってすぐ潰えることとなる。
彼女が「兼定」と呼びかけた時、歌仙兼定が同時に振り返ったのだ。
ごっちゃになるからやっぱり和泉守でいいや。審神者はそう判断し、呼び方を元に戻してしまったのである。
20150301