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刀剣乱舞 (彼氏持ちの女審神者の話)


「主殿のコイビト殿というのはどのようなお方なのですか?」

 狐の問いかけに、正しく答えられる者は居なかった。
 お供の彼は、本体の膝で身体を撫ぜられながら顔を上げ、無邪気な声を出し、場を一時停止させる。諌めるように鳴狐が小さな狐の身体をぱふりと柔らかく叩いた。

「……だめ」
「ですが鳴狐」

 鳴狐自身も、わずかながら気にしていることだ。
 お供の狐は鳴狐の心の不安や、引っかかりを見逃さない。主の為よりも、鳴狐の為に動きたがる。
 たまに行き過ぎるきらいはあるが、とてもよい従者だった。

「どのような、って。……素晴らしい、……ひと、……らしいけど」

 渋い声を出したのは加州清光だ。
 質問されると答えづらい。苦い心情的な意味もあるが、具体的な像を持っていなかったと突きつけられ愕然としたのだ。
 清光らにとって審神者の『恋人』あるいは『カレピ』とは、呆然とした、羨ましく、憎らしいほどの、審神者が生み出す概念のようなものだった。例えば彼女が言う『ドラゴン』と『恋人』は、刀剣男士の間ではほぼ同列に扱われる。
 見たことのない、恐ろしい生き物。あるいは空想上の何か。
 誰も一度も審神者の恋人を見たことがない。当然だ。審神者の恋人は――その男は力を持たず、戦いとは無関係の、本来の審神者の彼女が生きる時代で暮らしている人間なのだから。

「大将は、カッコイイ、とも言ってたぜ」
「誰に似てる? って訊いたら、すんごい悩んでから『雰囲気はチョーちょっぴり平野寄りで、外見で一番似てないのは鶴丸』って言ってた気がするよ」
「なぞなぞかよ!!」

 獅子王のツッコミが冴えわたる。
 言った乱は肩を竦めて、「だってホントにそう言ってたんだよ」と受け流した。
 一番似ていないと言われた鶴丸は、ちゃぶ台にみかんの皮アートを量産するのをやめて腕を組む。室内に充満する爽やかな柑橘系の香りをまき散らしているのは主に彼だった。時たま、前にいる山姥切が飛んできた果汁に目をやられて呻くのだが、五虎退以外の誰も気に掛けてやりはしない。

「似ていないというのは、顔か? それとも体型か? はたまた服装か?」
「さあ、そこまでは聞いてないなあ。だってすぐ惚気に入っちゃうから」
「誰彼構わず惚気ますもんね、主様は」

 鯰尾の同意を得た乱は、だよね! と息巻いた。

「ボクと一緒に衣装の話をしてる時だって、すぐ恋人の話になっちゃうんだよ! どうやったら一瞬でも忘れさせられるのか、最近はまるで挑戦してるみたいな気分」
「俺なんか、この布を見て恋人のことを思い出されたんだぞ」
「どういうことです?」
「『カレシと一緒にてるてる坊主を作ったのを思い出すなあ』……だそうだ」
「山姥切、アンタそれまさか主の声真似?」
「違う!!」
「あー、わかりますよ。その人の言葉を思い出して伝える時って何となくなりきっちゃいますよね!」
「だから違う!!」

 フォローされるどころか追い打ちを受けた山姥切国広は、被り布を引き下げて反対側を向いてしまう。いじけた、と呟いたのは誰だったか。
 視線を遣った先にある壁掛け時計は、審神者の彼女が用意したものだ。重そうな茶色い箱から取り出して、言ったのだ。ほらぁ見てよ、かぁっこいいでしょ! と。山姥切は壁掛け時計に詳しくなかったし、格好いいものか不格好なものかの区別もつけづらかったので、自分の感性にだけ任せて「いいんじゃないか」と答えた。そして直後に自分の感想を後悔した。なぜならその時計は、彼女の恋人が選んだものだったから。
 時計を見る習慣がついてしまってからは、なんとなく複雑な気分になる。
 山姥切以外にこの時計が誰に選ばれたものかを知っている刀剣は少ない。後からやって来た者はこれの存在を最初から『そういうもの』として受け入れているし、ふんわりと嫌な予感を感じて自分から答えを聞かないようにしている者もいる。だからあまり、山姥切は他者とこの気持ちを共有できない。
 この時も黙ったまま視線を逸らした。夕食の後のこの時間、審神者は風呂に入る。これは当事者がいないからこそ弾む話だ。――弾んでいるかは、ともかく。

「ム、先ほどから聞いていると、何だ。主殿の恋人について話をしているようだが、みなは知らぬのか? 主殿は恋人殿の姿絵を持っておられるぞ」

 拙僧は見せていただいたが、と豪快に爆弾を落とした山伏に、同じ堀川派の国広――山姥切が目を丸くした。

「え」
「ちょ、ちょっ、ちょっとどういうことだい? 酒酌み交わしてるアタシもまだ聴いたことない話だ」
「うむ? やはり知らんのか」

 あまりの食いつき方に山伏の方が面食らったようで、いつも磊落さを絶やさない大きな口を疑問の形にする。
 知るも知らないも、と全員が思った。明らかに『ある』と考えるべきだったのに、なぜか今の今までその発想がなかった。
 ちらりとも審神者が姿絵の存在を匂わせなかったからだろうか。
 あんなに恋人のことが好きな女性なら、姿絵の一枚や二枚、必ずや自慢して来るだろうし、見せびらかすだろうし、そして興味もないのに――あるけれど――石つぶてのごとく刀剣の心を痛めつけてくる恋愛賛美を繰り返すだろう、と思い込んでいたから、『見せてこないのならば無いのだ』と知らぬ間に決めつけていた。
 大柄な山伏の身体を、更に大柄な次郎太刀ががくがく揺らす。酒の席はひとの口を軽くするのに、そんな中でも察せられなかった姿絵の存在をこの修行一筋の男が知っていた事実を認めがたいのだろう。忠誠心や主への執着というよりは、純粋な口惜しさに突き動かされているようだった。
 山伏はぐらぐらする視界を笑い飛ばし、次郎の手に手を重ね解こうとする。
 そんな彼に掴みかかりかけたのは清光だった。

「どんな奴だった!? ……ブ男!? ……だよね!?」
「カカカ! それはそうあって欲しいという加州殿の願望であろう! 決めつけるのは如何かと拙僧は思うぞ」
「いやまったくその通りだが、今は厄介な正論だな。それで、山伏。かの男が俺に似ていないというのはどの部分の話だった?」

 鶴丸の追及に本題を思い出したか、次郎太刀が手を止めた。
 篠懸を掴んでいた手を離すと、山伏は襟を正して、乱れた頭巾を整えてから記憶を辿る。鶴丸の顔と容をじろじろと眺めてから、困ったような表情を浮かべる。

「それが、拙僧はその時はあまりこの事情に詳しくなく気に留めなかったもので、詳しくは憶えておらんのだ! すまぬな!」
「なぁにぃ!?」

 今まで堀川国広と仲良くみかんのすじとりをしていた和泉守兼定がちゃぶ台を蹴飛ばし掛けた。「兼さん!」と叱られて身体を元に戻す。
 先ほどから口を挟みたがっていたのを堀川がいかにして静めていたかが、ちゃぶ台に残る鶴丸のものではないみかんの皮の量からうかがい知れる。

「兼さん、ちゃんと座ってくださいよ。あんまりうるさくすると主さんが戻ってくる時にびっくりしちゃうじゃないですか」
「ん、もうそんな時間か?」
「半刻は経ってますから、そろそろ出ると思いますよ」
「すまないが、『誰の』数えで『半刻』だ?」

 軽く手を上げて口を挟んだのは鶴丸だ。打たれた時期が違えば、時間の数え方も違う。
 堀川はハッとして、時計を見上げて言い直した。

「ああ、すみません。僕の方でした。ここの言い方だと一時間ですね」
「もうそんなになるのか」

 気づいた清光がそっとふすまを開けると、湯殿の方からはまだ誰も出てこなかったが、もうすぐにでも女の姿が見えそうな気がした。

「この話、やめよ」

 知ったところで審神者は何も思わないのだろうけれど、彼女の見ていない場所でこそこそと『恋人』について意見を交わしている姿はあまり見られたくなかった。
 漸近する感情として名を挙げるなら、これは嫉妬なのだろうか。だとしたら、自分は今ひどく醜い顔をしているだろう。
 加州清光が、そして彼らが主に見せたい側面ではない。

「わたくしが言い出したことで場を乱してしまいましたね……申し訳ありません」
「いや、気にするなよ」

 お供の狐を慰め、全員が別の話題を探す。

「……そういえば長谷部は何処へ行った?」

 和泉守に言われて初めて乱も気づいた。こういう話の時は部屋の隅でじっと終わりを待つか、『主』を擁護しにかかるはずのへし切りがいない。
 湯呑を持ち上げ、茶を飲んでからさらりと言ったのは、こちらも沈黙を守っていた三日月宗近だった。

「ああ、主と共に風呂へ行っているようだぞ」

 今度こそ和泉守がちゃぶ台に膝をしたたか打ち付けた。獅子王も立ち上がった。

「止めろよ!!」
「どうなってんだここ!! じっちゃぁん!」
「はははは、いや、なに。邪なことがあるようならば俺も見逃すつもりはないが、ただこまごまとした世話を焼きたいだけのようだし放っておいた」
「こまごまとした世話って何だ?」
「タオルを用意したり、とかじゃないの。……寝間着、とか。パジャマだっけ?」

 おそるおそる推測を述べた清光に、恐ろしい乱の刃が突き刺さった。

「え、じゃあ下着とかどうなってるの」

 絶句。そしてまさに、阿鼻叫喚。
 健全な短刀は眠りについている時間だったが、不健全な刀剣たちの大騒ぎにより、一部が眠い目をこすり起き上がる事態となったのは言うまでもない。


20150225