neta02
刀剣乱舞 (彼氏持ちの女審神者の話)
座りっぱなしは身体に悪い。正座となればなおのこと。
審神者は今日も文机から膝を抜き、座布団を胸の下に敷いてうつ伏せに寝転がった。墨と筆で書かなければならない、などという決まりはまったくないので、彼女はこだわりなくボールペンを使っている。下敷きを忘れたことに気づき、億劫そうに手を伸ばし、自主休憩の時間に読んでいたファッション誌を引き寄せた。ポップなロゴの上に紙を置き、態度に似合わない丁寧さで字を綴る。
書かねばならない書類はいくつかある。
例えば、任務の報告書だ。
渡される毎日の『推奨課題』のチェックシートに印と署名をつけ、何かあれば備考欄にも事情を記入する。これらは達成証明書が必要で、こちらも月に一度送付されてくる専用の紙に細かく、使用した資材の数と残量を明記する。
これらは月末締めなのだが、日々送られてくる最低限の資材の量も加えて、期日に書面と実際の数を照らし合わせる。ここで数が合わない場合は理由を明記し、別の手続き書類を書かなければならないので、審神者は自然と数字に強くなる。誰かが勝手に木炭を遊びに使ったりしたら目も当てられない。一度そういう事件があって、初めての厄介な手続きと本部からの小言に辟易した審神者が癇癪を起こして泣きわめいてからは、本丸の刀剣たちも気をつけて管理するようになっていた。
鍛刀、刀装、手入れなど資材が関わるものはもちろんのこと、練結や内番についても同じだった。資材や能力の増減については細かく管理されている。審神者の実力によって送られてくる資材の量が変わるらしく、ここはきちんと締めなければならないのだ。
もっとも、内番については20回目の成功報告をした時点で問題なしと判断されたのか、報告の義務はなくなったのだが。
審神者の朝は特に早くないが、仕事はそれなりに毎日積み重なる。なにせ出陣するだけで任務を一つ達成できてしまう世界だ。出陣させないわけにはいかないので、審神者は少なくとも一日一度は文机と仲良しになる。
「あるじさま!」
飛び込んできたのは今剣だった。風のように軽やかに走り、審神者の横に座り込む。
「んー。今剣、どしたの?」
「やくそくしていたこくげんです。きょうはいろおにをするやくそくでしたよね?」
そういやあそうだったっけ。
審神者は書類の隅に鬼の絵を描いた。今剣がきゃらきゃらとくすぐったそうに喜んで笑った。この書類は提出用なのだが、二人とも気にせず、今剣のリクエストに応えて審神者がいくつかの絵を描いた。
(色鬼をするなら着替えなきゃかな)
今の恰好では転んだら膝をすりむいてしまう。
「じゃあちょっと着替えてくるねぇ」
「まっているあいだに、なにかぼくにできることはありますか?」
「そこの書き終わった書類、まとめてホチキスでぱちんってしといてくれたらマジ嬉しい」
「わかりました!」
ホチキスの場所は一度でも近侍を務めた者ならば誰でも知っている。文机の一番下の引き出しだ。針の要らないホチキスなので子供が使っても安心で、審神者はテキトーによくその役目を手近なひとに頼んでいる。相手が子供だろうと虎だろうと酔っぱらいだろうと任せてしまうため、一部には書類の角を揃える几帳面さがないのだと思われていた。
ジーパンを履いて出てきた審神者は、未来の技術を秘匿する気がさらさらない。その発想すらなかった。一応、口酸っぱく言われてはいたのだが、パソコンとかを見せなきゃいいんデショ、と都合のいいところだけ切り取って覚えたようだ。
軽装の審神者から本気を読み取った今剣は、まとめた書類を文机に置き、重しの代わりに文鎮をのせた。文鎮は審神者が恋人から貰ったものらしい。帰還した審神者のあまりの喜びように、当時ここにやってきたばかりだった今剣は驚くと同時に、あまりのインパクトの強さから『カレシ』の存在をすんなり受け入れてしまったくらいだ。あれほどあるじさまをよろこばせるそんざいなら、むしろいいことなのではないか。そんなことを思ったのだった。
手を引いて審神者を外に連れ出し、待ち構える短刀に手を振ったところで、今剣は一瞬足を止めた。とても大きな男がそこにいたためだ。
太郎太刀だった。
五虎退の虎に擦り寄られ、歩けない大太刀は立ち尽くす。
「何してるん」
「主……。申し訳ありませんが……、その、彼らを……」
「撫でればいいのに」
「私の手には小さすぎる存在です」
「それ新しくね? すんごいグッドすぎる表現なんだけど!」
申し訳なさそうに冷や汗を流して泣きそうな五虎退も、審神者に続いておずおずと大太刀に意見した。
「あの、ごめんなさいっ。でも、虎は、太郎太刀さんが撫でても……、壊れたり、し、しないとおもいます。だ、大丈夫ですっ、……き、きっと……」
怯えながらも言い切った五虎退を褒めるのは今剣だ。大仰なことを言ってしまったと縮こまる五虎退を慰め、太郎太刀をちらと見上げる。
太郎太刀も、自分よりもずっと小さな刀剣にこう言われては、退くに退けない。断り、遠ざかれば、更に五虎退は涙するだろう。
助けを求めるように審神者の女を見下ろしたが、こちらもどこ吹く風。何も考えていなさそうな顔で「え? ていうか色鬼やるの?」とまったく関係ないことを言った。
太郎太刀がここを通ったのは、もちろん色鬼に参加しようと思ったからではない。洗濯物の干された場所を避けて歩いただけだ。物干し竿を引っかけるのは懲り懲りだったので遠回りをしたのだが、悪い方向に転んだと言うべきか、それとも。
「……では……」
そっと、例えば手の動きだけで飛んでしまう軽い羽根をつまみとるような慎重さで、そうっと、風すら立てないよう気をつけてしゃがみ込む。虎は逃げることなく、太郎太刀の足袋を甘く噛む。
今度は今にも倒れそうなトランプタワーに新しい一枚を加える時のような、ゆっくりとした、息を止めてしまうほどの真剣さと緊張をはらんだやり方で手を伸ばす。五虎退をちらちら窺いながらやっているので、そのたびに五虎退は勇気を振り絞ってこくこくと頷いて促した。
この場にいる今剣、五虎退、黙りっぱなしの小夜左文字、そして太郎太刀と審神者の呼吸が一つになる。
太郎太刀の指先が虎の額に触れた瞬間、虎の方が大太刀の手に擦り寄った。
これにびっくりしたのは太郎太刀である。
同時に、ぱちぱちぱち、と手を叩いたのは審神者だ。
「未知との遭遇!」
「まさか、本当に触れられるとは……」
声音からは、感動しているのか動揺しているのかはわからない。
しかし驚嘆だけは読み取れた。
「この流れで色鬼しちゃおっかぁ」
「主……」
「はい開始ー。オニは私。せーのぉ。『黄色』ぉ」
短刀が一斉に、困り果てた太郎太刀の着物の袖に触れた。そこに虎が居るにもかかわらず。
「……色鬼にならないのではありませんか?」
「じゃあ次、太郎太刀がオニね。色鬼したことある? あるよねぇ、今ルール知ってたもん。実は私、カレシに教わるまでこの遊び知らなかったんだけど」
「あるじさま、そのおはなしはながくなりますか?」
今剣は容赦がなかった。
それもそうだと気持ちを切り替えた彼女は、今度は急かす意味で手を叩いた。
「太郎太刀ー、早く」
とうとう膝に乗ってきた虎に、無表情の下で困惑している――らしい――太郎太刀は、ぐるりとあたりを見まわしてから、一番自分から遠そうな色を選んで口にした。
「では……、緑」
「よっしゃーさんかぁい! 太郎太刀は虎持って追っかける! ハイ!」
「わあ! 小夜、五虎退、あるじさま! はやくにげないとつかまってしまいますよ!」
発破をかけた今剣の肩越しに、小夜が指をさす。
「あそこに石切丸がいる……」
「ええっ! わ、わ、わあっ」
途端に、短刀たちが走り出した。五虎退の周りの虎も、一直線に無防備な三条の大太刀を目指す。目を回した五虎退は小夜に軽く支えられ、わたわたしながら足を動かした。
「行っけー! 石切丸をショタパワーで引きずり込めぇー!! あと太郎太刀は追いかけなきゃダメ!」
「膝の虎が……」
「抱き上げちゃいなよぉ。ちな、カレシは私を抱きしめる時にこう……、綿をつぶさないようにするみたいに」
「あるじさまー! つかまってしまいますよー!」
石切丸の着物の裾を掴む今剣が審神者に手を振った。
「おや、これは……どうしたことだろうね……」
一番の被害者は石切丸だろう。偶然ここを通りがかってしまったばっかりに、短刀にまとわりつかれて動けなくなっている。
笑いながら今剣に返事をし、彼らに便乗しようと履物の据わりを直した審神者の腕を、太郎太刀が虎を抱えたまま身を乗り出し、そっと。
けしかけておきながらまったく事態を想定していなかった審神者は、未来での流行の化粧をした顔に驚きを貼り付け、ぱっちりメイクを施した目を更に見開いた。
腕を見下ろす。
大きな手が彼女を拘束していた。
「あ。主様が鬼になっちゃった……」
五虎退の呟きに反応したか、太郎太刀の手から跳んで抜け出した虎が審神者から遠ざかる。
「チョー予想外なんですけどぉ」
審神者は呟いて、やけっぱち気味に色を叫んだ。
20150225