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刀剣乱舞 (彼氏持ちの女審神者の話)
加州清光の爪は形が良かった。
筆で彩るのに向いている、とも言えた。
もともとそういう形だったのか、根気よくやすり、甘皮の処理を怠らなかった結果生み出された努力の結晶なのか、審神者にはわからない。
ただ、長すぎもせず、短すぎもせず、刀を握るのに邪魔にならない程度に伸ばされ整えられた爪は、とてもきれいなものに思えた。
隠さず称賛すると、加州清光は身をよじって照れを隠した。
「べ、つに。……えっと、……主様の爪も綺麗、じゃん」
「まあね! ほら見て、清光のは赤色じゃん? 私は今日はぁ、左手の人差し指がピンクでぇ、あとは赤! オソロ!」
「お、おそろ」
「お揃いってコト」
「おそろい……」
口の中でもう一度言葉を噛み締める。おそろい。主と清光の爪の色が、お揃い。
遅れて小さな嬉しさがこみ上げる。
「でぇ、今日はこの爪を更に! デコろうと思います!」
「飾るってこと、だよね?」
「そう。初対面の時に言ったじゃん? 審神者の予算でデコストーンとラメチップを買ったのがようやく届いたの!」
「でも俺、そういうのやったことない」
「私が先にやったげるよ。まずはどれがいいか決めよう!」
清光の手を握っていた審神者が、手を離して立ち上がる。少しだけ寂しさを感じながらも、この時間だけは彼女と二人きりで構われるのだと思うと、そんなものは吹き飛んでしまった。
審神者が執務室から引っ込んで自室に入り、不用心にもふすまを開けっぱなしにしたまま段ボールの中に手を差し込む。取り出されたプラスチックの箱は半透明で、中身がうっすらと透けて見えた。
「あ、ちょっと足はダメだから!」
足でふすまを閉じようとした主を反射的に制止してしまった自分にぎくりとしたが、審神者は気にした様子もなく「えー」と口だけで不満そうにして素直に後ろ手できちんとふすまに触れて滑らせた。
ホッとする。
しばらく一緒に時間を過ごしていて、初期からの近侍として深いやりとりもしたことがあるから、この程度で審神者が怒るはずがないと知っては居る。だから今、咄嗟に注意を投げかけてしまったのだ。あの、加州清光が!
しかしやはり、返事を寄越されるまでの短い時間は緊張で身体がこわばった。
そんな不安には気づかないまま清光の恐怖を丸めて固めて本丸の向こうの方まで暴投、と見せかけて蹴り飛ばすのが彼女だ。
あっさり戻ってきて加州と膝を突き合わせると、審神者は箱を開けた。オーバーテクノロジーのケースを刀剣に見せても良いのか、なんて本部に訊ねるはずもない。え、ダメなの、何で? 審神者は細かいことは気にしなかった。恋人と刀剣に関わる話でなければスルーの一択だ。
袋や、更に小さな透明の柔らかそうな小箱に閉じ込められたきらきらしたものが清光の前に並べられる。花の形のパーツ。ハート型や星、スイーツに似せられたチップ。王道のストーンから金粉のようなもの、色硝子を細かく細かく砕いたような煌めきが、本丸の青い畳に不釣り合いだった。
「綺麗」
思わず言った清光に審神者が笑い掛ける。
「でっしょ? 清光へのオススメはー、これかな。爪の先にきらきらきらーっとさせたら可愛いと思う。あと、シールとか?」
「貼るの?」
「うん。貼って、上から透明なのを塗って固定するの」
これ、と見せられた小瓶も可愛らしかった。
この人の時代にはたくさんのものがあるのだなと思う。面白い、とようやく気持ちがほぐれた。やってみたい。もっと可愛くなりたい。そして、褒められたい。すごいね清光、と言われたい。かわいいよ、と言われたい。
綻ぶ瞳を見つけ、審神者もすべらかな輪郭の笑みを深める。
「『可愛くなりたい』と思ったら、もうその時から可愛いんだよ。清光はカワイイ。私もカワイイ。その魅力を、もっと引き出そ!」
再び手指をぎゅっと握られ、加州清光は目を輝かせた。
*
乱藤四郎がそこを通りかかったのは偶然だった。
厨に行こうとしたら、中庭を挟んだ廊下の向こうが騒がしかった。もっと言うなら、審神者の執務室が騒がしかった。二人分の影がある。特徴的な恰好をしているのは審神者の彼女で、もう一人は加州清光だろうか。
うつ伏せになって書類を書いたり落書きをしたり、事あるごとに『カレシ』からの手紙を読み返してはごろんごろんとのたうち回ったり、忙しなく行儀の悪い審神者を叱り飛ばす声や諌める声が聞こえることはあれど、きゃぴきゃぴと桜が散りそうなほど楽しげな空気はなかなか漂わない。なにせそこは執務室。仕事をするための部屋なのだから。
乱は開け放たれた障子戸から、ひょいと中を覗き込んだ。すぐに顔を引っ込めた。
「うわっ、何してんの! くさっ!!」
ようやく乱の存在に気づいたのは廊下の方を向いていたはずの審神者だ。背を向けていた清光はびくりと肩を跳ねさせた。その拍子に塗りがずれたのか、審神者はコットンを手に取って清光の指を拭う。
「マニキュア大会してんの」
「それって爪紅みたいなやつ? 随分臭うんだね」
「そーなんだよねー。中毒になったら困るから、そこ開けといてねぇ」
「確かに、具合悪くなりそう。主様たちは大丈夫なの?」
「清光はヤバそう」
「横向いて風通せば?」
その手があったか、と審神者と清光はいそいそと座る場所を変えた。二人の間に風が通るようになり、乱の言う通り、幾分か過ごしやすそうだ。
乱は敷居を跨いで部屋に入り、審神者の手元を覗き込んだ。
清光の爪にはきらきらする粉がつけられ、薬指だけ、協調するように大きめの石が二つ載せられている。
ふーん、と鼻から声を抜く。
「可愛いじゃん」
満足そうにした審神者は、半ば四つん這いといった格好で畳についていた肘を持ち上げ、背筋を伸ばして肩を回した。その拍子に短い上着の裾が持ち上がって腹が見えそうになったので、乱は近寄っていってぐいっと下に引っ張ってやる。膝を揃えてしゃがみ込んだ乱の姿が面白かったのか、審神者はむき出しの膝をぺちりと叩いて「ジョシリョク」と呟いた。どういう意味かは乱も知っている。審神者はよく乱を褒めるが、彼女が感心するほど乱が優れて見えるのは、この人にジョシリョクが足りなすぎるだけなんじゃないかな、とも思っている。
「好い人の前でも同じことしてるの?」
「私のカレピッピは『そういうところも可愛い』って言ってくれるもーん」
「親しき中にも礼儀ありって言うのに」
「でも『そういうところも可愛い』って言ってくれるんだよ?」
「お世辞かもしれないって考えないのが主様の良いところだよねー」
これには清光も同意せざるを得ない。乱のあけすけで遠慮のない態度は水に濡れたまな板に手を滑らせ、余計なしずくを払う時のように軽やかだ。審神者も気に入っているのか、よく二人できゃあきゃあ言いながら菓子を食べている。たまにそこに三日月や次郎太刀が混ざっては場をごちゃごちゃにするのだが、それはまた別の話だ。
今回もざっくり審神者を評価した乱は、完成した清光の爪を改めて眺めた。
清光も、自慢するように見せびらかす一方、大切そうに、乾いた爪を自分で撫でる。
「じゃあ次は清光が私にやって。カレシをびっくりさせて『私の秘書は凄い!』って自慢したい」
「え、あ、う、上手くやるから、ちゃんと自慢してよ」
「加州さ、自分で自分の難易度上げなくていいんじゃない?」
「ううううるさい乱」
やれやれ。
乱はこの打刀が心配になり、足を崩して畳に座り込んだ。厨に行ってあんみつでも作ってもらおうかと思ったけれど、ここであれやこれやと話をし、加州清光の努力を見守るのも悪くない。
(お茶くらい持ってきたらよかったかな)
誰かが通りかかったら頼もう、と決める。
自分で立つつもりがないあたり、乱もこの居心地の良い空間をちょっぴりは気に入っているのだ。
20150225