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刀剣乱舞 (彼氏持ちの女審神者の話)
ある晴れた日のことだった。
本丸に降り注ぐ太陽の光は穏やかで、風も季節にしてはあたたかく、水面を優しく波立てては去っていく。鳥のさえずりすら聞こえてきそうだ。
手当ての任務遂行証明書を持った青江が早朝から審神者を訪ね、冷える格好で縁側に出てくつろいでいた早起きの彼女をやんわり諌めてから、審神者の賽が三度振られた頃のことだった。
日が昇ってからすぐ出陣を命じられた刀剣たちは今、長篠の時代で戦いを繰り返している。短い時間で、彼らは同じ場所に三度出撃させられていた。
随分と無茶をするね、と言えば、審神者は何でもない話でもするようにこう言う。
「練度上げなきゃ死ぬじゃん」
「まあ、それは……確かに。でも、朝食を食べてすぐ動くのはあまり褒められたことじゃないよ」
「そこか」
審神者の考えは、青江にはよくわからない。そう思わないわけではなかった。審神者は何かに急き立てられるように刀剣の力を叩き上げたかと思えば、ぱったり出撃をやめて遠征ばかりを繰り返したりする。誰かが意図を訊ねると、審神者はやはりけろりと、化粧を薄く施した顔を少しだけ苦そうにして答えるのだ。だってあんたら修理にめっちゃ資材かかるんだもん、と。確かに、やって来たばかりの希少な太刀や大太刀は少なからず本丸の機能を圧迫する。
だが、はたしてこれが正しい形なのか。
近侍でもない青江が口を出していい話とも思えず、何も言わないけれど。誰かが不満を高めなければいいなとは、感じていた。
もし審神者に懸念を告げたとしても、笑い飛ばされるのだろうなと予想しながら。彼女は――当たり前だが――時々、刀剣たちが振るわれていた時代とは違う考えをする人だから。
ころり、と賽が転がる。不安定な十二面の中から選ばれる目は偏っていて、時代によってはある面がまったく現れなかったりする。
これも審神者に支給された道具の一つだそうで、出陣した隊の道の取り方を決めているらしい。
「いつも思うんだけれどね、それ、効率悪くないかい」
「悪いよ。チョー悪いよ。でもこれ使わないと刀剣に害が及ぶかもしれないって脅されたからさー」
「脅され、た?」
穏やかではない響きだ。唖然とした青江に、審神者の無機質な声が重なった。
「サニワラシクサニワノギムヲハタシテモラワナイトサニワサマノコイビトサマガドウナルカワカリマセンガソレデモヨロシイノデシタラゴジユウニナサッテクダサイ。タダシソノバアイニオコッタフリエキヤソンガイハワレワレノテアテノタイショウガイトナリゴジシンデフタンシテイタダクカニドトトリモドセナクナルカノドチラカトナリマスガゴリョウショウイタダケレバトオモイマス。サイガシヨウサレテイルカイナイカハトクニコチラデカンシシテイルワケデハゴザイマセンノデシヨウスルカドウカノセンタクハサニワサマニイチニンサレテオリマスガキョギノシンコクガハンメイシタバアイハチイヲハクダツシワレワレノカンシカニオカレルコトトナリマスノデソチラノホウモケンメイナハンダンヲオネガイスルシダイデゴザイマス」
「え?」
「よーするに、サイコロを使わないとどうなっても知りませんよってコトよ。クソじゃね?」
「……汚い言葉はよした方がいいよ」
「薬研とおんなじこと言うー。カレピは許してくれてるもん」
ここに彼はいないのだから、と言おうとして、やめる。
抑揚なく繰られた呪いのような言葉は、審神者の心だけでなく、青江の良心にも食い込んでいた。審神者が想い人をどれほど大切に思っているかは、わずかでもその存在を知っている者ならばすぐにわかる。彼女は特に隠しても居ないので、刀剣たちの胃をギリギリと締め上げながらも周知されているのだ。審神者の恋人という、忌まわしく、受け入れがたく、それでいて審神者の心を落ち着かせるというだけの意味で許容されている存在は。
すっかりこの話を忘れて「あーマジ携帯端末があったらなー今までのメールとか読み返すのにー」と呟く審神者は一時無視する。気の取り直し方が迅速過ぎてついて行きづらいのだ、彼女には。
「それで、賽の目を見ているんだね」
「だって嫌じゃん」
「そうだね」
恋人に危険が及ぶことか、刀剣たちに不利益がもたらされることか。
答えはきっと決まりきっているのだろうけれど。
青江はふぅ、とため息をつく。
一応、訊ねておいた。
「何が嫌なのか訊いてもいいかい」
審神者はじっと青江を見た。
「大事なものは大事にしないといけない。違う?」
欲しかった答えのど真ん中をたまに突くから、まったく嫌になってしまう。
青江の涼やかな目じりが少し下がった。
誤魔化すように、立ち上がって膝を伸ばした。
「朝食にしようか」
「あーたさっき食べてね?」
「そろそろ彼らも帰ってくるだろう? 戦ってきたのだからお腹が空くに決まっている」
「あー、把握。じゃあ薬研だ薬研。誘い受けの青江ちゃんには期待できない」
「誘い……受け?」
「よく言ってんじゃん。『誘っても乗って来ないヘタレばっかしで嫌になる』……みたいなこと」
長篠の最後の道筋を賽で決めてから、審神者も衣装の裾を手で払う。風で舞った砂埃が気になったのだろう。
「私はもう少しここにいる。できたら教えて」
「わかったよ」
おそらく、出陣部隊が帰ってくるのを待つつもりなのだ。そういうところは好感が持てる。
肩を竦めて一度笑い、手の中でさいころを戯れに転がす審神者を置いて、青江は薬研を探しに歩く。曲がり角に差し掛かってふと後ろを見ると、彼女は飽きたのか、弄んでいた賽を無造作にポケットに入れていた。余り雑に扱って失くされては困るんだけどね、と心の中で呟く。
すると向こうからやって来た三日月宗近が青江を見つけ、「ああ、主はそこか」と透き通る声で言ったあと、青江に挨拶をして流れるようにすれ違う。青江とは違い、特に用事があるわけではなさそうだった。
*
青江の体温で温まった場所に腰掛けた三日月は、縁側にごろりと横になってしまった審神者の服の腹の部分を引っ張って直してやった。腕を上げたせいで引っ張られ、たくし上げられたようになったそれを見て、なんとなくそうしたくなったのだ。
審神者は聞き馴染みのない外来語で礼を言った。それが礼の言葉だと解ったのは、たびたび彼女がその響きを使うからだ。
「何か用事?」
「いや、特には何もない。ただ声が聞こえたのでな」
「そう」
審神者の声は味気がない。たまにこうなるが、機嫌が悪いわけではなく、単に疲れを感じただけだ。出陣する刀剣が疲労するのはもちろんのこと、賽を振り連絡を遣る審神者にも多少の負担がかかる。だからヤなんだよなあと思っても、こればかりは義務なので仕方がない。あの人たちの判断に任せちゃえばいいのにとは思うが、歴史改変部隊に与してしまう可能性のある進路を選ばせないためにこの賽はある。そう説明された。どこからどこまでが本当かはわからない。ただ、賽を使わないことで自分たちに不利益があるのなら、使わないのはナンセンスだ。
ポケットの中の硬い物はこんなにも軽いのに、こんなにも面倒だ。
「めんどくせー! もうキン……ジ? だっけ? ……に任せてえー!」
「ん? いやしかし近侍は出撃してしまうからなあ。賽を振るのは無理だろう?」
「無理じゃねー! 現場で振れ! ……それ良くない!? 一応サイコロは使ってるんだし、それイイよ! チョー名案!」
「そうかもしれんなあ」
「やっべ私天才じゃね?」
「そうだなあ。主はよい子だ」
「三日月って私をベッタベッタに甘やかすからマジ楽なんだけど堕落のモトだよね」
ぽんぽんと腹を叩かれたので起き上がる。
三日月の白く、審神者よりも大きな手を見て、彼女はぐったり力を失って項垂れた。
「面談まだかなー……。まだだなー……。来週まで待たなきゃ……」
「そういえば主はいつも『メンダン』に出かけては元気になって帰って来るな。何かよいことでもあるのか?」
「うん。カレシに会えるの。お茶とか飲んでー、色んな話してー、カレシが浮気してないかなーってチェックして……もちろん浮気なんて私もカレシもしてないからぁ、そのままいちゃいちゃしてー、幸せポイントをためてるんだよぉ。キャーッ! 楽しみ! 死ぬほど楽しみ! 清光と爪のデコするのも薬研に肩もみ頼むのも楽しみだけど、いわばカレシは別格? ジャンルが違う? みたいな! 金魚の鉢に亀を入れる! みたいな!」
「金魚鉢に亀か。うむ。主の仮令はよくわからんな」
「遊園地行っても楽しいし充実するけど、お腹空いてっときにご飯食べたらそれはそれで癒されるっしょ?」
「ほほう。『ユウエンチ』に行ったことがないから何とも言えないが、そう言われるとわかりやすいかもしれんな。主の想い人は白米か。なるほど、なるほど」
三日月は納得げに何度か頷くと、満足そうに唇で弧を描く。もう一度審神者の腹を優しく撫でた。
と、その時、本丸の外に近い場所に賑やかな六人の声が戻ってきた。
身を起こした審神者は履物をつっかけそちらに向かおうとしたが、それよりも先に縁側の人影を見つけた男士が審神者と三日月に駆け寄る。真っ白の衣が、ゆっくりと高くなる陽に眩しい。
「冷却材は取れなかったと報告したが、依頼札は手に入れたぞ。それから、俺の練度も随分上がった。どうだ?」
「うわ、助かるぅー! 任務をこなしてても数が増えなくて困ってたんだよねー。サンキュサンキュ。そんでおめでと」
渡された一枚の木札は審神者を喜ばせた。
満足げにする鶴丸も、刀剣男士の一人として、審神者の役に立てることで満足を得る。WIN-WINだ。
そんな二人と、審神者たちの姿に気づきわらわらとやって来た帰還組を見て、三日月は「ふむ」と顎に手をやる。そういえば、彼らはまだここに来て日が浅い。
「鶴や」
「ん、なんだ?」
話しかければ、すぐに振り返る。不思議そうに瞬きをした彼を見て、それから審神者を見る。
「前に不思議そうにしていたのを思い出してな。主が『メンダン』に出かけたあと、どうして楽しそうにしているのかが気になると言っていただろう」
「んん?」
少し考えてから、思い出したらしい。鶴丸はぽんと手を打ち鳴らして審神者に向き直った。
三日月が促す。
「主、もう一度先ほどの話をしてくれないか?」
「本部に帰った時はカレシに会えるからまじハッピーってハナシ?」
「そう、そう」
「デートしたりするってハナシも? どっからどこまで?」
三日月は鶴丸の様子を窺った。声の届く範囲まで来ていた他の男士たちも、歩みを止めて硬直している。こちらにも事情を知らぬ者がいた。
「カレ、シ?」
「恋人。想い人? 忍んでないけど忍ぶれど色に出にけり、ってやつ?」
「少し違う気もするが。しかし、どうだ。驚いたか?」
「お、……驚いた……も、何も……」
呆気にとられた鶴丸を見て、三日月は声を立てて笑った。そうだ、これだから面白い。
これから事情を知った彼らがどうするのかが容易に理解できて――なにせ自分もそうであるから――三日月は上品に声を立てる。
審神者の心が違う方へ向いていると知った刀剣。使われて、気持ちを傾けられて心地よさと歓喜を感じる彼らの行動はたった一つだ。塗り替えなければと焦るのだ。
『帰る』と。
『本部へ帰る』と言う彼女の意識を変えねばならないと思うのだ。
「楽しくなりそうだなあ、主」
「や、マジ何が? みんなチョーびっくりしてるけど知らなかったっけ? 清光ぅー、言ってないの?」
「言ってない! こうなるってわかってて言うわけないじゃん!」
「いいじゃん別にぃ。仕事にシジョーを挟んでるわけじゃなし」
かなり挟んでいると思うのだが、誰も指摘しなかった。衝撃が大きすぎたのだ。
「でさー、ご飯食べない? なんか青江と薬研が用意してくれてるっぽいよ。私も食べるし行こうよ」
かたまって動かない男たちは使い物にならないと思ったのか、比較的落ち着いたふうの清光と乱、長谷部と小夜を引っ張っていく。三日月もひょいと便乗したので、「先行ってるからねぇ」と手を振った審神者を呆然と見送り縁側に取り残された鶴丸、和泉守の両名は、顔を見合わせることも忘れて立ち尽くしていたのだった。
まったくそんな想定はしていなかった彼らにとって、これは驚いたのひと言では、表しきれない衝撃だった。
20150225