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刀剣乱舞 (彼氏持ちの女審神者の話)


 審神者は、新たな刀を求めようとしない。
 いま手元にある刀剣だけで合戦場を切り抜け、ノルマを達成して報酬を受け取り、本丸を切り盛りする。

 不満はなかった。

 なかった、のだが。


 審神者が彼らを集めて宣言した時、驚いたのは一期一振だった。

「大阪城、ですか」

 彼女の口からその場の名前が出るとは、さまざまな意味で考えていなかった。

 一定以上の成績を上げる者には非常に強く推奨される場所への出撃。これまで彼女はその打診を無視し続け、平常通りの運営で満足していた。本丸に集合する数十振りの刀だけで充分戦える。特別報酬や昇格への欲求もない。某短刀が審神者にぴったりな配合を見つけ出した香油で髪を潤わせたり、コテで巻いたり、某打刀とスタイルを整えるだけで朝の時間は過ぎてゆく。
 朝から昼は日課の消化にかかり、昼から午後は近侍と共に雑務に取り組む。夕方に差し掛かると出撃部隊が帰還するので、夕飯の準備に――刀たちが――取り掛かる。
 戦いの只中であっても、変化の緩やかな日常である。
 変化の緩やかな日常を保ちたがるのは、審神者自身だった。
 曰く、「めんどいから」。

 その審神者が『先』を求める。
 一大事であった。


 広間に集まる刀剣男士は唖然としたのち、「おそれながら」と忠臣めく刀の開口を待った。

「おそれながら」

 期待通り、一番に口を開いたのはへし切長谷部だ。
 審神者は彼へ視線を向けるだけだったが、豊かにされたまつ毛の動きは、続きを言うよう促すものだった。

「政府から再び扉が開かれた、との報告があったことは存じております。しかし何ゆえ今なのでしょう」
「任務達成でボーナス貰えるじゃん?」
「はい」
「そろそろ貯金しとこっかなって思って。そしたら私が何日かいなくても食料とか注文できるっしょ」
「……お出かけのご予定が?」

 主の留守は現世への出頭と同じ意味を持つ。
 何日か、とはどういう意味だろうか。
 加州清光の問いかけへは、簡単な答えが返る。

「カレシの誕生日が近いんだよねー」

 お泊りデートと洒落込みたいのだと察するには余りがありすぎる発言と笑顔だった。幾人かの胸の内で、苛立ちと焦燥と、顔も知らぬ誰かへの嫉妬が火花を散らす。
 審神者は青年たちの内心を知る由もなく、知ろうともしなかった。

「てーことで。部隊を組んでー、デスマ?ってやつをしようと思ってます。反論ある人―」
「ぬしさま。ですま、とはどのような意味でしょう」
「デスマーチ。たぶんー……、過労死寸前まで追い詰める、的な? 疲れたって言わなかったら、達成するまでずーっとローテさせ続けるから自己申告でよろ」
「主様に褒賞と栄誉を捧げるために働くのはぜんぜんいいんだけど……」

 それが審神者の留守、ひいては『カレシ』の得に繋がるのかと思うとやる気がみるみるうちに萎えてゆく。

 一期一振がおそるおそる、言った。

「地下深くに、私の弟――、博多藤四郎が眠っているという話は真でしょうか」
「あー……、手に入れた人はいるみたい」
「……それは、……主」

 難しく眉根を寄せかけた一期一振に気づかず、審神者はぱちんと指を鳴らして全員の注意を引いた。
 そうしなくとも彼らは穴が開くほどに審神者を見つめていた。

「で、なんだけどさあ。一期一振が言ってくれたからそっちの話もするけどぉ」

 続いた言葉に、粟田口唯一の太刀は目を見開いた。

「おカネは回ってれば手に入れられるからイイとしてー。……博多藤四郎の発掘も任務の内容に含めといてくんない?」

 新たな刀剣を引き入れようと意欲的になる彼女の姿など久しく見かけていなかった刀剣たちは一様に驚きの声をあげ、広間を動揺でさざめかせた。
 特に、まったくの偶然で手に入れられた者たちは顔を見合わせる。

「そちらもまたどうして急に。貴方はそういったことに『そそられる』性格ではないと思っていましたが? 蒐集の喜びにでも目覚めましたか」

 言ったのは宗三左文字だ。
 当てつけるような声音も審神者には堪えない。

「たまにはありじゃん?」

 宋三左文字の薄い唇からため息が落ち、ゆったりと瞼が下ろされた。

「深い考えを求めた僕が愚かでしたね」


 先週から今日にかけての近侍を務めた山姥切国広は、彼らのやりとりからそっと目を逸らした。

(……演練で……)

 演練で他の審神者と会い、話をしたこの女性が何を考えたのか。
 知るのは彼だけだ。

――え……、博多藤四郎ってお金の計算めっちゃ得意? マジ?

 会計係を求めたなど、口が裂けても言えはしない。
 絶対に絶対に言うんじゃないぞと強く聞かせなければ、今ごろ審神者は利己的な理由を躊躇いなく打ち明けてしまっていただろう。

(近侍なんてやるものじゃない……)

 やってみた刀剣男士の一割は、だいたいこう感じるのだった。



 『デスマーチ』と脅されはしたが、「素直に疲れたーって言った人にはおかず一品追加ね。燭台切が追加してくれるから」と「するけど、僕かい!?」という会話のおかげか疲労で倒れる脱落者もなく、穏便に目標を達成した一同は、短刀が『降りる』瞬間を審神者の背中越しに待ちわびた。

「俺の名前は博多藤四郎! 博多で見出された博多の藤四郎たい。短刀ばってん、男らしか!」

 全員が喜びの声を上げて彼を受け入れた。
 山姥切がちらりと見た審神者も、何度も頷いて真剣に喜ぶ。

 彼女は博多藤四郎に近づくと、ぽんぽんと肩を叩いて呼びかける。
 止める間もなかった。

「ねー、あのさあ」
「お?」
「あとで部屋来てくんない? 家計簿見せるから」

 博多藤四郎はきょとんとしたあと、すべて理解したように大きく首を振った。

「俺の来よるからには、もう安心しとってくれ!」
「きゃー! 助かるぅー!」

 周りの騒ぎにかき消されてあまり響かなかったのが幸いであろう。

2016 0415