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刀剣乱舞 (彼氏持ちの女審神者の話)


 短刀が使う大部屋に審神者が顔を出すと、彼らは蜘蛛の子が散るように素早く、ぱっと身を引いた。
 ちゃぶ台の上にある何かに集中していたようだったが、今、そこにはなにもない。
 不自然に胸の前の服をかき寄せる五虎退と、フワフワした笑みを浮かべて「あるじさま」と審神者を呼ぶ今剣に気を取られる。
 動揺する短刀のなか、今剣はさすがの余裕を見せた。

「どうかしたんですか、あるじさま。ぼくたちはいま、ちょうどあるじさまのおはなしをしていたところだったんですよ」
「あ、そうなの? 別にどうってことはなくて、ちょっと顔見にきただけだからそのまま続けてていいよ」
「ごほんにんをめのまえにしてかたるのは、すこしはずかしいです」
「わかるわー」

 審神者の髪が揺れる。同意を表した彼女を乱が追い討つ。

「ってことだから、主様は向こう行っててね。今日の近侍って誰?」
「三日月宗近たそだよ」
「『たそ』とはなんですか?」
「可愛い子につける……なんていうんだっけ、『ちゃん』とか『くん』とかとおんなじやつ」
「もしかして、敬称のこと?」
「そうそう、それそれ」

 思い出せなかった言葉を言い当てられ、審神者は明るい顔で乱を褒めた。
 刀剣たちがこうして審神者の辞書になることは、そう珍しくもない。
 主様の時代のひとってみんなこうなのかな、と彼らが思うかどうか。
 ただ、なぞなぞのように問いかけられるそれの正答を言えば彼女が喜ぶので、刀剣たちは健気にも、時おり辞書を開いて自習していた。
 この時の乱も例外ではなく、呆れた顔をしても少し口角が上がっていた。
 弟の心が手に取るようにわかった薬研は、頃合いを見て、「そういうことだから」と審神者を丁寧に追い払う。

「おやつの時間になったら呼びに行くから、三日月さんともう少し仕事を頑張ってくれ。な?」
「りょ」
「りょ?」
「了解ってこと」

 彼女の時代の言葉は随分と簡単なのだな、とまたひとつ間違った認識が植えつけられた。

 ただ仕事に飽きて邸内を散歩しようとしただけなので、短刀の部屋を後にすることに否やはない。用事があるというなら、そうなのだろう。
 本当に自分の話題がのぼっていようが、方便であろうが、彼女にはあまり関係なかった。
 悪評だろうと、好評だろうと、気にしない。
 実際に面と向かって言われれば改善する気にも――できるかは別として――なるけれど、わざわざ怖いものに突っ込む必要がどこにあろうか。
 そして、知らなければ、ないのと同じだ。
 もちろん悪評などがこの邸内で立つはずもないのだが、まあ、彼女の考えはこういうものである。
 今日のおやつはシフォンケーキがいいなあ、などと無理難題を考えつつ、何も疑問に思わない彼女は廊下を進む。
 角を曲がると太刀の部屋に辿り着く。

「あっ」

 審神者の姿を見つけた獅子王が、慌てて何かを自分の背中に隠した。
 審神者は彼の動きを目にとめた。

「なになに、なに隠してんの?」

 短刀の挙動が不審だったことは気にしないくせに、少し相手の身体が大きくなると、配慮が消えるらしい。
 獅子王の反応があからさまだったので、面白がっている。
 獅子王は審神者の興味を逸らそうと、手頃な話題をさがして視線をうろつかせる。
 助け舟を出したのは和泉守だった。

「アンタに見られたくねえモンだよ。なあ、大倶利伽羅?」
「……ああ、そうだな」

 返事をした彼に、審神者は腕を組む。
 人付き合いを好まない大倶利伽羅が、太刀の面々と集まって部屋に詰める光景は珍しかった。
 何かが行われていたのは確かだ。

「なんで大倶利伽羅がここに居るの?」
「俺だって、居たくて居るわけじゃない」
「じゃあ居なきゃいいのに」

 審神者に他意はない。
 ないのだが。

「君はときどき辛辣だな」
「そーかな」

 無自覚でとんでもなくひどいことを言う。
 間違ってはいないとはいえ、言い方というものがあるんじゃないかなと燭台切は思った。
 燭台切の苦笑に気づいた審神者は、「ああー、ちがうちがう」と手を振って前言を柔らかめの表現に変えた。

「居たくないなら無理に居なくっていいんじゃね? って意味」

 大倶利伽羅は顔を背け、ぶっきらぼうな声音で、短く応えた。

「……分かってる」
「だよねー」

 どちらも交わろうとはしないくせに、おかしなところで理解し合う二人であった。
 会話するうちに本来の目的を忘れかけていた審神者だが、獅子王がこそこそと背中のものを後ろ手で和泉守に渡し、和泉守がそれを衣の下に隠すのを見つけ、びしりと彼らを指さした。
 ピースで。

「ねえ、ホントに何やってんの?」
「何もしてねえよ」
「嘘がヘタ過ぎると思わない?」
「ああもう、うるせーな」

 苛々し始めた和泉守を押しとどめるのは鶴丸だ。
 まあ落ち着け、と年配らしい声を出して彼の肩を叩く。

「君には理解不能かもしれないんだが、オトコには色々あるんだ。余り追及しないでくれ」
「ふぅん」

 無感動ここに極まれり。
 これほどまでに乗り気でない返事があるかと肩を揺さぶられそうな声を出した彼女は、もう一度和泉守の衣に視線を向け、組んだ腕を組み直した。

「エロ本?」

 間違った答えに到達している。
 否定したい気持ちは山々だったが、否定すると、では何なのかと更に興味をそそられてしまうだろう。
 ここは穏便に済ませるべきだと判断し、不名誉をあえて被る覚悟で獅子王は頷いた。

「あ、ああ、まあ、そんなところだぜ、う、うん」
「そんなもんどこで手に入れたの? 私、持ってきてないけど……」
「い、色々あるんだよ」

 どもる獅子王の苦しい言い訳を聞き、大倶利伽羅が消え去りたそうな顔をした。
 街中で買ったのかな、とまた間違った結論を導き出し、審神者は何度か相槌を打ってから、そのまま爪先を廊下の向こうへ向けた。

「じゃ、楽しんでね」

 言い残す言葉がまたきつい。
 あまりの誤認識に大声を上げて反論したくなった和泉守だが、すぐ隣の鶴丸に二の腕をつねられて悶絶した。
 身をよじる間に、審神者は立ち去っていた。


 勝手に気まずさと居たたまれなさを感じ無言になる太刀らと、きゃらきゃらと笑い声を立てて平穏極まりない時間を過ごす短刀たちが集まった八つ時も過ぎた。
 そろそろ遠征に出ていた大太刀や脇差、打刀たちが帰還する時間だ。
 彼らを迎える為、サンダルをつっかけた審神者の後姿をこっそり見送り、獅子王と五虎退は同時に呟いた。

「あ、主さまは喜んでくれるでしょうか……」
「うう、じっちゃん……俺は自分が不甲斐ないぜ……」

 コトを先導するのはこの二人だ。
 出迎えと事務処理、夕餉と湯あみを終え、くつろぎの体勢に入る審神者の気を、呼びかけて惹く。
 ファッション誌から顔を上げた彼女に、すねた表情を装って紙束を突き出す獅子王と、おずおずと可愛らしい封筒を畳に滑らせる五虎退が、声を揃えて言う。

「い、いつもありがとうございます」
「感謝してるっていうか、なんか、おもしれえこともたくさんだし、そういう話とか、書いてみた」

 的を射ない獅子王の説明に、審神者は訝りながらも二組の紙を手に取った。
 まずは太刀組のものをぱらぱらとめくる。
 無理やり書かされたようなものが混じっていたが、概ねが本心から綴られた幾枚もの手紙だった。
 次は短刀からの封筒だ。
 開くと、個性豊かな字でしたためられた、こちらも何枚にも重なる手紙が出てくる。

「……なにこれ?」
「あるじさまのじだいでは、らぶれたー? というんですよね!」
「はっはっは! 今剣が隠れて何かをやっていたと思ったら、これだったか!」

 大柄な体をぐらぐらと揺らして笑ったのは岩融だ。
 力強い手で今剣を抱き上げた彼は、高い声で笑う少年をひとしきり愛でてから彼を畳に下ろした。

「えー、やばくない? カレシになんて言ったらいい? イケメンからラブレターいっぱい貰っちゃったー、とか言ったらチョーチョーチョー! 嫉妬されちゃうかもじゃん?」
「言わなければいいんじゃないかな」
「それもなんか浮気っぽくね?」

 本当に浮気をしてくれればいいのに、と思わなくもない。
 もしそうなったら、絶対に、その『恋人』よりも、彼女を。
 そこまで思って、刀剣たちは困ったように笑った。誰もが一瞬考えたことを、お互いが読み取ったような、一体感のある空気だった。
 ひとりで盛り上がる審神者はそれには気づかない。
 気づいてほしかったような、知らぬままでいてほしいような、相反する思いが苦しく胸を焼いた。

「日頃の感謝を文に込めるというのはよい案だと思うのだが、なぜ俺は参加していないのだろうな?」

 三日月の質問には乱が答えた。

「だって三日月さん、今日はちょうど近侍だったでしょ?」
「そうだな、仕方がない。主、俺からの文はまた今度ということにしてくれ」
「別に欲しいとかひと言も言ってないけど、くれるならありがたく貰うね」

 審神者が太刀に微笑みかける。
 彼女の笑みを見て、彼は「ああ」と言った。
 想いを籠めて書くとしよう。
 『恋人』に報告することも憚られるような、彼女の心を掴むものを。
 いつになるかはわからなくても、絶対に、必ず。
 手に入れよう、と、うっすら目を細めた三日月の頬に、身を乗り出した審神者が手を当てた。

「あのさー、一応言っとくけど、書くのめんどくさいから返事は書かないよ? いい?」
「ん? それは寂しいな」
「だってアレでしょ? 三日月の時代って、歌? とか何かを詠むんでしょ? 私、そういうのできないし。国語の授業もさー、なんで数百年前の話をやらなきゃいけないのかわかんなかったし、テストも隣の男の子が見せてくれたし、ノートとかもコピーしてくれたからぜんっぜん身についてないんだわ」

 教師が聞けば泣いてしまいそうなことを平気で告白する。
 幸いにも教師はいなかったが、次郎太刀が泣き真似をして場を盛り上げた。
 三日月も、審神者の頬を手で撫ぜた。

「歌は無くても構わんぞ」
「あ、そうなの?」
「主からの文ならば、どんなものでも嬉しいさ」
「ふうん……?」

 いまいち納得できていない彼女を見かねて、燭台切が優しくも自傷的な補足を入れた。

「君も恋人から手紙を貰うなら、どんなものでも嬉しいだろう?」
「あ、うんうん! なるほどね! わかった、じゃあ返事するわ」

 それほどまでに好かれているのだと暗に示したが、表面的な意味合い以外、まったく何もわかってもらえなかった。
 ありがとねと短刀と太刀にお礼を言った審神者は、「俺たちも渡すから……!」と悔しそうな打刀をあしらい、思い出したように和泉守に注目した。
 化粧を落とした純粋な目で見つめられ、柄にもなくどぎまぎする。

「じゃあエロ本っていうのはウソ?」

 そして一気に冷めた。

「あれはオレが言ったんじゃねえだろ!!」

 三日月を押しのけ、和泉守に詰め寄られる。
 だが彼女はまったく怖がらなかった。恫喝に似た剣幕に慣れたとも言う。

「持ってないの?」
「持ってねえよ」
「買ってあげようか」
「なんでだよ!?」

 審神者は鶴丸を見た。

「男には色々あるんでしょ? 今回は手紙の為のウソだったけど、ホントに困ったらどうすんの?」

 頬を赤く染めて目をむいた和泉守に睨まれ、鶴丸は両手を合わせた。

「スマン」
「スマンで済むか!!」
「あ、何か今のダジャレっぽくない?」
「アンタは黙ってろよ!?」

 耳を塞がれ、ある程度の音を遮断された短刀たちが、きょろきょろと不思議そうにあたりを見まわしていた。



20150522