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刀剣乱舞 (彼氏持ちの女審神者の話)
「ちょっとやってみたいんだけどぉ」
そう言って厨房に顔を覗かせた審神者に、薬研と燭台切と、偶然にもそこで食材の残数をチェックしていた骨喰は目を瞬かせて聞き返した。
どうやら食事の準備をしてみたいらしい。
審神者の望みはわかったが、思い当たる理由がない。
ただ何か嫌な予感がして、薬研は「うーん」と腕を組んだ。
「教えるのはいいんだけどな、大将」
「うん」
「急にどうしたんだ?」
一応、問いかける。
問われた彼女はなんのてらいもなく、頬に片手をあてて、堪え切れない嬉しさを表すように表情を緩めた。
「カレシがさあ」
ああ、と骨喰は冷静に、内心で重く首を振った。もちろんそれしか理由は無かろうと思っていたが、実際にこうも幸せそうに言われると刀剣の立つ瀬がない。
審神者の恋人は、三か月に一度の『デート』の際に、普段食べられないだろうからと彼女を連れて行ったオシャレな洋食屋で、彼女の大好きな微笑みを浮かべて言ったらしい。
そういえば君の手料理を食べてみたいなあ、と。
これに驚いたのは審神者だった。そういえば、彼に料理を作ってあげたことがなかった気がする。いつも外に出るか、相手の家に招かれるかのどちらかだったし、この時代に居を移してからも実に料理のうまい青年たちが進んで包丁を扱うので、厨にはおやつを催促する以外に立ち寄ったことがあまりなかった。
作るのならば完璧につくり、カレシの喜ぶ顔が見たい。
何を作ったって嬉しそうにしてくれるだろうけれど、と審神者は訊かれてもいないのに薬研たちに話し出した。
「でもでも、やっぱりオイシー! って思ってほしくない?」
「そう、だね。確かに、好きな人にはおいしいって喜んでもらいたいよね」
「でしょお? ってことで教えてくんない?」
燭台切の言葉にはちょっとした含みもあったのだが、審神者はまったく気づかなかった。
好きな人にはおいしいと喜んでもらいたい。
それは厨を預かる刀剣たちに共通する想いだった。その『好きな人』がいったい誰をさすのか。
議論するまでもなく、それは目の前の彼女だ。
骨喰は手元のボードを小脇に持つ。野菜や肉の残数のチェックはもう終わった。
「骨喰さん、行っちまうのか?」
「ああ……。ここは終わった」
「それじゃあ、みんなには内緒にしてくれよな。大将がここで料理を作ってるって知ったら、みんな押しかけて来ちまうだろ?」
「わかった」
こくりと頷いた。同感だった。
冷やかしと様子見で、和泉守あたりは必ず覗きに来るだろうし、へし切り長谷部も世話を焼きたがるに違いない。小狐丸はそわそわと審神者のまわりをうろついて指導の邪魔になりそうだし、鶴丸も何かを仕掛けようとするかもしれない。
ひと言でまとめると、面倒だった。
立ち去った骨喰も違わず理解して、審神者を捜す清光にこう言った。
「主は今、大切な仕事にかかっているらしい。近侍は……薬研藤四郎だ」
「薬研か。なら……まあ、安心かな。会ったら俺が捜してたって言っておいてよね。主から借りたアイライナーの使い方、ちょっとわからなかったから」
「見かけたら伝える」
「ん、そうして」
そう言って清光が骨喰のやって来た、厨のほうへ足を進めようとしたのを見て、骨喰は咄嗟に彼を呼び止めた。
訝しげに振り返った彼に、多少の焦りでは変わらない顔で、B5サイズのボードを見せた。
「すまないが、付き合ってくれ」
「ん、チェックシート? まだ調べてなかったんだ?」
資材の残数は毎日のことだが、一週間に一度、館にある食材や生活必需品が足りているかどうかも確かめる必要がある。
几帳面な性格の者が係りに選ばれる。それなので骨喰たちは、すっかりこの作業に慣れていた。
初めの、審神者が右も左もわからず今以上に奔放だったころに何度か任されたことのある清光も頷き、未チェックの備品置き場に骨喰と並んで向かう。
「主って、真面目なのか大雑把なのかわかんないよねー」
「……というと?」
「数字はちゃんとしてるじゃん」
「ああ、そうだな」
曖昧にすると本部からこってり絞られるのだと知る骨喰と清光は軽く言い合う。清光が面白そうに笑ったので、骨喰は見ていてもそれとはわからない程度に目を細めた。
加州清光がどれだけ主を気に掛けているか、骨喰は本丸で食事をとるようになってから、何度も目で見て確かめた。安定と言い合いをしても、審神者が一声かけるところりと態度を変える。ワントーン高い声で「主様!」と呼びかけ、楽しそうに笑う。
いつからこうなったのか訊ねたことがあるが、清光からの返事は要点の掴めないものだった。初めからに決まってるじゃん、と言われるかと思った骨喰は、予想外の答えに驚いてしまう。時間を過ごすうち、育まれた絆があるのだろう。
途中からこの空間に飛び込んだ骨喰ですら、審神者から放たれる清らかな力と裏表のない人柄に絆された。
刀剣が主君に絶対の忠誠を誓う。
そうなるよう、定められていたのだとしても。
清光も骨喰もそれでよかった。
彼らはしんみりして、頭の中に審神者の姿を描いた。
「あああ、大将……」
薬研の悲鳴が聞こえてきたので、後ろを振り返る。
明らかに、湯気の立つ厨から放たれた声だ。
「なあ、何してんの?」
骨喰は誤魔化しあぐねた。
「……夜になればわかる」
納得できなさそうだったが、清光も追及はしなかった。
倉庫へ行き、ティッシュペーパーの残数を調べたほうが主の喜びに繋がるだろうなと本能的に感じたのだった。
一方、厨房――審神者に言わせると『和風キッチン』――では薬研がうーんと唸って腕を組んで立つ。
「もしかして大将、これまであんまり料理したことがねえのか?」
「ちょっとはあるよ」
「何を作ったんだい?」
「ホットケーキとー、カレーとー、そうめん?」
どれも裏に作り方が書いてあり、少々の心得があればなんとかなるものばかりである。
「よく生きて行けたね」
「お願いしたらカレシが……、あっ、今までのヒトもね。カレシが作ってくれたり、ご飯に連れてってくれたりしたもん」
想定通りの答えに苦笑する。
顔を見合わせた二人など気にせず、審神者はたった今、生み出されたばかりの焦げ付いた鍋を菜箸でつついた。この菜箸も先に黒ずみがある。
長い箸を扱うのはうまいのに、火加減や細かい手順は苦手なのか、シチューをつくりたいと言った審神者が落としたバターはこれ以上ないほどに焦げた。いい匂いが香ばしく漂う。
薬研は書見台に開かれたレシピ本を手に取った。最初からクリームシチューをつくらせてやるのは飛ばし過ぎたかもしれない。
ここはまず、と審神者が本部に頼んで現代からここへ輸入したマーブルコートのフライパンを取り出す。
火にかけ、油をひく。
今は江戸の時代に本丸を構えているが、フライパンを宛がうそれはへっついではなく、それに近い形でもっと火力の調節を利かせやすいものだ。
油は街に出て買ったものである。さまざまな時代のものが混在するが、刀剣たちにとってはこれが当たり前であり、無節操な状態に呆れはせど、困惑はしない。
薬研の、少年の姿に似合わぬ刀を持つ硬い手が、水仕事など一度もしたことがないような女の綺麗な手に、すべりの良くなったフライパンの柄と、卵を握らせた。
「目玉焼きなら焼けるだろ、大将」
聞くだけなら、馬鹿にしているともとれる言葉だ。言った薬研も、しまった、と目を逸らす。
だが、審神者はまったく気にしなかった。
そもそも気づいていないようだった。
卵を受け取り、角に当ててこつんとひびを入れる。ホットケーキを焼く時に鍛えられたので、卵を割るのは上手だった。
落とした卵が綺麗に白と黄色に分かれるのを見て、薬研と燭台切はホッと息を吐いた。なぜか当人よりも指導者が固唾をのんでいる。
焼けた卵をフライパンの上ですべらせて皿にのせる。
「この技術は凄いよね」
「なになに?」
「マーブルコート、だっけ? ほら、箸を入れなくてもするっといくのが」
「それね。確かに。どうやってるんだろーね。ねえこれ食べていい?」
「どうぞ。お塩、ここだから」
燭台切が指さした器から塩を適量ふりかける。
「ダイエットにヤバイかな?」
「卵は良い栄養になるから、気にしなくていいと思うよ」
「大将に痩せる必要があるとは思えねえけどな」
審神者は手近な割り箸で白みを割いた。
「心がけることが大事なんじゃなあい?」
「そうかもな。大将のそういうところ、好きだぜ」
さらりと、普段はあまり言わないようなことを言ってみる。
審神者は、「あ、そう? あんがと」と告白を黄身のアテにした。
それじゃあ何を作るか。
レシピ本を見直した三人は、妥当な肉じゃがを標的に定めた。
審神者も反対しなかった。クリームシチューをつくろうとしたのも、ただ単にそれが食べたかったからだ。俺っちが作ってやるからと説得されれば執着する理由もない。
「これは重要な問題なんだがな、大将」
材料を揃え、いざ挑戦せんとまな板に向かう。
幸いにもシチューの材料から流用できるものがある。審神者は調子よく包丁でスッスと追加の肉を切った。
そんな彼女に、重苦しく薬研が問いかける。
燭台切もどこか表情を曇らせる。
異様な空気をさとり、審神者は盛りに盛ったまつ毛をぱたぱたとしばたたかせた。
代表して薬研が言った。
「俺っちと燭台切さんの、どっちの味で作りたい?」
審神者はさらに二度、呆気にとられてまばたきをした。
「えーっと……ナニ? かなり違うの?」
「こういうのは個人差があるんだ」
「今まで、どっちの味が好きだったか憶えてるかな?」
審神者はまったく憶えていなかったし、違いはわかってもどれが誰の味かなど気にしたことはあまりなかったので、答えに窮してしまう。
困った彼女に、薬研は急きすぎたかと眼差しから愁いを取り払った。
自分の味が選ばれなくても、それはそれで良いのだ。彼女が満足することが大切で、『肉じゃが』は記号でしかない。
だが、と望むのは間違っているだろうか。
燭台切も、薬研の気持ちを汲んで彼の肩をそっと叩いた。
目の前で暗黙のやりとりが行われていると気づいているのかいないのか、審神者は首を傾げ、頬に指をあててわずかに唇を尖らせた。
「じゃあ日替わりでいいんじゃね? 今日は薬研の味付けにするから、次は燭台切のにしようよ」
「……おう、そうだな。じゃあ、そういうことにするか」
「うん。一番丸く収まりそうだ」
審神者には理解できない理由で、二人が同時に笑った。
炊き上がった白米をおひつにうつし、山姥切が食卓に運ぶ。食器を用意する骨喰や、おかずをせっせと盛り付ける長谷部を厨房側から眺め、審神者はははあと頷いた。
「大変だね、なんか」
「そうだぜ。だが、悪くないだろ?」
「まーね。でも毎日はやだから、やっぱりみんなは凄いわ」
心なさそうな賛美だったが、短刀はくすぐったそうにした。声音にやる気がないだけで、まっすぐ素直な彼女が嘘や誇張を孕んでいないと、彼は知っている。
最後に大皿の肉じゃがを持ってゆき、でんと食卓の中央に置いた。
「え、なに珍しい。肉じゃが?」
「薬研兄が作ったの? それとも燭台切さん?」
少し色づきのあまいじゃがいもを見て、乱が言う。
二人とも、計ったように目を合わせ、肩で笑った。骨喰も笑みを向けられ、軽い会釈で返す。
首を振り、早速お気に入りの座布団に座りあぐらをかこうとした審神者を視線で示す。審神者は次郎太刀にぴしゃりと背中を叩かれ、仕方なさそうに正座に切り替えていた。
清光をはじめとして、刀剣たちが一斉に審神者に顔を向けた。
「ぬしさまが作ってくださったのですか……?」
「おいしそーっしょ?」
「ああ……、どのような煮色もこのうつくしさには敵わないでしょう……。この芋の切り方など、匠が金剛石を研磨したようではありませぬか」
「コンゴーセキ?」
「ダイヤモンドのことだな」
「へー」
ふんふんと頷く審神者の気はもう小狐丸にはなく、焼き立ての豚肉ステーキにある。
肉じゃがと豚肉ステーキ。刀剣たちがどちらを先に食べるか。
愚問だ。
襲い掛かるように肉じゃがを取り皿によそった彼らは、ひと口食べて知る。審神者に深く心を傾けようが、興味を注ごうが、関係なく。
初めての肉じゃがは薬研の味に審神者の香りが添えられた、とてもおいしいものだった。
だからこそわかるのだ。
(苦労したんだな……)
思うようにいかなかったのか、箸を咥えて首を傾げた審神者と、彼女を見守る優しい二対の瞳が、一日の苦労を表すのだった。
20150514