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刀剣乱舞 (彼氏持ちの女審神者の話)
審神者が持ち出した手のひらサイズの四角い箱は、五虎退の虎に軽く肉球で押され、ぱちりと光を放った。
びっくりした虎が素早く飛びすさり、五虎退の肩に乗る。
五虎退もかなり驚いたのだが、この審神者が持ち込んだものが自分たちに害をなすわけがない、と勇気を振り絞っておそるおそる、それに目を近づけた。
銀色の物体だ。丸い、目のようなものが真ん中から少しずれた位置でつやりと光っていて、まぶたはどうやらせり上がったり戻ったりするらしい。光を放ったのはその上の小さな穴だった。
上部には突起がいくつか並ぶ。その中でもひときわ大きいものを、虎は先ほど押してしまった。
「これは、なんですか?」
審神者は分厚い説明書から顔も上げずに答えた。
「デジカメ」
「でじかめ……?」
「デジタルカメラの略ね。かなり旧式なんだけど、こっちのデザインがカッコよかったからさー。今、ちまたじゃ旧式のグッズが流行ってて、『復刻記念』とか何とかでシリアルナンバーが刻んであるの。そこ、あるっしょ?」
彼女の生まれた時代では、もちろんこれより進んだ技術で作られたカメラが山ほどある。性能を競い、シェアを争う企業の姿は今も昔も変わらないが、フォルムや使用方法はかなり進歩した。
そんな中、流れに反するように、『懐古』の二文字が持ち上がった。
最近のトレンドとして雑誌にも取り上げられるそれは密かにブームを巻き起こし、五十年も百年も昔のアイテムがより使いやすいようにリニューアルして売り出されたのだ。
日常のひと幕を切り取るこのデジカメも、液晶画面やシャッタースピードは現代の物と遜色なく、姿かたちのみが昔に立ち返った、ファン垂涎の一品だった。
カメラのことなどまったく興味がなかった審神者も、にこにこしながらそれを語った恋人の表情に見惚れるうちに気分が盛り上がってきた。わずかに与えられた時間を有効活用して電器屋デートと洒落込み、彼女は恋人とお揃いのデジカメを購入し、お互いにプレゼントし合ったのである。
(彼もいま、使ってくれてるのかな)
そう思うと審神者の頬は自然と緩む。
撮影したデータは、赤外線やネット回線を通じてカメラ同士でやりとりできる。だが本丸のある時代には当然そのようなものはないので、ここではただのお飾りだ。
元の時代に戻ったときに交換しよう、と決め、説明書を閉じた。
この時代で手に入れた物を現代に持ち帰ってはならないという決まりは頭に入っているが、『写真』の『データ』は物の枠に入るだろうか。
入らないに違いない、と審神者は勝手に判断した。
近侍の五虎退は畳の上をぱたぱたと駆け回る虎たちに手を伸ばす。虎たちは素直に五虎退の膝に集まった。膝があたたかそうだなあ、と審神者は何度か五虎退に向けてまばたきした。マスカラで盛りに盛ったまつ毛が軽やかに動く。アイラインの引かれた目は本当のそれよりも大きく見える。吸い込まれそうな瞳に、色素の薄い五虎退の姿が映った。
「ど、どうやって使うんですか?」
「相手にこれを向けてー、このボタンを押すの」
「わ、わわっ」
審神者が無造作に、五虎退に向けてフラッシュをたいた。
ぱちりと立った音に五虎退は身を竦める。そんな姿が切り取られ、液晶画面に現れた。
興味深そうに審神者の手元を覗き込んだのは五虎退の虎だった。五虎退本人は涙目で震え、「あ、主様……」と身に降りかかったよくわからない光に混乱している。
畳の上で膝を滑らせた審神者は虎たちと五虎退が見やすいようにカメラを傾ける。怖がりながらも興味はあり、覗き込む。
五虎退は自分が映る画面に口をぽかんと開けた。
「こ、これが、でじかめなんですか」
「そ。可愛く撮れてるじゃんね」
「僕が映ってます……」
「姿とかー、場面とか? 気になったやつに向けてパチッてしたら写真になるの」
「すごい、ですね」
「印刷するには別の機械がいるから、それは今度の面談の時に頼んでみるつもり」
「印刷って、えっと、紙になるんですか?」
「うん。あ、見る? 前にカレシと私で撮ったやつがさあ」
審神者は文机の抽斗の、鍵がかかるほうを簡単に開けた。何度もガチャガチャやっては諦める彼女を見て、鍵はどうしたのかと以前に五虎退が訊いたのだが、その時はあっさり「なくした」と答えられ唖然とした。その後、無事にどこかから出てきたらしい。なぜか審神者よりも五虎退のほうがほっとする。
小さな手帳のようなものが取り出された。
しかし表紙と裏表紙だけで、中に紙はない。代わりに表紙の裏に透明なフィルムが貼られ、中に何かを入れられそうだった。実際に、何かが入ってもいる。
見せられたのは一枚の写真だった。
笑顔を浮かべる女性が審神者であると、五虎退にはすぐにわかった。化粧も髪型もかなり違うが、雰囲気や笑顔は変わらない。
そうなると、先ほどの言葉からも読み取れるとおり、彼女の隣で微笑む男は――――。
五虎退は顔色を悪くした。
(ぼ、僕は、とんでもないものを見ちゃってるんじゃ)
泣きそうな五虎退には気づかず、審神者はこの写真の逸話を滔々と語る。
彼女の話の半分も耳に入らず、少年は虎に服の裾を食まれるまで唇を引き結んで硬直し続けた。
こんなことは誰にも言えない。
ただ、自分が今日の近侍でよかったなと安堵する気持ちはあった。
この本丸に集まる刀剣たちはみんな、審神者の恋人の正体を知りたがっている。
五虎退も例外ではなく、とても興味があったし、泣きたいくらい悲しくなる時もあった。審神者の『いちばん』が自分たちでないことに、怒るのも悲しむのも傲慢なことだと思うのだけれど、耐えられなくて薬研の胸に縋ったり、虎を抱きしめたりもした。
だけど、言いふらしたりむかむかしたりはしない。
だって、彼は、この人は、こんなにも主に幸せそうな顔をさせるのだ。
一抹の切なさをまつ毛にのせると、急にまぶたが重くなる。
眉根をへらりと弱気に寄せて目を閉じた五虎退が畳についた手に、つん、と冷たい箱が触れた。
「これ、貸したげるから好きなの撮ってきていいよ。今日はもうお看板ってことで」
「え、え、……で、でも、主様の大切なものを僕なんかが預かるなんて」
「気にしなくっていいけど」
「で、でも……、恋人さんとの大切なものなんですよね……」
「五虎退は壊さないでしょ?」
「だ、だけど」
なおも受け取らない五虎退に、なかば無理やり審神者はカメラを押しつけた。
「私も何撮っていいかわかんないから、お手本代わりが欲しいんだよねー。説明書だけじゃよくわかんないし。私、カレシみたいにセンスがあるわけじゃないしぃ」
五虎退は上目づかいで審神者を見つめたが、彼女に引くつもりはない。
とうとう根負けした五虎退は、カメラを神妙に受け取った。
「それじゃあ、あの、撮ってきます、ね」
「よろ」
「え、え?」
「よろしくーってこと」
「あっ、は、はい!」
できるだけ早く済ませてできるだけ早くこれを返さなくては。
五虎退はその想いだけで、あわてて立ち上がった。足元の虎が散り、ぺこりとおじぎした五虎退にならって審神者の手を舐めた。
審神者の、そこだけ見ればとてもたおやかな手が虎の頭を撫でる。心地よさそうに目を細めた虎を引き連れ、五虎退は小走りで執務室を後にする。
どうしたものかと悩みながらも、ぱちりぱちりとシャッターを切る五虎退を見て、鶴丸が「おっ」と声を上げた。
少年は、大股で近づいてくる太刀の姿に肩を跳ねさせた。
「何してるんだ?」
「は、はいっ、あの、しゃ、写真を」
「写真?」
「姿絵を一瞬で写し取る、主様の持ち物です。僕に貸してくださったんです」
「ほほーう」
鶴丸の口角がにやりと上がる。楽しそうな表情はいつも波乱を呼び起こすので、五虎退は少し苦手だった。
しゃがみ込んだ太刀は指先で、カメラをつついた。レンズは遠目になっていて、近すぎる鶴丸の姿は少しぼやけた。
裏側の液晶画面とレンズの向きを確認して、ある程度の単純な仕組みを理解したらしい彼は、少年の手からあっさりカメラを取り上げて一眼を向けた。二度目のことなのに目を丸くして驚いた五虎退の顔が記憶される。
「こうか。なあ、俺のことも撮ってくれ」
「は、はあ」
「それとも、こうか?」
五虎退の肩に腕を回し、思い切り顔を近づける。ふたり同時にレンズを見上げ、画面も確認せずボタンを押した。フラッシュには満たない光がふたりを照らした。
出来を確認し、満足したのか、鶴丸は五虎退にカメラを返した。
白い装束に似合う笑顔が、カメラの放つ光よりも強く五虎退を励ました。
「なかなか面白いな。いい写真をいっぱい撮ってやれよ」
「は、はい!」
鶴丸の言葉に背筋を伸ばした少年の髪が、くしゃくしゃになるまで撫でられた。
彼らの様子を、青江と並んで茶を飲む審神者が頬杖をついて眺めている。
「いい写真が増えそうだね」
「これでカメラもシゴト用ってことになって、印刷代は本部が出してくれるはず」
青江は急須を傾け、ため息を吐いた。
「実にすこいねえ」
「すこいってナニ? 頭いいってこと?」
「うん、そうじゃないかな」
「チョーテキトー!」
笑った審神者の横顔を、五虎退がズームでカメラにおさめた。
20150511