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刀剣乱舞 (彼氏持ちの女審神者の話)


 審神者に、なっていただきたいのです。
 こう言われた時、彼女は隣に座る青年を素早く見上げた。青年は彼女に心配そうな視線を寄越し、スーツで固めた向かいの男におそるおそる、彼女の代わりに問い掛ける。それは何ですか、と。
 繰り広げられる説明の、時空を云々、のあたりで彼女は早々に両手を上げた。隣の青年が困ったようにするのも構わず言う。

「待って待って、じゃあカレはどうなるの?」
「残念ながら……、その。……あなたには『審神者』として国の為に務めていただきたいのです。時空を移動できるのは原則として『審神者』だけですので、その、ええと……」
「カレシは無理なの?」
「有体に言うと、その通りです」
「じゃあどうすんの」
「は、いや、それは」

 さらに有体に言うならば、組織側としてはこの二人にきっぱり別れてもらいたかった。
 しかし言える空気ではない。
 明らかに『審神者』からは怒気が立ち上っているし、隣の『恋人』も困惑の中に異議を固めた表情で男を睨みつけている。鋭く2対の視線に射抜かれた男は、スーツの下で身を縮こまらせた。
 妻子持ちのこの男は常に損な役回りを任せられ、こうして女性になじられることが多いのだが、いつになってもこれには慣れない。慣れてはいけないものなのかもしれないな、と悟った眼差しで鏡の中の自分を見つめることでしか自分を保てない日もあった。せめて現実から逃げ出したくて美人な上司の顔を思い出したが、同時に給料に加算されない残業が待っている現実をも掘り返してしまい胃が痛む。
 とにかく今は、この窮地を乗り越えなければ。
 その想いだけで冷汗を押しとどめ、ええと、とテーブルに並べた書類を一枚、女性の方へ差し出す。

「こちらにサインしていただけませんか。これも……その……、そういうアレでして」
「どういうナニよ」
「実を言いますと、そのぉ……、『適正』を見とめられてしまいますと、……その……」
「拒否したら犯罪者にでもなっちゃうの?」
「……えー……」
「やだなにそれ超怖い。こわぁい、ねえ怖いよぉ」

 青年にしなだれかかる姿からは、まったく神聖さを感じられない。
 本当に彼女でいいのだろうか。男の疑問に答えてくれるお偉方の役人はここにはいなかった。いたとしても判で押したように問題なしと告げてくるに違いない。現場では誰も男を助けてくれないのだ。そう、いつも。
 心の蓋が開きそうになったのを慌てて押さえつける。
 不満げな顔をした審神者は、男の手から紙をもぎ取り、恋人と一緒に端から端まで目を通した。

「あっ、3か月に一度は面談があるって! じゃあこの時にデートできる?」
「え、あ、いえいえ、あの、その面談は我々政府側とだけ顔を合わせるものでして」
「できないの?」
「は、はぁ……、有体に言いますと……そうです」

 ぎろりと睨まれて、そろそろ尻が椅子から離れそうだ。

「……その、ですね」

 膏汗を流して悩み抜いた末に、男は口にする。
 逆鱗に触れる代わりに、必殺の魔法となるであろう、ひと言を。
 彼はこの圧力に堪え切れなかった。はたしてそれは、審神者が放ち、男が感じられない筈の何かだったのかもしれない。

「恋人様を理由にこの要求を呑まれなかった場合、審神者ご本人ではなく恋人様が責を負わされる可能性もあり、まし、て」

 ぶわりと膨れ上がった感情を間近で受け止めた男は、飛びかかる意識をかろうじて繋ぎとめた。
 女は放たれた理不尽な言葉の刃に憤怒を隠さず、乱暴な手つきでボールペンを抜き取った。ファミリーレストランのテーブルに備え付けてあるアンケート用のボールペンだった。
 いまだかつてなくチープだ、と驚愕する男を尻目に、恋人とそっと手を握り合った彼女は、意外なほど丁寧な字で欄に名前を書き入れた。
 その瞬間、男はどっと全身から憑き物が落ちたように力を抜き、安堵する。
 仕事を終えた。
 男はこの書類をまとめて上層部に提出すればいい。ありがとうございました頑張ってください、と審神者に言い添えて、怒り狂った彼女に雷を落とされないうちに逃げてしまえばいい。
 そうして気を抜いたからだろうか。
 気持ちを完璧に切り替えて――あるいは怒っていたことすら忘れて――顔を上げた彼女にこう訊かれて、ぽろりと本音が出た。

「あ! チョー名案! 面談の時にお役人さんだけじゃなくてカレシも連れてきてもらえたらハッピー! ……なんじゃなあい?」
「『審神者』の『さ』の字くらいは理解してもらえませんか」

 審神者は不満げにしただけで、雷雲を呼び寄せたりはしなかった。



*



 ひと月後、彼女は刀を選び、手にすることとなるのだが。
 補助のためにつけられた『こんのすけ』に連れられやってきた空間で安置される刀を見比べ、ああでもないこうでもないとケチをつけていた審神者は、そろそろ決めてくださいとせっつかれたので面倒になったのか、「じゃあこれ」と一振りを指さした。
 ピースで。

「……どちらかにしてくださいね、審神者様」

 こう言う他にない。

「あーごめん、人差し指のほう。私いま中指突き指しててさあ」
「そ、そうですか……」

 なんだかもう帰りたいなあ、と思ったのは審神者ではなくこんのすけの方だった。

 選ばれた刀に、選んだ審神者が願いを込める。
 舞うように空気を変えた審神者の『適正』は違わず、刀はひとの姿を取った。

「俺は加州清光。扱いにくいけど性能はピカイチ。……可愛がってくれよな」
「は!? なにその爪!」

 審神者の剣幕に、大声をぶつけられた加州清光だけでなくこんのすけまでが飛び上がる。
 誰がどう聴いても文句をつけたとしか思えない声音に、加州はびくりと身をすくませた。

 いけなかったのだろうか。こういうのは嫌いだったのかもしれない。

 胸に浮かんだ後悔と恐怖を言葉にする前に、審神者の手が加州の指を握りしめた。

「チョー上手いんだけど!? え、なんで? 利き手どっち? やだもう利き手じゃないほうの手でどうやってこんなにうまく塗るの?」
「え、あ、えっと……、……か、可愛く……なりたいから……」
「やだちょっと気合い!?」
「審神者様ー、説明がありますので次に向かいますよー」
「ねえこれデコったりできる?」

 審神者はまったく聞いていなかった。
 ひたすら加州の爪を見つめて目を輝かせる。
 予想外の反応にどぎまぎしていた加州も、聞き馴染みのない響きに釣られて首を傾げた。

「デ、デコ……る?」
「そう。ラメとかシールとかのせて、あと審神者の予算で私物とか買っていいみたいだからキラキラストーンとか買って、デコやろうよ! ていうかやり合いっことかしよ」
「審神者様ー、予算は有限なんですよぉー」

 こんのすけの話など誰も聞いていないようだった。
 おそるおそる、加州が口を開く。どうやら爪のくれない色を厭うているわけではないようだとわかり、少しだけ安心していた。

「……そ、そしたら……いちばんに愛してくれる?」
「え?」

 審神者が顔を上げる。怪訝そうな表情に、言わなければ良かったかもしれない、と苦味が滲んだ。
 彼女は加州の心情には気づかず、「や」と短く言って頭を横に振った。

「一番はカレシに捧げてるから無理」
「……え……」

 しかし、端正な顔立ちが絶望に歪むよりも審神者の二撃目が早かった。

「でも別のやつでは一番かな! そうだな、『私が一番最初に呼び出せた刀で賞部門』と『爪がめっちゃ可愛く塗れてるで賞部門』では一番好きだよ」
「え、あ、……ありがと……?」

 彼女に自覚はないが、これが畳みかけて相手を煙に巻く、この女性の嫌なやり方だ。笑って許せるのは彼女の恋人くらいなもので、他の被害者は我に返った後に本題から矛先を逸らされたと気づき臍を噛む。
 今回の加州も、他の大勢と同じだった。
 ぽかんと唇を開いたまま、もう一度、訳の分からないままお礼を言ってしまう。
 こうなると審神者の中ではもう話が完結する。ひとつの問題を後々まで引きずらないのが、難しいことを省いたゆとりある現代人の若人のしきたりだ。
 そして彼女は加州の手を握ったまま、颯爽とこんのすけに次の案内を要求するのだった。



20150222