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刀剣乱舞 (彼氏持ちの女審神者の話)


 今日も本丸には、投石器で爆弾が投げ込まれる。
 投げ込むのは本丸のあるじである。

「私、今日をもって審神者を辞めます」

 昼食の席で何気なく言われたものだから、かち、と碗に乱の箸が当たる音を残して、しんと居間が静まり返った。
 習慣として、あまり昼食をとるくせが――刀であるということは抜きにしても――ついていなかった刀剣男士だが、今では審神者にならい、すっかり三食プラスおやつの生活に浸っている。今日の昼ご飯にはそうめんが用意されていた。
 すする途中だった次郎太刀は口元からそうめんを垂らしながら硬直していたが、ハッとして最後までかき込み、噎せる。
 審神者が『恋人』からお裾分けだと言って渡されたこのそうめんを茹でる時にも刀剣たちに軽い葛藤が起こったのだが、その恒例の胸の痛みは置いておき。
 今は審神者の爆弾発言が問題だ。
 みるみるうちに顔色を蒼くしたのは小夜だった。主様、と、言いたこともまとまっていないのに声を上げてしまう。

(これは、まずい、よ)

 小夜はこの発言の真意を知っている。審神者が昨夜、近侍の乱と付き合わされた小夜に打ち明けていたから、この短刀二人は事情を呑み込んでいた。しかし、まさか計画を審神者がこんな形で実行するとは知らなかった。
 審神者はそうめんのつゆにウズラ卵を落とし、溶いた。
 しばらくつゆをかき混ぜてから、時計を見上げる。掛け時計はもうすぐ正午を示す。

「……誰かに何か言われたのですか。それとも――」

 低く言ったのは長谷部だった。
 続けて、小狐丸が。

「ぬしさまが本心から我らを捨て去るはずがなかろう」

 審神者は二人を順に見る。
 そして首を傾げた。

「ん? あー、うーん、言われた……っていうかぁ。捨てる? っていうのはよくわかんない言い方だけどぉ。……恒例行事? みたいな?」
「審神者が途中で交代することが?」
「や、ていうか、あと五分待たない? おそうめん食べようよ」

 呑気な審神者もようやくこの如何ともしがたい空気に気づいて眉根を寄せた。全員が彼女を凝視し、室温がどんどん下がっていく気がする。乾いていくそうめんだけが事の異様さを見つめていた。
 刀剣たちはこう言われて、黙ったままそうめんをすする作業に戻った。五分が何を意味するのかはわからなかったが、正午になればすべての答えを渡されるのだろう。なぜ五分待たねばならないのか考えたものの、現代の遊びに詳しくない付喪神たちが察せられるはずもない。乱と小夜は居心地悪く視線を交わし、何か知っているのかと目で問いかけられても苦い顔で素知らぬふりを貫かねばならなかった。
 秒針が動ききるのをもどかしく待った和泉守が箸を置く。

「で?」

 低くうなるような声だった。
 怯まない審神者は、脅すような声音に耐性があるのではなく、ただ単に刀剣たちが自分に害を及ぼさないと知っているだけだ。別の誰かに凄まれれば驚く。
 だがそれで充分であり、平気な顔で蕎麦湯を探してから答えを投げつける。

「エイプリルフール。やーい騙されたー」
「……へ?」
「騙されたら私にお菓子を渡さないといけないんだよ」

 そんなルールはないはずでしょ、と乱は内心で審神者の胸をぽかりと叩いた。
 ゆるゆると刀剣たちは理解した。これは審神者のお遊びの一環だ。
 けれど、なんと悪質な遊戯だろうか。
 胃に悪い。

「意味わかんねえ嘘つくなよ!」
「えいぷりるふーるって何だよ!?」
「主さん、真顔で言うんですもん。騙されちゃいますよー。そういうの、俺たちにとってはデリケートな問題ですからね! 気をつけてくださいよ!」

 口々に叱られ、審神者は肩を竦めた。

「私ってチョー愛されてるぅ。逆ハーじゃんね」
「ぎゃくはー?」
「逆ハーレム。私が男を侍らせて、男たちはみんな私が好き」
「確かに、逆ハーだな」
「オレは定期的にアンタを嫌いになってるけどな!?」

 和泉守の言葉は綺麗に聞き流された。口ではこう言っていても、安堵して箸を握り直し薬味を追加する手つきは正直だ。

「エイプリルフールっていうのはー、うーん、何て説明したらいいの?」
「僕たちにはわからない、かな」
「四月一日は嘘をついても許される日なんだけど、その嘘に騙された人のことを四月馬鹿って呼ぶのね。で、外国語にして、エイプリルフール」
「僕たちは四月馬鹿なんだね」
「そ。……たぶんこれで合ってるよね?」
「俺っちもわからんぜ」
「そーだよねー」

 ずるずる。そうめんはちょっとだけ乾いていたが、まだ食べるのに問題はない。
 審神者がさっさと日常に戻ってしまったので、いつものごとく刀剣たちは置いてけぼりだ。
 何度言っても聞かないのが、彼女だ。やめてくれと言っているのに、繰り返す。

「ごめんねぇ」

 ニコリと微笑まれて「仕方ないな」と許してしまう自分たちも悪いのかもしれないが。
 何か天啓を得たように目を輝かせる鶴丸を無視し、小夜が深く息を吐いた。

「来年は……やめてね、主様」

 審神者は微笑んだだけだった。
 あ、これは来年もやるな。
 全員が確信した。




20150403