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刀剣乱舞 (彼氏持ちの女審神者の話)
今日のおやつはしおがまだった。
「我々を維持していて、主殿はつらくないのですか?」
「どういうこと?」
仕事部屋で盛大に墨汁をひっくり返し、飛沫を畳とふすまに散らしながら倒れたことは、一部の刀剣にしか伝えられていない。
出陣組、遠征組と、帰還した彼らが審神者に会う暇もなく、鶴丸が何度目かになる遠征を申し渡したものだから、ただ単に午睡をむさぼっていたと思われているのだ。
鶴丸にそんな役目を負わせた審神者は夜までぐっすり眠り込んだ。
それから遅い時間にむくりと目覚め、深夜まで起きて彼女の様子を何度も見にやって来ていた燭台切に注文し、背徳的な丑三つ時の夕食をとったのだ。
それなので、短刀や打刀、脇差たちにはあまり審神者の体調不良は伝わっていなかった。
鳴狐のお供の狐も、知らなかった。
この質問に、審神者は「えー」と菓子を摘まみ、うなった。
すぐに方針を決め、実は倒れたんだよねえ、とは言わず、辺り障りなく答えることにする。
正直に伝えるのも体調不良をひけらかすようで心地が良くなかったし、かといって下手に誤魔化すのも宜しくないと思ったのだ。
「つらいって思ったことはないなぁ」
「主殿はお強いのですね」
「そーでもないよぉ」
倒れているわけだし。
黙っておいた。
別の干菓子にも手を出す。鳴狐もぽりぽりとあられをかじった。
この部屋の卓には常時、必ず三種類のおやつが用意されている。いつの間にかなくなっては、妖精たちによっていつの間にか補充される、不思議な仕組みだ。妖精の名は長谷部と骨喰と山姥切という。
お供の狐は鳴狐に撫でられ、気持ちよさそうに目を細めて口元を舌で舐めた。
「主殿がお元気なのでしたら、何よりでございますね。最近は刀剣が増えましたから、鳴狐も心配していたのです」
「ありがとね。無理だったら寝るから大丈夫だよ」
「ではその時はお休みを邪魔しないよう、わたくしも気をつけるといたしましょう!」
「うん。って言っても君たち、こっちに来ないけどね」
鳴狐に近侍を任じた時など、あっただろうか? 日々の忙しさのせいで、初めの頃の記憶などはもう曖昧だ。任せたことがあるような気もするし、ないような気もする。
そんなことを言うと鳴狐が悲しむだろうとはわかっていたので、審神者はこの話をさらりと流した。
次の日のおやつは甘納豆だった。
「ねえ、具合悪くない?」
言ったのは清光だった。
彼は、初めて出会った子に打ち明けないのは失礼だろうなと判断した審神者が自分から不調を教えた、たった一人の刀剣だ。
聞いた時はあんぐりと口を開け、審神者に掴みかかろうとした。すぐに、まだ彼女が本調子でない可能性に思い至り手を引っ込めたけれど、その勢いたるや同田貫が戦場をかけるさまによく似たものだった。
質問された審神者は、ありのまま、事実だけを伝えた。
「悪くないよ」
「ホントに?」
「ホントに」
「ホントにホント?」
「うん」
身を乗り出し、審神者の顔を下から覗き込む。清光は審神者のファンデーションとチークの下に本心を見つけようと必死に目を凝らした。
真実は見つからない。
だが、清光はふっと息を吐き、目を伏せた。彼女が大丈夫と言うのなら、大丈夫なのだろう。
彼は彼女を信じることに決めた。
だが気がかりなのは変わらない。
「何かあったらすぐに言ってよ」
「言う言う」
「ちょっと、食べるのやめて話して」
「ワタシ、ゲンキ、イッパイ」
「もー!!」
すぐはぐらかす。審神者の悪い癖だ。
雨の日のおやつはぼたもちだった。
どっかりと座る山伏の前で肘をつき、審神者は楊枝で宙に模様を描く。ぼたもちは手で掴んでかじりたい。誰も居なければそうしているところだったが、薬研がいつ戻って来るかわからないし、卓を挟んだ向こうには目が合えばすぐ審神者に笑いかけてみせる山伏も坐す。諦めて切りにくいぼたもちに楊枝を刺した。
「主殿は最近、体調などを崩されてはなかろうな?」
「何か最近みんなおんなじこと訊いてくるけどぉ、流行ってんの?」
「カカカ! 季節の変わり目は風邪をひきやすいので、気になるのに違いない」
「ふぅん」
「ここで過ごす刀剣も増えてきたことであるし」
「鳴狐も言ってた。あ、正確にはちっちゃい狐が。やや、小狐丸じゃなくてね」
「うむ。それで、如何か?」
ぼたもちを咀嚼してから、山伏の髪を眺めて言う。
「問題ないよ。自分で言うのも何だけどぉ、私ってたぶんしんどくなったらもっと目に見えてサボると思うんだよねぇ」
「しかし何だかんだで主殿は頑張り屋であるからな」
「『何だかんだ』って余計じゃない?」
「む! すまぬな!」
山伏の受け答えは快活で、いじりようも恨みようもない。癖はあるが、審神者にとっては会話のしやすいタイプだった。はぐらかそうとすれば、はぐらかしたい気持ちを察しているのかいないのか、わかりづらい元気の良さで丸め込まれてくれる。追及はせず、話を終わらせる。
まったくひねくれておらず、真っ直ぐな態度を一貫させるので、相手取っていてとても楽だ。
「筋肉の超回復に似ていると拙僧は思う。たまには丸々休む日があっても良かろうにな!」
「チョーカイフクって何? じゃあしんどくなったら全員刀に戻して寝ちゃおっかなぁ」
「うむ、それもまた一つの手段である。ちなみに超回復とは、鍛錬にも休息が必要だと唱えられた時に名づけられた現象であり……」
「筋トレの話はまた今度ね」
「あいわかった」
実直な男に、審神者は手を伸ばした。近づいてきた山伏の髪をくしゃくしゃにする。
「好きだよ、そういうところ」
「カカカカカカ! これでは拙僧、童たちに恨まれてしまうな!」
そうは言いつつも、山伏は審神者のしたいようにさせてやった。
ちょっと早めのおやつはどら焼きだった。
審神者の隣を陣取るのは太郎太刀だ。
なぜ隣に座っているのかというと、これには複雑な事情があるのだが、要約してしまえば審神者の定位置が太郎太刀の居る座布団の隣だったからである。
彼女お気に入りの座布団を敷いてやった長谷部は、風呂掃除があるからと居間を出て行った。本来ならば隣に付いて、自ら買って来たどら焼きの感想を聞くはずだったのだが、今週の風呂掃除の当番は彼だ。内番として、食に必要不可欠な畑仕事を頼まれる鯰尾らと同じように、掃除当番というのも大切な役目なのだった。
太郎太刀と二人きり。審神者は一人、黙々とどら焼きを食べている。彼女なりの礼儀として、半分に割った片方を太郎太刀に差し出してみたが、太郎太刀は断った。
「ちっちゃすぎ?」
「いえ、そういうわけでは」
「まあいいや。ホントはあげたくなかったしぃ」
愚かしいまでに嘘を吐かない女性だ。
太郎太刀の大きな手と比べると、審神者の手はとても小さく見える。その小さな手で割ったどら焼きを食べる姿は、太郎太刀には奇妙に見えた。
人の営みの、なんと不可思議なことか。
少し前に、短刀に混じって行った色鬼のことを思い出す。あの時に掴んだこの人の腕は、とても細かった。太郎太刀が少し力を込めれば、どら焼きを握りつぶすよりも容易く折れてしまいそうなほどに。
もちろんそこまで脆くはないのだが、太郎太刀はまだこの世での力加減に迷っていた。
「おいしいですか」
「おいしいよ」
「そうですか……」
「食べたいんじゃん」
審神者の感性に触れたかったとは真っ直ぐに言いづらく、沈黙してしまう。
彼女は黙したのを肯定と取り、初めよりもかなり小さくどら焼きをちぎった。
「はい」
「……ありがとうございます」
断り切れず、受け取った。
味よりも、分け方に感心する。無造作に分けたように見えて、彼女の親指と人差し指は確実に太郎太刀の分が少なくなるように計算した位置でどら焼きを支えている。おそらく、と太郎太刀は思った。食に貪欲なのではなく、太郎太刀の好みがわからなくて、無意識のうちにそうしたのだろう。味が苦手でも、太郎太刀が主に気を遣って食べきるとわかるから。
ひと口で食べられる大きさだったが、太郎太刀は小動物のようにかじった。
「甘いですね」
「ヒロインの口元についていたどら焼きのかけらを取って口に運んだヒーローのような台詞」
「は、……そうですか」
「今度漫画貸したげる」
「ありがとうございます。ですが、良いのですか? あなたが元居た時代での持ち物を、私たちに与えてしまって」
「貸すだけだから問題ないっしょ」
「そういうものでしょうか」
「そういうものじゃないの?」
何もまったく疑わない顔で言ったので、太郎太刀も納得する。そういうものなのかもしれない。
しばらく無心でどら焼きを噛む。
審神者が食べ終わり、緑茶を飲むのを見て、太郎太刀はゆっくり切り出した。
「健康で気になるところはありませんか?」
「ないよ」
「倒れたと聞きましたが、その後、障りは?」
「特には。なんか私の心配するのがトレンドなのかな?」
皆、何かを感じ取っているのだ。
漠然とした不安を抱えているらしい。
「訊いてみたんだけどね」
「はい」
「本部? 的な? ところに」
「はい」
「一回倒れるごとに力が増えていく、みたいな話なんだって。成長痛? っていうか」
「また、物騒な増え方ですね」
審神者は急須から、濃くなった緑茶をつぐ。
「だよねー。だから心配しなくていいって太郎太刀から言っといてくんない?」
「ご自分で言えば宜しいのでは?」
「太郎太刀が言った方が説得力があるでしょ。私が言ったって強がりに聞こえちゃうかもしれないじゃん」
「……確かに。わかりました。今日の夜にでも言ってみましょう」
「うん」
渋い声で丸投げする。やはり苦すぎたようだ。
審神者は緑茶の味で満たされた口を整えたいようで、太郎太刀を上目づかいであざとく見上げる。彼の手にあるどら焼きが目当てだ。
「太郎くぅん」
「どうぞ」
「やった! ありがと。はい、あーん。食べさせて」
「……はあ……」
なぜか手ずから食べさせることになった。
開かれた口にどら焼きを落とす。
実に美味そうな顔をした審神者は、戸ががたりと喘いだのを聞いてそのままそちらを向いた。太郎太刀も布巾で手を拭きながら見る。
清光と長谷部が居た。
これからの絶叫を思って、太郎太刀はそっと顔を逸らす。
審神者も素早く、自主的に耳を塞いだ。
20150322