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刀剣乱舞 (彼氏持ちの女審神者の話)


 この日も審神者は、崩れた豆腐のような体勢で近侍に甘えていた。
 近侍も嫌がらないし、叱らない。
 こうしてだらだらと時間を過ごしたい時は、自分に甘い刀剣男士を選び侍らせるのが審神者の特権であり、日常であった。
 崩れた豆腐は口を開いた。

「サニワチューって優しいよね」
「『審神者中』?」
「厨房の厨って書いて『審神者厨』」
「どういう意味です?」

 ぴしりと背筋を伸ばして待機していた長谷部は、床にまきちらされた書類を律儀に拾い集め、角を揃える。その合間に審神者の話への相槌を打っていたのだが、聞き馴染みのない言葉には思わず振り返った。
 審神者はそんな長谷部にはちらとも目をくれず、自分の爪を見ていた。飾り、ジェルで固めた爪は審神者のお気に入りだ。リムーブする時は、ある程度コツを教えた清光に頼むつもりでいる。

「審神者のことが好きでたまらない人のこと。私も語源は知らないんだけど、中毒……とかかなあ? 審神者中毒」
「小狐丸のような?」
「あー! そーそー、小狐丸みたいな。長谷部もそうじゃん?」
「そうですね」
「あ、ンー、違うか。長谷部は主命厨か」

 嬉しくない呼び名だ、と呟く。
 『主命とあらばなんでもこなす』という長谷部の挨拶は瞬く間に本丸全体に知れ渡った。働きぶりも目覚ましいせいでなかなか重宝されているのだが、本来の刀剣としての扱いではない。今では長谷部が無理難題やわがままを押しつけられ奔走していると、居間の方から「断っていいんだぞ」と誰かの声がするほどだ。
 しかし彼はそれで満足していた。
 初めこそ、主命を第一に、ある種の皮肉をもって審神者に従っていた彼だったが。
 暇な時に――本当は暇ではないのだが――寝転がって畳の目を数える主に、新しい暇つぶしの遊びを教え、求められずとも手製のすごろくをこしらえる程度には、へし切り長谷部は審神者に優しくなっていた。
 きっかけがあったとは思えない。
 ただ思い出せば、茶菓子を用意する時にふと、ここは安全な場所だ、と納得してしまったのがいけなかったのだろう。
 ここがあまりにも静かで、侵されず、いつも変わりない態度の女性が中心となっているから。
 というわけで、長谷部はしっかり否定することにした。

「俺は『主厨』ですよ」
「ふうん。へえ。ほほう」
「聞いてませんね」
「聞いてないけど信じてるよ。大丈夫大丈夫。私厨ね。はいはい」
「ええ」
「ありがと。親衛隊が増えちゃったなー」

 言い得て妙。長谷部は『厨』よりも『親衛隊』の響きの方に納得した。

「隊長は誰です?」
「清光」
「ああ、訊くまでもありませんでしたね」

 普段の執着っぷりを見ていればすぐにわかる。
 こちらもへし切りと同じく、初めこそ何に執着しているのかが曖昧だったが、いつの間にかこの審神者で定着していた。

(毒されている)

 非礼に当たるが、長谷部はこっそり審神者の顔を見て肩を竦めた。
 まあ、いい。

(俺も同じだ)

 悪い気持ちはしないので、良いことなのだろう。

 審神者中毒に冒されている者の中でも、新入りのくせにね、と呆れられるほどの傾倒を見せるのが、先に名の出た小狐丸だ。
 長谷部は障子の向こうの影にいち早く気づき、声をかけた。

「主は今、執務の真っ最中だ」
「え、なになに」
「小狐丸が来ています」
「あらま」

 無慈悲にも審神者は「何しに?」と首を傾げた。
 すうっと引き戸を開けた小狐丸は、前に垂れた長い髪を背中に流し色っぽさを演出してから、審神者の前に膝を滑らせた。
 寝転ぶ審神者は小狐丸を見上げることになる。
 花のかんばせは下から見ても男性美に満ちて美しかった。

「ぬしさま、ご休憩の際にはこの私をお呼びくださいとお願いいたしましたのに」
「休憩じゃないよ。仕事してるんだよ」
「そうでしたか。失礼いたしました」

 言外に長谷部に向かって『オメーの言葉なんて信じてねーから』と告げつつ、表情をとろりとさせて審神者の手を取る。
 小狐丸の指が審神者の爪を撫ぜた。

「さすがぬしさま。指先にまでこだわられるその姿勢、お美しゅうございます」
「いのいちばんに爪を褒めて顔面の事情には触れない小狐丸のこと結構好きだよ」
「誰よりも?」
「わかりきってる問答はめんどくなぁい?」

 それには答えず、小狐丸は今度は硬い指の腹で審神者の頬をくすぐる。

「ぬしさまと同じく、私は甘いものは最後に取っておく性格なのです。もちろんお顔も素晴らしい」
「今日のメイク良くない?」
「まつ毛の長さなど、芸術的です」
「長谷部はどう思う?」
「どんな姿でも主は主です。良いと思いますよ」
「イエスマン」
「何とでも言ってください」

 からかって苛立たれるかと思えば、流される。
 この頃、審神者の目論見は失敗してばかりだ。

「つまんないの」

 正座する小狐丸の膝に頭をのせ、微調整の末、ひとつの姿勢に落ち着く。彼女に仕事への意欲を求める方が間違っていた。そういうのは、主に反抗しない清光、長谷部、べた甘の小狐丸や三日月、何だかんだで甘やかしてしまう薬研が近侍の時には湧き上がらない。一人でしんとした部屋にいて、暇が極まって初めてペンを執れるのだ。
 ちなみに、乱、燭台切、次郎太刀が近侍の時は監視の目がきついので、審神者も黙って机に向かう。

「仕事、したくないな」

 軽くしなをつくってぽつりと言ってみると、小狐丸の顔が輝いた。

「では小狐丸と一緒に遊びましょう。物合わせでもいたしますか? 偏継は面白そうですが、ぬしさまには少々面倒やもしれませぬな」

 頭を使う遊びなので、とは言わなかった。思ったかどうかも定かではない。

「オセロにしよう」
「オセロですね。私はあまり詳しくありませぬので、ぬしさま、教えてくださいますか……?」
「四つ角は取ると不利だよ」
「ほう、そうなのですね!」
「そうでしょうかね」
「へし切り。ぬしさまがこうおっしゃるのならばそうなのじゃ」
「でしょうね」

 一瞬奔った冷ややかな空気に水を差したのは、すぱん! と障子戸を開けた獅子王だった。

「仕事しろ!」
「うわっ、いたの?」

 獅子王は腰に手を当てる。

「通りかかったんだよ。あんた、仕事ちゃんとしてくるからって言って昼の団子食ったんだろ!」
「おいしかったよねーアレねー」
「ん? あ、おう。みたらしが最高だったよな」
「ずんだも良かったよ」
「じゃあ今度はずんだにするか」
「え、なに? また食べるの?」
「もうおやつの時間だから、食わしてくれるって。薬研が言ってた」
「えー! いいなあ」
「……じゃなくて!」

 長谷部にびしりと指を突きつける。宙を薙ぎ、怒りは小狐丸にも向けられた。

「主は仕事しろよ!」
「してるって」
「ホントかよ?」
「ね? そうだよね、長谷部?」
「そうですね。初めのうちは」
「……ってダメじゃん!!」

 小狐丸の膝から頭を離し、審神者はまっすぐ獅子王を見つめた。う、と獅子王がたじろぐ。急に真剣な顔をされると、何かあるような気がして一歩退いてしまうから不思議だ。
 しかし、まったくの杞憂だった。

「でも長谷部も小狐丸も良いって言ってくれたよ」
「いっつも後から困るのは自分だろ! もー! 近侍変えようぜ主ー!」

 獅子王の嘆きは深い。本丸にいる刀剣の半数弱が主に甘すぎるので、『まとも』だと自負する彼らは苦労が多いのだ。だらけようとする審神者の背中を支えて座り直させたり、書くのが面倒だと言ってペンを投げた審神者に口頭で説明されたことを慌てて書きとめたりと、どちらが働いているのかわからない。
 ぷんすかと頬を膨らませる獅子王を「可愛い仕草が似合う」とけらけら笑ってから、審神者は立ち上がって小狐丸と長谷部を手招いた。

「もう一本お団子食べてから考える。行こ行こ」
「わかりました」
「ぬしさまとオセロができないのはとても残念ですが、仕方ありませぬな……」
「絶対だぜ」
「うんうん」
「なんだかなぁー……」

 ため息は深い。
 三人を相手取る獅子王は、少々分が悪かった。




20150322