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刀剣乱舞 (彼氏持ちの女審神者の話)
酒の肴にはもってこいの話題とまではいかないが、この話はある程度の盛り上がりをみせた。
障子戸の向こうの騒がしさに釣られた審神者がひょいと顔を出すと、余計に室温が上がる。
「なーにしてんの?」
「酒盛り」
「ショタはみんな寝てるんだから静かにね」
そういうところは常識的だ。
気にせずハイハイと返事をし、次郎太刀は審神者を手招きした。声をひそめて呼んだので、聞き取りづらい音を追いかけてふらりと女の足が敷居をまたぐ。と、その背後でぴしゃりと鶴丸が戸を閉めた。逃がすつもりはないようだ。
いったい何の話かと眉根を寄せた審神者に座布団がよこされ、座らせられる。すかさず小狐丸が杯を勧めた。
「私、あんまり強いの飲めないし」
「では何か飲みたいものはございますか?」
「カシスオレンジ」
「すみません主さん、それ、ないんですよ」
堀川が少し申し訳なさそうな顔をする。いいよべつにと審神者も首を振った。期待していたわけではない。
部屋に戻ればサングリアやカクテルドリンクの缶があるので、取って来てもよかったのだが、そこまで長居するつもりもなかったので黙って座布団に胡坐をかいた。ミニスカートの中身が見えそうになり、燭台切が素早くブランケットを審神者の膝にかける。このブランケットは審神者が『現世』からこちらに持ち込んだものだ。珍しくも、恋人ではなく審神者の趣味である。触り心地がとてもよく、あたたかいので、畳の上で昼寝をしてしまった短刀の肩にかけられることが多かった。
結局審神者に出されたのは割り物として使われていたトマトジュースだった。こちらも、審神者が手に入れたものだ。トマトジュースで酒を割る恐ろしさに震えた刀も居たが、一度飲めば虜である。
一同はぐびぐびと飲んでから話を戻す。
「で、何の話? 私のことだよね?」
「主と主の恋人のことだな。喧嘩をしたことがあるのか、話していたんだ」
「喧嘩ぁ? なんでそんなんが気になんの?」
「あるだろう、ほら、仲直りの秘訣とか、そういうのが知りたいんだよ」
「ふーん……」
まったく信じていない顔で部屋を見まわす。
自分よりも身体の大きな輝かしい美丈夫に囲まれていても、審神者は動じなかった。再三言うが、今のところ、至上は恋人なのである。
眩しくは思っていた。見つめられるとときめきを感じるのは健全な女子として当然だし、優しくされれば嬉しくなる。きっと壁にでも押しつけられて間近に顔を寄せられれば、ドキドキと胸も高鳴るだろう。カッコイー、と乱の隣で茶を飲みながら、手合せ中のへし切り長谷部の横顔を眺めた記憶もある。
だが、そんな行いは誰もしない。しないので、審神者には何の影響もないのだった。
「喧嘩したことないからわかんない」
「……ないんですか!」
「ないよ。だってなんで喧嘩すんの? 楽しくないじゃん」
「それはそうだけど、意思の疎通がうまくいかない時とかはどうするんだい?」
燭台切が審神者に踏み込むの姿はなかなか見られないものだ。むしろそちらに注目した次郎太刀をよそに、じっと瞳の光をそそがれる審神者は、同じように燭台切を見つめ返して言った。
「そん時は話し合えばいいじゃん」
「ぬしさまはお優しい」
「そうかな。私は別にーってカンジだと思う。カレシが優しいんだよ」
「そうでしょうか」
「だいたいカレピが折れてくれるしぃ」
ああ想像できる。
鶴丸は審神者の恋人を知らないが、その光景は目に浮かんだ。ありそうだ。とてもありそうだ。ヒステリーを起こす彼女を宥める、顔も姿もわからない――話を聞く限りでは――優男。
「どんなことで言い争うんだ?」
「カレシが可愛い女の子に道を訊かれてた、とかぁ?」
「嫉妬深いんだな」
「ぬしさまは愛が深いのですね」
多面的すぎる感想にも審神者はめげない。めげるという発想すらないようだった。
すり寄ってきた小狐丸と、酒代わりのつもりかしきりにトマトジュースを注ぐ次郎太刀に挟まれる。審神者は大柄な男の間で人肌の体温にうっとりした。
(イケメン侍らせてるとワルイことしてる気分だわ)
冷静な燭台切から見ると、審神者の姿は道楽と色におぼれる世間知らずの娘そのものだ。審神者は特にはおぼれていないし、『娘』と呼ぶには少しずれた年齢だが。
ジュースで汚れた口元を見てティッシュを差し出す。審神者は何枚か手に取って唇を拭った。くしゃくしゃに丸めて、遠くのゴミ箱に投げ捨てる。ティッシュのボールはゴールから逸れ、黙って監督役を務めていた石切丸の肩に当たった。石切丸は丁寧にそれを捨て直した。飲みもしないし口もあまり出さない。頭数をそろえるためだけに引っ張り込まれた彼は可哀想な役目を負っていた。涼やかな目元はあまりこの場を好ましく思っていないようで、少し呆れたような色をたたえている。
「カレシ? に怒られたりはしないのかい?」
「しない、……かな? 怒んないよ、優しいから」
「怒られていたとしても怒られていると認識していないだけかもしれないけどな」
「あぁ、それはありそうだね」
「えー、ちょっとシツレーじゃない?」
だが一番それらしい。
「喧嘩してもすぐ忘れるだろ?」
「忘れないし! カレシにクレープとか奢ってもらうし!」
「道を訊かれただけだろ? 『カレシ』、何ひとっつ悪くないのにな」
「確かにね! それあるよね!」
「わかってて奢ってもらってんのかいアンタは」
審神者は唇を尖らせた。もうこれで席を立つつもりで、グラスをくるりと揺らして中身を軽く混ぜた。
夜の遅い時間にはカロリーをとらないように心掛けているが、トマトジュースくらいなら許されるだろう。健康的だし、と審神者は自分に言い訳をする。トマトジュースは食事の前に飲むとダイエットにいいらしい、とどこかで聞いたことがある。夕食が終わった後は、もう『朝食の前』といえるのではないだろうか。細かいところはまるまる無視し、最後のひと口を飲み切ってしまう。
「私、歴代の恋人と別れる時にいっつもやってたんだけどさ」
「あん? 主って前にも恋人がいたのか」
「いたよ。全部相手の浮気が原因で切ったけど。最低じゃない?」
全員の心境が一致した。されそう、と。
「そんでさ、別れる時にやってたんだけどね。ビンタで終わるのよ、私。カッとなって手が出ちゃうっていうかぁ」
次郎太刀が首を振った。
(アンタも相当ひどいよ)
本人には言わなかった。
「たぶんここでも喧嘩したらおんなじくなっちゃうだろうけどぉ、その時は殴り返さないでね」
「ははは! 君も相当ひどいな! 殴るはずがないだろ! 浮気もしないしな」
「だよねー、知ってるー」
ブランケットを次郎太刀の膝にかけてやり、そっと座布団から立ち上がると、一滴も酒を飲んでいない審神者はふらつきもなく障子戸に手をかけた。
「じゃ、おやすみ。あんまり遅くならないようにね。燭台切は明日、畑仕事お願いね」
「うん。わかった。おやすみ、主」
ひらりと手を振った人影が廊下の向こうへ消える。
沈黙を守っていた石切丸が呟いた。
「心に効きそうだね、彼女の平手打ちは」
「あぁ。誰か試しに受けてみないか?」
「自分でやりゃあいいだろう」
鶴丸は首を振った。まさかそんな恐ろしいことができるはずもない。
なりふり構わず繰り出される平手打ち。その威力は様々な意味で、想像を絶するに違いなかった。
20150308