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刀剣乱舞 (彼氏持ちの女審神者の話)
三日月宗近に激震が走った。
震源はもちろん、騒動の塊をごろりごろりと転がして大きくしてゆく本丸唯一の女性、審神者である。
審神者は、それなりに長い髪を持つ。いつもそれをアップにしたり背に流したり、いわゆる『現世』から取り寄せたコテで巻いたりと朝から飽きずへこたれず、努力を惜しまない姿は一部の男士からは尊敬を、一部からは呆れの眼差しを受けていた。
最近のブームは編み込みを使い、毛先を巻いて一つにまとめ上げたカジュアルなスタイルだ。女性ファッション雑誌の写真を開いて一目で「これじゃね?」と呟き鏡の前に立ち、実際にやってみたことで気に入り、何日か似たような髪型を続けていた。見た目よりカンタンなのだそうだ。
清光の後ろ髪を丁寧な三つ編みで飾ったりと、彼女のヘアスタイルに関する興味は強い。
本部との面談に出かけた審神者の髪型もその通りだった。さらさらと手櫛の通る無香料のスプレーで固定した、わざと垂らされたひと房の髪が揺れたのを三日月はよく憶えている。
なぜ憶えているかというと、審神者に見せつけられたからである。
2205年のファッションに疎い――当然だ――三日月が軽く驚きながら面白がるので、アレンジ前とアレンジ後の姿を見比べさせたのだ。どちらが可愛いかと訊ねられ、三日月は「俺は下ろしている方が好みだな」と正直に答えた。予想外だったのか審神者はわかりやすく不満そうに頬を膨らませた。三日月はむしろ、そんな審神者の表情の変化を見て愉快になる。
長く記憶を持つ三日月は様々な人間を見てきたが、その中でも自分の芯をしっかりと持ち、努力を怠らない審神者が好きだった。
審神者の長く豊かな髪も好きだった。
「……これは……、これは」
だから思わず言葉を失ったのだ。
結い上げていた髪を下ろした審神者の姿に。
風に揺れ、季節を感じさせていた長い髪が、短くなっていることに。
「どしたの?」
審神者はむしろ、彼女の方が絶句する三日月の様子を訝った。肩の少し上で軽く内巻きにされたボブカットを揺らして。
髪を切るというのは、大変な出来事だ。
髪は女性が非常に大切にするものであり、豊かさと美しさの象徴ともいえた。三日月の中にはそういった認識が強く根付いている。
すぐに思い浮かんだのは、破局の二文字だった。
恐ろしい衝撃を受けたせいで自棄になったのかもしれない、と。
「何か、……あったのか? あちらで……苦しいことが?」
言いながらも、もし本当に恋人との仲が断たれたのだとしたら、薄暗い喜びも湧き上がるのだろうなと自覚する。
しかしそんな邪さは心配の気持ちに押しつぶされる。
審神者の表情は無邪気で、苦悩など何も感じさせない。だが彼女は常に同じ気分を保ち、ほぼ一定の無気力さを見せている。時々美の追求への情熱をちらつかせるが、それはよいとして。
言えない心の痛みがあるのかもしれない。三日月が勘繰るのも仕方がなかった。
当の本人はけろりとしている。
「何もないけど。似合うっしょ?」
「似合う、やもしれん。が、いやしかし、何かあったのだろう? 主が言いたくないのであれば、俺も無理強いはしないが……」
「え? しいて言うなら気分? 気が向いちゃった、的な?」
彼女の常識と自分の常識が重ならない場合があると、三日月は改めて理解した。わかっていた筈だが、こうも歯車がずれると心臓に悪い。
(まさか、心臓の心配をするようになるとは)
とんだお笑いだ。
知れず、ほうっと息を吐いた三日月を不思議そうに見上げて首を傾げる。審神者の髪が肩の上で揺れた。
「えっと。おかしいかな、私の髪型? ホントはちょっち似合ってない的な?」
彼女は失恋したわけでも浮気されたわけでも自棄を起こしたわけでもなんでもない。ただ恋人と会話をしていて、「君はショートカットも似合いそうだね」と言われただけだ。審神者は「え、じゃあちょっと待ってて。2時間くらいで戻って来るから」と即断即決で美容院へ走った。
もしかすると、三日月たちの感性には合わなかったのかもしれない。
誰が見ても可愛い髪型だと自負できるが、刀剣の目にはそう映らないのかも。
「いや、似合っている。それは間違いない。いささか驚いただけだ。すまんな」
「ホントぉーに可愛い?」
「ああ、愛らしいぞ」
「今にも抱きしめたくなる?」
「なる」
「キスしたくなる?」
「あぁ、なるな。構わないのならば今、しようか」
「お? お? そっか! じゃあオッケーオッケー。しばらくこの路線でいくわ。や、今回のデートじゃカレシとチューできなかったんだよね!」
「ははは。主は俺の言葉を綺麗に聞き流すなあ」
ゆっくりと取り戻されたいつもの空気に安堵する。
短くなってしまった髪にそっと触れる。心地のいい、少し冷たい髪筋が、抵抗なく指をのみこんだ。何度か梳く。
残念なような、安心したような。
複雑な気持ちで審神者を見下ろす。『恋人』もこの髪にこうして触れたのだろうか。触れたに違いない。審神者が触れさせないわけがない。
「似合っているぞ。本当に」
「マぁジで? あんがと、三日月。お礼にオミヤのお団子あげる」
持っていた袋からみたらし団子の入った、薄くて硬い透明の箱を取り出す。押しつけられた三日月は目を丸くして、一瞬、琥珀を溶かしたような色に気を取られた。
彼の隙を突くように審神者が彼の横をすり抜ける。じゃ、と無造作に片手を上げ別れの挨拶を投げつけて、何とも豪快にサンダルをつっかけて庭を横切っていく。
後姿を見送り団子に視線を落とす。
三本あるが、誰にも渡さずに俺だけで食べてしまおうか。
プラスチックの箱は脆く、すぐに形が変わってしまいそうになったので丁寧に持ち直す。
去り際、向かい側の廊下の奥、居間の方から聞こえてきた悲鳴と驚愕の響きを聞いて、三日月は声を上げて笑った。
20150301