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刀剣乱舞 (彼氏持ちの女審神者の話)
帯を解くように審神者が言う。渋々脱ぐ者もいれば、恥じらいもなく豪快に前をはだける者もいた。
手入れ部屋の灯りの下で、健康的な色の素肌が晒される。
拭い紙で軽く汚れを取り、硬くてまったく気持ちの良くないポフポフを手に取る。これは打ち粉というそうだ。
と、ここで刀剣の方から待ったがかかった。もう少し拭ってほしいとのことだ。
刀のことはよくわからない審神者は、この紙が重要な役割を持つのだとしかわかっていない。気持ちいいのだろうか。夏場、汗をかいた身体を冷たい濡れタオルで拭う時のような爽快感があるのかもしれない。あるいは制汗シートか。
そう思うと親近感がわき、新しい紙を取り、一見すると汚れが消えたような気もする肌に紙を丁寧に押しつけ、拭う。汗や、刀本体に塗布してある古い油を取るのだ。
「別に……俺は写しだから、丁寧にやる必要はない。だが、折れて困るのはあんただろう」
「ハイハイハイ。後ろ向いて。つーかこれ自分でやらせた方が良いんじゃね? チョーひらめき! ……って思うんだけどどぉ?」
「……後ろは無理だ」
「後ろはやったげるから、前とか腕とかは自分でやんなよ。それが良い! トーケンは自分なりにスッキリできるし、私はのんびりできる」
山姥切は眉根を寄せて唇を噛んだ。かぶっている布がないから、表情がよく見える。見られるのが嫌なので、山姥切は顔を背けた。
ぼそぼそと反論する。
「だが、俺たちは……そんなことはやったことがないし、『審神者』の力がなければうまくいかないんじゃないか。なにせ、付喪神だ」
「やったことがないなんて言ってたら何にもならないよ」
無駄に正しい。
しかしこれは山姥切が正解を突いていた。
手入れは審神者の力を――本人に自覚はなくとも――行使して注ぎ込むからこそ意味がある。こんのすけと同じく本丸の、いわゆる特殊な仕事部屋に詰める小さな従業員たちも似たような力を分け与えられているが、こちらも本丸に審神者がいるからこそ成ることだ。力は分け与えられているだけで従業員たち自身が持っているわけではないから、そちらに任せると修繕にある程度の時間がかかってしまう。
そこで審神者だ。
基本的に『忙しいなぁー、忙しいわぁー、マジ無理無理』と無駄にポーズをとる彼女だが、時々暇つぶしにこうして素早い手入れを行う。素早さは手際がよいのではなく、前述したような力の大きさによるものである。本館と分館のようなものだ。
大人しく身体を拭われ、振るう刀本体の油も落ちたところで、いい加減に審神者が飽きた。使い終わった紙を無造作にゴミ箱に投げ捨てる。シュートとはいかず、丸めた紙は丸いゴミ箱の横に落下した。誰も捨て直しには行かない。山姥切は手入れの途中で動きたくなかったし、審神者も面倒がっている。もう一人、ここにいる太刀も、動くつもりはなさそうだった。
彼はじっと審神者を見て動かない。
動かないなあとその太刀に目をやった彼女は、視線が合った瞬間に彼の表情が綻んだのに気づいた。
元寇の乱の真っただ中に刀剣たちを放り込み、鬼のように練度を上げさせまくった審神者は、そこで一振りの刀に出会った。強敵、鎌倉改変奥州防衛部隊といつしか人が呼んだ敵を倒したその地面に、ころりと転がっていたそうだ。拾い上げたのは隊長ではなく殿を務めていた太郎太刀だった。ふと目についたらしい。これはと思い持ち帰り、見覚えのない刀の力を呼び出すと、そこには。
「小狐丸」
「はい。ぬしさまの小狐丸でございます」
「ステイ」
「待てということですね。ですが、目の前にぬしさまがいらっしゃるのに黙っていられる小狐丸ではありませぬ」
尾をゆっくり振るけもののような態度に、見かねた山姥切が口を出した。
「主、俺は……もういいから。小狐丸の方に行ってくれ」
「やめよーと思った時にあんたが引き止めたんじゃん」
「う……」
それは、そうなのだが。
小狐丸のうらめしげな視線を間近で感じ続けるのも居心地が悪いのだ。
山姥切の考えが通じたのか、問答が面倒になったのか、審神者はあっさり新しい紙を手に取った。
待ってましたとばかりに軽装の帯に手をかけた小狐丸は、芸も細かく、審神者の顔が向けられた瞬間、わずかに羞恥を滲ませて見せた。窺うような熱っぽい視線は魅力的だったが、その光線を浴びても、しかしこの審神者、ときめくには一足遅く、すでにときめきの九割と心の恋情を十割傾ける恋人がいた。
小狐丸も『恋人』のことは既に知らされている。ぬしさま、ぬしさま、と審神者を追いかけあちらへこちらへと揺れるふわふわした見事な毛並みを眺めていた鯰尾が不意打ちでざっくりと暴露したのだ。あの時の小狐丸の顔は見ものだった、と驚きを追及する鶴丸国永の笑い声は高らかだった。
野生の太刀はめげなかった。それならば塗り替えるまで――などと思ったかは定かではないが、猛攻はこれまでよりも勢いを増して審神者に迫る。
だが小狐丸は、まだ本当の意味では知らないのだ。
審神者の『恋人への愛』と『刀剣への好意』の間にはまだ、そびえたつ壁があるのだということを。
「見苦しい姿をさらすのは、申し訳のうございます……。けれどぬしさまに手入れをしていただければ、この小狐丸、一騎当千の刀剣としてまた戦果を挙げてご覧にいれまする」
「すんごい助かるわぁ。ありがとねえ」
「その時は褒めてくださいますか?」
「褒める褒める。あと、えーっと、狐? だったら揚げさん? とかあげる。あ、今のはダジャレじゃなくてね」
「ぬしさま……! 油揚げは好物です」
ここで山姥切がこう呟いた。
「ウソでも本当でも面倒なやりとりだな……」
少なくとも審神者は半分ほど生返事で、汚れを拭う作業に没頭している。わかっているのかいないのか、小狐丸はうっとりと目を細めた。
触れられたところがあたたかくなる。
審神者も初めの頃は手入れの仕方に戸惑い、面倒さが先に立って時間がかかろうがすべて小さな従業員に任せていたが、集まった刀剣が10本を超えたあたりで重い腰を上げた。
今では慣れた手つきで、打ち付けんばかりに粉を含ませている。
「カレシにさあ」
暇があると恋人の話になる。
「小狐丸のことを話したのよ」
「なんと! 私の話をしてくださったのですか」
『恋人どのに』ではなく、『ぬしさまが』と前につく。
「狐系イケメンが来たって言ったら、『ちょっと妬けちゃうな』的なコト言ってくれてさあ! しかも、言ったカレが照れちゃってんの! キャー!」
「というとつまり、私は『ふらぐ』が立っているということなのですね、ぬしさま」
「えーいフラグバキバキーッ」
「ああっ! ぬしさまいけませぬ! それを折るなんてとんでもありませぬぞ!」
「ヤバイ小狐丸その言い方チョーうける。今度ゲームやろーよ、ゲーム」
「ぬしさまと一緒に……?」
「傍で見てたげる」
麗しいかんばせ、と表現するに相応しい輝きが小狐丸の肌をつやつやさせた。
拭き上げにかかった審神者が、先ほどの山姥切と似た音程で呟く。
「イケメンくんさー、これ最後自分でやってくんない? 私、山姥切のポンポンやらなきゃだし」
「そんな殺生な!」
「そういえば小狐丸って『犬夜叉』にいそう」
「はい? イヌヤシャ?」
「なんでもなぁい。刀剣男士の手入れで何が助かるかってさ、人の姿だから刀を分解したりしなくていいってトコだよね」
はい、と予備の手入れ用品を渡され、小狐丸の髪がしゅんとしおれる。
もう一つのいいところは、こうして丸投げできるところだ。手入れ自体は審神者の手によらねばならないが、仕上げならば誰がやったって同じだろう。
じゃ、と輝きを失った小狐丸の落胆した瞳を無視し、審神者は山姥切がいつの間にか羽織り直していた布に手をかけた。
20150301