「事情を話して協力してもらったらいいんじゃないの?……何もこんな……」
青年から大人へ。
過渡期を終えたスタンド使いは、髪の長さも服装もいつだって同じまま変わらない背後霊に舌打ちをした。今さらだ、と答える。風に流れた声はに届かなかった。
戻れないのだ。戻るつもりもない。誰もがアジトを捨てる覚悟を決めたし、異端扱いされようが、今の生活から脱出する為ならなんだってすると誓ったのだから。
「俺の後ろでフワフワしてりゃあいいあんたとは違うのさ」
「今日も今日とてムカつくやつだわ。……ッ、触らないで!!」
「触りたくて触ってるんじゃあない。そこに荷物があるんだ。耳元できんきんとがなり立てるなって」
携帯電話を取り出したメローネは、着信履歴を辿って仲間に電話をかけた。現在位置を確認する。仲間は二人組で、これから列車に乗るらしい。良い旅行を楽しめよ、とメローネが言うと、相手は彼の冗談を笑って受け流した。遠足の下見だとでも言うような笑い方だった。それじゃあ、と手を下ろす。また会おう。
単調な音しか出さなくなった携帯電話を少ない荷物の中にねじ込む。
漠然と、誰も残らない予感がした。
細切れな雲を振り仰ぐと、宙高く浮き上がって遠見するが見えた。半透明なフィルターを通す空は、そこだけスタンプが押されたような違和感がある。どけよ、と要求すれば、意固地になった彼女はメローネを無視した。イラッとしたが、同レベルまで墜ちたくなかったのでやめた。
はぐるりと遠くを見まわして、すーっと空を滑って地面へ戻ってきた。天へ昇りたいやつが地面に立とうとするなんて滑稽だな、と彼は彼女の足元に目を遣る。
「もう行かないと間に合わないんじゃないの?」
「へえ、乗り気になったかい?彼が好みだったとか?」
「善意を踏みにじるのが上手いわね」
腕を組んでねめつける。
「人が死んでるのよ。あんたの仲間が」
「最低軍団のベストグループがね。良いだろ、あんたには関係のない話だし。俺の仲間が死のうが生きようが、あんたの素晴らしい人生と背後霊生活にはなんの影響もない。むしろ嬉しかったりするんじゃないか?仲間がズタボロに傷つきゃあ、俺がショックを受けて自殺するかもしれないし?」
「……もう二度と話しかけないわ」
「この3年間で何回聞いたか、数えるのもアホらしい宣言だ」
地を蹴り、メローネはバイクで風向きに逆らった。びゅうびゅうと音を立てて突き抜ける。濃密で重たい空気の膜は、まるでメローネを足止めしたがっているようだ。

追いかけた先で、線路にぶつかる。
少し離れて停止する列車を見つけ、メローネは無感動にブレーキをかけて片足をつき、乗り物から降りた。
「ねえ。死んでるの?」
ほら見ろ、と胸の中で呟く。あんたは何か言わないと気が済まないのさ。
それが意味のないことであっても、だ。
「大丈夫だ」
ぽろりと口からこぼれ落ちる。
いつの間にか、メローネはリーダーに電話をかけていた。
報告をして、冷静な声を保つ。心臓は気味が悪いほどゆっくり静かに脈打って、呼吸も乱れない。
「大丈夫だよ、リーダー。幸いなことに血液が残ってる。これでヤツの子供を作ればいい」
列車を探せば、条件の合う女が一人くらいは見つかるだろう。
落ち着いた声音がメローネに命令を下した。そのまま前に進めと指示され、「ああ」と相槌を打つ。メローネは振り返らない。
代わりにが振り返った。ネアポリスの方角に顔を向けたは、「何にもわからないわ」と独り言をぶつけた。
電話を切ると、メローネは呆然としながら目の前の光景を網膜に焼きつけた。
誰かが来る前に作業をしなければいけない。
近づきたくないと言い張ってぎりぎりまで離れた場所で待つを、メローネは少し憎たらしく思った。
「俺、あんたとはわかり合えないな」
遠くで幽霊が、今さらよ、と応えた。
「どうせなら、もっとチャーミングなスピリトが良かったぜ」
「チャーミングな女はあんたにとりついたりしないわ」
「潔癖症は面倒くせえし」
「変態に言われたくない」
「文句ばっかりつけやがる」
「どうして世の女性があんたに惚れちゃうのかが謎よ」
「こんなのと3年も付き合ってんだぜ。表彰モンだよな」
「こっちの台詞」
「プライベートなんてなくてさー」
「見たくて見てるんじゃないから」
「ひっでえ毎日だったよ」
立ち上がり、メローネは列車に乗り込んだ。もついてくる。
やがて彼は一人の母体を見つけた。