お別れする方法が見つからないまま時間だけが無為に進むある日のことだった。
メローネが仕事中に傷を負ったのである。
「馬鹿じゃない?何か光ったって言ったじゃない。人の忠告も聞けないの?私は親切心で教えたのに、さんざん『手伝ってよ』なんて言っておいていざとなったら無視だなんて都合が良すぎるんじゃあないの?その結果がこのざまなんて、スタンド使いとやらも大したことないのね!」
「うるせえなあ……」
銃弾は貫通したが、あわや内臓に傷がつくところだった。一つ間違えれば死んでいただろうと医師にも言われ、うるさいもこれには悪態を吐かなかった。心配はしないが、追い討ちで死を願う陰湿な台詞も言わない。
ベッドに横たわる青年から離れた場所に浮かぶ幽霊は、手術の途中もずっと居た。直視するのは嫌だったようだけれども、離れるに離れられない謎の力が働いている。長いような短いような、狂った時間感覚を持て余した。
時おり痛むが、仕事自体は完遂済みだったので暫しの休暇を得たと思おう。
そう前向きに考えたメローネは、「おい」と同じ部屋で過ごすに声をかけた。
はどこか思いつめたように洗面台の鏡と向き合って、映らない自分を見つめていた。
「あんたが血まみれになったとき、私、何かを感じた」
「悲しかったかい?」
「違う。道が見えたようで、とても心地よかったの。あんたが冷たくなっていくにつれて、どんどん安らかな気持ちになっていったわ。きっとあのままあんたが呼吸をやめれば、私はちゃんと死ねたのよ」
「随分な言いようだぜ」
彼女はずっと考えていた。
この世に残る自分の未練とは何か?
死の間際に強く願い、天に請うた想いの中はどんな色なのか?
は何を求めたか。
自分を殺した犯人を汚らわしいと思った。屈折した潔癖症を患うにとっては地獄のような死に方だった。こんな汚さは最低だ。綺麗に、いつものように、気休めであっても除菌をしたい。スッとした鼻を刺す匂いと揮発する液体で身体中を濡らしたい。
同時に思った。咄嗟のことで、自身も己の強い怒りと抵抗の意味するところを正確には理解できていなかったが、彼女は確かに、青年の顔を睨みつけて、蒼白な唇をわななかせながら胸の奥で鋭く相手を詰ったのだ。
「殺してやりたかった」
短く言われ、メローネは笑った。
「じゃああんたはまだジョウブツできないな。それが最期の願いで、俺が死ななきゃあ満足できないっていうなら長い付き合いになりそうだ」
「縁起でもないことを言うのはやめてよ」
「どっちの台詞だかわからないっつーの」
メローネに死ぬ気はない。まだやりたいことがたくさんあった。ベイビィ・フェイスで子育てをすることも、仕事に挑むことも、仲間と馬鹿騒ぎをすることも楽しい。充実した毎日だ。虚無感に心を引きずり込まれる日も少なくなった。小うるさい背後霊がついて回ってくるから、センチな感情はますます遠ざかる。
メローネが死ななければ天へ昇れないのだとすると、可哀想だがにはまだ『生きる』必要がある。メローネが命にしがみつく限り。死なない限り。
「残念だったなー。せっかく手がかりを見つけられたってのに、自力じゃあ不可能だなんて同情しちまうよ。せいぜい俺の死を願っててくれ」
「そうするわ」
ぬるま湯にひたるような、力の抜ける心地よさはすっかり消えてしまった。
は肩を落とした。
殺しても死ななそうなやつだから。
「あんたが死ぬまで一緒なんて、私の人生って何だったのかしら」
「さあ?運命の神さまとやらに会ったら殴らないとな」
どこで下界を眺めているのかは知らないが、メローネだって殴り掛かっていいはずだ。


退院した青年をあたたかく迎えた仲間たちは、相変わらずメローネの背後に非科学的な存在が控えているとは知らなかった。
「災難だったな」
自然と顔を喜色で染めたメローネの肩を抱いて、祝杯でも挙げようと料理を準備し始める。
メローネにとっての彼らとは、切っても切り離せない仲間であり、心で通じ合うあぶれ者同士だった。
「死んだら祟られるんじゃあねえかってリーダーが恐々としてたんだぜ?」
「していないぞ」
「祟るとしても相手はリーダーじゃあないね。仕事に行く前、楽しみにしてたパイを食っちまったあんたさ」
「パイの一つや二つでガタガタ言うなよ」
笑ってそう言った彼らは、数年後、メローネに重苦しく告げた。
大きな怪我をするたびにが「ああっ、何か掴めそうだったのに」と地団太を踏む生活を繰り返して、3年が経った春の初めの晴れた日だった。