死んだ場所のついでに墓を見よう、と言い出したのはメローネだ。
は乗り気ではなかった。
自分の『死』を目の前に突き付けられると落ち込むのだろう。
だが、可能性があるのに行動しないというのはあまりにも不合理だ。自分も彼女も早く解決して自由になりたいと切に願っているのだから、動くべきである。
まっとうな意見を渋々聞き入れたは、青年が様々な伝手に頼って場所を調べる様子を憂い顔で見つめて待った。
彼女の住んでいた地域は少なからず遠かったが、どちらも文句なく風を切った。
緑の萌える地をのぞみ、そこは晴天だったため、日光消毒されて気持ちいいんじゃねえの、とメローネはこっそり思った。
縦横できちんと区分けされた墓地に立ち入る。絶対にやめてと言われたので花はない。は自分を殺した人物からの献花はごめんだと言う。
死んでしまったには自分の墓がどこにあるのかわからなかったため、メローネはふらりと視線を彷徨わせた。誰かに訊ねる気にもならず、二人がかりで捜してみる。
見つけたのはメローネだった。
「なんだ、イイ感じに花がある」
淡い色の花が供えられていた。
誰か、様子を見にやってくる人物がいるのだろう。
家族か友人か、恋人か。
メローネはなんとなしに幽霊の横顔を見た。彼女は無言で墓石を見つめていた。
何も言わずにいると、はやがてメローネの視線に気がつき、顔を上げた。
「なんか言った?」
青年は繰り返した。
「イイ感じに花があるな、って言ったのさ」
「何よ。悪いの?私にお参りする人がいたらあんたに迷惑がかかるわけ?」
「だからさあ……そういうイラつき方は賢くないぜ」
「ちょっ、あッ、やめて!!石にも花にも触らないでよ!!」
悲鳴はむなしい。
屈み込んでよくよく名前の彫り具合を確かめる。自分の死体を大地越しに眺められているようで、は顔をしかめた。
綺麗な墓石だ。やはり誰かが定期的に丁寧な手入れを行っているのだろう。
「家族かい?」
「さあ……わからないけど。でも、自分の墓に誰かが花を供えたり祈りを捧げたりしているんだと考えると、なんだか変な感じよ」
「嬉しい?」
「嬉しいのかしら。ちょっと違う気がするわ」
薄く景色が透ける手が器用にメローネを避けて花に伸び、花びらを一枚、摘もうとした。
手だけが動いた。
幽霊は何も揺らさないため息を吐く。
「これじゃあ除菌スプレーを供えてもらっても使えない」
「触られてる感覚はある?」
「やだ!触らないでって言ったでしょ!?残念ながら感覚なんてないけどこの場合は願ったりよ!!」
花の見た目と片づけられていないことを考えると、人が来たのは今日のうちだと思われる。刻まれた名前にかかる埃が拭い取られているところからも、もし感覚が伝わるならば、もっと早くにわかっていただろう。
天使が舞い降りて無事に昇天できそうな気配でもない。遠路はるばるやってきたが、不発だったか。
そういえば空腹だった。また道を走ってから適当に食事でもとろう、とさっさと決めてしまう。
メローネは未練なく立ち上がった。
「行こうぜ」
「わかってる」
そう言うくせに、は動かなかった。
一定の距離まで行けば背後霊は勝手に引き寄せられて、ついて来ざるを得なくなる。律儀に相手を待ってやる義理などないからと、メローネは彼女と墓から興味を逸らした。
「ねえ」
「なんだい?昼飯の話?」
否定すら省略し、は静かな声で青年に問いかけた。
「私、死んでるのよ」
「見りゃあわかる」
「墓まであるわ」
「花も供えてある」
「あんたに殺されてるんだけど」
続く言葉はよくわかった。
「何かひと言くらいあってもいいんじゃないの?」
肩を竦める。
「良い墓だと思うぜ。似合ってる」
「なんなの、そのよくわからない褒め言葉は?」
「いやいや、マジに思ってるって。そもそも墓があるだけ良いモンさ。あんたが消えて、俺が憶えてて暇ができたら今度は花を供えに来るから安心してくれ」
「どこにどう安心したらいいのか理屈立てて話してもらわないと呪い殺しそうよ」
二人は背を向け合ったまま動かなかった。
雲の行進が速くなり、メローネが髪を押さえる。花びらが数枚、宙を舞う。
風はに何もできなかったが、にできないことを簡単にやってのけた。


葬式のような空気に飽き、メローネは家に帰るのをやめた。
どうするのかと言えば、アジトで仲間とくだらない話をするのだ。
仕事の愚痴や風のうわさの面白いネタなどをわいわいがやがやと騒がしく楽しむ。精神の凝りがほぐれていって、背後霊との仲良しこよしも楽じゃあないと痛感した。
トイレに立ちがてらチラッと目をやった先では、その背後霊が窓枠に腰を下ろして街路の夜で暇をつぶしている。窓ガラスの存在を無視できる幽体だから、閉じていても問題なく隔たりを超えられる。ドアなどの分厚いものは無理でも、防寒対策もなされていないガラス程度は平気なのか。摩訶不思議な背後霊である。
大人しい背中は、当たり前だがうるさくない。
戻ったっきりおかしな方向に注目し続けるメローネに、仲間が「どうした?」と顔を覗き込んだ。
「煙いなと思ってさ。窓開けて良いかい?」
「ええ?風が寒いからやめろよ」
「おい、換気扇は?」
「回ってるぜ」
口々に不満の声が上がったが、仕切り役を買って出た男が笑ってとりなした。
「まあまあ、良いじゃねえか。開けて来いよ」
「グラッツェ。さーて、それじゃあ」
重いブーツの足音を立てて、早足で窓際に向かう。ターゲットがメローネの接近から逃げる前に辿り着き、青年は両手で大きく窓を開け放った。同時に、の全身に全身でぶつかる。
「きゃああああああああッ!!」
バンシーもかくやといった叫び声が宵闇を切り裂いた。もちろん、メローネ以外の誰にも聞こえない。
半ば恐慌状態で悲鳴を繰り返すは、物理法則に支配されないせいで窓から落ちることも叶わず、短い拒絶をいくつも喉からしぼり出して暴漢を押しのけようとした。抵抗の手がすかすかと胸板を通り抜けるたびに「イヤ」が増える。すり抜けるんだから俺を通って逃げりゃあいいのに、と突っ込みたくなったが黙っていて、とうとう悲鳴も枯れ果てて死んでしまいそうな嗚咽を洩らし始めたゴーストを笑い飛ばす。
仲間には「面白い酔っ払いが歩いてる」と街を見下ろすふりをして誤魔化した。
「ああー、残念。行っちまった。あんたたちにも見せたかったな」
「もっと早く呼べよなア」
「ごめんごめん」
などと言うのが上手いメローネである。
顔を戻すと、は放心していた。
とうとう死ねたのかな、とどこから消えるか半透明を観察したが、光って溶けたり粒子になったり、おかしな変化は起こらなかった。
「おい」
吐息としか思えないような小さな声をかけると、彼女は掠れた声で応えた。
「あの世が……見えた……」
「良かったじゃん」
「いつか殺してやる……」
「人はいつか死ぬぜ」
「ああ忌々しい」
呪い殺されそうだったので、青年はそれ以上何もやらず、喧騒のほうへ立ち去った。
葬式は終わったらしい。