問われたことのみに答えよ



密航少女がのリボンにしがみついたのは十五分前のことだ。
「やだよォ!あたい、あたし、と離れたくない!せっかく仲良くなったのよ!」
泣き喚く少女を引きはがしたポルナレフは、肩を回して、を座席に導いた。
「ここ座れよ」
な、と気安く笑いかけると、は小さくうなずいて席に着いた。窓際に、通路側にポルナレフが座る。テーブルを挟んだ向かいに、ジョセフとアヴドゥルが腰を下ろした。通路の反対側には、花京院と承太郎が向かい合って座っている。
「まァ、そうするしかないとは言ってもよォ。承太郎と花京院が向かい合ってんの、なんかヘンな感じするよなァ。しない?」
潜めることを知らないのか、揶揄するポルナレフの声は高い。
「よく見ろよォ」
背もたれにぴったり背をくっつけて、顔を出したが見えやすいようにしてやる気配りはあるくせに、承太郎の機嫌を気にする繊細さは持ち合わせていないらしい。
「むしろ自然」
端的に感想を述べたに、ポルナレフは怪訝そうに「そうかぁ?」と首をかしげる。
「なァ、アヴドゥル。やはりポルナレフが相手じゃと、ちゃんの口数が多くなる気がせんか?」
「え、えぇ……確かに、私たちと一緒にいる時とは違いますね」
ひそひそ話は列車の音にかき消された。
「……お前、無駄口が叩けたのか」
(いやあ承太郎それはイカンよ)
おもむろに口を開いたと思えば、承太郎から飛び出したのは柄の悪い言葉そのものだった。ジョセフは内心でそのセリフにペケをつける。採点システムがあったとするなら二十五点だな、と考えていた。
「その……、お互い目指す場所は一緒……というか、せっかく同じ道を……その、歩いているんだから、君も……ポルナレフのように僕たちと話をしてみるというのはどうだろうか?」
続く花京院の言葉は、配慮に満ちていてやさしさが感じ取れるようだった。ジョセフは内心で二重丸をつける。“目指す場所は一緒”や”同じ道を歩く”など、さすがのジョセフも手放しで賛成できない部分はあったものの、点数をつけるとしたら八十七点、限りなく正解に近いと思った。
ポルナレフはこれを好機と見たのか立ち上がると、目を丸くする花京院とアヴドゥルの前でと席を交換した。ポルナレフが窓際でが通路側――、承太郎や花京院とより話しやすい席順である。
ジョセフが親指をおったてると、ポルナレフは上手なウィンクを見せた。
向かい同士になったとアヴドゥルがしばらく視線を合わせていると、ジョセフの咳ばらいが場を明るくする。
「食事でもしながらゆっくり話そうじゃあないか!そう、花京院の言う通り、せっかくの機会なのじゃから!」

運ばれてきた食事に手をつける。
承太郎はフォークでライスをすくうと口に入れた。きちんと教わっているのか、手つきは無造作に見えて丁寧だった。
「えっと……」
花京院が水を飲んで、口を開く。承太郎が数える限り、花京院がコップを手にするのは食事が運ばれてきてからこれで五度目だった。
「その、シンガポールまで来て今さらだけど、……さんって呼んでもいいかな?」
「お好きにどうぞ」
手ごたえはなくとも、言葉に応える気はあるのだとわかる返事に、花京院はもう一度水を飲んだ。花京院典明は人づきあいが得意なタイプではなかったし、むしろ今までそれ自体を忌避していた節があるのだが、向かい側にどっしりと腰を下ろす承太郎はまったく頼りになりそうにない。やる時はやる胆力を発揮して、できるだけ自然に会話を繋げるように脳みそを働かせた。
さんは、僕より年下に見えるのだけど、実際のところは何歳……なんだい?」
同じ日本人の花京院や承太郎から見ても、は小柄で華奢でひょろひょろしていて、とても同い年には思えなかった。
野菜を噛みながら、少女はちょっと首をかしげる。
「さぁ……」
(……”さぁ”!?)
DIOの元に知らぬ間に連れ去られ、昼夜の狂った吸血鬼と年月を共にすることで、年齢すら忘れてしまったのだろうか。あるいはずっと幼いころからDIOの洗脳を受けた結果、最初から自分の歳を知らないのだろうか。花京院の優れた脳みそは様々な可能性を瞬時に枚挙した。HELPがみっちり詰まった表情を見て、アヴドゥルが助け舟を出す。
「い、いや、花京院が十七歳だとすると、は十五歳くらいじゃあないか!?」
肉をほおばっていたジョセフも、わき腹を小突かれて慌てて首を振る。
「ンッンー!そうじゃの!そのくらいなら自然に見えるわい!」
「……じゃあ、十五歳で」
淡々と年齢設定を受け入れたに、隣で我関せずのポーズを取り不慣れなライスをつつくポルナレフも口を出したくて仕方がなかった。
そんな簡単に頷いちゃダメだろ!もっと考えろ!でも十五歳くらいって言うのはなんとなくわかる気がするぜ。十五歳って俺と比べたらいくつ違うんだ?ひぃふぅみの、何ィ!八つも違うのか!
そんなことを考えながらまずそうに米を飲み込んでいると、テーブルの下でジョセフに足を蹴り飛ばされる。顔を上げれば、老人の表情豊かな顔が花京院を助けろと無言で訴えている。
我が子の公園デビューを見守る母のような気持ちだったポルナレフは、磨かれまくったコミュニケーションスキルを発揮して話題を提供した。
「なぁ、はスタンドが視えるんだったよな?じゃアさ、最初に俺たちのスタンドを見た時……なんつーんだ?」
「第一印象!第一印象ですねポルナレフ!」
「あーっ、ソレソレ!それはどうだったんだ?」
花京院とのコンビネーションプレイにより、少なくとも一分はもつ話の種が蒔かれた。お互い見えづらい位置だが、この時確かに花京院とポルナレフの心の一部が繋がったと二人はうなずく。
は答えたくないのか、考えているのか、相変わらず読み取れない表情でアスパラをかじる。
「ホレ!誰のスタンドから答えたらいいのか、ちゃんも困るじゃろう!手始めにわしのハーミットパープルはどうじゃ?」
年の功か、ジョセフがしゅるりと手のひらに茨をまとわせると、少女は軽くうなずいた。
「ものすごく便利で羨ましいです」
ぱぁあ、と、雲間から虹が差す所を目撃したような嬉しそうな表情でジョセフが喜びをかみしめた。例えるなら、今まで気が合わないと思っていた兄弟子と気の合う話題を見つけ、それについて認識が一致した時のような、そんな気持ちだった。要するに喜びである。
「じゃ、俺のチャリオッツはどうだ?」
「ポルナレフさんにとても似合っていると思います」
「俺の名前憶えてたのか!?」
ないとは思うが、この少女は平然と「誰でしたっけ」などとのたまいそうだったので、ポルナレフは心底安堵した。
「ポルナレフ……さすがにそれはさんに失礼だと……」
「あーっ、わ、悪い……」
は軽く首を振った。
ポルナレフは大げさに胸をなでおろすと、食事に戻る。列車の食事はあまり味がよくなかった。
「アヴドゥルさんのは……」
顔を上げて、は口をつぐんだ。ポルナレフの方を見て、「フルネームで呼んだ方がいいですか?」ときく。冗談を言っているようには見えない無表情に、ポルナレフは乾いた笑いをもらした。首を振ったのを見て、はアヴドゥルに視線を戻す。
「熱い……」
「う……」
「……そうじゃな」
あまりにあんまりな評価に、アヴドゥルは思わず苦笑した。確かに、彼女にしてみれば熱い思い出しかないかもしれない。なにせ、空間からまろび出るように落ちたを敵と間違え――間違いかどうかは誰にもわからないが――、炎の縄で縛りつけたのはアヴドゥルだ。
そのことを後悔してなどいないが、白い手首に残ったやけどの跡を見るたび、アヴドゥルの胸を何かがちくりと刺す。だからと言うわけではないものの、彼女が言葉をつづけた時は、アヴドゥル自身大きく驚いた。
「ですが、アヴドゥルさんのほんとうの強みはスタンドではないと思います」
「……え?」
誰もが食事の手を止め、少女を見た。アヴドゥルは、その指からフォークを取り落としそうになっている。
「あなたはとても強い。だから危険です」
「危険、とは?それは……誰にとってかな?」
「たくさん喋るつもりはなかったんですけど、あんまり気を遣っていただくのも何ですので……」
テーブルナプキンで口元をぬぐうと、はフォークを置いた。釣られてアヴドゥルもシルバーを置き、居住まいを正す。
「もちろん、あなた自身にとってです。その強さは時に人を………、……言葉が浮かびません。曲解を恐れずに申しますと、人を傷つけることもあります」
は息をついた。長い言葉を喋って疲れたのだろうと思う。コップを取ろうとした白い指が、もう水の入っていないのを見てひっこめられると、思わずポルナレフは自分のコップを渡していた。「どうも」と軽くコップを掲げられ、気圧されるように唾を呑んだ。
彼女がこれほど長い言葉で、言葉を選び、伝えた意味は何だろうか。アヴドゥルは考える。アヴドゥルは、少女の物差しがDIOにあると思っていた。だから「誰にとって危険か」と問うた時、当然のように「DIO様にとって」、そういう答えが返ってくるのだと思った。
しかし違った。
彼女は「アヴドゥル自身にとって」危険だと言ったのだ。そして、アヴドゥルの強さは人を傷つけると。
多くを語らない少女の解答は、アヴドゥルにも意味を図りかねた。
水たまりの中から強襲を受け、額を弾丸で貫かれるその時まで、彼には分らないままだった。

雰囲気を一新するように、花京院が沈黙を破った。
「では、僕のスタンドはどうかな。ハイエロファントは……あまり見せていないけれど」
飛行機での応戦が初見せだっただろうか。思い返すと、おぼろげな記憶の中、花京院は偶然か故意か、彼女に助けられたような気がする。しかし確証のないまま礼を言うのもおかしい気がして、そのことについては沈黙を選んだ。
「あぁー……」
の視線は彷徨った。承太郎の鋭い洞察力は、彼女の躊躇を思案ととらえた。は何か考えている。恐らく、”伝える”か”伝えない”かを悩んでいるのだ。「あまり喋るつもりはなかった」と言った彼女の言葉は真実なのだろう。だからこそ自分たちは、一週間を超える道のりにおいて、数えるほどしか少女の言葉を聞いていないのだ。それは誰かのための行為というよりはただの怠惰に思えた。不思議な感覚だったが、なかば確信として承太郎の胸にある印象だった。は面倒くさがっているのだ。
やがて少女は花京院を見て、ほんの少し眉根を下げた。
「とても有能。使っている人がいいのか、本当に相性がいいのか、とてもバランスがいいと思います。そこにはスタンドとの信頼関係があります。もしかすると誰よりも強固な信頼かもしれません。……ただ、その……頭が良すぎるんでしょう。……痛くなります」
それきり彼女は黙り込んだ。
花京院にとってその時、少女が敵か味方かはどうでもよかった。幼いころから共に居続けたハイエロファントとの関係を、強固な信頼という言葉であらわした彼女に感謝をした。それだけでよいと固執していた思いが無駄なんかでは決してないのだと、背を押された気がした。
ぎこちなく微笑むと、は困ったような、笑おうとして失敗したような変な顔をした。無表情を打ち崩せたことも、花京院の笑顔を押し上げた。
「ところで、きいてもいいのかな?……何が痛くなるんだい?」
気になっていたのは花京院だけではない。意味深な忠告をくらったアヴドゥルも、他のひとの評価がどのようなものか気になっていた。ジョセフは、今から思えばあまりにも短くまとめられたスタンドの感想にちょっと気落ちしている。誰よりも気にかけてきた懐かない犬が、初対面の友人に尻尾を振ってすり寄っている光景を見たような顔だった。
「……お腹……」
「お腹?」
つい自分の、制服に包まれた腹を見下ろしてしまう。考えすぎて胃が痛くなるという意味だろうか。それなら確かに今も当たっている。けれど彼女の表情は、もっと違うものを表しているようだった。
アヴドゥルと同様に頭をひねってしまった花京院を置いて、ある程度食事のプレートをきれいにした承太郎が満を持して口を開いた。
「俺はどうだ?」
「……まさか本当にあるんだなあ……っていう感じですね」
奇妙な物言いだった。引っかかったのか、承太郎は眉間にしわを寄せた。
「まるで、“伝聞で見知った”ような言い方だぜ」
は口を閉ざした。彼女が今一歩信頼されない理由はここにあると、承太郎だけでなくその場の誰もが理解する。肝心の所で沈黙し、自分のことを語ろうとしない。言の真偽を判別するすべのない今、それは致命的だった。
「質問を変えるぜ。お前は俺に会う前から、俺のスタンドを知っていたな?」
ポルナレフのコップに再び口をつけると、少女は皿を持ち上げ、花京院のほうに差し出した。
「チェリーどうぞ」
それが答えだと、承太郎は理解した。
この少女は知っている。スタンドだけでなく、出会う前から、知るはずのない仲間のことを知っていたのだ。
遠慮なくさくらんぼを取った花京院は自分の皿にそれを置くと、承太郎に目をやった。短い期間ながら、花京院は承太郎を信頼している。彼が黒と言えば黒で、白と言えば白である可能性が限りなく高いのだと、心で理解していた。
「空条さんはまったく心配がなくて、安心して見ていられます。だから、なんていうか、……そうですね、誰しもの憧れ、という印象です。あなたが行く所は正しい白ですから」
の言葉に衝撃を受けたのは、承太郎よりもジョセフだった。
彼女は、承太郎の進む道を”白”だと言いきった。その目には欠片も迷いがなく、姿勢も乱れない。冗談で場を和ませようとした言葉でないことはすぐに判った。では、彼女は何なのだろう。ジョセフは今まで抱いてきた彼女への印象こそがすべて間違いだったのではないかと動揺していた。
「……お前が言いきるのか?」
少女は答えなかった。しかし承太郎は、この沈黙が躊躇であることを知っている。
じっと待つと、五人の視線を受ける少女は迷いに迷った末、言った。
「もう、これの後は喋らなくてもいいですか?本当に喋るつもりなんてなかったから、はぁ……、……疲れたような気がするので」
「あぁ」
承太郎は頷いた。
「では、最後に。傲慢ですが、あえて言います。私でなければ言いきれません、承太郎さん」
ふう、と息を吐きだすと、少女は本当に何も喋らなくなった。
テーブルに向かって手を合わせると――承太郎はそれをごちそうさまだと受け取った――、背もたれに深くもたれて俯いてしまう。
顔を見合わせる仲間をよそに、承太郎は確かな手ごたえを感じていた。
(こいつ、人前じゃなければ喋るんじゃあねぇのか?)



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気をつかわせてるの悪いなあ……。
すごく意味深なことを言って不思議な人になっておこう。
そうすればあんまり喋らなくてもいいかもしれない。