私はただ億劫なだけ
少女は無表情で腕を組み、沈黙していた。機体が左右に大きく振られ、隣を固めている男の肉体に肘が触れようと肩が触れようと微動だにしない。そのまなざしは昏く、花京院にはDIOの深い闇を思わせた。
「そろそろ……君の名前を教えてはもらえんかね」
隣の席に腰かけたジョセフは、頃合いを見計らって口を開いた。
少女の視線はどこを見ているのかわからず、言葉が届いているのかすら定かではない。彼女に声をかけるのは、ジョセフの“白”たる高潔な精神のためだった。
スタンド能力によって入手した情報で、彼女がDIOに心酔していることは判っている。DIO本人がそう、腹心であろう影に笑い囁いているところを念聴したのだ。
そうであっても、年端もいかない少女であることに変わりはない。彼女にはスタンドを視認する力はあっても、スタンドそのものは持ち得ない。非力な、ただの女の子なのだ。肉の芽はなく、心底からDIOを思っているのだとしても、彼女は無力な存在であり、これからエジプトのカイロまで続く長い道のりを共にする―――同行者なのだ。たとえ隠者の紫で名前を入手していても、直接会話することが大切なのだとジョセフは思っていた。
少女は低い、華奢な肉体の底から憎しみをかき集めたような声で答えた。
「」
ジョセフはぱっと顔を輝かせる。前の座席に座った花京院が心配そうに振り返った、その視線にウィンクを返した。
「そうか、ちゃんか。わしは……知っているかもしれんが、ジョセフ・ジョースターじゃ」
「……はぁ」
会話をする気はない、という意思表示だろうか、は軽く息をついた。
そんな二人のやりとりを聞き、花京院は隣の承太郎を見た。
「……どう思う?ジョジョ」
「どうもこうもねぇな。話にならねぇ」
「うん……そうだな」
そもそも少女――には、会話をする気がないように見えた。
タワーオブグレーが乗客の血で壁に不吉な文字を描いた時も、は無表情のままだった。
「なんじゃ?騒がし……ひ、ひいええ!!これは血!?」
あまりにも感情の起伏がなさ過ぎて、隣に座っていたジョセフですら思わず、哀れな乗客の老人が席を立った時にシートベルトを外し彼の後を追った少女を止め損ねた。
は腰を抜かした老人の襟首をつかむと、非力すぎてまったく持ち上げられていなかったが、その整った唇を動かした。
「早く、虫で、私を殺せ」
混乱をおさめようと慌てて立ち上がった花京院はびっくりしての横顔を見つめてしまう。彼女の言い方だと、まるでこの老人がスタンド使いのようだ。
老人は困惑した様子で花京院に助けを求めるような視線を向けてくる。考える前に当て身をくらわせ、老人を沈めた花京院は、その瞬間すっかり興味を失ったように老人を床に横たえたをどうすべきか戸惑った。
法皇を展開し、クワガタ虫に舌を狙われたことを理解した刹那、隣にしゃがみこんでいたが花京院の足を押した。法皇の結界こそそのままに、身体だけふらつかせた花京院の、ちょうどその顔のあった位置にクワガタの牙が掠める。
「君は……!」
まるで攻撃の軌跡が読めていたとでもいうようなの動きに、花京院はクワガタを引きちぎりながら驚愕した。確かに今、彼は危機を救われたのだ。機体の揺れでバランスを崩しただけかもしれなかったが、あまりにもできすぎた偶然に青年は唇を引き結んだ。
飛行機が墜落すると知っても、少女の表情は変化しなかった。アヴドゥルに肩を抱かれ、補導される不良少女のようにコックピットへ連れられても、何も変わらない。
「二度とテメーとはいっしょに乗らねぇ」
呆れ果ててそう呟いた承太郎のすぐれた視力が、非常ハッチを見つめて舌打ちする姿を見止めたが、ただそれだけだった。
*
元気が出なけりゃ目も死ぬさ。
疲れ切っていたらため息も出るさ。
すっかりがっかりしていたら愛想もなくなるってものである。