明るく元気でフレンドリーな職場です


「ジョルノくんはプロスフェアーをするのかね」
「ええ、ミスター……、ラインヘルツ。ここに来て初めて触りましたが、興味深いです」
「クラウスと呼んでくれて構わない。……奥の深いゲームだからね。もし良ければ一局どうだろうか」
ジョルノとクラウスさんの距離は着々と近づいていた。向かい合ってお茶をしつつ雑談に興じる2人を見ると心がぴょんぴょんするね。私も猫かぶりをやめて脚を組んで彼らを眺め、果肉入りの桃ジュースを飲む。うめえうめえ。カロリーは常に摂取しないといけませんよ。命に関わりますからね。ノンカロリー飲食物が流行った時期もあったが、口に入れて胃袋で消化するというのに熱量を取り込めないってのは寂しい気がしないかワトソンくん。私はする。おいしければ食べるけどさ、食べものを身体に取り込んで消化したり吸収したりする時に発散されるカロリーのほうが多いと思うと、摂取カロリーより消費カロリーのほうが多くなっちゃってそれだけを毎日食べ続けると緩やかに自殺できるセロリの例もあるように、もうある種の自殺行為じゃねえかな。今日も今日とてこれがこれなもんでカロリーがかゆうまい。かゆ。粥。うう、リゾット。君の手料理が食べたいよ。
「実際に差し向かいで打ったことはないんです。ご迷惑をおかけするかもしれません」
「誰もが初めはやったことがないものだ。練習は携帯電話のアプリか何かで?」
「はい。公式アプリで。指南のステージで素晴らしい教授をいただいて、感銘を受けてばかりです」
新人プレーヤーが心からプロスフェアーを楽しんでいるとわかり、クラウスさんの周囲にぽっと花が咲いて見えた。かわいい。『カワイイ』は作れるけど作れない。こんな高威力の可愛さが人工的に製造できていいはずがない。最新の技術でも不可能。血界の眷属にだって手の出せない領域だ。
ガン見してたら視線に気づいたクラウスさんの瞳が私に向いた。入射角の変わった光が眼鏡をきらめかせる。ニコッとしておいた。彼は生真面目に顎を引く。
意識をジョルノに戻し、大きな手がスマホを取り出した。
「ジョルノくん、私とフレンド登録をしないかね?」
ジョルノがパッと瞳を輝かせ、すぐに咳払いで落ち着けた。
「ありがとうございます、ぜひお願いします」
2人はアプリを突き合わせてIDを交換する。クラウスさんが意外そうな声を上げた。その響きに、暇を持て余した私と、全然暇じゃないけど私が持ち込んだお菓子を付き合いで食べてくれているスティーブンさんと、原稿を書くために撮った写真をテーブルに並べて見比べるレオナルドくんが顔を上げた。
「gold_experience氏は君だったのか、ジョルノくん」
ぴんと来ず首を傾げた私と若人の向かいで、スティーブンさんが記憶を辿って「ああ」と言った。
「こないだのアレか。バンドだったか、アルバムだったか。ミスター・ジョバァーナはそれに深い思い入れが?」
「僕のスタンド名です」
「次にスティーブンさんは"そんな大事なものをアカウント名に使っていいのか"と言う」
「"そんな大事なものをアカウント名に使っていいのか?"」
わーい言ってくれた。
「こだわりはありませんから、手っ取り早く。……ポルポは使わなかったんですか?あなたも何かやっていましたよね」
「綴りがわっかんなくてねえ」
サバスの綴りって咄嗟に出て来なくね?
「お得意のググりはどこに行ったんです」
「それはほら、私も名前にこだわってないから」
わざわざ検索して設定するほどのことじゃない。
準備を整え始めた人たちは放っておくとしよう。覗き込んでもわからんし邪魔になるだけだ。手を伸ばして、飽きないお菓子をつまむ。
観光雑誌に載っていたケーキ屋さんで有名なラスクを買って来たのだが、これがまたサクサクでおいしくって病みつきになる。砂糖が落ちないよう手で受け皿を作る必要のない、ひと口でいただける大きさも食べやすくて助かった。不格好だから人前でやりたくないのだよね。
ゆえにできるだけ優雅で涼しい顔をしてジュースとのハーモニーを楽しみ、飲み物に集中するふりをして、ラスクがレオナルドきゅんのお口に入る瞬間とスティーブンさんがひょいとお召し上がりになったフレームも我慢せず目に焼き付けた。自分に優しく生きるって大事だと思うんだ。無理に欲望を抑えつけてストレスを溜めるのは、チョコレートを異様においしく感じたい時だけで充分よ。
「マジでエンドレスラスクできる」
「桃ジュースと合います?」
「意外に合うよ。ちょっと飲んでごらんよ」
「うーん、じゃあカップ持ってきますね」
くっ、しっかりものめ。

私たちは甘いもの×甘いものという難易度の高い取り合わせを楽しみ、ジョルノはクラウスさんとの本気の激戦を繰り広げる。
そんな穏やかな空気を引き裂く雄叫びは唐突だった。
慣れない私とジョルノは手を止めて、背後で起きた爆発ならぬ扉の隙間から室内に滑り込むや否や床を蹴って跳躍した細い体躯から発されし熱量を振り返る。
たった一人で発火性の刃を振りかぶったザップ・レンフロきゅんが、絶頂に高めた士気を一太刀に籠めて斬りかかった。すぐに悲鳴に変わってしまった早口英語は聞き取りづらかったが、孤軍奮闘の鬨の声は"おはようございます死ね!"と要約できるだろう。
刃先を向けられるクラウスさんは、プロスフェアーの勝負から目を離さないまま刺客を一撃し、何事もなかったかのように一手を進めた。不屈の根性で二度、三度と号するザップくんには、左手だけで応じて最後まで叩き伏せる。いとも容易く行われる正当なる防衛戦は、迎撃側の勝利で終わった。実際に間近で暗殺未遂現場を目撃したジョルノは感無量だ。瞳には満天の星空が輝き、指し手にも力が入る。クリティカルヒット。かいしんのいちげきが決まったようで、対局相手は即座に対応しつつもジョルノを称えた。
今日はもう立ち上がれないのではというほどとことんやられたレンフロちゃんは、床の上にぐったりと身を投げ出した。おっとウェイウェイアスペッティ。そういう意味じゃないぞ。違うからな。絶対突っ込むなよ。ナニをナニにかな、ってああもうどう弁解しても墓穴を掘るから今すぐ脳を取り出して洗いたい。
それはともかく、低く長く呻いた彼は、私のすぐ足元までうつ伏せで這いずって来た。失敗体験を消化して体力を回復させる為、私が座るソファでゴロゴロしたいのだろう。
柔らかそうな銀色のおぐしが乱れ、身体に力はなく、打撃を受けて赤くなった部分はいずれ青痣になる。ほっそりした腰のラインを上から視線で舐めまわせてしまう無防備な体勢だ。こんな姿のイケメンチンピラが傷ついて玄関先で倒れていたら是非もなく家に引きずり込んで治療して当面の生活を工面してあげちゃうだろうな。
「大丈夫?」
「あー……」
濁点が5万個ついてそうな唸り声が返事だった。起き上がろうと身じろぎする。"ダイジョーブに見えんのかよ、目洗って来い"と言われ、柄が悪くて聞き取れなかった部分の通訳を頼むと、スティーブンさんはオブラートを捨ててそのままイタリア語に訳してくれた。彼の口からすらすらと流れた悪態は激レアで興奮したけれど、もうちょっと優しくしてくれても良いのよ。どうしよう、八つ橋に包んだ表現がこれだったらおねえさん興奮しちゃう。罵られて悦ぶ性癖はないが、ご褒美ではあるからな。ささやかな悪態は微笑ましく受け止める。
せっかくだ、この距離なら撫でられるから撫でておこう。青年の頭を撫でる機会はいくつあっても多すぎることはない。草むらから飛び出してくるメローネと引きずられてギロチンに首を掛けられたギアッチョをメロメロにできる私の愛撫テクを見せつけてやろうじゃないの。いいのかいそんなホイホイとつむじを晒しちまって。私はリゾットですらよちよちしたくなっちゃう女なんだぜ。無理やり頭を抱き寄せて胸に顔を埋めさせたらしばらく近づいてくれなくなりました。傍観してたプロシュートには腹を抱えて笑われ(笑いながらこっちを指さすポーズは煽りのそれでしかなかったけど誰をプギャってたのかな)、ギアッチョには足を蹴られた。考えれば考えるほど最低の上司だったけど反省せず、こっちの子たちもパフっていいかな。上司じゃないからまだ罪状は軽いよね?失恋した友人の涙を見つめ、ひとしきり胸の内を語ったあとに"ごめん"と感情を押し殺した痛々しい笑みを浮かべ立ち去ろうとする相手の手首を掴まえる私。断りもせず、突き動かす衝動に任せ抱きしめて、おっぱいで丘が形成されるシャツの胸元に清廉な涙を吸わせながらこう言おう。私じゃ、ダメか?
むくりと身を起こしたザップきゅんの頭に手を伸ばす。青年は床に膝をついたままの姿勢で服をぱたぱたと叩いて汚れを落とした。ジャケットの裾も大きく揺らして埃を飛ばす。いいけど、全部私にかかってるよ。レオが代わりに指摘してくれた。
顔を上げたザップくんのポケットから煙草の箱が落ちる。
その軌道を見て、バチンと警告が弾けた。反射的に手を引っ込めて後ずさる。脈絡のない素早い動きは注目を集めた。
おおっと、壁の中に行きたい。
反射的な警告が何に対してなのか、理解が及ぶと同時に心臓が踊り始めた。躍動するのはガチムチ男の筋肉だけにしてくれ。
「ちょーっとお化粧直してくるわ」
ニコッとして立ち上がる。ディアボロまじ絶対許さない案件じゃねえか。うきうきパフっちんぐ計画が台無しだよ。こんなところで死んでたまるかバカヤロウ。
「それこそちょっと待てよポルポサン。な、ん、か、おかしいぜ」
呼び止められ、直後樹海にまっしぐら。
武器を操れるしっかりしたトラバサミが大きく開かれ、私を引き止める為にがっつりギュッと足首を掴む。
ああうんオワタ。マジで終わった。精神が終わった。
空白ののち、意味のない叫びの濁流が押し寄せる。
ごめんレンフロくん。今だけは汚い言葉を許してね。
「(うわあああ掴んでくださッ、こんにゃろう!可愛い子ちゃん!きみ!そういうの!ダメだって言ったでしょ!!)」
正気と理性と自我のダムは決壊してエクストリームスポーツに使えそうだ。ケッカイだけにってかドッワハハ。よーし私を殺してくれ。
腰が抜けるか、との予想は外れた。身体は石化の魔法でも掛けられたかのように硬直する。弁慶は義経を守って立ったまま死んだというけど、背後に庇う者が居ない点を除けば前にも後ろにも動けない私の姿は弁慶の立ち往生によく似ている。おっと、もしかして私のバックにはボスが居るのか。なるほど最低な立ち往生じゃねーの。神速で矢を全部避けて命中させて私が(敵を)攻めに変えてやるよ。
そんなことはどうだっていい。
「ポルポ、さん?どうしたんですか?顔色が……真っ青ですよ」
レオナルドきゅんがおそるおそる言った。
スティーブンさんは立ち上がる。深刻な顔おいしいですもぐもぐと涎を垂らす余裕は限界スイッチを押されて爆発した。
ボスに苛められた記憶を告白してヤツの株を大炎上させる発想も浮かばない。フワッと、"スティーブンさんって銭湯に入れないんだよなあー"と本気で横道にドリフトして自分を慰めた。パトラッシュ、無事に峠を越えたいよ……。
「じょ」
こんな時は頼るに限る。
「ジョルノたいへんザップくんが血を燃やしてる」
だからこっち来て。
「すみません、今は絶対に手が離せないのであと10秒、そのまま燃やさせていてください」
そうくるかー!10秒も待ってたらおねえさんガチで泣いちゃうって。
血の気がなくなりすぎて、レオナルドくんに促されるまま力なくソファに腰を戻して思う。大人げなくやり場のない怒りを向けかけてしまったが、もちろんザップくんは悪くない。全部ボスが悪いのだ。私の肉体と精神も軟すぎ。異世界トリップをしてまでこういう無駄な一貫性を持ってくれなくていいよ。
スティーブンさんに目だけで指示されたザップくんが手を離し(血圧がガン上がりするはずなのに効き目が薄くて困るわ)、私との距離をあけ、レオくんからはジュースを渡され、ようやく思考が回って来た。どんな時でもカロリーだけは私の味方だ。
俯き、目元に手を当てる。もーボスやだ。悪評で殴る。悪夢を見てくしゃみをして寒気がするくらい悪しざまにこき下ろしてやるんだからあ。
内心ではそう言っていても身体は正直で、声はぶるぶるバイブレーション機能付きだった。
「ご、ごめ、ごめんね動揺しちゃって。ポルポおねえさん軽くSAN値ロールに失敗したっていうかデフォルトが低いから狂気が近いっていうか、不定期に発動するアイデンティティ崩壊トラップカードが場に伏せられてて、発動しちゃうと永遠に敵のターンになってクリックも効かないブラウザも落とせないタスクマネージャーも開けない無限硬直強制シャットダウン不可避ポップアップ地獄に落ちちゃってさ……」
「え?は?え?ポルポさん、いったいどうしたんですか?だ、大丈夫なんですか?」
ダメかな。でもありがとね。
詳しく説明したくないので玉虫色に曖昧に誤魔化す。
「つまらない笑い話をいつまでも引きずってるなんて馬鹿馬鹿しいよね。自覚はある」
大丈夫とは言わなかったせいで、レオきゅんは可愛らしいお顔を不安に歪めた。狼の前でそんな表情をしたら食べられちゃうから危険だぞ。この室内には私を含めて、狼と呼べそうな人物はひいふうみい……、やめだやめだ。
思案するスティーブンさんは"ある記憶"に行き着き、眼差しを変えた。
「……そういうことかい?」
「……あまり、思い出したくないので。"触れないで"いただけると助かります」
物理的にも、お話的にも。
二重の意味を含めて言った私の顔はまだ青ざめており、喉の詰まったような声が繊細な懇願の信憑性を高める。否、こう言うとまるで元は信憑性に欠けた過剰反応みたいだな。嘘じゃないぞ。嘘じゃないんです信じてください刑事さん!じゃなくて副官さん!机を叩いて泣き叫ぶには、この室内はちょっと高級だ。
深刻な空気を交わしたライブラ青少年は、ボスと私の電話を最も多く聞いたスティーブンさんに目くばせされて小さく頷いた。あとは彼がサラッと某男の悪行について説明してくれるに違いない。客観視しても『私』と『ボス』ならどう引っくり返ったって私のほうが彼らと近く、D4Cは電話越しのボスの言葉と私のマジモンの反応に基づいた事実として認識される。どんな内容になるかはわからんが、イイ感じに評判が落ちそうだ。
ディアボロの名声が一部で失墜してゆくのは悪くないけど、私、こんな身を張りたくはなかったかな。

スペースを挟んだ隣では、対局に満足した2人がほうっと息を吐いて頬を緩めた。
「ありがとうございました。ゲームでこれほど高揚したのは久しぶりです」
「こちらこそ、とても良い時間だった。君の戦術は、プロスフェアーにおいて磨けば非常に光るだろう。このまま楽しんで続けてもらえたら、一プレイヤーとして嬉しく思う」
ソファに寝そべるようにぐたーっと力を抜き、レオナルドきゅんお願いお膝貸してーとお前は本当に26歳か?って訊ねられてビンタされてもおかしくない要求を無理やり呑ませた私からも、ジョルノがポッと照れたのがわかった。見えるのは背中だけだが、わからいでか。きっと健康的な肌色の頬は喜びと楽しさで僅かに紅潮している。はうう、お持ち帰りしたい。
強い力で握手を交わした2人は、ようやくこちらを振り返った。
「……で、ポルポ。どうしたんです?ザップさんはもう燃え尽きましたか」
「そもそも俺は燃えてねえんだよ」
低く突っ込まれる。
「なんでもなかったわ。あえて要約すると"ボスパねえ"。邪魔してごめんね」
「構いませんよ。振り向きませんでしたから」
私の価値って議論不要なレベルでクラウスさんとのプロスフェアー勝負に満たないんだよ。
まあ、助けが入らなかったおかげで主人公くんさまの細っこいお膝に頭をのせて横たわらせていただけているので結果オーライだ。撫でてって言ったら心配の中に1000%の困惑を含めた声でおそるおそる、"いいんですか?そういうことして大丈夫なんですか?"って謎の確認を取られた。
「レオナルド。大役は君に任せるよ。目いっぱいポルポさんを和ませて差し上げてくれ」
全員まとめてかかって来てはくれないみたいで残念だ。
千載一遇のチャンスを逃さず、レオきゅんの腰にも抱きついておく。短く高い驚愕の声が心の琴線を爪弾いた。ウォッチ家のレオナルドくんは何もかもが可愛くってもうどうしてくれちゃおうか。私がアラブの大富豪だったら小国のひとつやふたつは買い与えているし、毎日最高級の料理と踊り子の舞で無聊を慰めてあげようと心を傾けるし、彼と彼の大切な人たちの名をつけた宮殿をいくつも建てて、墓所代わりにピラミッドも組み上げさせてしまいそうだ。わき目もふらずリボ地獄にダイナミックお邪魔しますな自分に我ながらおったまげるぜ。レオナルドくん is 私の中では完全なる傾国の少年。義眼の有無は問題じゃない。義眼を手に入れ、失ったものを取り返そうと奮闘するがゆえにここまで鍛え上げられたというのもあるやもしれないけれど、レオナルドくん自身の魅力が人を惹きつけるのである。高架下のコートで私が言ったことを憶えてる?レオナルドくん、君は……、君はライブラの柱になれ。ウーン、ライブラは堅固な柱がいっぱいだなあ。
「ポルポがソファで誰かに膝枕を頼む姿は見慣れませんね」
「うん?でも……」
少し頭を上げる。ああそうか。
私がリゾットに膝枕を頼むのは自宅のソファタイムに(ほぼ)限るため、ジョルノが目にする機会は皆無と言える。
何も言わないうちに、彼は頷いた。
「僕はそもそも、あなたとリゾットが一緒にいる場面を多くは見ていませんでしたから」
「……そうだったわ」
新ボスのおっしゃる通り、そうでなくとも2001年の山場を越えたのはつい最近で歴史は浅い。
日々はなだらかで時間の流れが心地よく、異世界トリップマシンなんてハイテク機器を手に入れて遊ぶせいで記憶の蓄積が地味に数日分濃密に増えた。手帳を持ったり日数を数えたりしないもんだから感覚がちょっと狂う。食事の回数と体内時計で把握する、と言ってもそれは私が一番信頼できない機構である。
ザップくんが眉根を寄せた。
「"リゾット"って、まさか人の名前か?」
「うん。パッショーネのね。私の部下だった人の名前。家族同然だったんだけど……」
好きも嫌いも、この世界のリゾットは私の部下ではない。ぼっち社員の私は、リゾットたちが居るのかどうかも確認できていない。だって居るのに別の上司の監督下にあったりしたらいよいよ心を病むだろ。病まないけど。
「……」
夜でもないのに帳が下りて場の雰囲気が暗がりに落ちた。えっ、なんでさ。
少年にセクハラ紛いの無体を働きながら、言い方がおかしかったとやがて気づく。丸っこい、ちょっと骨ばったレオナルドくんの膝を撫でる手が止まった。
"リゾット"はパッショーネに"所属していた"人物の名前である。
彼はかつて私の部下"だった"。
そして、家族同然の存在"だった"ん"だけど"。
嘘無し誇張ゼロの掛け値なき事実を述べただけなのだが、彼らと私、お互いに存在する主観というフィルターを通すだけでアラ不思議。パッショーネの吐瀉物以下な悲劇の匂いがこんなにもプンプンする。
プロスフェアーの対局中に起きた事態を把握しかねるクラウスさんも、私のド間抜けな文法から言葉の真意を読み取った。これは何事かによって弱ってしまった私が隠し切れなかった本音だと。
HLにおける初めてのランチで想起し、これ以上ないレベルで現在の母国語を間違えた私の黒歴史がほじくり返される。
お膝を撫でる動きを再開した。
「(みんなの中でリゾット死んだな……)」
すごいごめん。ソルジェラに続いてリゾットまで殺してしまった。





2016 0310