あなたに伝える『ごめんなさい』


この病院はなんて場所にあるんだ。そしてなんて忙しさだ。罪悪感が背中に重くのしかかり、脇の下から抱きついてくるような錯覚に陥る。
検査上がりのジョルノも、いささかの後悔を浮かべた。
「してはいけないことをした気分です」
骨と内臓に異常はなく、擦過傷と打ち身が主な怪我だった。皮膚から浸透する鎮痛剤配合の湿布を処方され、出入り口付近と救急搬送口よりずっと静かな、入院患者の憩いの場でお茶を飲む。
湿布は服に隠れて見えないが、血界の眷属にやり返された際に捻ったらしい足首には、椅子に座ってずり上がったズボンの裾からテーピングの跡が窺えた。体重をかけると少し痛むそうだ。
私も精密検査を受けるよう言われたが、忙しそうで気が引けたので断った。ハンモックに揺られただけで血界の眷属から攻撃も喰らってないのに(優しく突き飛ばされるなんて攻撃の範囲に入らなくない?アレが攻撃だったらギアッチョのドツキは殺人未遂だ)わざわざ設備を動かさせる度胸はない。ブラッドベリ総合病院の検査方法がどおおおおおしても気になったとしてもジョルノに話を聞けばいい。一同からは強く推されたけど、ザップくんが助けてくれたから大丈夫大丈夫と断り抜いた。
結果が出たみたいです、と呼びに来てくれたレオナルドにお礼を言う。変態からレオナルドの貞操を守る保護者が誰もいないのを良いことによーしよしよし可愛いねよしよしと撫でまくってからジョルノに手を貸した。レオナルドは頬をひきつらせて愛想笑いを浮かべ、同じようにジョルノを支える。親しくもないのに無遠慮に頭やら背中やら腕やらを触りまくると好感度がガクンと落ちるから良い子のみんなは気をつけようね。初期から黙ってされるがままになってくれてた護チ暗チの(言葉通りの)脅威的なスルー能力がヤバいのだ。暗殺チームにゃんたちはちょっと嫌がってたけど今ではすっかり私のテクの虜。10回に6回の割合で肩パンしてくるのがギアッチョで10回に7回の割合で振り払うのがイルーゾォだ。リゾットは10回に9回は無視する。プロシュートには本気でときめきそうだから私は彼に近寄らず、ソルジェラはウェーイとテンションが合ってそのまま遊んじゃうからテク関係ない。
4畳弱の小部屋に入ったが、レオナルドくんが出て行ったあとに現れたのは、顔に合わないサイズの眼鏡をかけた白衣の少女だけで、どうやらライブラの面々は同席を遠慮する姿勢らしいと知る。スタンドが関わる話に深入りすると私たちが気分を害すると思ったか。
「私はルシアナ・エステヴェス。ジョバァーナさんの検査結果をお伝えしに来ました」
「ドットール・エステヴェス。こちらは僕の保護者のポルポです」
「エステヴェス先生、よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ」
椅子を引いた彼女は、机に数枚の紙を置いた。私たちが読みやすいよう、向きをひっくり返す。ただの血液検査でわかるようなことから、人間ドックで判明するような細かい数字が羅列される。見る限り、ジョルノの値はどれも平常値だった。白血球の数もコレステロールも肝臓の値も、15歳の少年の範囲内だ。
「ご本人も"スタンド"を自由に操れると言っていますし、ジョバァーナさんの身体に異常は見られません」
「安心しました」
「ですがこれは数字の上での話です。"スタンド"を……スタンド使いを治療した事例はなく、これは我々にとっても未知の領域で、まったくの健康であると断言はできません。今後、更に詳しく検査を続けるつもりではありますが、スタンド使いではない我々にできることには限りがあるでしょう」
これはマグラ・ド・グラナ院長の知識でも不明なのだろうか。彼は境界を越えて博識な医術の達人だと思っていたのだけど、ネアポリスとヘルサレムズ・ロットが交差する世界ではそれぞれの能力者の干渉は望ましくなく、互いに資料が制限されているとも考えられる。ボスもヘルサレムズ・ロットと異界のことは当然知っていたが、ライブラや牙狩りの能力については私のじょうほうしゅうしゅうのうりょくカッコワライカッコトジに頼った。私は無視した。
「いえ、僕こそスタンドの行使に問題はないとわかっていたのに検査をお願いしてしまい、申し訳ありません」
「いいえ、ジョバァーナさん。病院は頼る場所です。手もありますから、あなたが気にすることじゃないですよ」
手、あるかな。私とジョルノの思考は一致した。
エステヴェス医師は紙を綺麗に折って封筒に入れ、私に手渡した。私がそれをバッグにしまったのを見てから居住まいを正す。
「判断を下せなかった我々がお願いするというのは申し訳ないのですが、ポルポさん、ジョバァーナさん。もし可能でしたら、私たちに協力していただけないでしょうか」
スタンド使いの患者がブラッドベリ総合病院に救けを求めた時にできるだけの治療を施す為、繋がりの出来た2人のスタンド使いにデータの提供や話を求める。当然の流れだ。
後ろめたさもあったジョルノと私は快く了承した。成果が発揮される時は来るんだろうか。
「ですけど先生、私たちはちょっと特殊なスタンドを持っているので、参考になるかどうか」
矢を持つスタンド、特に世界すら越えたゴールド・エクスペリエンス・レクイエムは規格外だ。ステータスも測定不能で、使い手でさえ能力のすべてを把握できていない。サバスもそれなりにレアだと思うんですよね。
首を傾げたロリに大雑把な説明をする。彼女は秘密を守るだろう。
矢を内包したスタンドの特異性(サバスが限りなく殺人兵器だというのは言わなかった)を聞き終えた医師は、ははあ、と気の抜けた相槌を打った。私たちからするとここはトンデモ病院だが、彼女たちからすると私たちも初耳トンデモ能力者だ。それでもいいか訊ねると頭が縦に動く。眼鏡がずり落ちそうになって、私とジョルノもアッと手を動かしてしまった。届かないし自分で掛け直せるとわかってても身体が勝手に動いちゃうのは何故だろう。目の前の人なら理屈を詳しく教えてくれそうだ。
大は小を兼ねる理論で合意し、ジョルノはゴールド・エクスペリエンスで無機物に生命を与えた。渡されたアマガエルは、あんぐりと口を開いて驚愕するエステヴェスさんのスチルを私たちに届けてくれた。

この世界で今までになく能力を暴露しても、ジョルノと私に後悔はなかった。エステヴェスさんは口外しないとわかる。
後ろめたさも背中を押して、少年は待合室で膝に肘をつき前かがみでゲンドウポーズを披露した。
「程度は見極めなければいけませんでした」
「やっぱ病院はマズかった」
シャレにならない場所である。
ジョルノは自分が無理を通した、と落ち込んでいた。スタンドが攻撃を食らったことを理由にブラッドベリ総合病院を、暗に、それ以外の選択肢はないと思わせて指定した自覚がある彼の自責の念は強い。少年の手腕に感心し、見舞いの名目ではありつつも"観光"の意識を捨てられないまま病院を訪ねた野次馬の私がフォローするのもおかしいため、ライブラからの迎えが来るまで黙って虚空を見つめる。
今回ばかりは宜しくなかった。血界の眷属にジョルノがぶっ飛ばされたのは偶然で、異界に詳しいこの病院で精密検査を受けたのは、狙ったとしても必然で、言うなれば落とし物が招いた災難だったが(私が屋上から突き落とされたのは"善意"かなと思うけど)、やっぱりね、欲望があったと自覚してるから罪悪感がものすごいんだよね。今のジョルノには、私やクラウスさんやエステヴェスさんがどんな言葉をかけても、自分の中で整理がつくまでは届かないだろう。
ひとりにしたほうがいいかな。気を回して席を外した。
院内に人けのない場所は少なく、どこで何が起きても対応できるよう、看護師やエステヴェスさんの分身が配置されている。
「ポルポさん」
「はい?」
通話可能なエリアへ向かって看板を見上げていたので、声の出どころがわからず視線が彷徨う。エステヴェスさんは私がちゃんと彼女を見つけてから言った。
「ポルポさんやジョバァーナさんは、もしかすると誰かからこの病院の噂を聞いて興味を持ったのかもしれませんけど、わざと怪我をしたわけではないですし、"スタンド"と血界の眷属の攻撃に不安を感じる気持ちは、たとえ一抹だと本人が思い込んでいたとしても絶対に存在するんです。お話を伺う限りでは、スタンドは我々にとっても使い手自身にとっても未知の力ですから。能力の測定不能なジョバァーナさんのスタンドなら、余計に。その不安がチャンスに重なって、どんな形であっても手に入れた好機を利用するのはおかしいことじゃありません。むしろこんな世界では、逃さないようにしたほうがいいです。私も身に憶えがあります」
「身に憶え?」
「あはは、まあちょっと……」
笑いで誤魔化そうとしたが、kwsk要求すると、だぼだぼの白衣から覗いた細い指が頭をかいた。
「手を出せなかった相手に患者が攻撃されてようやく手を出せるようになったんですけど、なんていうか、その、"患者に何をしてくれているのだ"の他に、かるーく、"ッシャア!!"って思っちゃって」
「……」
それどこのゲスワンワンの話?MVPザップさんのアレかな?
閉口したのは呆れたせいではないのだけど、エステヴェスさんは笑みをひきつらせた。
「ええと。ですから、気にしないでください。私も、弱みに付け込むような形でスタンドのデータを提供してもらっているから、おあいこですよ」
クラウスさんたちの説明を受け、私たちがヘルサレムズ・ロットを廻る"純粋な意味での観光"をしていると知ったエステヴェスさんはジョルノの気まずさの理由を察し、罪悪感があって拒否しづらい提案だと理解しながら情報提供を求めた。もちろん、拒否されれば相手の意思を尊重しようと決めて。
「エステヴェスさん、ありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ。ジョバァーナさんにお伝えください。落ち込んでませんでした?」
「落ち込んでました」
「ですよねえー。見るからにしょんぼりだったですもん」
見るからにってトコに思わず笑うと、エステヴェスさんもころころと声を立てて笑った。悪感情は見られず、ジョルノがここにいれば彼も気持ちを緩められただろうなと思う。お医者さんって感じがした。私の周りのスタンド使い専門ドットールとは似ても似つかない。ドットールは私の大怪我を憶えてて、患者たる私を"腕えぐれさん"とか"撃ち抜き骨折お姉さん"とか呼んでくるぞ。"え?なんで避けないの?"って言われた時には涙がちょちょぎれた。私だって避けたい。避けられないからこうなってんだ。会うたびに指でバキュンポーズをとり"キューピッドの矢は、避けないとダメだぜ"などとほざいてくるからもうエンタメのひとつに属する。ペンの場所を忘れて困っちゃったからって看護師から眉ペンを借りるトボケ具合のくせに、そんなことばかり細かい医師だ。安心してください、既に9本+7本ぶっ刺さってます。看護師も看護師で眉ペンを常備してないで!そのままで可愛いから落ち着いて!こっちの経過を診るドットールの隣で"ブチャラティさんって……いいですよね……"って呟くのも怖いからやめてほしかった。それには同意しますけど、目が。目が。
ロリエステヴェスさんが「それじゃあ」とお辞儀をする。私も頭を下げ、あっ通話可能な場所ってどこですか?それなら突き当たりを右に曲がってすぐですね。指さして教えてもらい、手を振って別れる。

自販機のある病院の片隅でスマホちゃんが眠い目をこする間にあたたかい紅茶を買う。
しかし、スマホは缶のプルタブを開けて紅茶を飲んでから画面を触っても硬直したまま、うんともすんとも言わなかった。まさか壊したかと背筋が冷える。
移動中にかかってきた電話を手短に切ってから2時間強。気まぐれな頻度でたくさん寄せられるボスからの着信が受けられなくなると冗談じゃなく通信が途絶える。私から彼に電話をすることはできないため、ライブラ経由でパッショーネに連絡してボスに取り次がせるしかないが、ボスへの取り次ぎは彼の秘密主義が影響して困難で、その間に彼のイライラが爆発すると面倒だ。帰って来いとどやされるかもしれない。ただでさえ帰国が遅いと不満げなのだ。
齟齬が在るようで無いこの異世界。パッショーネ側とライブラ側の時間軸は交差しそうでしないけど、電話は共通だし修理に出せるかな。
修理屋さんに詳しそうな人の顔を浮かべる悠長さは、ブルブルブルを越えてばばばばばばばと喘ぐスマホに上塗りされた。激烈に震えるぞスマホ!バッテリーが燃え尽きるほどヒート!増えまくる着歴カウントは1周回って爽快だ。処理落ちしただけで回路は無事か。こやつめハハハ。紛らわしいぞ。
留守電を再生しようとして、本物から着信が入る。
「もしもし」
「なぜ電話に出ない。まだ病院に居るのか?」
「そう。ジョルノに怪我はないから今日中に退院できますけど、また電源切りますね」
病院ならば仕方がない。ディアボロは食い下がらなかった。代わりに眉根を寄せたようだった。
「ポルポ。ライブラはいつ回答を出す?何日が過ぎたか数えたか?奴らは数字を知っているのか。サインをするだけだろうと言ってやれ」
それについては一部だけ同意する。契約の追加分について話をした時から、かなり時間が経った。確かに取り扱いが微妙に難しい話ではあるが、何事にも即断即決即日対応が求められる人たちにしては遅すぎる。
「急かせ」
ボスはぴしゃりと言葉の鞭で私を、否、遠く離れたライブラを打ち据えた。
「いつまでもお前を留守にさせるのは不都合だ。スタンド使いの頭数は揃ったといえど、手は幾つあってもいい。多すぎるのは問題だが……。犬猫や鳥がスタンドを使った例もあると聞く。次は動物にも手を広げさせようと思っているのだ。野良はどうせどこかで野垂れ死にする。エサをちらつかせればついてくるだろうし、反抗された時には躾ければいい。今再び、お前はわたしの手元に必要だ。早く契約を結べと、わたしが直接やつらに連絡を取らなければならない事態にだけは陥らせるな、ポルポ。お前はわたしの手だ。足だ。目だ。わたしとパッショーネにとって、唯一無二の存在だ。お前はわたしの下に居ろ。間違っても、ヘルサレムズ・ロットに長居して良い存在ではない。ライブラと慣れ合うなど言語道断。場合に依ってはわたしはもう一度、お前をあの暗い部屋へ……」
「3行で言うと"寂しいから帰ってきて"って言ってる?」
「お前の耳はどうなっている?」
当たらずとも遠からず、ボスはそれ以上は何も言わず口をつぐんだ。めんどくなってぶった切らせたけど、"あの暗い部屋"ってどこだよ。切実にやめて。もしかするとこの世界では足首じゃあなくて別の場所に発狂スイッチがあるのかもしれないと今気づいて気が遠くなった。ン?でもこの肉体は単に私が若返ってこの世界にお邪魔しただけ?いやいや、服装とか靴が変わってたりするのを見ると違うか。じゃあどっちが優先されるんだろう。こっちの私に存在しそうなトラウマスイッチか、私自身の足首L5スイッチか。両方適用されてたらまじ……まじ……。マジか……。なるほど呪われし肉体じゃねーの。
「とにかく。何をそこまで手間取っているのかだけでも聴取しろ」
「Va bene.」
「期待しているぞ」
本当の意味ではドッピオとかにしか、期待も信頼もしないでしょうにね。
次の電話がどのタイミングで掛かって来るのかはボス次第だけど、私はそれに間に合うように確認できるかな。ふえぇまだなんですぅごめんなさぁい、で許されるにはナニかが足りない。いや、ナニかがあり過ぎる。女の子は甘いものとスパイスと何か素敵なモノでできているしバファリンの半分は優しさだけど、人生二度目のポルポさんはカルマとか煩悩とかそういう名状しがたいもので構成されてるんだよ。
ケータイの電源を切り、脚を組んでしばしぼうっと頭を休めた。いつ働いてるかは私にもさっぱりだ。
紅茶の缶を傾ける。香りが良く、甘い。けれどどこも同じな鉄さびじみた味がする。
ボスの言う通りだ。どうしてあの人たちはスケジュールを出し渋る。
自分たちの利を考え、パッショーネの周辺事情と対抗組織の存在を調査し直すのは当たり前だけど、彼らの情報網にかかれば大した作業とは思えない。むしろ"あろうがなかろうが微量な変化しかもたらさない、あるとちょっと嬉しい金額"の提供元ひとつにかかずらうことこそ時間の無駄だ。
結果はスデに出ていると仮定して(つーか出てるでしょ)、黙する理由を胸中で追究すると、ふと可能性に行き当たる。
「(私たちが帰れないようにしてる?)」
いやいやいや、待て待て待て。ウェイウェイウェイウェイアスペッタ。ホワイ。
なんでさ。なぜ帰還の邪魔なんて奇怪な行動に走る?私たちがヘルサレムズ・ロットに長く滞在して、彼らになんの得があるってのよ。組織のお仕事から解放された楽しい観光をお手伝いしてくれているわけでもなしに、同盟、支援者、お金だけで繋がる利己的で下劣な組織の幹部を引き止める理由ってナニ?もしかして全員私に恋に落ちてライブラルートにまっしぐらかな?かな?私には心と人生を捧げた9人がいるから後宮扱いになるけどそれでも良いならクレバーに抱かせていただいちゃうぞ。それとも私じゃなくてジョルノが本命オラオラですか?せ、切ないけど圧倒的説得力。
思えば今回の渡HLは初めから、あちらの、主にスティーブンさんとクラウスさんの様子がちょっとおかしかった。
私たちを迎えに来たスティーブンさんは一瞬だけれど私を見て目を瞠る。だというのにあたかも初対面であるかのように振る舞い、クラウスさんも同じだったものの、彼の場合は言葉の端々から私への謎の信頼(あるいは信用、はたまた理解)が見受けられた。
他人と接する一際硬質な態度が変わったきっかけは、私が栞の色のチョイスを指摘したことだ。2人は口調さえ変えてみせ、一瞬前まで開いていたスケジュール帳をぱたりと閉じて、予定は突如不透明になった。それから、契約については打っても響きがない。まあ都合が良いから私たちも打たなかったんだけどさ、ひと言も切り出されないのは変だよね。
ははーん。目を細める。
前回、私がトリップを終えたあと。電話で問い合わせた彼らは"ポルポ"はイタリアから動かなかったと言われ、疑念を抱いた。私がパッショーネで死んだのではないかと考えたのだろう。パッショーネのボスってゲスっぽいもんね。わかるわかる。ボスの自爆だけでなく、そう感じるようにこき下ろした。
前回滞在中に入手した情報だけで、クラウスさんたちにはパッショーネが構成員をどのように扱う組織か察しがつく。便利な能力持ちであってもこの世は地獄です。ボスの不興を買ったら終わりだ。ビンタで済めば御の字。誘拐監禁暴力行為、RG-18フィルターが逃げ出すレベルのアレソレだって想像できる。単純に、抗争に巻き込まれる可能性もある。
戻ればいつ死ぬやら、ギリギリな風を受ける私は、私なりにヘルサレムズ・ロットの観光を楽しんでいた。ふらふら歩き回ってはご飯を食べ、原作キャラとの交流(なおギスギス)に内心テンションを爆アゲした。湯水のように金を使う様は、日頃の抑圧された精神を解き放って活き活きのびのび満足そうにも見えたのかもしれない。
だから、幸運にも生き延びた私と再会した優しさ天元突破なあの人たちは、今回はできるだけ正当な理由で私たちをこの街に引き止め、私が後顧の憂いなく遊びつくして魂を潤わせられるように、有体に言うといつ死んでも後悔しないように気を配ってくれている。ウソ……私の境遇、悲惨すぎ……!?
優しすぎる。優しすぎて震える。さっきのケータイの比じゃなく震える。
誤解だ。完全なる誤解だ。楽しんでるのは確かだけど悲壮なバックグラウンドはない。でも優しい視点で優しく見ると、在りそうに思える。
この思惑はツートップだけが共有してて、レオナルドくんたちのそれは何も知らぬ純粋な交流っぽいのが救いだ。全員に気遣われてたら申し訳なさでゲザる。

ピカッとキラッとフワッとした推理で理由はわかった。優しさが飛び抜けてるというのが第一の感想。ボスに報告しづらいなというのが第二の感想だ。問い詰めて裏を取って肯定されても否定されても居たたまれない話である。長期旅行を成り立たせる善意は素直にありがたく、真相を明らかにしてわざわざ"借り"に気づきに走る必要も、ばっちゃ曰く、ナッシング。
「ポルポ」
「ん?」
私が通話可能な領域に向かったと思ったジョルノは、こんなことを考える私を見つけて声をかけた。
「お待たせしました」
「エステヴェスさんから伝言があるよ」
「ついさっき、直接聞きました」
元気が戻ったようで、微笑みに力がある。本人に言われると気持ちが違うよね。
「迎えが来ています。行きましょう」
「はいよ」
手のひらに手をのせる。ジョルノは私を引っ張って、手を繋いだまま廊下を先導した。
折り曲がる通路の端を歩く途中、付き添いの人や患者の身内や看護師さんが行きかうのが見えた。時にはすれ違う。ジョルノは丁寧に挨拶をしたり見送ったり道を譲ったり、私のエアーリーディング検定3級の眼力の限りでは普段の精神を取り戻した。私もふっと気を抜く。悪いことをしてしまった自覚は残るが、再起不能からは回復した。定期的にお風呂とかで思い出してアアアアごめんなさいごめんなさいって千回謝る記憶として消化できそうだ。
「ッ……」
車椅子を避けたジョルノが息をつまらせ、歩みを止める。焦った私に寄越された説明は打ち身の痕が鈍く痛んだゆえだというもので、あとで見せてあげますよと言われて青少年の白い背中を見たい悪魔の囁きと怪我の程度を確認しないと心配でならないわと健気ぶる天使の囁きが私の脳を揺らした。どっちも見たいんじゃねえかと突っ込む人は誰もいない。そうだよどっちも見たいんだよ。盗人ならぬ変質者猛々しい。
血界の眷属の攻撃と、ジョルノのゴールド・エクスペリエンス(レクイエム)。競り勝ったのは血界の眷属だった。えーと、ヨアヒムとか、なんだっけ、オリバーとかだっけな。忘れっちまったわ。とにかく森のエルフみたいなビジュアル系の血界の眷属はゴールド・エクスペリエンスのスピードA、パワーAのパンチを受け止め、やり返してジョルノを壁に叩きつけた。
「咄嗟に足まで意識がまわらなかった僕のミスです」
「……ん?」
足?殴られたのでは?
「足を払われたんです。パワーとスピードだけなら、こちらが勝っていました」
「あ、そうなの?」
「ええ。エルダー級は不明ですが、手ごたえとしては、並の血界の眷属とは渡り合えます」
戦闘力のインフレが著しい世界でも、スタンドの力は侮れないものだ。拮抗したから完敗じゃあないとわかっていたけど、並の血界の眷属とは渡り合えるって、……渡り、……わた……。
「それキミ、ええ!?つまりあのべらぼうに強い人たちと並んでバトれるって言ってる!?」
あの主役張って舞台から下りるつもりもないし下ろしてももらえなさそうな血液遣いと!?
「能力だけで言えば、Si。スタンドの射程が短いことと"僕自身"のステータスが通常の人間と変わらないことを除けば、ですから、実際は不可能でしょうが」
ほげえええジョルノさまパねえええええ。若干15歳にして脅威の片鱗を垣間見せてます。レ、レレ、レクイエムだから?レクイエムだからなの?"よくわからんが……"とブチャラティ顔で言いたくなる金の矢関連のふしぎなぱわあでトリップの影響を受けなかったゴールド・エクスペリエンス・レクイエムさまだからなの?病院を歩く君の横顔がものっそい精強に見えるのは私が君を好きだからかな?それとも私がシャブやってるからかな?ダメだ混乱して女に惚れさす方向に走ってしまった。
でもスタンドは本人の魂のビジョンであるからして、ジョルノの魂は血界の眷属の、悪意の定向進化を果した血族でさえ総力を挙げなければ立てられないかもしれない人間十字架をジェバンニがごとく作ってのける遺伝子に刻まれた恐るべき力に対抗するだけの才能と素質と(あえて言うけど)意志をぎっちり持ち合わせているという証明にもなりそうだ。類は異なるものの、吸血鬼と名のつく存在と血を分けた生まれも一役買っていたりしたら、ツッコミが追いつかないから早めにイルーゾォを呼ぼう。
そんな彼は、勝てる、と確信したからこそ敗北を悔しがる。上に集中するばかりで注意を払わなかった足元を払われ蹴り飛ばされた。不意打ちへの対応が一歩、遅れた。
このジョルノがか。修学旅行の就寝時間を迎えた班員たちが枕を寄せ合い"ねえ誰が最強のスタンド使いだと思う?"、"言うの恥ずかしいよー"とか喋くる中に必ず名前が挙がるスタンドを持ちし5部の主人公さまがか。
紙面では、何事にも油断せず挑んでいた印象が強かった。叩き上げられ成長し、全方位に注意の糸を廻らせた。そして仲間とともに幾たびもの危機を乗り越えてきたのだ。だからこそ遅れを取った理由を知り、彼がこんな初歩的なミスを犯すなんてととても驚く。
脳裏で弾けた驚愕と同時に、"経験不足"の4文字がパッと浮かんだ。
ビアンカが2001年の前にチョコラータとセッコをコロコロ。
本来はトリッシュを追う暗殺チームが彼女と私の護衛を担ったことで原作の流れをなぞらず、護衛チームに降りかかる気の休まらない連続戦闘もなくなり、道中は道楽の団体旅行に等しい様相を見せ、原作に比べてずっと平和だった。私の胃袋はキリキリと痛んでいたがな。
犠牲の出る険し過ぎる道のりもおやつを食べるすんなり行き過ぎる流れも、その後に何かしらの波紋を呼ぶ。異世界で発覚するとは思わなかったわ。そうかそうか。
迎えが見える前に、ジョルノの頭を撫でた。





20151129〜1204