一角に場所を取るカフェ・ラウンジで、包むような椅子に身体を預ける。事前に検索しておいた『グッドラック・セット』のお供の飲み物は紅茶を選んだ。紅茶は数種類の茶葉から自由に何度でもおかわりができる。
私の向かい側、北の位置には、寝不足気味のジョルノが座る。彼の注文はクレームブリュレとプリンアラモードの盛り合わせプレートだ。スイーツと昼食を兼ねてしまうつもりで朝にしょっぱいものをたくさん食べたから、これから甘ったるい味が口いっぱいに広がっても苦にならない。
キルトのティーコジーを取り、ふっくらとお腹を膨らませたティーポットから紅茶をそそぐ。
「なんでしょう。飲んだことがない味ですね」
頭の中でジョルノが"おいしい!おいしい!イエーイ!紅茶イエー!"って走り出して転倒したけどそんなことはおくびにも出さなかった。ナイス理性。
私の飲む銘柄は喉が微かにスッとする。グッドラック・セットはこれでもかとケーキが並べられたメニューだからよく合いそうだ。
テーブルの西と東にはそれぞれチェインちゃん、ザップくんがいる。真正面からザップくんの顔を見るのが厭で、チェインちゃんは私のほうばかり見ていた。大きな瞳が規則的に、ぱちりぱちりと瞼で隠された。釣られて私の瞬きのタイミングもずれていく。この中で一番まつ毛が長いのは誰だろう。ザップさんだったらナニかを疑うが、有力一位はジョルノかな。次がチェインちゃん。ザップくんが続きそうだけど、で、でも私だってホラ、悪くないですよ、透明なマスカラとかで偽装できますしおすし。
アフタヌーンティーセットならぬ、ビフォアヌーンティーセットがチェインちゃんの前に出された。3段の皿に軽食とケーキ、クッキーがある。グッドラック・セットも到着し、ジョルノはプリンをすくい、ザップくんはエッグベネディクトを切り分けた。
旅行中、これでもかと顔を合わせる私たちだけど、仕組まれた出会いなのか偶然なのか運命なのかは追及しない。だってとげとげしい空気は楽しくない。おいしいものを囲んで食べられる幸せを文字通り噛み締めようよ。子はかすがいで、おいしいものもかすがいなのだ。一緒にご飯を食べていて、それを"おいしい"と感じることが第一歩である。私はグッドラック・セットだけでなくこの絵面もおいしくてたまらないから余計によだれがじゃばじゃば分泌されてお口の中がナイアガラだ。ごきゅりと喉が鳴る。
「おやつは逃げませんよ、ポルポ」
「どんだけ食い意地張ってんだ」
男子陣に誤解された。じゃあジョシのチェインちゃんは私の正しい思考を読み取ってくれたか、というと違いそうだし、正しく読み取られていただいちゃっても"ギャングの幹部(THE けいかいたいしょう!)"のなけなしの威厳が塵になる。フフ……怖いか?私は怖い。食欲に転がろうが煩悩に転がろうが、"私"の心象は取り戻せない。
「このケーキおいっしい!スポンジふわふわ!」
柔軟剤使ってる。
「チェインちゃん、ひと口食べない?」
「私は結構です」
「そう?ザップくんは?」
「んじゃあひと口」
ザップくんは横から長い腕を伸ばす。フォークを掴んだ大きい手で、ケーキをざっくり掘って口に運んだ。唇が閉ざされ、もぐもぐと頬と顎が動く。エッグベネディクトを食べている最中なのに躊躇なくショートケーキを口に入れる、食べられる時に何でも食べておく野性味が心をくすぐった。
青年は私たちと同じように紅茶を飲む。アイスティーをストローで吸う数秒は身体の動きがゆっくりになり、飲み終えた彼は紅茶のメニューを開きがてら、「うまかった」と私に言った。だよねだよね、おいしいよね。あーん、と私から差し出してみたら、フォークを持つ手と受け皿にした手がグッドラック・セットを留守にした隙に本体を食われた。
ジョルノは切り分けられたメロンを食べきり、皮をお皿の隅に除けた。
「そもそもお2人はご一緒に何をしていたんです?」
「一緒じゃねえよ」
「何もしてないわ」
道端で、チェインちゃんさまとザップくんさんは誰かに電話をかけていた。2人とも背を向け合うのに、なぜか同じ場所に居続ける。その横を通って3軒奥のカフェに向かう途中だった私たちは、興味津々で彼らに視線を注ぐ。
こちらの方角を正面にしていたチェインちゃんがまず気づき、ザップくんの踵に自分の踵をぶつけて注意を引いた。私が片手を上げてへらへらする。やあやあ奇遇だねお2人とも。この間ぶりですね。オメーらもっと観光名所に行けよ、ここオタク街だぞ。マジかオタク街なのか。大穴ですね、ポルポ。ジョルノは私を誤解してると思うのよね。
そのオタク街で、ザップさんは愛用のジッポのお手入れを済ませた。通りがかりのチェインちゃんはスーツのボタンが取れたので、空き時間を利用して数分で修理してもらった。用事を終えた2人はばったり出会う。チェインちゃんは電話中で、その場に立ち止まった。ザップくんはシッシと手で追い払われ、悪態をついてから場を離れたが、こちらも鳴り響いた携帯電話を手に取る。ヤな予感が胸をよぎったとのこと。
彼の勘は外れず、しばらく近くをうろついてからチェインちゃんのいる場所が最も明瞭に声を拾えそうだとわかった彼は、お付き合いしている女性と翌晩の予定をさっさと決めてしまう為、嫌々ながら道を引き返した。
同時に電話を切ったところで、私たちがやってきた。
2人の主観と嫌味の応酬を挟んだきゃわたんな回答でドキがムネムネする。はー、かわいい。ほのぼのしすぎて見事なマンション型のミルフィーユを倒壊させてしまったけど気にならない。しかし見た目が汚くなってしまって、バレないうちに食べた。
ジョルノがうさちゃん林檎をかじる。"縁があるんですね"と斜めにすっとぼけた発言をするかと思いきや、言わなかった。真剣に嫌がられるからだ。チェインちゃんとザップくんの間に信頼はちゃんとあるんだけど、なんていうか、生活に信用がないのかな。詳しく知りたいから密着24時×365日の一番いいドキュメンタリーを頼む。
信頼信用印象、と考えて思いついた。
「2人が思う、ライブラで一番"可愛い人"と"カッコイイ人"と"最悪な人"って、それぞれ誰?」
「最悪はこいつですね」
おおっとチェインちゃん早かった。
脊髄反射的に言った彼女は、ん、と瞳を動かした。質問の意図を問われ、興味、と答える。
「可愛いのは……レオ、……かもしれません」
「おおー」
「カッコイイのは……」
まごついたように見えたのは私だけか。知っているからそう見えるのか。マカロンよりも可愛らしい、桃色ピンクな恋の色。
「カッコイイのはミスター・クラウスだと思います」
「やっぱクラウスさんは強いね。レオもツェッドもスティーブンさんもそう言ってたわ」
「ミスター・クラウスは不動です」
「わかる」
一も二もなくわかる。ライブラに所属していたら誰だって言いたくなる。
次に注目されたザップくんは、玉子の黄身の一滴まで拭い取ったお皿にフォークとナイフを置いた。
「可愛いのもカッコイイのも俺じゃね?」
「個人的に優勝!」
「僕の期待通りの回答です、ザップさん」
「うっわあ。全員だめだわ」
聞こえてるよチェインちゃん。本音と建前が逆になっちゃったパターンだよね。
「じゃあ、最悪な人は?」
私のテンションはうなぎのぼりで、次の言葉で胸すら詰まった。
ザップくんは目で私に許可を取ってから、私の紅茶用のミルクを自分のグラスにそそいだ。そして言った。
「最低も最悪も、特別にひとり挙げるってほどには気にならねえよ」
ライブラに栄光あれ。
意外過ぎたのか、チェインちゃんの目が瞠られた。
自由気ままな観光ギャングとは違い、SYACHIKUたちは忙しい。
あと、実は自由気ままな観光ギャングも、言いづらいけどにぎわしい。
突然ながら、私は高い建物の屋上で風にさらされていた。
下界には次第に武装した機動隊が集まってくる。本隊が到着するまでに民間人の避難を完了させるためだ。
私の傍にいるのはジョルノではない。
見ず知らずの男は、屋上の縁を椅子代わりにぶらぶらと足を揺らした。
この男は私とジョルノに声をかけた。
病院はどうやったってわざと理由を作れないし、チェザプレオの共闘で心に深く釘を刺された企業の外観見学にでも行こうか、と悪趣味な野次馬根性を発揮した私たちに、どこからともなく、まるでたった今現れたような気配のなさで笑顔を向ける。
「ええと、人違いだったら申し訳ないんだけれど。ボクが間違えていなければ、君は永遠の虚を覗いた人間かな?」
新手のナンパか?とうとうモテた?異世界でとんでもねえキャッチに引っかかりかけてる?
ジョルノが少し警戒した面持ちで私を背に庇うようにした。あの時、ユグドラシアド駅には私とジョルノしかいなかった。
「あなたは?」
「イヤだな、そんな怖い顔をしないで。不思議な力も出さなくていい」
「……言っている意味がわかりませんね」
眼差しが鋭くなったのを見ても、男は怯まない。
「見えない。感じない。だけれど"いる"。君の隣に寄り添う存在なのだろ?目くじらを立てて護衛しなくても平気さ。ボクが君たちに話しかけたことに変な意味はないんだ。事を構えようなんて、全然だよ。もっとも、"君たち"と言っても、僕が用事があるのはこの女性だけで、君はいらない。壁にならないでおくれ」
奇妙かもしれないが、ジョルノはかの絶望王と対峙した時よりも、目の前の男を強く警戒した。"知識"にない存在だからだ。まぶたの奥に垣間見えた瞳は、信号機のように赤かった。
走って逃げられるとは思えない。ジョルノが更に私を後ろへやった。
スタンドを出したとは感じられなかったらしいが、彼は素早く、サッカーボールを手に入れた子供の無邪気さでジョルノを蹴った。スピードAのゴールド・エクスペリエンスと拮抗したが、競り負けたジョルノが跳ね返され、路駐の自転車を巻き込んだ大きな音とともに壁にしたたかに打ち付けられた。ちょおま待って待って待って。
「ジョルノ!!」
私は居酒屋チェーンでご注文いただいた時のように声を張った。スタッフー!!いや、冗談言ってる場合じゃねえ。
異常事態に即座に振り返ったチェインちゃんとザップくんが、ぴんと弾かれたようにポケットに手を突っ込んだ。スマホの電話機能が待機したのは、小さな鏡を取り出したザップくんが確認するのとニアピンだった。
「……電話しろ!!」
細い指が履歴から番号に電話をかけた。私に差し出された血界の眷属(推定)の手は、攻撃を避けてスッと引かれる。
非戦闘員として邪魔になるから、何ゆえか私に用事があるらしい男が足止めされているうちに、ジョルノに駆け寄った。彼は咄嗟に路駐自転車を植物に変え、クッションにしたようで、瀕死ではなかった。対血界の眷属人間兵器の方々も出動したそうだ。チェインちゃんは民間人の避難誘導にあたった。ザップくんが「ポルポてめえナニしやがった」と叫ぶのが聞こえた。
「本当にあんた、……あなた、何したんです?あの男をこっぴどく袖にしたんじゃあありませんよね?」
「心当たりがサッパリない。永遠の虚が何とかって言ってたわよね」
「訳が分かりませんよ、本当に」
少年が懐に手を突っ込む。
「目的はあなたのようですから、一応、持っていてください。鍵は挿しておきます」
本型の小物入れがカバンに勝手にねじ込まれた。カバンの外から手を強く押し当て、突起を無理やり捻れば作動するだろう。
「命優先だけど、ここで帰ったらどうなるん……」
どんがらがっしゃんとザップくんが吹き飛ばされた。激しく焦る。いや大丈夫かこれ。彼ら大丈夫か?いつでも帰れる私たちとは違う。
膝をついていた私のお腹に腕がまわる。あの男だ。ゴールド・エクスペリエンスが私の背後に殴り掛かった。拳の行き先がどうなったのか目で追おうとした私は、血界の眷属(推定)の胸に自分からすり寄るような格好になり、こんな場面ではあるがウワッコイツ私より線が細いんじゃね!?とビビり上がった。この身体であの胆力か。人智を超えてるわ。
見えないモノに殴りつけられても血界の眷属(そろそろ確定)は揺らがず、手のひらを空にかざす。指先から肩までが、途切れずむける林檎の皮のようにほどけていく。ぬらーっと伸びたそれは一棟のビルの屋上を掴み、血界の眷属は私を抱きかかえたまま、触手(か?)がぶった切られないうちに逆バンジーよろしく身体を宙へ躍らせた。ジョルノが叫ぶ。
「ポルポ!!」
靴が片っぽ脱げちゃったし、グッドラック・セットを吐くかと思った。
かくして誘拐された私であるが、主要部隊の車が横付けされるのを眼下に収め、事態の収束が近いことは理解した。
血界の眷属はなぜか名乗った。
「要らないとは思うけど、ボクは今で言う、"バーン"とか、"オルト"とか、"ヨアヒム"とか、そんな響きが入った名前なんだ。若いでしょう」
「う、うん」
真名的なモノにも流行りとか昔風とか今風とかあるの?
「君は?」
ポルポだよ、と言うと、違う違う、と首を振られる。
「他のものがあるのじゃあないかな」
使わなくなったファミリーネームも教える。
「君はいっぱい名前を持っているのだね。まだあるでしょう?」
そっとしたから正直に名乗った。××、と舌の上で響きを転がされ、もしかして前世の苗字まで言ったら、"Polpo"の響きを含めて真なるウンチャラを握られることになるのか、とそれにも寒気が起こる。名乗られたから名乗り返す、当たり前のやりとりがデンジャラスだ。
「そうだそうだ。用事だった。来る前に済ませないとね」
おいで。
手招きされ、ふらついたら地表へ真っ逆さまな位置へは近づきたくなかったけど歩いていく。靴を片方落としてしまったからヒールの高さが違ってやりづらい。脱ぐか。でもこれで買い替えるキッカケができた。
バーンだかオルトだかヨアヒムだかは、ゆったりとした女性モノのシルクのシャツをさぐった。女性モノのシャツを着こなせる華奢な優男は、状況を無視すれば純粋な目の保養になる。男アイドル育成ゲームやエルフの森にいそうな感じだ。
細くて長くて白い指が握り込み、肉の薄い手のひらにのせて差し出されたのは、薬用のリップクリームだった。
「君のものだと思ったんだ」
我々が永遠の虚を覗く時、永遠の虚もまた我々を覗いているんですね、わかりますん。
「この間、知り合いがひとり消されてしまったから、彼らの顔でも見てやろうと思って来たのだけれど、君に会えて嬉しいよ。返せないまま、ボクこそ落としてしまったら大変だ」
渡されたリップクリームをガン見するしかない。開けても、おかしな点は見られない。
「どうもありがとう。……記念に使っとく?」
「グラーツィエ。もう使ったんだ」
「何してんの?」
あぶねえ、間接キスするとこだった。
屋上のドアが破られる。
「来てしまったや。それじゃあ××、旅行を楽しんでね」
バーンかつオルトかつヨアヒムは男たちを見て、振り返る動きの延長線のように、屋上のキワで、私の肩を突き飛ばした。力が込められていたらジョルノのようにスタンドの防御が必要になっていただろうから、軽く、優しくしてくれたのだろう。
"病院には行けないから別の場所を観光しよう"と話しながら歩いていた私たちへの、……私へのささやかなプレゼントだったのではと気づいたのは、冷静になってからだった。彼は私が落とした薬用リップクリームの効きがお気に召して、気前が良くなっていたのかもしれない。
カバンに手をかける。
鍵はまわさなかった。
血のネット、血のハンモック。天才の技に身体を受け止められ、ばくばくと心臓が暴れるのを宥めすかす。危なかった。色々な意味で終わりかけた。
寝転がりながら屋上の戦闘を見上げる。横たわる据わりはとてもいいけど、私、ここに火つけたらこのまま焼死すんのかな。お手入れされたジッポはタコをおいしく炙る。ビールに合いそうだ。
本当にバーンかつオルトかつヨアヒムの響きが混じっていた名前を得た彼らによって血界の眷属が制された後、炙られず引き揚げられた私の無事に、クラウスさんとレオナルドくんとツェッドとザップさんとチェインちゃんが、要約すると"よかったね"と言った。ジョルノは搬送されたようだ。スタンドの防御と生み出した植物のクッションによって、重傷は免れていた。どっと安心する。
「ポルポさん。あの血界の眷属とはいったい、どのような関係が?」
内通やら何やらの疑いではなく、騒動に巻き込まれた私たちへの純粋な思いやりだ。彼らは、イタリアから契約の調整をしにやってきて、観察の結果全員がシロと判断した私が血界の眷属と通じ、ジョルノを踏み台にしてヘルサレムズ・ロットに混乱をもたらしてライブラに敵対するとは考えていない。特に"ジョルノを踏み台にして"の部分で可能性が却下されている。
だからありのままに答えればいいんだけど。
「落し物を届けてくれた……のかな」
「……」
言ってる私も思うけど狂ってる。彼がこれをどこでどう拾ったのかは知らないけど、ユグドラシアド駅で紛失したことは黙っておこう。
これ、とリップクリームを見せる。
「使ったらしいから、良かったらどうぞ」
「参考にする為、検査に回しても構わないだろうか?」
「どうぞどうぞ」
「ご協力に感謝する。ありがとう」
献上する身振り手振りを添えてお辞儀する。
「ジョルノはどこの病院で治療を受けているんですか?」
クラウスさんから、聞き覚えがある名前が告げられた。
"スタンド"は彼らにとって未知の能力だ。"スタンド"が血界の眷属の攻撃を受けた例も、これまでにはなく。あったとしてもゴールド・エクスペリエンスが受けたことはなく。ジョルノの訴えとクラウスさんたちの見解は一致した。
選ぶなら、異界の先進技術で対処できそうなあそこに行きつく。
ブラッドベリ総合病院。
確信できるが、賢く敏い少年ボスはこれを狙ってわざと強く不安を訴えたに違いない。
どんな苦境もトラブルも、己のチャンスに変える少年。ジョルノ・ジョバァーナ恐ろしや。
20151118
来てくださった方にご提案いただいたネタを交えた部分があります。