メインディッシュは事件の後に


にゃんにゃこ倶楽部の前を通ると号外が配られていた。小銭と引き換えて、近くのベンチで広げてみる。ジョルノが私にぎゅうぎゅうと腕を押し付けるように身体をくっつけ、記事を覗き込む。渡してあげても良かったんだけど、可愛すぎたから頑として譲らない姿勢に切り替えた。
先日、この近辺で起きた刃傷沙汰が取り上げられている。今さら感は表れず、むしろ興味が湧いた。なぜなら楷書体に近い文体で新しい、"連続男女失踪事件との関わりは!?"という見出しが目立っていたからだ。
男女連続失踪事件を暴力沙汰と結びつける報道機関の鼻の利かせ具合はなかなかに突飛で、突飛がゆえに関心を示す。襲われた当事者のひとりとしては(と言っていいのか)目を通したい。
私たちがにゃんにゃこ倶楽部の前で襲撃を受けた時、こちらに突進した男だか女だか判別しづらい人物は、ゴリマッチョを遥かに超え、鎧の巨人と戸愚呂弟100%LOVEの間を行き来する筋肉をうならせていた。まあ100%は言い過ぎだが、30%は超えている。
ザップくんに切り伏せられた彼だか彼女だかは己の筋肉を持て余していたようにオーバーヒートし、熱量は汗すら許さず、筋繊維は自重と酷使に負け断裂して思えた。人語を失った肉体はぴくりぴくりと痙攣するほかに何もできず、病院に搬送されて間もなく息を引き取ったそうだ。最後の部分は新聞から抜粋した。
男女連続失踪事件との関連を予測した記者とゴーサインを出した編集部は『ヘルサレムズ・ロット』に染まりまくりだ。スタンド使いなら可能性のひとつとして考えるかもしれないけど、普通はファンタジーやSFのファンでもなければ発想しないし笑い飛ばす。現実味がない。
そういや私って他のギャングの内部事情知らないけど、他のトコでは組織内新聞とかが刷られていたりするんかな。パッショーネもやらないかシャチョーさん。部下に配られる情熱新聞は個人的にかなり大爆笑。記事は誰が書くんだろう。週刊1部B4サイズ10ページ前後だとして、ボスとドッピオだけで回すのはキツそうだからスクアーロティッツァーノペアとか他の幹部も担当するのかな。アッ待って他の幹部って私も含まれてるんじゃね。草生えたけど生えた傍から刈った。サブカルとグルメ廻りでしか埋められないが構いませんね。某瀞霊廷の偉い人が如くパッショーネの社内新聞かっこわらいかっことじを私色に染めて俺が攻めに変えてやるぜ。
なんの話だったっけな。
そうだ、連続失踪事件だ。
新聞では、この数か月で次々に失踪した男女(合わせて21名)が何らかの悪事に巻き込まれ、異様な姿に変えられて街を襲うよう仕込まれているのではないか、と予想されていた。死亡した例のひとりからDNAを採取して検査した結果は、進化しまくった人界と特殊な異界の技術を持ってしても五分五分の一致具合だったそうで、警察は爪を噛んで靴底をすり減らす。
「大変だね」
「どうも僕には、改造人間を解き放ち、街を混乱させようという意図には思えませんが」
「全力で走って突撃しただけで身体がダメになってちゃあねえ」
あの肉体と猛スピードで殴られたり体当たりされれば人は死にそうだけど、数人が関の山だ。
これ以外のニュースがなかった新聞を畳み、欲しい?と訊くと首を振られたので、ゴミ箱に捨ててその場を去る。

むき出しの配管が灰色のコンクリートに模様をつける。私は薄ピンクのブラウスが汚れないよう注意して、突き出た管やそれに絡みつく使わなくなった配線、無造作に積み重ねられて古びた箱を避けて歩いた。
「あ、猫。ねこねこ。猫がいるよジョルノ」
「本当ですね。三毛猫でしょうか」
近寄って触った瞬間にパラサイトも真っ青な捕食モードに入ってもおかしくない可愛さの猫が、ゆらりと誘うように尻尾を揺らす。あからさまに警戒した表現だけど、ヘルサレムズ・ロットならアリかもなと思ってる私は子供じみている?
けれど頭ではそう言っていても身体は正直で、即座に堕ちた私はしゃがみ込んで、お猫さまの尻尾から尾てい骨、しなやかな背中のラインを視線で堪能する。猫は一向に動かず、泰然と構えたままだ。もしかすると撫でてもいいのかな。そっと近づくと、猫がふんふんと鼻をひくつかせ、机に突っ伏してうたた寝していたフーゴが起きそうになった時に出すのと似た声で鳴いた。ギュインと心の何かを持って行かれた。可愛い子はしまっちゃおうね。パンにゃコッタと名付けよう。
女の汚らしい欲を感じ取った猫は毛を逆立てて逃げた。切ない片想いが終わりを迎え、自然と落した肩に手が添えられる。見上げたジョルノは優しい顔をしていた。年下を見るような顔だった。
「どうせですから、あっちも見てみましょう」
そこまでこだわってもいなかったけど、楽しいから異論は唱えない。そもそもお前らはなんでこんな場所にいるんじゃと問われると、単純にダンジョン探索っぽくて面白そうだったからだし。ゲロ強いジョルノさまによるゲロ弱な私の護衛ミッションだ。練度に差があって足手まといになりがちなバナンさまだっていのりで全員を癒せたのに、練度という概念をコンクリ詰めにして海の彼方に放り捨てた祈れもしない私を守らなければならないジョルノの苦労がしのばれる。アッチッチー!ゆでだこ?ゆでだこ?まさにゆでだこ。ジョルノから与えられる若々しい熱意に茹でられて、タコの瞳は真っ赤です。タコですみません。
ジョルノに先導されて路地裏を行くと、明るく開けた場所が見えた。スッと広間に入った(いや、"路地裏から出た"って言うべき?)ジョルノが私の壁になり、すぐに横に退いた。遅れた私の視界が拡がり、対の視線を3つ受けたことに気づいて脳内で呟いた。はわわわわ。
彼らはお互いに攻撃の意思はない、と表明するように空間の両脇に寄っていた。細い道を抜けた私たちは、クソリプのようにその真横から失礼した形になる。こんな紛らわしい場所でこっそり内緒話をするなんて怪しすぎます!目撃してしまった私たちが気まずくなるとは思わないんですか?謝罪してください!
「奇遇ですね」
「奇遇だな」
「またちょこまかと動いているのか、おたくらは」
「ああ、っと、……久しぶりね、ポルポちゃん?」
順に、ジョルノ、スティーブンさん、ダニエル・ロウ警部補、K・Kさんが各々表情を動かした。"また"ってなんだろうね、"また"って。私たち警部補に一度しか会ってないよ。どんだけ印象悪いんだ。
唯一、自分が秘密結社ライブラの構成員であるとバラす機会がなかったK・Kさんは、数か月ぶりにこんな形で再会してしまった私に、ちょっと気まずそうに微笑みかけた。あっけらかんとした態度を取られるかと思いきや、善良で律儀である。ロウ警部補の塩対応との味の差があるから、より感動した。
「K・Kさんとスティーブンさんはお知り合いだったんですね」
スティーブンさんが快活に笑った。
「知っていただろ」
「いや全然、今まで知らなかったわ。お知り合いだったなら言ってくれればいいのに。スティーブンさんもK・Kさんも人が悪い」
あっ、これちょっとデジャブ。あったけど、ありもしない一場面。ワクワクしたのは、"読んだ"ジョルノと私だけだった。
K・Kさんとロウ警部補は言葉通りに受け取ったが、スティーブンさんはナニかを思い出したか感じたか、はたまた何も思わなかったか、「よく言われる」とわざとらしく眉根を寄せた。誰に言われるんだかちょっとおねえさんに教えてみ。
おねえさんとか自称しちゃったけど、記憶だけならスティーブンさんよりも私のが年数が上なんじゃないかと思うと自分の人生が骨粗しょう症のように感じられて涙がちょちょぎれる。
「あんたらはこんな場所に何をしに来たんだ?」
言い、警部補が胡乱げに唇の線を曲げた。
「秘密の取り引きか?」
私がダンジョン探検気分ですとか言ったら足元の石を投げられる。ジョルノが言ってくれた。
「探検です。大通りを歩いているだけじゃあわからない楽しさもあるかもしれないと思いまして」
ポルポが、と付け加えないでいてくれてありがとね。
「奇特な趣味だな。こうしてこそこそバナシにぶち当たっちまうかもしれないとは考えなかったのか?相手によっちゃあ殺されてもおかしくない」
「ありがとうございます、警部補。ですがご心配なく」
「ジョルノがポルポさんを"お守りする"からか?」
「ええ。そしてポルポも口八丁手八丁、僕を守ってくれます」
「それフォローかな?」
ジョルノに悪意はないけど私がこすずるいみたいじゃない?そしてそんな守り方をした憶えはない。私に君は守れない。
「どんなやり方なんだい?」
大人が食いついた。まだ敵情視察続けてんのかこの人!この世は地獄です!両手で顔を覆って泣き崩れたかった。この話終わったんじゃないの?私たち、紅茶の杯を交わしてイメージビデオの撮影に興じた仲だよね?あの動画は私の脳内メモリー(16GB)にきっちり保存されてますし、ヘルサレムズ・ロットの便利な異界の能力使いに出会ったらmp4にしてもらうからあまり強い言葉を使うとイイネマークをつけられる動画サイトに流出させるから大人しくスルーしたほうが得策だぞスターフェイズ。
守ってないですって言ってもそうですそうです守ってますとジョルノに乗っかっても天秤が傾く。柄まで通して均衡を保たせてー。
ため息をついて目を伏せるふり。左手の方角に見えますのがおそらくこちらの世界でも我らが新生パッショーネを担うボス、ジョルノ・ジョバァーナさまでございます。言わないけど。オブラートに包んだ。
「私は札束でぶん殴るくらいしかできないですけど、マジでヤバそうだったら、まあ、要はジョルノさえ動ければいいんです。私よりもジョルノが"動けなく"なっちゃうのがよろしくない。ジョルノが動ければ問題なっしんぐ。彼も私も間に合わなかったら終わりですけど、ンー……」
ジョルノならスぺランカー・私がピチュられてティウンティウンする前にトリップマシンを起動させられる。マジで危険な状況に陥った時、彼に限ってあり得ないとは思うけど、ジョルノの手足が触手に絡め取られ服だけが溶かされる粘液でべとべとにされていたら八方塞がりだ。私が対象の触手プレイは需要がなさそうだが("イタリアンギャングの巨乳女幹部"の肩書きだけ見るとGOODか?)時間稼ぎにはなる。え?パッショーネとライブラとの取り引き?知らん。自分たちの命が一番だ。スピードAのゴールド・エクスペリエンス(……レクイエム)ならやってくれると信じている。
「彼が動ければ、ポルポちゃんは自分がどうなってもいいの?」
「ええ。彼が動ければ」
帰れるから解決するんだ。
ついでにこのトリップマシン、私の超直感だけで言うと"旅行者"を死亡させはしないと思うんだよね。ふたつの世界に異物を残させないように持ち物の管理を徹底してるトリップマシンが"旅行者"の死体を異世界に放置するとは思えず、異世界に放置されないなら元の世界に戻るしかない。さらに元の世界に帰還した"旅行者"は、トリップ直前の姿に変わりなく戻ると判明している。だから異世界での死=元の世界での死ではなくて、二度と同じ世界に行けなくなるだけじゃあないかと思うのだ。
生命が燃え尽きて世界と世界の狭間的な、無、ゼロ、虚数の空間を永遠に彷徨う、なんて想像もできなくはないけど。やだ、ゴールド・エクスペリエンス・レクイエムっぽい!じゃあなんかジョルノは無事に帰れそうだな。
無言で頷く私にスティーブンさんが何かを言おうとして、同じく口を開きかけたダニエル警部補と一瞬競合したが、ダークホースのK・Kさんが最も早かった。
「それは、そうすれば"愛する人"に会えるから?」
ごめんそれなんの話?
変わりづらい顔色の下で記憶の書庫の目録をばら撒き、あーあーあーと思い出した。そういえばそんな話もした、ような。あっちもこっちも日常が濃いから、短い会話は忘れちゃうんだよね。一昨日の夕飯は憶えているのに。
そういえばめちゃめちゃ上手くやると私の顔色はリゾットすら騙せるんだよ。3日連続の徹夜でゲームはメッ、だお、って叱られて学んだ私はリゾットを参考に隠蔽スキルを上昇させた。でも4徹はバレる。
返事を待つK・Kさんに、私は草食動物のように穏やかで、襲われたら瞬時に逃走する構えの笑顔を浮かべた。
「Exactly.(その通りでございます)」
お辞儀はしない。誰にも通じないネタだ。ポルナレフには通じるけどポルナレフはいないし、急にナニこいつと引かれる。
「ポルポさん、それは……」
「スカーフェイス、あんたは黙ってて」
「おいおい、踏まないでくれよ」
すわ漫才かとwktkしたけど始まらなかった。
女性は形容しがたい表情で沈黙した。なにこれ、もしかしてシリアスですか?K・Kさんにこんな顔をさせた私はスティーブンさんから殴られない?こういう単純な言い方でまとめてしまうことへの好悪は場合によりけりだけど、あえて言うとスティーブンさんってライブラのお父さんだって聞いてるよ、ガイアから。
「僕はポルポにそんな選択をさせたくはありません。だから、守るんです。僕の意思ですよ、警部補」
ジョルノが素晴らしいまとめ方をしてくれた。婉曲されているが、本来冒頭には"観光が終わってしまうので"とつく。悲しいけどこれは現実なのよね。
肩を竦めて、やれやれと警部補が首を振る。あんたらには手がつけられんな、って私を見て言わないで。
「……で、こんな場所でナニしてるんですか?」
話を切り替えた。スティーブンさんはK・Kさんと反対側の足に重心を寄せ、小首を傾げて問い返す。
「何に見える?」
私は肘を立て、こめかみに人差し指を押し当てた。慌てない慌てない。シリアスは一休み一休み。
「K・Kさんと並んで歩いていたスティーブンさんを見つけた警部補が"ッ、スティ、……スターフェイズ、俺とは所詮遊びだったってことか"、スティーブンさんが"ダニエル……!?"、痴話喧嘩が始まりそうになって、騒ぎが大きくなると困るのでここに移動。K・Kさんはスティーブンさんに"巻き込んでしまってすまない。少し付き合ってくれ"って言われてついてきた」
「なんなんだあんたは」
「君はこの間といい、人生を楽しみまくってるな?」
「ソレ、結構面白いわね」
「面白いワケがあるか!!」
「K・K、君は僕の味方だと思っていたかったよ」
「は?味方?」
「そこを否定されると心が死にそうだ」
そうかな。12回殺しても生き残りそうなメンタルを持っているように見える。
ただの少年ではないと全員が知っているが、ジョルノの前でこんなドロドロな誤解を貫かせるのもどうなのか。男性陣が薄い唇から細く息を吐き出した。K・Kさんは、一度会ったきり、想像だけを膨らませていた"私"の人物像が自分の中で組み替えられていく変化を受け入れ、元気そうで良かったわ、と改めて言った。からりとした声に含むところはなく、気持ちがいい。
秘匿すべき情報交換の場になぜ遠距離攻撃を得意とするK・Kさんがいるのか、気になっても私が訊くのはおかしい。警部補の都合がつく時間はここだけで、不運にもクラウスさんには用事があり、ザップくんやツェッドくん、レオは向いていなさそうだからこうなった、と考えるとしよう。どこかにチェインちゃんもいて、害意を見せれば私も心臓を掴んでもらえるかもしれない。いや、何を言っとるんだ私は。親父より上手に抜き取れそうな人が多すぎだよォ!あっチェインさんは握りつぶす方向か。嫌な、事件だったね……。心臓がひとつ、まだ見つかっていないんだって?
「警部補。ポルポさんたちにも一応、情報を共有させても構わないか?」
「……何の為にだ?ポルポさんがお前らと関係があったとしても、これは一般人に教えることじゃあねえ」
スティーブンさんがちらりと私を見た。
雑念を連発して場をかましたが、ライブラの構成員と警察官(それもダニエル・ロウ)の密談となれば十中八九事件絡みだ。警察だけでは追いきれない事件や、裏に奇抜な仕組みがありそうなもの、いつかヘルサレムズ・ロットに甚大な被害をもたらすかもしれない案件について、警察が握る情報をライブラに流す。
そんな大事な情報を私たちに教えるとなると。
警察とライブラが持っていなくて、私たちが持っているモノ。すなわちスタンドの関わりも視野に入れられているということか。
未だ見ぬジョルノのスタンドが解決を早めるかもしれないし、解決は無理でも内容を観測できれば儲け物だ。だから巻き込んでおく。ねえ止めない?この不毛な探り合い止めない?探り合いっていうか一方的に探られてて胃が痛くて過食衝動に襲われるんだわ。"どうせ君たちは誰かに暴露したり垂れ込んだりはしないだろ?"みたいなそこだけ信用してます感もつらい。おっしゃる通りやらねえわよ。
もうやだライブラ怖い。だがしかし震える私も、新たな出来事に興味を持つジョルノも制止しない。スティーブンさんが警部補に向き直った。
「彼女の管轄かもしれなくてね。報せておきたいんだ。僕たちとしても、警察としても、問題がこじれるのは困る」
「管轄、か。……だったら判断は任せるぜ」
「それじゃあポルポさん。ミスター・ジョバァーナ。立ち話で悪いね」
「警部補の隣で良かったら座って、ポルポちゃん」
「いや、そいつは俺に失礼だろ。あんた、胸がねえっつったことまだ根に持っ、……いや、スマン」
蛇をも殺す眼光だった。
「じゃあ私座ろっかな」
「ロウ警部補の膝にですか?」
「ジョルノ、ポルポさんに乗られちゃあ俺の足が折れちまうぜ」
「そういう対応、嫌いじゃないよ」
隣には座らせてくれた。ジョルノも警部補の許可を取って腰を下ろす。警部補の膝の上に、ではない。念の為。
「ここ最近、この近辺を中心に短期間で失踪事件が多発してるんだ。数は、大体2か月で男女合わせて21名。どの人物の私生活にも蒸発の影は一切なかった。偶然と言ってしまえばそれまでだが、狭い範囲での頻発が引っかかる」
「さっき新聞で読みました。にゃんにゃこ倶楽部の前でザップさんが倒した人物は失踪した内のひとりではないか、と考えられているそうですね」
「ああ。にゃんにゃこ倶楽部を襲った理由はわかっていないけど、あの店自体におかしな点は見当たらない。それよりもこちらが気にするのは……」
スティーブンさんの説明が朗々と響く。世界のすべてが遠くなり、私は己の心が菩薩のように穏やかで清らかに澄んでいくのを感じた。スティーブンさんのイケボで『にゃんにゃこ倶楽部』はヤバい。私召される。天に召される。
「こっちでの検査の結果、失踪者の中ににゃんにゃこ倶楽部の襲撃犯と完全に一致するヤツはいなかった。だがカガクを除いて調べる限りじゃ、どう考えても本人だ。失踪者は誘拐されてナニかの改造でもされてるか、自分から加担してるのか、どっちにしたって危険極まりねえ」
失踪者が21人で終わる保証はなく、また、日々進歩する警察の手でも見つけられない地下深くで行われる犯罪には、平易な武力で対抗できない可能性もある。20人も30%超の戸愚呂弟がいたらマッハで逃げる以外手立てはない。胸糞一歩手前の気配がするこれがスタンド使いの仕業だったら嫌だなあ。あとダニエルさんももう一回『にゃんにゃこ倶楽部』って言ってくれないかなあ……。雑念雑念。
「ウチの麻薬取り締まりも、数人消えてる」
九分九厘、おくしゅり関連ではないかと捜査を開始した人たちが逆に捕まってしまった、と。
「上司に問い合わせてはみるけど、彼の返事はたぶんノー。こっちの管轄ってヤツだとしても、"私たち"は関与してないと思う」
「だろうね」
同意したスティーブンさんはボスの言葉を電話越しに聞いている。顎を引いたK・Kさんも、直接は知らずとも噂で把握しているだろう。警部補だけがウワやっぱこいつらグレーじゃねえか、みたいな呆れ方をしていた。
「でも、関わってなくてもそれ系かもしれないから、……そうですねえ」
スタンド使いの仕業だったら、判明した時にもっと当たりが強くなりそうだ。ライブラの調査に同行させてもらってスタンドの目視を試みるか。"もしもスタンド使いの犯行なら、同属の私がケリをつける……!"的な理由じゃなくて心底からごめん。
ジョルノと私は瞳を覗き込み合った。吹いた生ぬるい風で舞った砂埃さえもプリズムに変え、きらきらした瞳は糸口を秘める。彼はこういう犯罪が好きではなさそうだ。
「僕がお手伝いできるかもしれません」
「君が?」
「失踪した人物が生きていれば、居場所を特定できます。"本人"と断言できないほど変貌していたら、どうかはわかりませんが……」
ゴールド・エクスペリエンスの能力の一端だ。
「彼らの私物はありませんか?身に着けられて、直前まで持っていたような物は?」
「あるっちゃあ、ある。14人目は服屋の試着室にベルトを忘れたまま失踪し、19人目は帽子を落として消えた」
ベルト忘れる人とか初めて聞いたわ。
「2人分ですか。やれるだけやってみましょう」
ダメモトの光明が差した。
ここから先は警部補に話せない、と男女が目くばせする。
明日の早朝には遺留物を貸与できると破格の約束をした警部補は、背を反らして私とジョルノの全身を眺め、「釘を刺しといて頼るとはな」と呟いた。大人しく散歩してろって言われた私たちが散歩していた結果こうなったのが気まずいようだ。私たちの散歩とこの現場の発見が作為的だと疑う気持ちもあるらしいけど口にしない優しき大人よ。
優しき大人が街へ戻り、超常現象特殊能力持ちだけが残った。
私は今がチャンスと腰を上げ、買い換えたい靴で足音を鳴らしてK・Kさんに両手を伸ばした。意図を読み、K・Kさんも同様にする。 ジョルノが"あっやられた"に近い顔で私を見送り、彼は大股で、K・Kさんの横に立つスティーブンさんに近づいた。えッ今?とは言わなかった推定三十路が15歳に身長を合わせる。眩しくって何でも見えるゥ。なぜ明かりをつけたんです?軽いハグはすぐに終わった。おかしくはない。おかしくはないけど違和感がこびりつくハグである。
私もK・Kさんとハグ。すべすべで、首元からいい香りがする。香水をつけてはいなさそうだ。てことは自前か。ご馳走さまです。
自然な流れで、ジョルノと私はポジションを交換した。クソッこの伊達男、こっちはこっちでいい香りだ。これがフェロモンだったらナニがとは言わないけど男女問わずドッキリドッキリDONDONからのびっくりびっくりBINBIN確定でしょ。ぜひぜひ我らが兄貴と平和にタイマンを張ってもらいたい。グレイトフル・デッドが血凍道と相性悪すぎて舌打ち+身長差上目遣いでメンチ切りまくるかもしれないけどご愛嬌だ。それでも"勝ち"を探して諦めないのが兄貴である。
ところでスティーブンさんとクラウスさんは自分よりも頭ひとつふたつ背の低い人とハグや会話をしていて身体を痛めないのだろうか。暗チで言ったらソルジェラやべえぞ。飛び抜けてタッパがあるあいつらは基本的に自分たち以外とハグしないからな。
痛めさせちゃうかもしれないなと懸念していてもこのハグは止めない。あと、下品な話からの方向転換が雑とは言わないでほしい。無免許のイニシャルPはドリフトとUターンが下手だ。
私が音速で脱線したとも知らず、スティーブンさんは素早く耳元で囁いた。
「君の指示かい?」
「彼の善意」
スタンドの能力を明かす理由のことだ。
ジョルノと事件は無関係でも、こうなったら無視をしない。きっと新生パッショーネの上層を担う彼らは、誰も無視をしないだろう。


翌日、ホテルからライブラへ移動したジョルノによって、警部補から届いたベルトは蠅に変えられた。
クラウスさん、スティーブンさん、K・Kさん、チェインちゃんが沈黙する。
翅を持つ虫は持ち主の所へ戻ろうと、部屋の窓に体当たりを繰り返した。
「無機物を生命に……?ミスター・ジョバァーナのスタンドはこのような能力を……」
素直に驚きを露わにしたのはクラウスさんだけだった。
「……いや、……凄い能力なのはわかるぞ。凄い。凄いな、ミスター・ジョバァーナ。いや、……うん」
他の面々は歯切れが悪い。
「……み、見失うヘマはしません……」
「頼むよ、チェイン……。……なんで蠅なんだい?」
「目立つモノが飛んでいると注目されるかもしれませんし、小さいと、細かな場所にも入り込めます。捕まえて、マークでもつけておきましょう」
「そんな鳩レースみたいな……」
「鳩レース……、……蠅レース……」
スティーブンさんが蠅を見た。
「……ザップを持ってこよう」
荒業。
きびきびと動き出した彼らを見ながら持参のオレンジジュースを飲む。生命体に変えられた遺留物は紛失扱いになるが、それは許可を取っているんだったかな。食事が毎食ソーメンになるダニエル・ロウは見たくない。否、やっぱり見たい。食い詰め提督ならぬ食い詰め警部補か。痩せてしまうな。


"私の護衛"であるジョルノが私から離れるのは良くない。この理屈で私を現場まで同行させてくれた少年は、腐臭がする床下の四角い空間に顔をしかめた。
開店前のレストランだ。以前話に聞いた、名探偵ブチャラティが出くわした事件を彷彿とさせる。
ベルトだった蠅がcloseの札の掛かったドアに阻まれたのを確認し、不可視の彼女は店内に侵入。店主が鼻歌まじりに床の隠し扉から現れ、トイレに入った隙に旧型の鍵を壊した。トイレの鍵は難なく破壊され、中にはパニクッた店主が閉じ込められる。
厨房では大鍋で肉が煮込まれる。ブロードが食欲をそそる匂いを漂わせたが、足元から立ち上る臭気と混じり、蒸し暑い満員電車の中でオーデコロンに囲まれた時のような気分になった。4文字で言うと吐きそう。
ベルトの持ち主は(蠅が動いたから、わかっていたけど)生きており、他の数人と共に救出されてすべての事情を語った。
「地下の、地下の厨房のスープを飲まされた男の人がまだ奥に閉じ込められているんです。彼は小部屋に入れられて、悲鳴と咆哮が聞こえて、次はわたしの番だったらしくて、中を見せられて……。恐ろしい姿でした。トロールのような」
ひとり、逃げ出せた人もいたと言う。にゃんにゃこ倶楽部の時の人だ。最近のことだったため、拘束を振り切って逃げ出した被害者から食らった濃い青痣と、近くに構えられた個人医院でのシェフの治療記録が見つかった。
目的は、と訊かれると、シェフは"人間の身体が私の手でどこまで育つのか知りたかった"などと供述したそうだ。テレビのニュースでは"出来心"と総括されることだろう。
関わった縁もあって放置しづらく、私は実費で治療費のお手伝いをした。ドーピングコンソメス、まで考えて、振り切った。

ザップくんは望まない大活躍の代償にガチな貧血でぐったりだったが、寝顔を見舞ったレオナルドきゅんがザップくんに「僕、そういうトコ、嫌いじゃないですよ」と言ったり(発言直前に到着した私は幸運だった)、チェインさまが寝顔だけ見てスーッと帰って行ったり(私が居たせい?)、入れ替わりに来たスティーブンさんが寝顔を見下ろして「お疲れさん」と労ったり(私が居ても気にしなかった)、K・Kさんがザップっちをナデナデしたり(私が居ても略)、クラウスさんが妻の出産後の旦那よろしくザップぎゅんの手を一度だけしっかり握ったり(まさかの行動)(私略)、ツェッドくんが椅子に座ってザップくんが起きるまで待ってたのに目を覚ましたら涼しい態度でクールに立ち去ってみたり(ツェッドとすれ違って部屋を出て長い用事を済ませた私が戻ったトコでようやくだ)、様々なイベントとフラグとルートをこれ以上無い形で体験してもいた。余さず拝見いたしました。ありがとう。那珂ちゃんのファン続けます。

今回の一件で、ジョルノのスタンド能力は表向き、"無機物をイキモノに変える"ものだと認識された。
単純にそれしか持たない15歳の少年が女幹部の護衛に選ばれるなんてチャンチャラ可笑しい。少しだけでも打ち明けることを選んだジョルノの善意を受け、追及を中断したのだ。
あちらはザップちゃんの能力も、チェインちゃんの侵入方法も明かしていない。炎だの不可視だのと言えるのは、私とジョルノが原作知識を持つからだ。ずっるーい!ずるいずるい!ライブラずっとずるしてた!……と、私たちが意味なくプンスカしたって可愛いモンである。これも理由のひとつにありそうだ。
事実を知ったらライブラも同じことを言いたくなるだろうけど。どっちがズルいんだろうね。そうだね、私たちだね。

収穫は、ちょっとした信用のプラス。ダニエル警部補との交流とハードル下げ。K・Kさんとスティーブンさんとのハグ。病室での、一連のライブラドラマ。
代償は、ゴールド・エクスペリエンスの能力の一端。
凛々しい顔で、大収穫ですねとジョルノが言った。





201511