一歩前進だにゃん
にゃんにゃこ倶楽部の厨房はてんてこまいだ。
食べ漁るだけ食べ漁った私たちは制限時間の終了を告げられ、はふ、と息を吐いた。息を吐きたいのは店も同じである。
会計を終えて外の空気を吸う。ツェッドくんはお店でお手洗いを借りており、店先には彼を除いた5人がいる。
ザップさんは食後の一服をふかした。煙が風に流れる。細くたなびいたそれをチェインちゃんが嫌そうに避け、ジョルノの横に立った。さっきからジョルノの近くに居っ放しだ。私ではなく彼が選ばれる切なさを覆い尽くす謎の説得力がある。
背を曲げたザップさんが、フゥ、と紫煙をレオナルドくんの顔に吹きかけた。レオナルドくんがげほげほと噎せ、脛を折ってしまえといった意味の罵倒でザップさんを殴ったが、ザップさんはどこ吹く風だ。まともに見てしまった私は印を組んで座禅するべき黒歴史の精神テンションに戻された。空気に溶けないかなこの雑念。
「ポルポさん!」
「ジョルノさん!」
ほぼ重なった男女の呼びかけが不協和音を奏でる。ジョルノが反射的に私の腕を引いた。うおっとたたらを踏む。肩を支えてくれたのはチェインさまで、彼女は顔をしかめた。なんだなんだなんなんだ?
視線の先、ザップくんに向かって男が走る。女かもしれない。えげつなく血管が浮く表皮がひび割れそうなくらい発達した上半身の筋肉が、走る動きに合わせて躍動する。私たちは、事情もわからないままにゃんにゃこ倶楽部の前で危機的状況に突入した。
ザップくんの背に庇われたレオナルドくんが視界をシャッフルしたようで、敵は体勢を崩したが、"この身体がもげようとも絶殺"といった鬼気迫る表情で構わず突進し続ける。
ザップくんの身体能力なら避けるのは簡単だが、そうするとにゃんにゃこ倶楽部に、そして中の客に被害が及ぶ。阿笠博士の助言を待つ暇がない彼らがどうするかは考えずとも簡単だ。この選択は正しい。彼にとっては不本意ながら。スターフェイズさんにチクチクと叱られようね。私も一緒に叱られるから!でもこのTo LOVEるはリトさんレベルで不可抗力だ。あっ、でも私たちの異世界旅行に加えられたスパイスだったらどうしよう。ごめん。減刑を訴えよう。
薙がれた敵が地に伏せる。
遅れて合流したツェッドが、ぽろっと口を滑らせた。
「一体何が!?スターフェイズさんの許可は下り、……あっ」
「あっ」
「おまっ」
「ツェッドさんそれうぁ」
「あっ……」
スターフェイズさんの許可が下りないうちは、非戦闘員の顔をしてジョルノの力を見る算段だったらしい。けれどこれは人命と治安維持を優先する(するのよ)ザップきゅんが迷えず、チェインたんが制止できない状況だった。
ぴくりとしか動かず、斬られた傷だけでなく筋肉の急激な動きに敗け、身体中がばきばきになった男を見下ろす。ドーピングコンソメスープでも飲んだのか?
「バーカ!バカ間抜け魚類!"偶然にも武術を嗜んでた俺がいて良かったなーポルポ、次は乗りモンでも買ってもらいてーんだ。あと胸揉ませろよ"作戦がオメーのせーで台無しだぜ。スターフェイズさんの名前出しちまったら終わりだろがバカ。こいつらが気づかねえわきゃねえ」
何かこっちに来てからずっと誤解が生じて高く評価されている気がするんだけど、気のせいじゃないよね。どの表現が適切かなと意識の端で考える。
「胸はいつでも揉んでくれていいけどもっと可愛くおねだりしてほしいな」
あのザップ・レンフロに揉まれるのも一種の観光かもしれない。
「何カップ?」
「ファンタスティック」
「そこまでレアじゃねえわ。むしろお前が"イケメン様どうか揉んでください"って懇願する立場だ」
身近にクラウスさんがいればそうも感じるわな。
先ほどからかけていた電話を切ったチェインちゃんは、ケータイを持ったままの手を腰に当てた。
「連れて来いって」
彼女も隠す気を消した。ここまで来たら身バレしてないほうがおかしいと考えたようだ。白を切ることは不可能ではないが、そうまでしてこちらとの関係をこじれさせたがる人たちではない。前回会った時はちょっと様子を見させてもらってましたけど今回はそんなつもりはチコッとしかなくてなあなあで正体を暴露し損ねていたんですよ、って流れなら、私たちも"あっそうなんですかー"と笑える。いや嘘嘘。まともな話し合いだったら笑えないわ。超苦しくね?もしそうなったらナメられてるよね。あえてナメてきてるよね。私たちのUTSUWAを見るつもりなのかは知らないけど気がすり減る。
まあでもこっちも早めに解決しておきたい話だ。ちょうど良かった。
秘密結社の一室に集まった男女8人。クラウスさんの前でお澄まし顔のジョルノが異彩を放って優雅だ。私はチェインさまの横にお邪魔したかったが、彼女は腰を下ろさないようだった。チェインさまの隣にお邪魔したかった理由は女の子の匂いで胸をいっぱいにしたい、とかそういう本気で気持ち悪いものではなく、一番被害が少なそうだからだ。チェインさんの周りは基本的に無風。次に安全そうなツェッドも遠い。
私はしばし突っ立った。
「クラウスさんのお膝にお邪魔してもよろしい?」
「申し訳ないがポルポさん、クラウスの膝は本専用なんだ。そこのソファに座ってくれるか」
横から飛び出すガードがかてええええ。
いや、クラウスさんが本を膝の上に置いて読む時がある、と知れただけで収穫だ。可愛い。眼鏡がずれて押し上げる仕草を間近で拝見したい。何を読むのだろう。植物図鑑だったらリビドーが溢れる。
きちんと向き直った私たちに、実直な謝罪が寄越された。
「我々の仲間だと推理できる人物に対してのあなたの反応を見ようと、以前お会いした時にザップくんとチェインくんを知らぬ顔であなたと接触させた。不快な思いをされただろう。申し訳ない。ジョルノくんの同伴を知って、今回も打ち明けるのを躊躇ってしまった。あわよくば彼の能力も、と欲を出したことも確かだ」
「ポルポさん。君なら理解済みだろうが、止めたのも、深追いさせたのも僕だ」
頷く。
「知ってた」
「知っててくれてると思ったよ」
躊躇ひとつなく止める光景が見える。そしてそれをトップの謝罪中に言ってくるってトコがね、またね、築かれつつあった親しみを捉えておこうとするあざとさが感じられるよね。ナンテコッタイ勝てないぜ。
こっちは何とも思ってない。面倒だったが、これで終わる話だ。
ジョルノが口をつけるのと同じ色の紅茶を飲む。程よく冷めて飲みやすい。ギルベルトさんの淹れた紅茶だと思うと感慨もマリアナ海溝より深い。
あちらにしてみたら、私たちの態度はゆとりあるものに見える。私の器のデカさをとくと目に焼き付けよ。追随を許さないジョルノのカリスマの前ではペルシャ絨毯に紛れる柿の種といった有様だけど見逃されたい。
ブチギレられるのを覚悟して自白し謝罪するとは誠実だ。めちゃんこすっげえとんでもなくナメ腐られているわけでもなかった。ナメられていてもどうでもいい。普通に気にしてないし重く考えなくていいですよー全然オッケー。
ライブラって優しいな。
一時とはいえ私とライブラは切っても切り離せない状況にある。寝首をかかれないかは気に掛けるべき事柄だ。寝てないし、しめしめ眠ったぞお命頂戴、と粟田口を振りかぶった私の首が掻き切られそうだけどね。そして殲滅へ……。ライブラクエストに終わりはない。
スティーブンさんが、空気ひとつ揺らさないような眼差しで問いかける。
「こちらが"優しい"っていうのは?」
「ちゃんと説明してくれるから」
「ポルポは説明しませんからね」
今のライブラと同じように、私が同盟状態の組織から派遣された警戒すべき人物にずっこい監視をつけていたとして、それが露呈しちゃった時にどう対処するかってことを考えると簡単だ。私だったら知らないふりを貫く。許せサスケ。だって契約書と"上司"同士の利害関係がある限り、"試された人"が腹を立てて偉い人に告げ口しても何も変わらない。この場合で言うと私が告げ口してもボスが私をよちよちするだけだ。私はそれにゾゾゾワワワと鳥肌を立てる簡単なお仕事が追加される。ドントスタンドアップ、チキンスキン!
さっきも言ったけど、ボスの伝言板たる私とライブラさまは一時の付き合いなんだから、人間関係なんて気にしなくてモーマンタイ。どうせ警戒された側もトボけられたと察して仲良しのカタストロフィを迎えるだけだ。それで終わりじゃないかな。
「ポルポ、そういうのを何と言うんでした?」
「俺理論」
「聞けば聞くほど他人に冷たい。良かったですね、イタリア語を完全に理解できる人間が少なくて」
「そんなに酷いかな!?」
こんなもんだよ。
「えーっと。……だから、あなた方は"優しい"。謝罪までしていただいちゃって恐縮です」
メルシーボークー。監視したところで面白み/Zeroな対象で私たちこそごめんね、と言うのはやめた。ジョルノもやめたっぽかった。
美貌と言うにはぴんと来ず、上玉と言うにはアクが濃く、イケメン、そして"こいつ……女に苦労はしなかったのでは……"と言うのがもっとも近そうな男が、私と目を合わせたままニコリと笑った。
「ポルポさん、あなたの瞳は夕陽のようでとても素敵だ」
「うん?……グラッツェ?」
なんで今褒められた?
問題なんてありましたっけ、という顔のスティーブンさん、チェインちゃん、ザップくんと、徐々に普段のリズムを取り戻すレオナルドくんとツェッドたん。私はツェッドたんの和菓子ハンドをもぎゅもぎゅしながら(口じゃなくて!手で!!)チェインたんとキャベツの話をする。なんでキャベツの話になったのかは自分でもようわからんのだが、気づいたら塩キャベツはいざとなったら包丁も使わずに作れるから楽でいいよねと話に花が咲いた。
キャベツの合間にチェインちゃんが視線を遣ったので、釣られてクラウスさんを見る。彼の表情は晴れないままだ。お詫びに何かできることはないかねと変な方向に話が進んで私がオーバーリミッツしクラウスさんに馬乗りになりベストを引き裂いて立派なお身体を舐めまわさんとする前に何とかするとしよう。
「クラウスさん、可愛らしいお顔を曇らせるなんて勿体ないですよ。私は何も気にしていませんから」
「……感情と話は理解したつもりなのだが……」
これってそこまで重い話だったかな……。
「じゃあ、ひとつお願いを聞いてくれません?」
「お願い?」
青年の手をにぎにぎしていて格好がつかない。
「クラウスさんのベストを脱がせたい」
本音をぶつける。限りなくマジな声音でスティーブンさんが「おい」と言った。
クラウスさんが不思議そうな顔でベストに手を遣った。
「待てクラウス、いくら詫びたいと言ってもそれはおかしい!どう頑張って見積もっても彼女に入れる詫びよりお前の脱衣のほうが価値が高……、……、……詫び方ってモンがある。違うかクラウス?」
腹筋が持ちこたえられなくて声出して爆笑した。
「これが追い詰められたミスター・スターフェイズの本音というやつですね」
ジョルノも嬉しそうだ。
「本音が出るんだよなァーこの人なァー。えぐい本音なんだよなァー」
言われたことがあるらしい。それもそうか、ツェッドがここにいるなら、度し難いクズイベントは終了している。
「じゃあスティーブンさんが脱いでくれます?」
「どこまで?」
数人が飲み物を噴いた。
「上着からネクタイ、シャツの第1第2第3ボタン」
「ここで?それとも2人きりになるかい?」
「全員が見守る中、別組織の女に詫びを命じられ逆らえず……っていうシチュエーションが燃えると思うの」
「スターフェイズさんがやったところで誰も得しねー……。でも雌ワンコ、カメラで撮っとけ。あとで売るぞ」
「自分で撮ってケータイごとへし折られればいいのに」
「僕は見たくないんで部屋出ますね……」
「レオくん待ってください僕も、ポルポさん、手を……ちょっと手を離してもらえませんか!」
「死なばもろとも」
「終わったあとに死ぬってわかってるんじゃあないですか!!レオくん!レオくん待ってください!!レオくん!!」
阿鼻叫喚の室内で、クラウスさんが非常に正しいツッコミを入れる。
「スティーブンのその姿は、我々全員が見慣れているのでは……?」
本部に詰める時間の多いクラウスさんとスティーブンさんは自然と軽装になるのだ。
1枚1枚脱がしていくことが大切らしいですよ。ジョルノが他人事で教授した。僕は知りませんけど、と付け加えて無垢な顔をする強さから目を逸らし、私は最高の"お詫び"を前に姿勢を正した。空く片手でチェインちゃんと手を握り合う。あっ、しまった、ザップくんとレオナルドくんの服も巻き込めばよかったかもしれない……!下劣な女ですみません。
スティーブンさんはたっぷり10分かけて脱ぎ、私が挿し込む合いの手に似たお芝居にも付き合って(「スターフェイズくん、仲間の前でこんなことをさせられるってどんな気持ちなのかしら」「……っ」「ほら、顔を上げて。みんなが君を見ているわ」「……頼む、見ないでくれ……ッ」)、前回と今回における都合の悪い出来事を全部水に流させた。
最高だった。
20151028