昼食ランチおヴェントゥー


怪盗は宵闇に紛れ月明かりから隠れるが、私たちは雑踏に紛れ目的地を探す。ホテルのフロントマンに描いてもらった地図はこの辺りを示すようだけど、似た建物が多くて、左か直進か道に迷う。誰かに訊くことにして、横断歩道を渡る。せかせかと歩く人々を呼び止めるのは悪い気がしちゃうよね。公園でまったりしてる人に狙いをつけた。
公園は、広場とまではいかないものの、ベンチはあるし植樹もされている。少し傷み始めたヒールが石畳を打ち、音を立てる。靴も買い替えちゃおうかな。
誰に声をかけようか、周囲を見まわしたジョルノが私の服の袖を手で引っ張った。腕でも手でも声でもなく袖を摘まんで注意を惹くさり気ない仕草が可愛くて右腕が暴れそうだった。が、あ……、静まれッ……静まれ俺の右腕……。アレッこれ元ネタは左腕だったかな。邪王炎殺黒龍波はどっちだったっけ。私も心の理性の巻き方を忘れてしまってここ6年くらいはずっと本能が猛りっぱなしだ。
ジョルノの細い指が人だかりを指す。ひらひらと何かが舞うのが見え、予感に突き動かされたような少年に手を取られた私はビーチ・ボーイも真っ青な萌えの一本釣りに負けて駆け出した。速い速い、ジョルノ走るの速い。人の壁の隙間を縫い、前のほうへ出る。何やってんですかもっと前に来ないと見えませんよと言われて反射的にごめんと言った。
ドーナツ型の空間の真ん中に、見覚えアリアリアリアリアリーヴェデルチな姿がある。柔らかな風が彼を取り巻くようにめぐり、蝶の翅を模した紙が可憐に宙を舞い遊ぶ。童話の一場面にも思える光景に、どんぐりまなこをまん丸くした子供が幼い歓声を上げて喜んだ。1枚の蝶が(おかしな言い方だけどね)その子に近づき、思わず差し伸べた小さな手に優しくキスをした。やだイケメン……。
風の膜が引き、蝶たちは吸い寄せられるように青年の足元のケースに収まる。別の箱にコインや紙幣が投げ入れられ、青年は丁寧に頭を下げた。
ひとり、ひとりと観客が手を振って立ち去っていく。ヒーローを見る瞳でたくさんさよならを言った子供に私たちまで心癒された。
残った2人組、つまり私たちの存在に小首を傾げた青年は、ジョルノの半歩後ろにいる私を見つけてアアッと声を上げた。ポルポさん!?はいポルポさんですよ。ポルポさんはいつでもあなたの心の中に。
「相変わらず何を言ってるんですかポルポさん……?」
ジョジョ界もこっちも、若者組は自覚無自覚問わず私の心をザクザク傷つけてくるよね。私も自分が何を言っているのかたまにわかんなくなるんだけど、直接指摘されると心がひび割れるんだわ。優しく軟膏を塗ってもらいたい。身内に頼むと軟膏のフリして紙粘土すり込んで来やがってくださるけど、それもまあ我々の業界ではご褒美ですブヒィ。
何も知らない顔のジョルノは、軽やかな拍手でツェッドを賛美した。あなたの技術は素晴らしいです、一体どうやっているのか僕にはわかりませんがこんなに美しいものは久しぶりに拝見しました。僕はジョルノ・ジョバァーナ。あなたとポルポは面識があるようですがもしも良かったら。
「僕とも友達になってください」
流れの強引さにチョイチョイ血を感じる。
「僕はツェッド。ツェッド・オブライエンです」
「ジョルノと呼んでください。僕もツェッドさんと呼んでも?」
「構いませんよ、ジョルノくん」
さり気なく右手を出され、ツェッドはジョルノと握手した。わかるってばよ。触りたいよね。ツェッドだもんね。触りたくないわけがないよね。私もハグしてほあああってなったから理解可能。
ツェッドはジョルノを知っているだろうけれど、そんな様子はおくびにも出さなかった。性懲りもなく契約に条件を追加しに来た組織の幹部がショタコンで美少年を護衛につけて渡海した、とかそっち系の説明が為されてはいませんように。
「久しぶりに会えて嬉しいよ、ツェッドくん。ジョルノのことは聞いてる?」
「ありがとうございます。ポルポさんの護衛だそうですね」
「そうなの。クラウスさんとスティーブンさん、レオナルドくんとはもう顔を会わせてるわ」
「ええ、そう聞いています」
とても落ち着いた少年だと、と続けられる。褒められた本人は、照れたり謙遜したりせず受け止めた。誰と比べた落ち着きだろう。反論できないがまさか私じゃないだろうな。
「ツェッドくんとレオナルドくんのお友達のザップくんにも会ったんだけど、みんな相変わらずだわね」
「ぐっ……、……え、ええ、……そうですね……、相変わらずですねあの人は……」
"お友達"呼びの威力でツェッドくんが死んだ。そうだったその設定まだ続いてたんだった、みたいな顔だけど、開示されている情報と私たちの持つ原作知識の差がややこしいから私も同じ顔をしたい。
「そういえばツェッドくん、『にゃんにゃこ倶楽部』ってお店知ってる?」
「はっ?にゃんにゃこ……?」
「にゃんにゃこ倶楽部」
「にゃんにゃこ倶楽部……?」
胸が高鳴った。永遠に店名を言わせ続ける方法はないだろうか。誰か今すぐここにカテゴリマスターを呼ぶんだ。知恵コインの貯蔵は充分だ。
よもやいかがわしいお店ではなかろうな、とツェッドの視線がレールの上を走るようにジョルノへ向く。若い護衛を連れてどこへ行くつもりだと沈黙が雄弁に語る。
違う違う、にゃんにゃこ倶楽部っていうのは、と開きかけた口を挨拶の形に変えた。
チェインちゃんがツェッドの背後、私の正面からこちらに会釈する。ツェッドが連絡を入れた素振りをはなかった。ていうかツェッドも驚いている。偶然にも街の見回り中に私たちを見つけたのか、とジョルノによる原作キャラ引き寄せ手塚ゾーンならぬジョルノゾーンを感じた私は、これだけではおさまらない驚きを味わうこととなった。ふと影が差した左側を振り返ろうとして、肩に他人の体重がかかる。うおっ重い。香ったのはタバコの匂いだ。
「こないだぶりじゃねえか、ポルポ。今日は魚類に貢いでんのか?」
「あ、まだ貢いでなかった」
「ちょうどイイ、その金で俺にメシでも奢れよ」
「まだ食べてないの、ザップくん?」
「"さん"だろが」
「ごめんて」
足を踏まないで。パンプスだから足の甲がむき出しなんだ。
彼と一緒だったレオナルドくんと、チェインちゃんの視線が、じっとりとした嫌な湿り気を纏った。
「誰彼構わずせびるのやめましょう、みっともないですよ」
「お前は知らねえからお上品ぶってられんだぜ。なあオイ、知ってるヤツの中でポルポとメシを食いたくねえヤツがいるか?」
ツェッド、チェイン両名の目がそっと逸らされたのが最大の答えだ。気持ちはありがたいんだけど、"私"じゃなくて私が持つ金目当てだから切ない。金額の心配なく財布を開かず好きなものを好きなだけ食べられた数か月前の記憶はいまだ濃いままか。詳細を知らないレオナルドとジョルノが小首を傾げた。
「そうだ、チェインちゃん。この辺り詳しい?にゃんにゃこ倶楽部ってお店知ってる?」
地理に強そうな美女は、私が見せた簡易な地図に目を通して、こちら側から見て右側の角を曲がるように言った。
「行くんですか?」
「うん。お昼食べに行く」
「昼飯と一緒に女まで食ったりしてな」
失礼でしょうと言うツェッドも否定はし切れず覇気がない。名前のいかがわしさは私も感じてるから気持ちわかるよ。ナニをにゃんにゃこする倶楽部だろうね。うんうんと内心で同意していると、ナニをにゃんにゃこする倶楽部なんだか、とザップくんが私の考えと同じことを言ってくれて嬉しかった。そうだよねそうだよね、そう思うよね。嬉しさと親近感を変質者的思考で表しザップくんの腰に腕を回して抱くようにしたら私の肩をロックしていたザップくんの手が離れ、思いっきり背中を叩かれた。すっごく良い音がした。絶対痕ついた。これ絶対痕ついたわ。一種のプレイに走ったと思われるから消えるまで誰かに背中を見せるのはやめよう。
にゃんにゃこ倶楽部は女の子とにゃんにゃこするお店ではない。男の子でもない。オッサンでもない。おっさんとにゃんにゃことか一部にとんでもない需要がありまくりだな。専門職のモブとにゃんにゃこして疑似的にモブ×自分のシチュエーションを楽しめるお店であってもおかしくはないネーミングだし、考えれば考えるほど沼にハマる濫りがわしいお店に思える。これから食事をしに行こうと言うのに失礼なことばかり考えている。
「食べ放題。ビュッフェ形式。どっちかっていうと言葉のイメージ的にはバイキングかな。自分で好きなだけ取りに行って食べるの」
「ポルポさんにかかれば、どんな店でも食べ放題になるのでは?」
「さすがチェインちゃん名推理。でも取りに行って食べるっていうのも楽しくない?」
「確かに」
眼を合わせ、私たちは女のナニかで通じ合った。そう、彼女もまた、今日の昼食を摂っていない。
「一緒に行かない?」
こくりと頭が動いた。
確かめるまでもなく、ジョルノに拒否の姿勢はない。彼だって、チェイン・皇と食事ができればと願っていた。
愕然としたのはヒキツボシーズだ。店名から感じられる不道徳さに注目するうちに、なんと同僚が食事の約束をもぎ取ってしまった。約束っていうか、もうこのあと直で向かうから同意と呼ぶほうが当てはまる。
「俺も行く」
「あなたッ……」
「ザップさん!図々しいにも程がありますって!」
偵察の為か?否、違う。ここに存在するのは純粋な食欲のみである。僕は構いませんから皆さん是非どうぞと何故かジョルノが彼らを招いた。

大人数でも快く受け入れてくれたにゃんにゃこ倶楽部は、種類多き料理を国別に分類した場所を案内してから、規則を口頭で述べた。制限時間は90分。お残しは許しまへん。簡単にまとめるとそれだけのユルさだ。しかしこの2つを破ったら裏から黒服が出てきて闇の中へずるずると引きずられるのだろう。雑念が私を慄かせた。この肉大丈夫?
「では諸君」
ゴクリ。常識を保つあのレオナルドくんですら、漂う匂いに理性を失いかけた瞳をたぶん揺らす。私は小声で叫んだ。
「薙ぎ払え!」
料理を。
ガタガタガタッ、と西部劇の早撃ちよりも素早い動きで風になる青年たちは、私のゴーサインと共に料理を取りに席を立った。すいませんポルポさんすいません!と意外にも強かだった少年の声が横をすり抜ける。
追いかけた私とジョルノは、ちょっと離れた位置から微笑ましく彼らを見つめる。丁寧に盛る者、手当たり次第に手をのばす者、料理名をしっかり読む者、目移りする者。四者四様に可愛い。
「いいですね、この空気」
一足遅れてパスタとトンカツと春巻きとカレーライスをよそう。ジョルノはカレーライスの存在にいたく感激していた。それは隣にあったお味噌汁のお鍋に感動した私の声と混じり合い、女子会の女子っぽいハーモニーが生まれた。
テーブルには所狭しと皿が置かれ、押し合いへし合い、もはやどれが誰のものか本人以外にはわからない。時どき、俺のを取んなよこれは僕のですザップさんこそ手を出さないでくださいレオくん落ち着いてくださいまた取りにいけばちょっふざけないでくださいこの天ぷらは僕のですよオイオイまた取りにいきゃあ良いだけの話だろうがよあなたこそふざけないで自分で取りに行ってください、といった混乱が起きていた。チェインたんは英断を下し、ジョルノの隣に移動した。
「チェインさん、ですね?ツェッドさんのご友人だとお聞きしています」
「ん……、うん」
「ザップさんのご友人だとも」
「私はそう思ったことは一度もないけどね」
「……というと、友人よりももう少し深い……」
「急に吐き気が……」
チャレンジャーだなあ。
美女と少年の大きな瞳同士が合わせられる。うるうるな唇に咥えていたフォークを口から抜き、お皿に置く。指の爪は男の子とは思えない透き通る薄さで、コートも塗らないのにつやりとする。
「ポルポさんと違って、そこまでは食べないの?」
「彼女は特別製です」
「たくさん食べる人がふたりだからビュッフェを選んだのかと思ったわ」
「気兼ねなく食べられる、という意味では、それもなくはないでしょうけれど。90分あればたっぷり楽しめますからね。ですがポルポはどちらかと言うと、名前に惹かれたのだと思いますよ」
「……にゃんにゃこ……」
「倶楽部」
前回の旅行でパッショーネの評価を谷底に突き落とした報いか、今回は私の人格がめたくそに叩かれている。観光雑誌に書いてあっただけで、にゃんにゃこ倶楽部の名前に惹かれたのではない。可愛い名前だなとは思ったしグレーゾーン臭も感じたが、雑誌の表ページに載るくらいならジョルノを連れて行っても安心だと判断した。ジョルノも人間の汚い部分には多く触れてきたが、自分から触れるのと無理やり触れさせられるのでは話が違う。それもいかがわしそうなお店で、なんて。私は少年の心に傷をつける気なんてちょっぴりもないんだよ。
私は聞こえなかったふりでカレーを食べた。否定したって無駄なのは知ってる。君たちの中の私のイメージは、金を片手にジョルノを連れて歩いている時点でお稚児趣味のショタコンクソ女ですからね。こんな暴虐が許されるなんて間違ってる。でも否定したら否定した分だけドン引きされるから黙るのが一番いい。しかしチェインちゃんとツェッドくんに誤解されるのは凄く心にクる。誰よりもガチで距離を取りそうだからな。
カツカレーことトンカツをカレーライスにのせるだけで誕生する神の食べ物を血肉に変え、私はお皿をセルフで下げた。次はどれを食べよう。
ぐるりと見回し、これだ、とひとりで顔を輝かせる。食事の順番は狂うが、機会を逃して食べられなくなってしまうと悲しい。最後のひとつをトングで取り、横にアイスクリームを添えて戻る。
この私が(自分で言うと切ない)お皿を1枚しか持って戻らなかったせいで、全員の視線が集まった。お前そんだけで足りんの、と開かれたザップくんの口の端が、お皿の上を見て心なしか緩む。
「いいな、そのパイ。うまそう。どこのだ?」
「アメリカだったと思うけど、もしかしたらイギリスかも」
「おいしそうですね。隣にあるのはバニラアイスですか?」
「うん。ほら、アイスも自由に食べていいじゃん?」
「食べないと損な気がしちゃいますよね」
「それにしてもおいしそうですね」
青年たちは口々にパイを褒める。ジョルノが「まだありました?」と私に訊いた。私は頭を振る。
「これが最後」
そのうち焼き立てが追加で来るんじゃ、と言いかけて、水を打ったように静まり返った空気のさざめきに目を細める。こんなことが前にもあったような。あと、夢の中で会ったような。
真一文字に唇を引き結んだザップの瞳孔がぎらつく。ガンをつけられた。もしかすると彼なりに上目づかいでおねだりをしたのかもしれない。そう思うことに決めた。
「ポルポ、俺はお前の大事なカバンを守ったよな?」
その節はありがとうございました。レオナルドくんがザップくんを肩でどついた。いつの話してんですか!?私にもいつだかわからないけど数か月前だ。
「お前は俺に借りがあるわけだ。で、それを俺はそのパイの1切れで手を打とうっつってる。心がひれえよな」
「まったくその通りです。ポルポ、あなたはザップさんへのご恩返しとしてパイを譲るべきですね」
「パードゥン?」
「待ってください。ポルポさん、見たところそのパイは提供されてから随分と時間が経っているようです。シェフもそれはわかっていて、そろそろ新しいものが用意される頃ではないでしょうか。だとするとあなたはそちらを召し上がったほうが良いのでは?」
「まったくその通りです。ポルポ、あなたはツェッドさんのお心遣いに感謝してパイを譲るべきですよ」
「パードゥンミー」
「みんな、パイを前に醜い争いはやめなよ。急に言われたらポルポさんだって困るに決まってるわ。すみませんポルポさん」
「なんて素晴らしいお方なんでしょう。ポルポ、あなたはチェインさんの仲裁に感動したんですからお礼にパイをお譲りしたらどうです?」
「あいべぐゆあぱーどぅん」
「僕の手からすべてが離れたような気がしてすごく心が楽です」
「ポルポ、少しでも癒されていただく為に、レオナルドさんへパイを差し出してはどうでしょう?」
「わかったから全員で分けて食べて」
ジョルノはなんなんだ。
私はお皿をテーブルの中心へ押しやった。
「ポルポの困った顔は、頻繁には見られませんから。こっちで一生分くらい困らせておこうと思いまして」
「助けてレオナルド……」
どこもかしこも刺激的な敵まみれだ。
おいしそうなパイとアイスクリームは4人の手によってばらばらに解体され、跡形もなくお皿の上から消滅した。正確に言うとレオナルドくんは手をのばそうとしなかったけれど、隣に座るザップきゅんさんのフォークで思い切りパイのうっすい皮を口に突っ込まれバニラアイスの溶けた汁を流し込まれていたから世の中にあるすべての罪を赦す以外に道はなかった。ザップさまにとっては"共犯者を増やし逃げられなくする"といった意味でしかない行動だっただろうが、我々にかかれば茨が満開の花を咲かせるようなものだ。ライブラのポテンシャルに乾杯。ペルフェクション入れちゃってー。





20151028