観光
面倒事だとか表も裏も刺激的な舌戦だとかはうっちゃってしまいたい。観光に来たのだ、私たちは。
42番街。隔離居住の貴族。
作り物の空を見上げるジョルノは、面白みのない、しかし住人にとっては大切な青色に目を細めた。
「ゲットー・ヘイツ。これがマンハッタンの街並みですか」
「マンハッタンってどこなの?」
「アメリカですよ」
「おう、そうだね」
それは知ってるんだわ。アメリカのどの辺りなのかを詳しく教えてもらいたかったんだけど、おねえさんの質問の仕方がおかしかったよね、ごめんね。自分で地図読むね。ここにリゾットがいたら辞書顔負けの解説をしてくれただろうに、リゾ辞林の不在が痛い。
道行く人が私たちを避ける。見えるのは人類ばかりだ。まさに隔離された空間と言える。異界の存在を認められない者や見たくない者、異質さに仰天して心を荒ませた外国人がホッと息を吐ける場所でもあるのだろう。頑強な1枚の扉が、一命をとりとめた場所を守ろうとする。鍵など掛かっていないのに、"ホーム"と"アウェイ"を切り分ける力があった。
どちらにも属さない私たちは、気構えひとつなく扉をくぐった。ホテルなどで見かける、回転するドアだ。支柱を囲むよう間を空けて貼られたガラスに追い立てられて進み、"アメリカ"にしか見えない街並みに感心する。
「どこへ行きましょうね。国連本部でも見ておきます?それとも、リトル・イタリー?」
「リトル・イタリーは確かめちゃくちゃだったわよ。前に見た時は」
「マンハッタンなのに?」
首を傾げる。あれ、そういえばあの時って、ゲットー・ヘイツに入ったっけ?私の発音が悪くて別の場所に行っちゃった可能性が微レ存。マジか。恥ずかしい。英語はこれから上手くなればいいだけですからと言うジョルノに私を励ます気は毛頭ない。この少年は口に出さないだけで、内心私をプークスクスしてるはずだ。する。彼はする。空笑いで流した。こんな私を"なんだこいつ"って思わないでいられるのはブチャラティくらいだ。ブチャラティって無条件で私を信頼して何事も受け入れてくれるんだよね。対私においてあんなに純粋で大丈夫なのか。君は私にこそ警戒心を持たなきゃ。危ない上司だぞ。
マンハッタンとひと言でまとめても、色々ある。横浜中華街とは違うものだ。名所を効率よく回るならやはり最低でも時速40kmを出せたほうが良いのかな。
本来のここは交通が不便だったそうだ。今も面影が残る(残るようにされている)ゲットー・ヘイツでも、道路の一通規則が大幅に変わることはなく、広い意味での一通地獄が発生するらしい。こちらが観光客だと見抜いたコンビニの店員さんがそう言った。私はコーラとレモネードを混ぜたフローズンドリンクを飲みながら、店の前に向く太い指にうわ指太いなとそっちに気を取られてどうしようもない。不測の事態で損をするのはまっぴらごめん、なジョルノは真剣に耳を傾ける。
店員さんの豪快なサムズアップに手を振った。
「このまま歩いて、ちょっと駅側に向かっても構いませんね?」
「ん?うん、どうぞ。なにかある?」
「メトロカードを買ってみたくて。記念に」
それいいね。ついでに乗っとく?
「散策の帰りは疲れるでしょうから、戻る時に乗りませんか?」
「おっけー」
駅側の自販機で、少年がカードを買う。人がやっているとやりたくなるもので、私も買うことにした。ここはドルのままだけど、所によってはドルマークの上からシールを貼って無理やりゼーロに書き換えた強引な値札がある。重ね録りしたビデオのラベルシールと同じで、見てるとだんだん切なくなる。
カードをお財布にしまう。振るとお金が出るカードと間違えてドヤ顔で提出したら恥ずかしくて笑っちゃうから気をつけたい。あと、凶弾に倒れ死を確信されるも主人公たちが苦戦し始め"くっ俺たちもここまでか……"って空気になったのを見計らって敵に奇襲をかけ、"貴様生きていたのか!"と私の攻撃で崩れ落ちる中ボスに胸ポケットからゆっくりと取り出したメトロカードを見せつけて"これのおかげですよ"って言いたい。胸ポケットがないから頓挫。え?そういう問題じゃない?
そんな雑念をめぐらせる私の何かを察したジョルノは、ぴちぴちのTシャツを着たムキムキな男を見て「そういえば」と口を開いた。
「前のとき、闘技場は見ました?」
闘技場?いきなりなんのこっちゃと顔を覗き込む。今日の、というか今回イタリアから履いてきたヒールの高さは4cm。少年より私のほうが高くなれる。旅行にハイヒールとかオメーは徒歩をナメてんのかとギアッチョにキレられそうだけど、私はこれを履き慣れていて歩きやすいのだ。たかだか数日の徒歩の為に荷物を増やすのも面倒だった。イタリアを闊歩できてんだからアメリカだって闊歩できるわよと謎理論で武装する。
ミスター・ラインヘルツが戦った場所があったじゃないですか、とジョルノが見えない漫画をめくるようなふりをした。ステゴロ最強のアレか。ないんじゃないのかな。経営者が血界の眷属だってバレちゃったら、少なくとも同じ場所ではやっていけない。もう同じ場所ではやらない、と持たれやすい先入観を利用してやり続けることもアリだとは思うけど、私の知り合いだったら雲隠れしそうだ。
少年が残念そうにした。
「やってみたかった」
えっ、タイマン無手格闘を?生命エネルギーは武器に入る?
「まさか。僕は賭けるほうですよ。出場なら、そちらの彼らが良いんじゃあないですか?」
「リゾット?」
「ソルベとジェラートも」
それはどうかしらねえ。暗殺のプロと格闘技のプロは違う。こっそり近づいてサクッと仕留めるのが暗殺チームの方針で、目立つ殺し方をさせても、仕掛け人の姿はヴェールで隠す。事務所を通さない顔出しは基本NGだ。接近戦だって殺すか再起不能にするかトンズラするかのどれかで成り立っているみたいだし、自分の力を衆目に曝け出すのは暗殺者の心情としてどうなんだろう。チーム内で訓練をしていたある日、俺肉体派じゃねえからさあと渋ったメローネを引きずり出したホルマジオが後日仕事帰りに私に電話をかけてきて紫スーツの護衛だけはぶっ殺せって言われてたからヤッたけどもう俺アイツと組みたくねェわとげっそりした声で言ったこともある。アハハ無理無理ホルマジオには勝てねえよとか困り顔だったくせに標的の男の背骨を鈍器フルスイングで折ったそうな。そんな簡単に折れるモンなの背骨って?見せしめじゃないから変な殺し方はちょっと……。最終的にはホルマジオがリトル・フィートで小さくして捨てていた。
「そういえば、ポルポはどうして彼らを連れて来なかったんです?」
元の世界でも異世界でも、私がもっとも安全でいられるのは彼ら9人を配置した布陣の中だ。なのに私は、そのひとりすら連れて来ない。
一緒に旅行してもらえたら楽しいだろうに。街を歩いてもカツアゲの心配から遠ざかる。その場合は、私たちの扱いはどうなる?チームが与えられた私が、彼らを、もしくは数名を引き連れてもう一度ヘルサレムズ・ロットに来る流れが最も自然だろうか。さらに高まった怪しさがライブラの警戒心を超威力で吸引しちゃうわ。全員スタンド使い。推測通りなら全員混色のオーラ。ワロタ。
理由は何個かあるけど、簡単に言うと観光どころじゃあなくなりそうだったからだ。私は奴らの暴走を止められない。常識人である(そうだと信じさせて)リゾットとイルーゾォとホルマジオの誰かを計算に入れてもキツイ。全員は無理。何人かでプチ旅行も、私とホルマジオとイルーゾォの3人くらいにしか平和がない。そして彼らは異世界トリップに興味がありそうにない。あったとしてもテトリスの世界とかじゃないの?それがどんな世界なのかは私が知りたいけど。
「身も蓋もないですね。リゾットとペアで来るのも嫌なんですか?」
「こっちのボスからの電話と言動を考えるとねえ」
私(金の矢のオマケ)に執着してべったりなボスと、そんな愛されモテカワレディな私の恋人に挟まれる観光って気ィ遣いそう。どこが地雷なのか冷や冷やものだ。なんで私が配慮しなきゃならないのか理解不能だから、たとえ異世界トリップして異文化にワクテカするリゾットちゃんが見たくなったとしても、ボスと私が利害関係にある世界には呼ばない呼べない呼びたくない。我が部下ながら怖いんだよあの男は。あっもう部下じゃなかった。
「リゾットはどこの出身でした?」
「シチリアじゃない?」
「どうりで標準の発音が綺麗だと思いました。都市伝説じゃあないんですね。色々と」
色々と。
ジョルノたっての希望で入ったバーガーショップでセットを2つと単品のバーガーを3つ買う。これこれ、これが見たかったんですよ。清らかな瞳がきらきらと輝く。私も紙を平らにのばし、元気いっぱいなイラストを見た。持って帰れないから誰かにあげよう。
しげしげと包みを眺めるジョルノを置いてトイレに行き、ストッキングが破けていないかを全力でチェックする。梯子状のほつれがあるとめちゃめちゃ気が沈むんだけど、見当たらなかった。あられもない姿を整え直して外に出る。うああっ、と悲鳴のような小さな叫びと正面衝突した。見覚えのある少年が、トレイから落ちそうになった暴れポテトのバランスを取る。あらレオナルドくん、奇遇だね。
「ど、どうしてここにポルポさんが?」
「仕事」
「ですよねー」
ギャン畜の私(らしいよ)は簡単に国境をかき分けられない。ギャン畜だとは知らずとも、仕事を終えて帰ったひとりの女と再会するのは予想外だ。しかも、隔離された一角のバーガーショップでなんて、どんな確率だろう。運命感じるねと三流の常套句を口にすると、レオナルドくんは唇をつき出した。君が右側に属すると決め付けるわけじゃあないが、ここが薔薇色の戦場だったら奪われてるから気をつけなね。おっと黒歴史黒歴史。
「よくわかったね、私だって。見えたの?」
オーラが。
「はい。……もしかしてポルポさんも誰かと一緒に来てます?」
「レオナルドくん、誰かと来てるんだ?誰?彼女?」
「ザッ、……えーと……、ザップさんです」
なんで言い淀むんだか疑問に思って、ぱちんと指を鳴らすふりをした。そうか、私はザップ・レンフロがライブラの一員であると"知らない"んだ。前回の旅行では暴露されないままで、今回も、イカれたメンバーを紹介するぜタイムはなかった。ちなみにボーカルが斗でキーボードがクラウスさん、ドラムがK・Kさんとかそんな感じなんじゃないかな。ウインドチャイムを鳴らしてくれるかもしれないと思うと、ドラムじゃなくてパーカッションでも、いやまあなんでもいいわもう。満員御礼で活動資金が集まりそうです。
レオナルドくんの同僚のツェッドの友人のザップさんの友人がレオナルドくん。三角関係かな?
独自の推理で納得したような顔で頷いて見せた。レオナルドくんがキュッと口角を上げる。
「それで、ポルポさんは?誰かと一緒ですか?」
「一緒だよ。どこに座ってるか、レオナルドくんなら当てられる?」
「……違ったら、それはそれで問題なんですけど」
レオナルドくんが、窓際の席に顔を向ける。
「彼ですか?」
そこには、こちらを見るジョルノがいた。私内心ガッツポーズ。ッシャアアアやった私の威厳と安定が保たれたッシャア!!お祝いにシリアルに冷たい牛肉かけてシャクシャク食べちゃおうかな!?節子それ牛乳やない牛肉や、ってハハハ、そんなもんどうでもいい。どっちも食べられる。
この男の子が、会ったことも話したこともない見知らぬ少年ジョルノと私とを結びつけた理由は、どう考えたって"オーラ"だ。混色のオーラ。8ビットカラーじゃあおさまらない有機生命体特有の何かが、別のナニかと混じり合った不可思議な異常性。私が纏い、ジョルノも纏った。
異世界トリップのせいかもしれないが、ジョルノが前世の記憶を持たないとすると、混色の原因は9割スタンドにある。やったじゃん私。スタンドが原因だったりなんだりらじばんだりしちゃったりしません?とボスの名誉と信頼を生贄に召喚したうってつけの理由が真実味を帯びた。あーなんかスッキリした。完全に目が覚めた……、いや、開放されたって感じかな?スガスガしい気分だわ。
「彼は何色なの?」
「赤っぽい黄金と黒、に似ているんですけど、黒と言い切るには青みも強くて、僕には名前がわからない色です」
色って名前がいっぱいあるからねえ。
「スティーブンさんのシャツの色とどっちが濃い?」
「スティーブンさんのシャツの色はそんなに濃くないと思いますよ。このオーラのほうが濃いです」
「スティーブンさんがシャツにコーヒー零したところとか見たことある?」
「スティーブンさんがシャツにコーヒー零すところは見たことないですし見たくないです」
「スティーブンさんのオーラの色ってどんななの?」
「スティーブンさんのオーラの色は名前が知りたくて観察すると絶対目が合うから怖いんですよ」
「レオナルドくん今日のパンツ何色?私は赤だよ」
「あ、僕は黒です」
黒なんだ。白い肌に黒いパンツ、おねえさんはそういうの大歓迎だよ。オーラを観察すると絶対スティーブンさんと目が合うレオナルドにも笑いそうになった。
「……ってなんなんスか!?言っちゃったし知っちゃったよ!!」
我に返った黒パンツのレオナルドくんが頬を赤くして距離をあけた。ポテト落ちるよ。
お見合いで置いてけぼりにされた若いおふたりのように黙り込んだレオナルドくんに、横から後ろから声がかけられる。
「知り合いですか、ポルポ?」
「なァーにやってんだよオメーは?」
横はジョルノで、後ろはザップくんだった。ジョルノとザップくんは一瞬鋭く視線を交わし、15歳が図々しいまでに強気に微笑む。青年は、無感情な目つきで彼を品定めした。ばちりと火花が飛ぶ。トレイを取り上げたザップくんに肘で小突かれ、レオナルドくんは空いた手でザップくんの細い腰を小突き返した。蚊帳の外からワイプで見てるような背景状態の私にはそれが無言の会話なのかじゃれ合いなのかがわからないから早く説明してもらいたい。
「ザップくん久しぶり。元気だった?」
「財布と腹がスカスカなんで、今は元気じゃねーな」
即座に消える支給金の額が気になって夜しか眠れない。
「つうか前から思ってたんだけど、ポルポお前、俺より年下じゃねーの?"ザップくん"たぁなんだよ、ザップ"くん"たぁ」
「え、マジか」
そっち20前半でしょ?私そろそろアラサーだぞ。口に出す前に、そうかもしれませんねとジョルノが同意を挟んだ。
「ポルポは確か、22……でしたか?」
「ああ……」
そうだ、身体が若返ってるんだった。彼の補助がないと失敗しそうで恐ろしい。
「そうね、私22歳だわ。ザップくんは?」
「ほら見ろ。俺は24。お前は22。2年はデケエぞ」
怒られたからザップさんと呼ぼう。見た目小娘の分際で不遜な呼び方をして申し訳なかった。小娘っつっても22歳だけど、そこはそれだ。
あちらも私たちを放置するのはマズいと思ったようだ。そりゃそうだわね。スタンド使いが2人揃ってナニしとんねん。観光である。
こっそりスティーブンさんに連絡を取ったかもしれない。あの2人と話をしたのはつい昨日で、ジョルノがスタンド使いかどうか気になっていることだろう。見分けられるレオナルドとあからさまに接触させるのも見た目が悪い。私たちがバーガーショップでポテト片手に再会するとは考えなかっただろうけど、これが仕込みでないなら素晴らしい好機だ。もし例え仮に戦闘へ突入したとしてもザップさんがいるから、いざとなったら我々は物理的に炎上する。私は乳に脂が詰まってるからよく燃えそうだ。どうだ明るくなったろう。私の未来はたぶん暗いです。
「レオナルドさんとザップさんの、そういったお付き合いはいつから?」
「ゲホッ」
「ゴェッ」
私とレオナルドが同時にむせた。ジョルノは私たちがどうして動揺したのかわかりませんって顔できょとんとする。
「どうしました?僕は、いつから"そういった"……つまり、昼に並んでゲットー・ヘイツに来てハンバーガーを食べるような付き合いが始まったのかと訊いただけです」
「初対面から30分でキワドイこと言いやがるからイタリア野郎っつうのは信用ならねえんだよ!」
「僕の英語に誤りがあったのなら謝罪します。すみません」
「見ろよこの世の中の希望を全部瞳に詰めましたみてーな顔をよ。目ん玉ン中で流星群観測できるぜオイ。爪で眼の星座なぞられてえのかこのガキ」
でも、チラッと見たザップきゅんの爪は短く切り揃えられていて心が躍った。誰のどれが彼にとっての夏の大三角かな。ちなみにザップにゃんの胸の飾りとおへそをつなぐ大三角は季節を選ばない。な、なぞっちゃう?なぞっちゃおうかな?よーしパパはりきっちゃうぞ。マジで私、顔色が変わりづらくて助かった。
ザップさんは大きなお口でチーズバーガーをかじった。
「いつだったかは憶えてねえな。最近じゃあないのは確かだ。なあレオ?」
「え、ええ、そうですね」
「ではキッカケは?どこでお知り合いになったんです?」
彼が常に携帯する鍵のかかったトリップマシンの中に、ちゃあんと答えが描いてあるのにね。
どう答えれば違和感と無縁でいられるか。考える空白こそが不自然だ。それをわかっている青年は、至極どうでもいい記憶を辿るような雰囲気で、ハンバーガーから注意も逸らさず言う。捜してた男と間違えた。
「どーすっかなと思ってたら別でトラブって、放り出すワケにもいかねえから一緒に行動して。んで、ピザ屋でピザ頼んだらバイトしてたコイツが届けに来て、金払わねえでいたら付きまとわれてこんな感じ」
「つきまとってないですし金払ってくださいね。クアトロチーズのMが2枚たまってます」
「は!?オマエ払ってねーのかよ!?」
「払ってるから僕に返せって意味ですよ!!」
このやりとりを見ると、このハンバーガーのお金を誰が出したのかがわからなくなる。レオナルドくんが奢ったげてるのだとしたらバブい。母性の塊じゃないか。食事をしてきて良いから帰りに僕にも買ってきてくれ、というパターンでスティーブンさんが出した可能性も、否定はできない。ディ・モールト良し。同行するジョルノの評判まで落ちそうだから、よだれだけは律しよう。ミギー、防御頼む。いや、ミギーだってこんな防御は頼まれたくなかろう。
へらへら笑う私のほうがジョルノよりも話が通じそうだ、とザップひゃんが判断した。
「そっちはどんなキッカケでいつから仲良く旅行なんかするようになったんだ?姉弟ってワケでもなしに、やけにトシが違うじゃねえか」
一目瞭然であっても年齢差の話が出ると複雑な気持ちになる。
「仕事の関係で出会ったのよ。半年くらい前かなあ」
「仕事、ですか」
「美少年がいると心の潤いが違うのよね。今回はついて来てもらえて安心よ。なにせ、ねえ、レオナルドくん。アレだものね」
「あ……」
意味深に見つめてゆっくりまばたきしたら、男の子は顔を曇らせて黙り込んだ。
「そう……、ですよね……」
大切な弟分がしょんぼりしたのを見たザップおにいさんに睨まれた。ごめん、ここまでするつもりじゃあなかったんだ。こんなに気にしてくれているとは思いもせず、ついギャングジョークを盛ってしまった。ジョルノにも早口のイタリア語でどうするんです落ち込んでますよ彼、と叱られる。わ、私がいじめたみたいだ。
レオナルドさまが身を乗り出す。
「ポルポさん、今回はいつまでこの街に滞在するんですか?」
「そっちの返事が出たら帰る。でも数日かかるって言ってたから、まあ、今日明日は確実に居るんじゃないかな」
帰りのチケットの手続きなど、地味な作業で時間が取られる。ジョルノも息抜き旅行を楽しみ切らずに黙って帰国する柄じゃあない。彼が満足するまでは遊ばせてもらうつもりだ。
会話を放棄した人そのものの表情で、ザップくんはポテトの残りをザラ食いした。
「オマエさ、あれからメルアド変えたか?」
「んん?」
変えてない。
こっちの世界も元の世界も。
前半だけ言った。
「どうして?」
「届かなかったんだよ」
彼は丁寧に油分と塩を拭った指でスマホを操作する。すぐに動きを止め、しばらく何かを待ち、また視線を画面に落とす。ずい、と白地の文面を見せつけられて眉根を寄せた。いわゆる、デーモンさんからの仲介メールだ。私の電話も震えず、つまり、今もメールは届かない。世にも奇妙な仕組みである。最初の時はどんなメールをくれようとしたのか訊いたらチェンメって言われて泣いた。イタリアに戻った私との連絡手段として利用できるか試したのだろうなってことくらいはわかってるけど、山ほど転がってる他の建前の中からなんであえてそれを選ぶの。顔で笑って心で泣くぞ。
無難に「上司のせいかもしれないわ」と言った。上司ィ?訊き返されて適当に頷く。そうそう。
「そういうのが好きなやつなの」
「プライベートのは?」
「ない」
「ここにも仕事人間が居やがった。ガキ、お前は?」
「ジョルノです。僕も1台しかありません」
「若い身空でデートも上司の気分次第ってブラック極まってんなー。ブラックってイタリア語でなんつーんだっけ」
「ネエロですね」
「んじゃあネエロ極まってんな」
お腹抱えて笑うかと思った。ネエロ極まってる。
はっ、とレオナルドくんが時計を見て、弾かれたように席を立った。
「すみません、僕、戻らないと!」
ストローをくわえるザップにゃんは、自然と上目遣いになる。
「ナニが良いっつってたっけ、あの人」
「何でも良さそうでしたけど……。無難なのにします」
「"こんなモン食えるか!"、"ガッシャーン!"……みたいなのはご免だぞ」
「あんたと違ってそんな人じゃない、に0.2ゼーロ」
誰かの昼食を買って帰るつもりのようだ。もっと賭けてあげて。
「すみませんポルポさん、ちょっとこのあと用事があって、戻らないといけないんです」
「ベネベネ。じゃあまたね、レオナルドくん、ザップさん。ラ・ヨダソウ・スティアーナ」
「はい、ぜひまた……ってなんですかそれ?」
ごめん言ってみたかっただけ。カノッサ機関よりも恐ろしい秘密結社のカワイコちゃんたちで遊ぶのはやめよう。サクッと謝った。
「ジョルノさんも、また会えたら嬉しいです」
「僕もですよ、レオナルドさん」
広い席に残された私たちは、寂しくなったテーブルに肘をついた。食べてすぐにこうするとお腹に良くないってどこかで聞いたけど、本当なのかね。
原作キャラとの思わぬ邂逅を終え、ジョルノがほうっと身体の力を抜いた。
「ややこしいですね。いずれ暴露しましょうか?僕らが、レオナルドさん以外の人がライブラのメンバーであると知っているという事実を?」
「これ以上警戒されると面倒だからやめようぜ」
「パッショーネは損ですね」
パッショーネかつスタンド使いかつ原作知識がある為に発生する心の余裕、の3つが私たちの立場をギュウギュウに締め上げていると思うのよね。もしかして私たち以外全員シリアス?こっちは大したこと考えてないから気楽に生きようぜと肩を叩きたいけどそうもいかない。一緒に居酒屋でくだを巻けたら最高なのに、そんな未来は全て遠き理想郷。私の鞘はどこにある。
「ジョルノのオーラは赤っぽい黄金と、青っぽい黒だってさ」
「『混色』ではなくもう完全に2色ですね」
「一部は混じってるみたいだから……」
声震えてないよ。
でも彼は正鵠を射った。こうなると、ジョルノと同じスタンド使いかつ異世界トリッパーであるはずの私のオーラが同系統の2色で、ジョルノよりずっと混じり合ってよりアヤシく見えた(っぽい)のは、私が前世の記憶を持って生まれたからだと考えられそうだ。癒着と呼べる。どうでもいいからほっとくけど面白いな。
彼の2色がどの暗示だか推理するのも一興。答えは出ないけど、私の推し説は血の運命だ。スタンドの性質の黄金色に加えて混じり合った2色。2つの血。その結晶がジョルノ他数名。恐ろしい力を持つゲロヤバな彼の異母兄弟のオーラについても、見てみたらたぶん似たようなところがあるんだと思うけど、考え始めると彼らのスタンドのチートっぷりを思い出して脳内の世界がヤバいから省略する。DIOが城戸光政チックな種の振り撒き方をしていたらスタンド被害の大恐慌で現世がヘブンになったかもしれない。このヘブンは比喩であって天国の意はなく、どっちかって言うとその世は地獄です。
私たちも観光に戻ろう、と腰を浮かせる。ジョルノは私の椅子を引いてくれた。上司じゃあない女性扱いが気持ち良すぎてダブルピースするしかない。まったく、イタリア人は最高だぜ。
ぶぶぶ、と電話が鳴った。
ゲットー・ヘイツを出て買い物をする。元の世界には何も持ち帰れないが、ここで使う分には別である。
ジョルノはゲットー・ヘイツの中で礼服を揃えた。あと必要なのは私のドレスだけだ。オシャレで綺麗に見える細身のワンピースがいい。顔が若いから生意気に見えるかなあ。内側から湧き上がるパワーで魅力に変えて放出したい。
自分よりもずっと年上が集まる社交的な場へ出るようになって眼が磨かれたらしいジョルノが、まるでボールに添えられた左手のようなさり気なさで私にアドバイスをくれた。これ若すぎない? ポルポ、あなた今自分が何歳に見えると思ってんです?
当たり前すぎるほどに当たり前だが、"そこ"に行ったことはない。しかし胸元をざっくり開けるのはやりづらそうな気がする。でも閉じ過ぎても胸が苦しい。
などと思いながら吊り下げられて並ぶドレスを見ていたらアバッキオの服と似たものを見つけてしまって不意打ちで笑った。ジョルノの肩をたたいて呼んで指さすと、ジョルノも笑った。イイんじゃあないですか?と言われたけど君テキトー言ってるでしょ。良くねえわ。肌の露出を紐で食い止めるような黒一色のワンピースを着る巨乳のイタリア女(なうギャング)とかどこの悪役だよ。こちとら隣に美少年を侍らせてっから言い訳できない領域に突っ込みかけてんだ。でも、ポロッと食べこぼしても染みが目立たなそうだから黒色は採用した。
この買い物の理由はひと言でまとめられる。ご飯のためだ。
全世界の粋を集め、食を極めた三ツ星間違いナシのレストラン。
ボスにお願いしたら期待はするなよ絶対するなよ絶対しちゃダメだからなと言われたが、どう考えたってフラグが立っていた。否応なしに心が荒ぶる。
予約にキャンセルが出て滑り込めたぞ、と力のない声で連絡があったのはついさっき、ゲットー・ヘイツのバーガーショップを出る寸前だ。今世紀一番ボスに感動した。彼はF5キーを1秒間に16回連打した疲れで腱鞘炎を起こしていた。こんな奇跡はどう考えたって起こりえないのだぞポルポわかっているだろうな、と声だけで呪って来そうだったのでジョルノもお礼言いたいって言ってるからって電話をかわろうとして待て待て待て待てとめっちゃ止められる流れでお叱りを有耶無耶にした。ありがとね、観光の夢が叶います。
ジョルノがニコリとする。
「本当に、あのモルツォグァッツァの予約が取れるとは」
キャンセル分に滑り込んだため、予約の取れた日はすぐそこだ。
服と靴と髪留めをまとめ、レジに向けて進めた足を、ばりん、と割れて飛び散ったガラスの音が引き止める。店員さんや他の客も含め、私たちは同時に部屋の中心を見た。破裂音と短い衝撃が連続し、その数だけ、どこかで物が破壊される。罵声と大声が響く。
事態を理解した人々が甲高く悲鳴を上げた。客と店員の両方ともが出入口へ走り、威嚇射撃で制される。私は手に持つ買い物かごを見下ろした。買ってないけど、汚れたら嫌だな。
縦にも横にも図体のデカい、傭兵上がりと言われても信じてしまいそうな男が4人、四方を向いて部屋の中央に陣取る。
ショップの中には異界人の責任者と男女のカップル、人類の子連れのご婦人、そして私たちがいた。昨夜は1日中カラオケでシャウトしてました?と訊きたくなる声が我々を部屋の隅へ追い立てる。素直に従った私たちに液晶画面のカメラを向け、リーダー格がマイクに向かって口を開く。
「見えるか、これが人質だ。こちらの要求に従わなければ、ひとりずつ殺していく。これは脅しではない」
人質だってさ私たち。
人質は人質らしく。怖がる人質仲間とお互いを励まし合う。だいじょぶだいじょうぶ、すぐ助けが来ますよ。ケーサツが要求を呑みゃあいいんですよ呑みゃあ。幼女が怖がって泣き出してしまったのを親御さんと一緒にあやしたりもした。箍が外れた街でも強盗事件は発生し、被害者は命の危機に縮こまる。変わらないんだなーと私が冷静でいるのはジョルノさまが一緒だからだ。彼ならナントカできるんじゃなイカな。
ここで最も手早く事態を片づけられそうな知り合いは誰だろう。相手は4人だから、ミスタはゾワゾワしちゃいそうだし、パープルヘイズは解決どころか新手のバイオテロだ。似た理由によりプロシュートもナシ。リーダーコンビかホルマジオが穏便かな。悪くて血みどろで済む。一網打尽にできるのはナランチャのエアロスミスだと思うけど、見た目が蓮コラになるから室内でナニをぶっ放したんだってこっちが留置場にぶち込まれるのでは。
警察との交渉は高圧的に行われ、機動隊のようなものが大盾を構えてこちらを窺っているのが窓越しに見えた。膠着状態だ。警察側は狙撃班を待機させていると思うが、撃って、もしも貫通すると人質に当たってしまう。遮蔽物が欲しい。あと女の子が私のおっぱいに顔をうずめたままぐすぐす泣いているのでじっとりする。
ジョルノが私に耳打ちした。
「ポルポが警察なら誰を撃ちたくなります?」
人任せだったんでわからないが、私だったら真ん中の男を撃ちたい。例えどんなに倒しやすくても、入り口の男に何かあったら突入前に即行で人質が誰か死にそうで怖い。
「わかりました。ではそれを信じます」
「待って?」
「僕はこちらに銃を向けている男をゴールド・エクスペリエンスで殴り、感覚を過剰に鋭敏にさせます。その銃を拝借して中央右寄りの男の腕を撃ち、入り口の男の意識がこちらへ逸れれば場が動く。左の男も、これは普通にラッシュで殴ります」
待てって。まあいいけどさ。両方ともに無駄無駄ラッシュをお見舞いするには、幾分か間合いが足りない。
「ジョルノって一般式の銃を撃てるの?ハワイで習ったの?」
「ミスタに習っているんです。ピストルズがいるとは言えど、彼の腕前はスタンドに頼っただけのものではない」
ファッびっくりした。手に手を添えてかな?構え方から指導して、持ち方はこうですかいやちげーよこうだよああすみません、とかいうキャッキャした空間が生まれているとしたら自分で自分の頬を殴らないと正気に戻れない。後ろからジョルノの身体と腕を支え、肩の高さを調節して、狙いを合わせる為に顔をぐっと近づけ同じ視点に立ってから引き金を引かせる。どこの射撃場?監視カメラの映像ごと買い取るよ。
想像を遥かに上回る現実の強さを見せつけられ小鹿のように震えているうちに、ジョルノが右の男を撃った。痛みでどうと倒れた仲間に左の男が目を丸くし、彼が咄嗟にこちらを見るより早く、ジョルノのスタンドがこんにちはする。"こんにちは死ね!!"とはまさにこのことだ。
さらに背後で爆発音、ならぬ背後で仲間の悲鳴が聞こえて振り返った入り口の男も、内部の様子を見られる機動隊の合図で武器を取り落とし、人質だったカップルの女性のほうが恋人に縋りついてすすり泣いた。私はずっと押さえていた幼女の耳から手を離し、安堵して私の隣で泣き始めた責任者の背中をさすった。
事情聴取の前に"あ、これ買っておいていいですか"と購入した服などが検査から返ってくる。別の部屋から出たジョルノとも、署内の自販機の前で合流した。
ジョルノは背後にひとりの男をくっつけていた。新しいスタンドか?
「お待たせしました、ポルポ。彼はダニエル・ロウ警部補。僕の事情聴取に立ち会った方です。"保護者"にひと言挨拶したいとおっしゃったので連れて来てしまいました」
新たなる能力の開花ではなかった。ジョルノの笑顔が、原作キャラとの出会いでテンションがハイになったと物語る。わかりづらい上がり方だ。
くたびれた風の警部補は、2歩、前に出て手を差し出した。私は缶ジュースを持ち替える。
「ダニエル・ロウだ。あんたたち、観光客だって?今回は災難だったな」
「どうも、ポルポです。覚悟の上での観光ですから、気にしてないですよ」
「お買い物は無事に終わったか?なんでも、予約したレストランに行く為のドレスだとか」
「おかげさまで、汚れひとつなく買えました」
挨拶の握手はとうに終わっているはずだが、手は離れない。
「"おかげさまで"、ねえ」
彼は横目でジョルノを見た。少年は自販機でレモネードを買う。もうひとつ、カフェオレも買った。警部補など歯牙にもかけない態度だ。
それを見た彼は、絡め取るような目つきで私に言う。
「別に珍しいことじゃあない。誰だってやろうと思えばできる。不可思議な力ってやつも、異界からアホみたいに流れ込んでくる。15歳の子供が、22、3歳の女性の護衛として立つのも立派な仕事だ」
女を前にして年齢の話はやめてよぉ。特に15歳と比べられると胸がシクシクする。今日はもう2回くらいシクシクしたから充分だ。
「だが、ミス・ポルポ。"観光"の範囲は守るのがお互いの為だ」
手に強い力がかかった。
「自分らがイリーガルに見えるっていうのは、おたくもよくわかってるはずだ。もし慈善団体を名乗っていたとしても、ひとりがこの街で問題を起こせば俺たちはそいつを捕まえる。根元を調べようともする。痛くもない腹を探られたくないなら、大人しくレストランでメシを食って散歩をしていてくれ」
持ち上げっ放しの腕が疲れてきた。
「少年に得物を持たせるなら、銃口の向きには気を配るんだな。間違っても、ガラス越しの俺たちが"撃たれるんじゃあねえか"と勘違いしちまわないように」
こんな時にどんな顔をすればいいかわからない私がとりあえず頷くと、圧力が消え、ぶらんぶらん、と2回、繋いだ手を上下に揺らされた。私は解放されるままそれを身体の横へ下ろした。
そうそう、そうなのよ。ボスがどんなに卑劣でゲスでクズい思考を持ってるとバレても、下劣で野卑な手段で構成員を増やしていると素っ裸にされても、パッショーネの活動に穢れた部分はない。だからライブラも支援を受け入れ、協定を結んでくれている。地方自治を担う組織のひとつでは賄えないであろう金額を貢がれて"あっ……"てなっても見た目は綺麗。そしてボスから打診されたのが"なくても当面は問題ないけど手元にあると非常に助かる"金額だからライブラもビミョーに突っぱねられない。今のところは。思春期のカップルが水面下で殺し合うみたいな絵面イヤだな。
ダニエル・ロウ警部補が顎を引いた。
「この度は、早期解決への協力に感謝する」
「僕も力になれて良かったです。警察に協力するのは街に居る者として当然の義務ですしね」
「そして子供を守るのも、大人として当然の義務だ。それじゃあ、あんたらの旅行が楽しいものになることを祈ってるよ」
この人すごい刺してくるね!?
買ったカフェオレの缶を贈られ、ロウ警部補は腕を組んで幾ばくか逡巡する。
痩せた手はやがて、礼と共に缶を受け取った。
「ロウさん。また会えたら嬉しいです」
「気持ちはありがたいが、俺たちは会わないほうがいい。じゃあな、ポルポさん、ジョルノ」
へらっと笑った私の横で、ジョルノがひっそりと楽しそうにした。強盗に遭い、事情聴取と拳銃の違法使用への注意をされた15歳の少年とは思えない表情だ。
そういや私、警察に脅されたの初めてかもしれない。ギャング側からずっと動かないで避けゲーチックに仕事してばっかりだったせいでわかってなかったけど、違法組織への当たりって結構キツいな。
ジョルノがおめでとうと私を祝い、硝煙の匂いが消えた手で缶を開けた。
20151023