ポテチはスタッフがおいしくいただきました
おやつは良いね。リリンの生み出した文化の極みだわ。
八つ時に軽食を食べる。先人たちのひらめきにあやかり、イタリア人らしいガッツリしたお昼ご飯の後ながら、私は立ち食いピザをブフゥブフゥしながらムシャっていた。ヘルサレムズ・ロットの空気にはどこからか漂うかぐわしい異界の食材の気配が拡がり、手を出そうと思えばお金さえありゃあ誰だって色々なものを買って食べられる。おいしいかおいしくないかは別として、私のような輩にとっては華の街だ。食には困らない。おいしくないものなどこの世にはなくって全部が個人の好みと主観による判断だ、みたいなそういう話は置いておく。選ばれし雑食生活に染まった二回分の人生で一度も味わったことのない刺激的な味を楽しむのも潤いのひとつだ。新しいものを取り込んで魂を震わせると、"生きてる"って感じがする。例えば某箱根の学園でケイデンスとギアを上げ、険しい坂を獣のような獰猛な笑みで翼を羽ばたかせ登りつめるクライマーのように。私にあそこまでのガッツはないが、好きなことに全力をかけるのはやはり楽しい。私にとってはそれが、暗殺チームウォッチングであり護衛チーム猫可愛がりであり暴飲暴食であったりするのだ。そして前者2つは実現不可能ナウ。だったら飲んで食べて遊び倒すしかない。
そういった思考により、ヘルサレムズ・ロットでタクシーや地下鉄を乗り継いで、金に糸目を付けぬ食事とショッピングを楽しんで、早6日が経過した。到着直後に1泊。ライブラとパッショーネの契約を結び、ライブラツートップとのロマンに満ちた昼食をいただき街を散策した2日目。特に目的もなく街をぶらつき買い食いに勤しみ、なんのイベントもなくボスからかかってきた12回の電話の内7回を無視した3日目。リトル・イタリーがボロッボロであると悲哀をおぼえつつ、原作シーズン1のメインメンバーが全員揃っているらしい、とツェッドの存在を知り、"オーラの色が混じっている"という衝撃の事実を辺り障りのない方向ではぐらかして、4日目が。わいわいがやがやと中華レストランを戦場に変えた珍妙な組み合わせのランチを記念とし、随一の狙撃主とバーチャルな共闘を演じた5日目も終了した。
7日目には帰還しろ、と言ってるボスの舌がもつれるんじゃないかってくらいしつこく命じられた私は、その7日目の早朝に乗り込む飛行機のチケットをバッグに入れた状態で、事実上の最終日である6日目を満喫していた。
寝起きには、あからさまに高級なホテルでビュッフェスタイルの朝食をとった。ひとりきりでも心細さや居心地の悪さは感じない。慣れた。おいしけりゃあいいのよ、おいしけりゃあ。
昼食は、せっかくだし、と思いついてホテルにピザの宅配を呼びつけた。いいですかって訊いたらいいですよって言われたから、いいんだと思う。ボスだかライブラだか、どちらかは知らないけど、多少の無理は融通が利くようにしていただけているようだ。
手元には原作の1巻がある。このピザ屋の名前はよく憶えていないが、ググればモーマンタイ。ドギモピザね。了解了解、とライブラ本部周辺のドギモピザの店舗へ片っ端から電話をかけて、ひとりの少年を指名する。自分がキモいが、どうせこれが最後のお付き合い。楽しまなくてどうする。
ピザの宅配に"指名"なんてサービスはもちろんない。が、"ホームパーティーでも開くのかな?"と勘違いしそうな量を注文したところ快く受け入れてもらえた。やはり世の中は金か。マネー・イズ・大事。
見覚えのありまくる姿の少年(つっても、"青年"くらいなのかしらね)と袋に入った数枚の薄い箱が届いたのは、注文から1時間以内のことだった。なんという早業。メローネが人んち、主にギアッチョの冷蔵庫から個包装一口サイズのクリームチーズをくすねる時と同じくらいの、軽妙な素早さだ。分厚い手袋をしている時はたまに失敗し、あっ!と取り落として露呈し蹴られたりしているが、そこはご愛嬌。可愛らしい。その"あっ!"は私の鼓膜を通すと"アッー!"に変換されて脳まで届くが、そこもご愛嬌。
レオナルドくんはゴーグルを首に引っかけ、マジですかポルポさん、と呟いた。
「わざわざ僕を?」
「うん」
「僕、このあと上がっていいって言われてんですけど、まさかそれもポルポさんが?」
「そう。予定がなかったら食べていかない?それで、私の観光に付き合ってくれない?お給料払うよ」
「身売りしてるみたいだ……」
私も無防備な年下を買ってる気分だ。
「えーと、じゃあいただきます。ありがとうございます」
荷物の返却は帰りで良いそうで、彼は私の泊まる一室に入った。誘っておいて言うのも何だけど、あの、私って信頼からは程遠い組織の幹部だからさ、簡単に密室で2人きりにならないほうがいいよ。奥の部屋に屈強な男どもが控えてて、レオナルドくんの貴重な義眼を我が物にせんとお約束のじゃらじゃらした鎖かなんかで両手を縛り上げ重しをつけてグヘヘ上玉じゃねえか眼さえ傷つけなきゃイイんですよねポルポさん?みたいな展開があるかもしれないじゃん。ないけどさ。どの世界でも、私の周りにいる人々はチート極まりなくって手が出せない。暗殺チームもスタンドが封じられていたって余裕で脱出できそうだし、護衛チームも言わずもがなな強さ。トリッシュちゃんだって大人しく捕まるタマじゃない。交友関係が狭すぎてなかなか知り合いの名前を挙げられないが、ライブラーズを知り合いに含めるなら、ありゃあもうヤバいでしょ。ハンパないわ。よしんば捕まってくれたとしても、それは敵の親玉を引きずり出すための潜入捜査的意味合いだろう。どう考えても単騎で一網打尽にできる。近寄りたくない。そういえば近寄らないと言えば、彼らにはグレイトフル・デッドが効かないんだよなあ。氷を出されちゃあたまらない。メタリカも、どうだろう。あちらは"止血"の方向で鉄分を操作したり、体内に磁場を発生させて動きを封じたりすることはできるのかもしれないが、"血"に関係する以上、ちょっと相性は悪そうだ。マン・イン・ザ・ミラーも、いったい何を不許可すればいいのやら。なんつうか、ライブラの人たちは決戦兵器的人間すぎて、生きた肉体がある以上、己が武器ってことでどうやっても戦いに転じられるってのにガクブルしちゃう。神速のチャリオッツはスタンド使いではない彼らに視認できない状態で攻撃を当てられるかもしれないけど、間合いがなあ。一長一短、難しい。離れていたら狙撃されるし、近くだったら普通にやられる。こ、これが友情パワー。友情じゃあないけど。
とろけるチーズが垂れないように気をつけつつ、少年の顔を見つめて考える話じゃあなかった。ジッと見られてもぞもぞするレオナルド・ウォッチ氏の可愛さがMAX。妹さんにはお会いしたことがないけど、ウォッチ兄妹どうなってんの?絶対おかしいよ。おかしいはずだ。クラウスさんとスティーブンさんがプリキュアのイメージだとすると、ウォッチ兄妹はキキララか?ランチトリオはキャッツアイ。変身するシーンちょう見たい。
「午後もホテルの近くを周るんですか?」
雑念にまみれる私を、レオナルドくんが現実に引き戻した。
「そうね。ずっと出歩いてたから、逆にこの辺に明るくないのよ。近くに目立つ建物とかってある?」
「うーん……。ライブラ……ですかね……」
だよね。私もそう答えるわ。
「お土産とかはいいんですか?」
自分に買ってもねえ。どうせ持ち帰れない。
ボスに買う選択肢はハナから存在しない。レオナルドも察しているようで、我らがドンの話は出なかった。お仕事から解放された気持ちのいい観光の時間に、私が嫌がる人の影をちらつかせるのに抵抗があったのだろう。気を遣う子だなあ。ボスには買わないんですかと訊かれても"買わないわね"のひと言で終わる話題だから、そこまで神経を使ってくれなくても大丈夫なんだけど、善意が身を包む。
数枚あったピザと数箱あったポテトとチキンとパイは1時間ほどで胃袋の中へ消え、生地の屑と箱にこびりついたチーズの欠片だけが残る。お腹をぱんぱんにしたレオナルドくんはMサイズ2枚とチキン1箱で脱落し、他はすべて私が食べた。いっつもそんな感じなんですか、と問われる程度には容赦なく食べた。ありがとう、ドギモピザ。ありがとう、ヘルサレムズ・ロット。おいしかった。
ゴミを片づけ、レオナルドと並んで街へ繰り出す。
いっぱいいっぱいで息も苦しそうだった少年を休ませてからの出発だったため、太陽は中天を僅かに過ぎた。太陽とか知らんけど。燦然と輝く晴れやかなる笑顔が見たい。ライブラのメンバーに片っ端からスマイルを要求したいが、いかほどの札束を切ればいいのか。0円なんてあり得ない。こっちから懇願して支払う。こういう思考がダメだ。
ホテルの周りをぐるりと歩き、一応、と勧められた雑貨屋の立ち並ぶストリートへ入る。レオナルドはこまめに周囲を指さして、私が迷わないよう気をつけながら案内してくれた。腰を抱いていい?って訊いたらガチなトーンで嫌ですって言われた。調子乗ってごめん。
街の賑わいがヒールの立てる音をかき消す。石畳の硬質さだけを踵に感じる。ガラス窓の向こうをのんびりと眺めたり、レオナルドくんの説明を聞いたりしていると、彼はふいに不安そうにした。
「すいません、僕、あんま上手く説明できてないですよね」
「なんで?わかりやすいし楽しいよ。ありがとう」
レオナルドくんは、私のテンションが低いように感じたそうだ。ぽそっと打ち明けてくれた。全然そんなことはなくて、目新しさに感心して歩いてるんだけどな。
「私いっつもこうだよ」
「……そういえばそうかもしれない……?」
首を傾げたレオナルドくんは可愛かった。つまりこれ、表情豊かで明るさも暗さも隠さない人が身近にいる毎日に慣れてるから、反応の薄い私に怪訝さを抱いた、って考えていいよね。どこのイケボの話かな?元気いっぱいで素晴らしい。私の反応が薄いように見えるのは単に顔に出ないだけだ。喜んでますよ。
ニコッとすると、レオナルドくんもへなりと笑顔を浮かべた。
彼の声が力を取り戻したのをみて、視線を動かし、ひとつのシックなお店に目をとめる。レオナルドくんに声をかけて、私はそこに立ち寄った。
店内は明るい。棚のあちこちで、芸術的にカットされたクリスタルが沈黙する。パースが狂った、酔いそうな絵も飾られていた。雰囲気がいい。がらくた置場を模す整然とした乱雑さは、その場の空気を落ち着けた。
薄い薄い透明な素材でできた栞を手に取る。アクリルではない。ガラスでもなさそうだ。たわまず、落としても割れないと売り込まれる。ふむふむ。
色違いを適当に数枚集め、レジでお会計をした。使うのはもちろんヴェルタース、ではなく無尽蔵にお金が出てくるマジックカードだ。本当は無尽蔵ではないが、パッショーネの金庫は伊達じゃあない。カードの色はお察しください。どうせ色が変わるなら、推しメンへのお布施でメタモルフォーゼさせたいものである。
まとめて包んでもらったそれを、お店の外でレオナルドくんに渡す。彼は「ふえっ?」と素っ頓狂な声を上げた。私の足元が爆発して崩れ落ちるんじゃないかってくらい可愛かった。ふええ……勝てないよぉ……。勝負にもならないけどどうあがいても勝てないよぉ……。
「あげる」
「え、え、僕にですか!?」
「うん。あと、そっちのみんなにも。要らなかったら、そうね、フリマとかで売っちゃってね」
「売りませんよ!!」
お店の前でする話でもない。
彼が袋から取り出す数枚の栞は、たった今、私が彼にプレゼントしたものだ。私が、この世界で買った。
元の世界から持ち込んだものがこちらの世界に残ることはない。
こちらの世界で入手したものを元の世界に持ち帰ることもできない。
じゃあ、"譲渡したもの"はどうなんだってばよ?
プレゼントした物品の持ち主は、私ではない。
帰ってしまう私に結果を知るすべはないが、実験としてやっておく。彼らの中から記憶ごと"私"の痕跡が消滅するのか、どっかしらまでは残っているのか。好奇心が疼く。トリップ旅行(頭痛が痛い的な意味で)の思い出の余韻として味わおうじゃないか。
私の思惑がわからない少年は、突っぱねるのも失礼だと判断した。小さな袋を胸に抱え、ぺこりと頭を下げる。
「ありがとうございます。嬉しいです」
100万ドルの笑顔だ。
歩いたあとは、おやつである。
立ち食いピザの露店を見つけた。お昼に食べて満たされたかと思ったピザ欲はまだ腹の底で存在を主張しており、私は気づけば一切れのトマトピザを紙幣で買っていた。レオナルドくんが閉口する。
「ひと口食べる?」
「いいです。もう、1か月分くらいピザ食べました」
見たくないです。顔も背けられる。ごめんって。
口の端についたソースをペーパーで拭く。
トマトソースの匂いを嗅ぐのも苦痛である、と言わんばかりに唇をむずむずさせたレオナルドは、次に私をどこへ案内しようかと分かれ道を交互に確認した。近くに設置された好意的な地図板に、目を遣ろうとする。しかし動いた顔は、何かに釣られてツツツと向きを変えた。ポカンとしたそれが気になり、私もレオナルドの視線の先を追う。
ひとりの気弱そうな男が歩く。糸で引っ張られてでもいるように、レオナルドは彼を凝視する。正確には、気弱そうな男の後ろにぴったりつく、表情のない、男とも女とも知れない青年が気になったらしい。私がどうしたのと問うと、レオナルドがゆっくりと首を振った。
「生きてない、てか、人形?あんなの初めてで、……だからつい見ちゃって。すいません」
「うん?あの2人組?」
意味がよくわからない。何がかは訊ねるまでもなく件の2人組だろうけど、生きてないとは、これまた不可思議な表現だ。そもそも"生"とはなんぞやと生命倫理や哲学やカガクには関係なく、間抜けな相槌を打つ。
今し方目にしたものを振り払い、レオナルドくんが可愛らしい仕草で私を先導した。路地が何本か、規則正しく大通りに突き刺さっている。私たちは一本一本、注意も払わず通り過ぎた。飲食店で出た廃棄物が、何リットルかのゴミ袋に詰め込まれ奥に投げ捨てられる。
「2人組、ってことは、僕にしか見えなかったんですかね。それともここらじゃ珍しくないのか。どっちにしても、あの男の後ろにいたのは……」
なんの料理店なのかなーと看板を見上げる。注文が多かったりして。ヘルサレムズ・ロットにはガチでそんなんがありそうだ。どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はいりません。これ、最大手は白熊のような犬×山猫だと思うんだけどそこんとこどうなのかしらね。日本の友人はイヤやっぱモブ猟師×主人公2人がテッパンだろと言っていた。主人公2人はラストの時点で肉体的にも精神的にも弱ってるワケだから、御するのは簡単だと主張したいらしい。
ゆっくりと、私にもわかりやすい英語で喋ってくれるレオナルドくんは良い子だ。私が土下座してもし足りない欲望妄想を繰り広げ、暗チ不足で餓える心に無聊の慰めを試みる真っ最中とも知らず、どこにも聞き耳を立てる者がいないと確認した上で説明した。
「あの男の後ろにいたのは、ただのフワフワ浮かぶ人形でした。生きてないんです。なんだろう、生命力がない、みたいな。血が染み込んでて、男にも嫌な……わっ」
それがレオナルドくんの最後の言葉だった。不吉な言い方だ。
血の付いた人形ね、と復唱した私は立ち止まり、来た道を振り返った。ピザの屋台の付近とは打って変わって人けが少なく、あの2人も街のどこかをお散歩中だろう。人形を連れて歩く趣味か。世界は広い。まきますか、まきませんか。
どんな人形だったの?疑問を唱えようとして声が消えた。
隣を歩くはずのレオナルドがいない。先へ進んで角を曲がったのとも違った。角はずっと向こうである。
くぐもった反抗の声がする。すぐ右手に伸びる路地に黒い影があり、人型のそれは蠢くように荒い動きを繰り返す。抵抗を押さえつけるような力の入り方だ、と勘が働いたのは、とある暗殺チームのヒョロいノッポの肉体派が、ぶっ倒した肉体に馬乗りになり、アドバンテージを取ってやったぜなあリゾットちゃん、とゲラりながらボコスカと2人掛かりでリーダーを押さえつけるシーンを観劇した記憶が刺激されたためだ。あんなバイオレンスな戦闘訓練がギャングの日常茶飯事だとは信じたくない。
そう言えばさっきレオナルドくん、"わっ"つって言葉切った。
ちょう嫌な予感をおぼえるが、無視できない。細く、両脇に立つ建物の影でコンクリートが真っ黒に染まる路地に身体を滑り込ませる。高いヒールが音を立てる。跪いて足を舐めろとまでは言わないから、ボスのクレカに免じて降伏してくれ。
腹の上にのしかかる男に片手で口を塞がれる少年は、不意を突かれ、路地に引きずり込まれ押し倒されて殺害されかかっていた。着衣の乱れはなさそうで、そんな場合じゃないけど頭の中で立ち上がりかけたオーディエンスを座らせた。
「ポルポさ、逃げてください、これが人形だ」
「正直見なかったことにしたいけど、そうもいかないんだわ」
「正直すぎて対応に困るよォ!」
もうひとり、確実にいるはずだが、さてそいつはどこへやら。即時なんとかせにゃならんのは目前のレオナルドたんが生命のない人形に処女を散らされるか否かの危機であるが、背後からもうひとりの仲間に襲われ目が覚めたら身体が縮んでしまっている、などの事案は御免こうむる。
「すごく大事なこと訊くからノーかいいえで答えて」
壁に背をつけ、未だレオナルドくんを組み敷いたまま刃物を逆手に構えたマーダードールに意識を向けた。
「いくわよ。……人形に命はあったっけ?」
「い、"いいえ"!あ、ありません、けどッ」
おk把握。
高く振り上げられた腕は、レオナルドくんが視た"人形"を隠す仮初の殻だ。
ここは影に覆われる路地裏。手に握りしめられる凶器は光らない。
えぐいナイフの切っ先がレオナルドくんの首に届く寸前に停止する。
相手が無機物では視界のシャッフルも叶わず、咄嗟に取り出し短縮番号で無言電話を繋ぎっぱなしの携帯電話だけが、少年の命綱であった。命綱の向こうはざわめき、そのうちお味方が到着する。やっぱり非戦闘員だけで街を観光っつうのは危険だわ。ポルポさん賢くなったよ。
「え……」
人形は動きを止めたままで、奇妙な事態に、レオナルドくんがずりずりと拘束から抜け出し、お尻と足で路面をこするように後ずさった。
「見えてる?」
「へっ?」
念の為付け加えるが、イエーイレオナルドちゃん見てるー?アリーナ席盛り上がってるかー!と、いうニュアンスからは程遠い。
「あの、なにがですか……?」
へー、神々の義眼にスタンドって映らないんだ。悪用し放題だね。ベイビィ・フェイスみたいな独立型のスタンドが、離れた場所でお仕事中のツェッドの雄っぱいをタッチして触り心地を報告してくれたとしても、同時刻にアリバイさえ作っておけば私は事実上の潔白、と。
私とレオナルドくんの間に立つのは、お人形だけではない。私以外には見えぬまま、忠実に敵を固定し続けるお久しぶりな異形の像。"これ"の組み付きスキルにはステータスガンガン振ってるから、99%成功だ。
「それじゃあレオくん、ここでポルポさんのどちゃんこ久々な"スタンド"講座。ご清聴あれ」
「何言ってんですか!?」
却下されちった。黙るとしよう。
ブラック・サバスは、対象を矢で刺しスタンド能力を引き出す。素人強盗に襲われて怖かったからサバスで刺して逃げましたー、とかやっても、相手に素質があってスタンド使いに変身したらこっちが危なくなるから迂闊に使えない。
しかしスタンドとは、"生命エネルギー"のビジョン。生命エネルギー/Zeroの殻しか持たぬ殺人人形には、金の矢はただの武器だ。ごめんねボス、矢を使うなって言われてたのに使っちゃった。
光は陰る。高い建物が多くて助かる。どこもかしこも影まみれだ。そして影はブラック・サバスのテリトリーで。
「レオきゅん、これが終わったら結婚しようね」
「は」
射程距離A。スピードA。Aっていうのは"超スゴイ"。単なるお人形が華麗なるブラック・サバスさまに勝てると思ったら大間違い。ダメだわ、ああ、全然ダメだよ。
噴き出す血がブラウスを濡らす。誰が漂白すると思ってるんだ。私以外の誰かに手間がかかっちゃうだろ。
何が起きたか、スタンド使いではないレオナルドちゃんにはちんぷんかんぷんだった。相手の胸に穴が開き、"何か"を引き抜いた衝撃でおびただしい量の血が地面に水たまりを作った光景だけが見えた。視線はブラック・サバスのビジョンをすり抜け、軽く血を浴び、バートリ夫人じみた私の姿に愕然とする。
「ポルポさん、血まみれですよ!?」
大丈夫だ問題ない。血なんざ媒体ですよ、媒体。
ヒト型を失って土と化し、泥の中に球体関節人形が埋もれていた。私これ呪われたりしない?
レオナルドくんが喉を震わせた。なんですか、いまの。
敵本体はどこかなと上空や路地の入口、ついでに忍者屋敷みたいに壁がぐるっと回転したりしないだろうなと疑って背後も確認したが、姿は見当たらない。さて、小さな問いかけに、どう答えたものか。
「そうね。アレは今から36万、いや、1万4千年前のことだったかな」
「ポルポさん、たまにはふざけないで喋ってくれませんかね」
「予想外に辛辣」
トータス・ナイトはしっかり者だった。
能力者本体はリアルな生命体で、無差別に犠牲者を選び出して残虐でホラーじみた殺害を試みる指名手配犯だったそうな。本日はお日柄もよく、愛玩するオキニの人形を伴って昼下がりのピクニックに出かけた彼は、正体を見破ったレオナルドくんと私(とばっちり、いや言うまい)を殺害すべく、手始めにレオナルドくんを誘拐した。街中で殺すよりも路地裏で殺したほうが発見が遅れると考えた。本体に戦闘能力はなく、人形も1体しか連れていなかったので手間取ったのが運の尽き。あとレオナルドくんが主人公だったのと人形に生命エネルギーがなかったのと私がいたのと影まみれの路地裏に引きずり込んじゃったのとブラック・サバスが現役だったのも運の尽き。どうでもいいがこの犯人、ダッチワイフならぬヘルサレムズ・ロット・ワイフやビヨンド・ハズバンドも造っていたりするそうな。ど、どんなのか気になる。超次元異界的造形なのかしら。
人形はボロボロと崩れて栄養のなさそうな土に還ったが、血はそのままだった。なんでやねん。急に泥まみれになるのも嫌だが釈然としない。
駆けつけてくれたのはチェイン、ツェッド、スティーブンさんの3人だ。物陰で高みの見物を決め込んでいた敵本体は人形がやられちゃってあうあうしてたとこをワンパン(殴っちゃあいないけど)で沈められ、ギャアアと汚い悲鳴を上げてもんどりうち、お縄となった。
「怪我は?」
スティーブンさんが私を気遣う。彼がレオナルドの手を取って立ち上がらせてやるそのワンシーンを脳内メモリに刻み付けた。
「ないですよ。全部返り血」
しまった、"またつまらぬものを刺してしまった……"って言い損ねた。くっそー、いっつも大事なところで忘れるんだ。つまらぬもの、なんて呼んだら歴代の犠牲者に失礼だから、言わなくて正解だったかもしれないけども。
血は土塊を染めて泥にし、道路を汚辱する。綺麗じゃねーか、闇に舞い散る白い雪、それを染める緋色の鮮血……、とは私の心の中のジンの兄貴以外誰も言わない。ホンット、自分の雑念ながら勘弁してほしい。
スティーブンさんがぬめりを静かに見下ろした。
「ポルポさんが?」
「そうっすね」
ブラック・サバスが、と答えるのは変だ。方法ではなく使用者が問題なのだよワトソンくん。
「ボスに知られたら怒られちゃうんで、できれば内密にお願いします」
「……"矢"を使った、ということかい?」
「そうっすね」
「スタンドの?」
「そうっすね」
「それで殺害?」
「そうっすね」
相槌マシンと化した。
そうか、とあちらも頷き、思い出したようにスーツの上着を脱いで私の肩にかけてくれた。えっマジか惚れていい?いい匂いするし体温感じる。いい匂いする。大事だから二度言った。ねえいい匂いする。
チェインたんが私の手を取り、車のドアを開けた。シートが汚れるけどいいのかなあと眉根を寄せると、ツェッドが乗るように促す。いいならいいわ。乗り込んだ。スティーブンさんが後処理の手配をする。こっちの心配はしなくていい、と穏やかに彼は囁いた。あえて恩を売りつけないところ、好きだよ。売りつけないことで暗黙の貸しを作るという人心に訴えかける手腕、お見事でござる。
惨状を残して、私は秘密結社から何度目かになるお招きをいただいた。
レオナルドはずっと片手でポケットに触れていた。そこには私が贈った栞がある。
ブラック・サバスって影の中を超速で移動できるし、射程スゴイし、相手を選べば無双できそうだな。私はつらつらとどうでもいい空想をしつつ、窓の外を眺めた。
終わり良ければ総て良し。誰だそんなことを言ったのは。逆に終わりが面倒くさかったせいで観光の思い出が霞んだわ。
濃い体験であった。ヘルサレムズ・ロットっぽかったと言えば、ぽかった。最後の最後に不思議なパワーも目にできて、久々にブラック・サバスと再会もした。サバスたんでストリートファイトする日が来るとは想像してなかったわ。ホント、刺した感触が伝わらないタイプのスタンドで良かった。貫くのは初志だけでいいさ。ドヤッ。まあそれも貫徹したことないけど。
昨日は深夜までライブラに詰めて事情を説明していたから、眠気も強い。私は徹夜のフラゲとマインスイーパーとソリティアくらいでしか睡眠時間を削らない、規則正しい元ギャングだ。自然と返事がおざなりになる。可愛くて魅力的な子がいっぱいだしライブラ仮眠室に併設される小さなシャワールームで色々見つけてめちゃめちゃ死ぬほどテンション上がったけど、眠いモンは眠いのよね。どう考えても観光最終日を迎えた取引先の幹部へ奢る朝食のチョイスとしてはおかしいインドカレーをご馳走になり、意味がわからな過ぎて惚れそうになった衝撃が多少の眠気覚ましにはなってくれたが、車の緩やかな進みとガヤつく単調な景色は瞼を重くする。広々とした後部座席で遠慮なく脚を組んだのは、もう二度と会わん人たちの前で、眠気を堪えて取り繕う必要を感じられなかったためだ。女としてっていうか人としてヤバい。パッショーネの格と同時に私の名誉も落ちる。
この7日間で、パッショーネの評価はどん底だ。均衡を保つための必要経費だとしても、代償にこんな組織の世話をしなくちゃあならないなんて、金銭関係は大変ね。
おそらく、初日の彼らに訊ねれば、言葉に迷いながらも"少なくとも異界とのバランスには敏感な組織に違いない"と答えるだろう。
では今は。
私は声も張らずに問いかけた。
ところでこのパッショーネを見てくれ。こいつをどう思う?
彼らは間を置いたが、しかしハッキリと、各々このように答えた。
「ポルポさん。あなたのような方がいるのならば、いずれ前に進むのだろう、と思う」
「スタンドのことも含めて、様子を見るべきだと思ってるよ」
前者めっちゃプレッシャーかかる。クラウスさん怖いよ。私のような方がいたほうが組織の体系が悪化する気がするな、私。ほぼ自爆してくれたとはいえ、ボスを貶めようとする部下だぜ。
まあ、私は好意的な意見は否定しない。悪く言われてもどうでもいいやと投げているのはバレバレの秘密だ。
ものっすごい重たいお言葉をいただいたが、もう二度と、私たちは会わない。話さない。関わらない。私が元の世界に帰ろうが帰るまいが、こちらの世界の"私"が何事もなかったかのように日々を過ごそうが、過ごすまいが。アッそういえばこっちの"私"ってどうなるんだろうね。私がこっちの世界に来た時点で時が止まってるような状態なのかな。急にこんな非日常後の後始末に追われる羽目になったら可哀想だ。"私"のことだから、なんやかんやで納得するんだろうけど。置き手紙でも残しておこうか。うーん、手間だ。マメじゃないんだよなあ私って。
ぼうっと考えてから、ああそうだ返事をしなきゃ、と思い出した。
「そうですか」
私は、眠気と雑念が混じった、フワッフワな笑顔を浮かべた。後部座席の私の顔なんて、誰も見てないだろうに。癖かな。社交的で好感度の高い習慣だ。
空港で、見送りはここまでで結構です、と最後までついて来てくれそうな彼らの好意を辞退する。とても楽しかったです、特にあなたたちに会えて。メインキャラ的な意味で。
クラウスさんとスティーブンさんに求めて、別れのハグをしていただく。だ、大丈夫、最後だからって言って決して深く匂いを吸い込んだりはしていない。そこまで箍が外れちゃあ終わりだ。例え私がブチャラティのズボンのベルトのバックルに手をかけた憶えのある最低な女だとしても。ああしかし最高。こちらに合わせて身を屈めてくれる彼の背のカーブを求める試験問題とか絶対あるでしょ。ライブラ全員満点だわ。
眼鏡の奥の瞳を覗く。深く、真摯なそこに、私の気の抜けた顔が映る。
こんな間近でクラウスさんと触れ合うなんてねえ。ちょっと背伸びして唇を奪った瞬間、アレでしょ、隣に立つスティーブンさんが私を夜道で刺し殺す。ガチで身体が震えた。クラウスさんの親衛隊隊長の笑みがトラウマになる。
自分の妄想に怖がって自家中毒を起こした私の身震いを見て、クラウスさんが怪訝そうに肩をさすってくれる。誤魔化すように慌てて笑って距離を取った。スティーブンさん、私は無実です。やってません。やってないです。誤解なんだ。
今一度、別れの文言を並べ、そそくさと手を振って人ごみに紛れる。振り返ると、私の姿が見えなくなるまで、彼らがそこから動かないつもりでいるのがわかった。
元の世界に戻るのは、イタリアの地を踏んで仕事を終えてからだ。こっちの空港でいなくなっちゃって飛行機に空席ができるのも、機内で突然人が消えるのもおかしい。
私が帰った瞬間に"私"が入れ替わりで同じ場所に現れるとも考えられるが、仕事を終えて帰るまでが遠足なのである。
契約書をボスの手に渡し、へいへいお疲れさんッしたと電話で変わらぬテンションの会話をする。褒められた。お金が増えるよ、やったねポルポさん。
トリップした時と同じく、お仕事に使う部屋で、たったひとり、サラサラッとメモ用紙に一筆したためて、存在するかもしれない"こちらの私"へのお手紙とした。この私がイタリア語や日本語で書くという愚行を犯すと思うてか。黒歴史はこんな時に活用するんだよ。この時代にはまだ存在しない文字だ。読めちゃうし書けちゃう自分が好きよ。
本型の小物入れから、中身を取り出す。『異世界観光』としては、興味深い7日間だった。ほぼずっと食べ物を口にしていたような。異界のご飯、美食だった。
蓋を閉じた。ちゃんと帰れんのかな。
鍵を差し込んで捻ると、小さな音と共にまばゆい光があふれた。
見覚えのある、何ひとつ変わらない自宅で目を開ける。
リゾットはまだ帰宅していない。時間もトリップ前とまったく変わらぬ、と直感でわかる。洗面所へ走って鏡を見ると、首に傷もある、元通りの26歳がそこにいた。なお本体はおっぱい。すごいなこのマシン。
私はリゾットにメールを打った。ポテチ買って来て。
返信はすぐだった。分かった。
電話をかけた。
「リゾット、愛してるわ」
「……わざわざ電話をかけて来なくても、全部の味を買って帰るつもりだ」
やったーと喜んでおいたけど違う。
小物入れを持って二階に上がり、自室で原作のページをぱらぱらとめくったが、もちろんのこと、すんげえ面白い物語が展開されるのみだった。
触れ合った記憶がリアリティを肉付けして、謎の感動をおぼえる。
20151015