消費HPは2ポイント


この世はフラグまみれであり、私はヘルサレムズ・ロットに異世界トリップを果たす特異な状況を満喫しており、いざとなったらいつだって帰れる心の余裕も備わるからして、ふらふらとゲーセン的な娯楽施設に迷い込みひとつのゲームにコインを投入するのは必然と言えた。
個室に入り、詰まりやすい投入口に硬貨モドキをチャリンチャリンと数枚押し込む。何度かやってコツを掴んで、A以上の結果を取って景品を手に入れるつもりだ。人類のお兄さんもテーマパーク特有の笑顔でぐっぱと手を振り、私を応援してくれた。若々しい声援を送られては頑張らざるを得ない。
玩具だが、機体と繋がるコードが太いせいかずっしりと重い。日本でやったのと近くて安心した。かけ離れていたら、何枚の疑似通貨が消費されたことか。もちろんお財布的には何枚だって両替できるが、躍起になってるみたいで我に返ると恥ずかしい。若返った姿で幸いだ。
コンコン、と反対側のドアが叩かれる。ん? 首を傾げた私の前でスライド式の仕切りが開き、背の高い女性がニコリと私に笑いかけた。
「私も一緒にやっていいかしら?」
これはマルチプレイにも対応したガンアクションゲームだ。むしろペアを組んでやるのが一般的で、難易度も下がる。殲滅すべき敵の数はプレイ人数に左右されず一定で、ひとりでは手の回らないステージもあるだろう。全然いいですけど、と首を振った。女性はぱちんと指を鳴らし、隣のシートに腰掛け、ドアを閉めた。
私の側からは彼女の青みがかった瞳と、スッとした輪郭を形づくる通った鼻梁、強気そうな唇がよく見える。こちらを向き、2つのシートの間に置かれた硬貨の投入口に数枚のコインを落とした彼女の右の眼は隠される。襟の立つジャケットといい、ほぼむき出しの太ももといい、凝視するまでもなく目に焼き付く風貌だ。眩しい。素肌が眩しい。ごめんなさいね、と女性が眉の線を動かした。
「私はK・K。怪しい者じゃないのよ。久々にプレイしたいなって思ったら可愛い女の子がいたから声をかけちゃおうかなって。邪魔だったかしら」
「K・Kさんですか。私はポルポです。このゲームは初めてやるので、足引っ張っちゃったらすみません」
「私も経験は少ないわ、助け合いながら行きましょう! せっかくだからS勝利を狙いましょうね」
半ば予想がついていたので驚かないよ。そうだよね。青年3人組の直後にこの人とは、私かなりヘビーに攻められてる。追跡された?偶然?なんにせよ貴重な蓋然的エンカウントだ。K・Kさまが自発的にゲーセンでガンシューティングアクションゲームに飛び込んだのだとしたら可愛さ余って興奮百倍。昼食後の息抜きってやつですか。
どちらかと言えばこの様子見は、"疑いを晴らすため"の視点からの接触である気がする。クラウスさんとスティーブンさんなら、クラウスさんに近い。多角的に観察しないと客観性が欠ける。クラウスさんは冷静に、人格を持つひとりの人間として私を受けとめ、スティーブンさんは人格却下で相手組織の幹部としてこちらを泳がせる。この一方的にギスギスしてる感じ懐かしい。私、何も考えないことにしてるから自然体でひたすらご飯食べてるんだけどこんな不審者でいい?やりがいがなくてごめん。
レオナルドくんとか中華レストランランチグループはこっちが心配になるくらい無心だったが、は、羽振りの良さとかを調べられていたのかもしれない。んなわきゃあない。秘密結社の人員であると判明済みのツェッドを友人に持つ、って立場の、メンバーである可能性が極めて高いザップくんとチェインたそに私がどんな態度を取るかでこちらからの詮索具合を窺った、あたりだろう。穿った見方をし過ぎなのかなあ。もっと人を信じたいね。私が彼らと類似した立場に置かれた時、如何に暗殺チームの色とりどりなメンバーを方々に散らばせ探偵ごっこでこき使うかがバレそうだし。色仕掛けと物理と盗み聞きなら、ぜひとも色仕掛けの子細な報告を七割増しで受けたい。
おどろおどろしいスタート画面に集中する。準備ができたら画面の中央を撃ち抜けと英語で書かれている。英語で。ふざけるな松田誰を撃ってる。英語は無理だっつってるでしょ。どうやらステージごとにミッションも課されるらしいが、私はその指令を読めるの?
「私が先に行くわね。この辺のゾンビはどうせ弱いから、練習代わりにゆっくりやっちゃって」
「ありがとうございます」
廃病院を突っ切り、部位破壊では時間稼ぎにしかならないので脳天を狙いつつ、話しかける。
「よく来るんですか?」
「そう頻繁でもないけど、この軽い感じが懐かしくなる時があってね」
探りだろうがなんだろうが、喋らないともったいない。彼女はK・Kさんだ。隣に座っているだけなのに空気が気持ちいい。軽いって何がかな。引き金?
「ポルポちゃんはこの近くに住んでるの?」
「私は旅行者です。明後日に帰るんで、色々遊んでおきたくて。あ、すみません逃しました」
「あらそうなの。大丈夫、もう仕留めたわ」
眉間に風穴を開ける、ハンドガンによる華麗なヘッドショットだった。
「この作業慣れてません?」
「そうでもないわよー」
信じないでおこう。
「どこから来たの?わざわざヘルサレムズ・ロットになんて、珍しい旅行先じゃない」
「南イタリアのネアポリスから。仕事も兼ねてて、おおっと」
「そうそう、角を曲がると居たりするのよねえ。次のミッションは……、要救助者の発見と保護?こんなゾンビまみれの廃病院で肝試しなんて、度胸あるわコイツ」
肝試しは自分で責任を取れる範囲でやっていただきたいものだ。意外にも簡単に見つけられ、K・Kさんが丁寧に救助した。
「K・Kさんはこの辺りの人ですか?」
「仕事場が近いの」
「お仕事ですかー。バリバリ働いてそう」
「そりゃあ手は抜かないけど、今はすっごく忙しいってワケじゃないから余裕があるもんよ。こないだ……先週だったかしら。仕事終わりに同僚全員で食事に出かけたんだけど、私が帰ったあとも随分長く続けてたみたい。珍しいからびっくりしちゃった」
「普段は結構早めに切り上げるんですか?」
「体調管理も仕事の内だから、監督ぶってるヤツが切り上げさせてるわ」
何フェイズさんなんだろう。見当もつかないわ。
「その人が仕切り役?」
「ンー……」
K・Kさんは画面から目をそらさず、片手間にゾンビを2体動けなくした。
「そうなのかしらね。何だかんだでみんな、ほっといても何とかなるんだけど、せこせこ気ィ配ってんのよ。やろうと思えばやれちゃうから余計に」
「へ、へえ」
めっちゃプラスの評価じゃん。他人の前だからだとしてもスゴイ褒めてるように感じられる。動揺して弾倉の装填に手間取った。その間の襲撃はK・Kさんが返り討ちにする。拾った武器に持ち替えたK・Kさんは直後に1発、ゾンビに向けて無造作に発砲したのだが、その動作がやけに手慣れて見えてやっぱ怖いわと胸中で呟いた。ゲームなのに迫力がとんでもない。ソロプレイでパーフェクトを叩き出す姿が幻視できた。
「あ、その手榴弾あげる」
「ありがとうございます。どうやって投げるんですか?」
照準を合わせて足元のペダルを踏むのよと教えてくれた。

ゾンビを蜂の巣にすると暗殺チーム的な意味で悲しい場面を思い出すからできるだけ穏便に即死させ(何を言っているのかわからないと思うけど私も以下略)、ラストステージに突入する。某音ゲーでこれ手何本必要?って訊きたくなった硬直が脳裏に蘇るくらいわらわらと敵が立ち向かって来た。とりあえず投げた。人がゴミのようだった。人じゃないけど。
「ポルポちゃん、恋人とかいる?」
HaveなのかNeedなのか、日本語だったら戸惑えるが、ここは英語の国である。
「もしいるんだったら、お揃いの雑貨とかが有名なお店を紹介しようかと思ったんだけど、失礼なことを訊いちゃってごめんなさいね」
K・Kさんがオススメするお店は、さぞや素敵なのだろう。有無関係なく行ってみたい。しかしこの世界だとどちらかと言ったらボスの顔がチラついて胃が冷たくなるので、ペア系の記念品は目にしないほうが良さそうだ。
「えーっと……、いたんですけど、……今は会えなくて」
無難に答える。嘘は言ってない。
K・Kさんは、そう、と眉根を寄せた。誤解を招く言い方だった自覚はある。私、クラウスさんとスティーブンさんとご飯を食べた時もだけど、文法単語チョイスのミスが発端だとしても身内を殺しまくってるな。
「ごめんなさいね」
「いえいえ。どうせまた、時が来たら会えるんですから」
「……それは……」
K・Kさんの銃撃が止まり、代わりに私が撃った。
「……そうね。いつか会えるわ」
そんな会話をしつつ、私たちは最後の1体を譲り合った。目の前でハンター2人に殺害権を譲り合われたゾンビの気持ちを思うと泣ける。
ぱんぱかぱーん、と鳴ったファンファーレがS勝利を祝う。総合的な消耗は0に近い。暁の水平線ならぬ、午後のヘルサレムズ・ロットに見事な勝利を刻めた。
左右のドアからボックスの外に出て、知らず凝っていた肩を回してほぐす。緊張感のあるゲームだったが、なかなか、不健康に爽快だ。
背の高い美女と並んで景品を眺める。あら、と細い指が選んだのは、何かのキャラモノのグッズだった。お子さんにかなと察したが知らんぷりで、好きなんですか?とニッコリした。K・Kさんはちょっと照れくさそうにして、ええ、と肯定する。子供が、とは言わなかった。当たり前である。言われたほうが焦るわ。
迷ったが、私は面白グッズにした。ヘリウムキャンディー。舐めるとしばらく声の高さが変わるらしい。絶対零度とは無縁そうなこのキャンディーの内部にどれほどの圧力がかかっているのか、仕組みに疑問を抱かなくもなかったが、店員のお兄さんが実際に舐めて聞かせてくれたので効果は間違いない。異界ってすごい。改めてそう思った。
K・Kさんはゲームセンターの前で颯爽とコートの裾をさばき、強風をやり過ごした。
「ポルポちゃん、恋人さんを愛してる?」
そんなに大事な話かな、それ。思いがけず、人間性の判断をつかさどる一線に触れる重要な発言をしてしまったらしい。
「ええ。彼だけじゃあなく、身内みんなが大切ですよ」
無事に帰って会いたいから誅殺しないでね!って感じだ。されないのは知ってる。
「ありがとう、ポルポちゃん。また会えたら嬉しいわ」
「私もです、K・Kさん。またその"仕切り役"さんの話でも聞かせてください」
彼女は顔をしかめた。
「アレね。アレはいいわよ、大した話もないし」
ピーマン対応だった。

気をつけてね、のひと言に見送られ、背を向ける。肩越しにちらりと視線をやると、彼女は私に頷き掛け、自分も踵を返した。答案と結果が返却されないテストはつらい。
手に入れたキャンディーを口に放り込む。イチゴキャンディーですな。特濃でおいしい。
カバンの中でケータイが震える。確かめるまでもなくボスだ。今日の朝は雑な返事で済ませたから、今度はちゃんとしないとイカン。ボタンを押す。
「お疲れさまです」
「ポルポはどうした!?」
「は?」
なんのこっちゃと首を傾げて気づいた。そうだそうだ、声が違うんだった。イタリアのどこかにいるボスがとんでもなくテンパってウケる。
誘拐犯を装ってしばらく遊ぶ。やり取りがこじれ始めた頃、思い出したように"合言葉は"と問われ、"そんなんあったっけ"と正直に訊き返したら本人であると理解されたらしく、悪ふざけが過ぎるぞポルポ、と彼は激おこだったけど、あんなボスの声は聞いたことがなかったので素直に笑った。ボスも自分を恥じ、くっ、と唸って電話を切った。たぶん、次の電話先はドッピオだ。
ドッピオくんのメンタルカウンセリング、ボスにはとても効きそうだった。






20151015