色んな意味で普通じゃない
ヘルサレムズ・ロットを一人旅、というよりは、ボスから頻繁に電話がかかってくるので気持ち的には二人旅みたいな感じになっている。NDKを叫びたいのだけど、どんな奇行も受け入れてくれそうな街であっても私の中の日本人としての常識が蛮行を食い止めた。ツッコミ役でもないのに声を張る必要はない。そういうのはイルーゾォに任せる。彼ならば、リトル・イタリーの看板という看板を落下させるレベルの拡声ツッコミを披露してくれることだろう。
リトル・イタリーはイタリア人が多く集まる地域だったそうだが、今はまあ、面影はなく。掛け値なしに言うと、崩れ去っていた。悲しいけどこれ、現実なのよね。
イタリア人として一度は足を運ばねばなるまい、とすぐつかまったタクシーに乗り込んで君を目指してみたのだが、拍車のかかった気持ちからはぷしゅうと空気が抜けた。めぼしいものは何もないよ、と運転手さんが親切な忠告をくれたおかげでダメージを軽減できた。観光スポットはね。ヘルサレムズ・ロットだもんね。生まれ変わったといえる街。桔梗とかごめが別個の人間であるように、つながりや縁はあったとしても、世界はもう取り戻せないのである。元の世界に帰ったらアメリカ旅行に出かけようかな。本来のニューヨークが見たくなった。だけどもしかすると、ヘルサレムズ・ロットに慣れてしまったら、正しい姿のニューヨークが物足りなく思えてしまうのかもしれない。自分が非日常に染まる。
肩透かしを食らったし、軽くご飯でも食べるか、と市街地に戻る。タクシーから降り、手軽に入れそうなお店を探した。
ダイナーらしきものが目に入る。賑わいがあるが店内は広く、ゆったりできそうだ。
カウンター席につき、オススメのものをひとつ頼む。
「お客さん、腹減ってる?」
「減ってる。ガッツリ目でお願いします」
「りょーかい」
朝とお昼のちょうど真ん中。朝ご飯で蓄えたエネルギーが枯れ始めるころだ。キャンディやチョコで誤魔化すのも身体に悪い。なんとなく、空腹の度合いは年々ひどくなっている。そこは成長しなくていいんだけどな。
バーガーはすぐに提供された。でん、と大きなバンズに肉が挟まれ、持ち上げるとずしりと重い。暴力的なまでに食欲をそそる匂いがした。
大口を開けて食べ始め、バッグからカウンターテーブルに出しておいたケータイが震えても無視をし、口についたソースをペーパーで拭う。
ひたすら黙って口に運んでは飲み込んでいく。うおォン、私はまるで人間火力発電所だ。おいしい。
おやつはあっという間になくなってしまった。カウンターの内側に立つ店員さんが目を丸くする。
「こんなペースで食べたお客さんは久しぶりだ」
「お恥ずかしい。すごくおいしかったです。ご馳走様でした」
「ありがとう」
お皿を片づけた店員さんが、お水のおかわりを出してくれた。オレンジジュースの味でいっぱいの口内を、お肉の脂ごと胃に流す。
「見ない顔だけど、最近この街に来たの?」
「ええ。一昨日、ちょっと仕事で。すぐに帰るつもりなんですけど、何もせずに帰るのももったいないじゃん?」
「確かに。なかなか見らんない景色だ。変なのに捕まんないようにだけは気をつけて。お客さんは身なりも良いし、きょろきょろしてたらカモられるかもだから」
身なり、良いかなあ?
今の私はただのブラウスとスカートと、肩にポシェットを引っかけているだけだ。とてもシャレオツとは言えない。
目立つのは、赤い瞳くらいか。
赤い瞳というと何をイメージするか。
会合的な集まりの際、時おり、察知されない程度に観察されたところを見ると、幸運の象徴ではないらしい。吸血鬼っぽいのかもしれないね。この世界での『吸血鬼』とは、結びつけてしまえば血界の眷属につながるので、警戒された部分があるのだろう。
でも残念、さやかちゃんでも血界の眷属でもないのです。だって私、鏡に映ってた。窓ガラスにも映る。彼らはそれを確認し、疑いを晴らしてくださったのだろう。ありがたいことだ。異世界トリップの特典かなんかってヤツで特別な立場に置かれてたりしたらもう、最低だもんな。私は戦えない。ブラック・サバスなにそれおいしいの?戦闘においては欠片も役に立たないスタンドだ。"密封"されたら帰還も不可能になりそうだし、平和が一番である。私は単に瞳が赤いギャングの幹部。ディアボロの部下。たった一人の、スタンド使い製造マシン。この世界においては、それ以上でもそれ以下でもない。嫌んなっちゃうな。この世界の私が可哀想すぎる。とりかえっこみたいに、私のいた世界にこっちの世界の"私"がトリップしてたりしたら大笑いなんだけど、そうすると余計に申し訳ない。こんなパラレルワールドにゃあ帰りたくなかろう。
まあ、可哀想には思っても、私、フツーに帰るけどな。どの世界の私も同じようにするはずだ。どこまで行っても、私は私である。
カモられないように気をつけるね、と言って席を立つ。お金と笑顔を置いて店を出る。
そんな私とすれ違うように、ひとりの少年が店内へ滑り込んだ。肩がぶつからないよう、お互いに避ける動きの延長線で目が合う。彼は一瞬、ぼうっと、私を見つめた。
反射的にニコリと笑うと、あちらも慌てて会釈を返した。可愛い。おっぱいを押し付けて遊びたい。癒しを感じる。
交流は2秒と続かない。私は喧騒の中へ。彼は肉の匂いが漂う店内へ。ドアに隔てられ、何も残らない。
どこへともなくしばらく歩いて、ん?と来た道を振り返った。
「(……今の、主人公か?)」
まぶたを閉ざしたように見える目元。だぼついた服。大人びているのに、あどけなさが残る輪郭。頭の上に座る小さな動物。
こんな特徴を持つ人なんて、ヘルサレムズ・ロットには掃いて捨てるほどに居そうだ。
しかしなんとなく、なんとなくだけど、あのまぶたの下に煌めきが隠されているような気がした。
*
メンバーの集まる一室へ戻ったレオナルドは、くちくなった腹をさすって椅子に腰を下ろした。
「何を食べてきたんですか?」
いつもはランチを共にするが、今日のツェッドはやることがあったらしく、レオナルドと道を分かれて昼を過ごした。
「スパゲッティとコーヒーです。ほら、いつものところで」
「レオくんはあそこが好きですね」
「なんか落ち着くんですよね」
室内にはいくつかの人影がある。
テーブルを挟んで座るレオナルドとツェッドに加え、出先から帰還したばかりのクラウス、紅茶を淹れたギルベルトが、落ち着いた昼過ぎを形づくっていた。
そこへ、もうひとつ気配が増える。こちらも昼食を終えたばかりだ。
スティーブンが、ちらほらと揃うメンバーを見まわした。
「バイトがあるんじゃなかったのか?」
「今日は夜番なんです」
「僕は終えたところです」
答え自体に興味はなかったのか、彼は簡単に返事をしてから、自分の飲み物を用意した。思い出したようにレオナルドとツェッドにも希望を訊いたが、彼らには、この副官に飲み物を用意させるような恐ろしいことはできなかった。首を振る。
断った手前、すぐに立ち上がって水をつぐのも嫌味っぽい。レオナルドは少しだけ渇いた喉を唾液で誤魔化し、「お昼と言えば」と、ある場面を脳裏に描き直した。
「面白いものを見たんです。"もの"っていうか、"人"なんですけど。血界の眷属のオーラのこともありますし、報告しますね」
穏やかでない名前が飛び出したので、全員がレオナルドに注目する。
レオナルドの"眼"に見えるのは、触れられる物体だけではない。本質を見抜き、"それ"が何であるかの実体をとらえる。彼が赤い羽根のオーラを見つけたことは、どんなに時間が経っても新しい記憶のまま残るだろう。ライブラにおける"レオナルド・ウォッチ"の、すべての始まりといえた。
彼の"眼"には全員が信を置いている。様々な人外を、現世外を見続ける彼が殊更に着目した事象に関し、ライブラの面々が興味と注意を惹かれないはずがなかった。
少年は、憶えのある居心地の悪さを感じた。努力して、昼に行った飲食店の名前を出す。
「一瞬でしたが、そこですれ違った女性から、今までに体験したことのない気配を感じました。色は、……その、赤っぽいんですけど、でも!血界の眷属のアレとは全然違います」
「どんな気配だったか、具体的に感じたことはあるかい?」
数秒と数えるのもおこがましいような邂逅で、違和感をおぼえる反射も間に合わないほどあっさりした別れだった。ぽかんとするばかりで、"追いかける"という選択肢など、思いつきもしなかった。もちろん、追いかけたところでレオナルドが彼女をどうにかできたとは考えられない。
羽根のようでは、決してなかった。緋色でも、毒々しくも、神々しくもない。ただ、何か、ふたつのものが混じり合ったような、混色の赤だった。不思議な感覚に胸を突かれた。恐怖でも感動でもなかった。よく考えれば、交わった視線の奥に見えた、瞳の色に似ていたかもしれない。
「瞳の色?」
「あ、はい。赤色の瞳でした。カラコンっぽくはなかったです」
クラウスとスティーブンは、思い描いたひとりの姿を無言で確認する。新しい知り合いだ。"知り合い"と呼べる関係ではないが、大雑把にくくればそうなるだろう。つい、昨日、会った。
異質な沈黙に、レオナルドは何かを言わなければならないような気がして、口を開く。しかし、言うべきことが見当たらず、力を抜いた。
「その彼女、……金髪で、……胸がデカくなかったか?」
ツェッドがむせた。レオナルドも、場違いな発言にスティーブンを素早く二度見た。答えをせっつかれ、急いで何度も首を振る。
「あ、え、ええ、あの、金髪で、胸が大きかったですね」
長身がふたり、頷き合った。
「彼女か」
「彼女のようだ。スティーブン、連絡を取れるかね」
「僕がかけていいのか?君が言った方が、対応が早くなりそうだよ。なにせ"取引先"だ」
「私が連絡すると、大ごとに取られてしまうのではと思うのだが……」
「気を遣い過ぎだ」
大ごとだしなと言いつつも、彼は電話を取り出した。全員の前で、着信履歴からひとつの番号へ電波を飛ばす。
先ほどまでの低いそれとは打って変わったにこやかな声音に、レオナルドが一歩、後ずさった。
「ポルポさん、お忙しいところに突然申し訳ございません。昨日の話なのですが、ドン・パッショーネとのお電話を聞かせていただいた際、ドン・パッショーネからポルポさんが特別な、……ええ、はい。おっしゃる通り、いわゆる『諜報』の任務を与えられていると……。……ええ。……ははは、そうですね。……それについて、クラウスが"支援に対する心ばかりの誠意"として、一部ながら内情をお見せしたいと、……ああ、いえ、そちらは問題ありません。差支えがないようでしたら、そちらへお迎えに上がります。いかがでしょうか」
何の話やら、レオナルドらにはまったくわからない。イタリア語である。ただ、スティーブンがたまに上げる空笑いが耳に残った。本当に笑いたいのに立場上笑えないのか、無理にでも笑わざるを得ないのか、電話を切りたくなっているのかまでは判断できなかった。
「そうですか、ありがとうございます。日時のご指定は、……ああ、では、これからでも?はい。今。……いえ、イタリア語です。……はい。……ははは、そうですね、マジです。リアルに申し上げています。……では、お手数をおかけしまして申し訳ございません。30分後、そちらのホテルのロビーでお待ちしております」
爽やか極まりない声が、余韻を残して消えた。
デスクに腰を預けていたスティーブンは、淹れたばかりの飲み物を見下ろした。
「冷めるよなあ」
「そりゃ、冷めるでしょうね……」
返事とも言えない呟きを口にしたレオナルドに微笑みかけ、スティーブンは「行って来る」と踵を返した。
20150902 20151009