お仕事
腹芸がかったるくて苦手なので、契約をまとめる話は"もう紙あげるから勝手に書いて"って投げ出したいんだけど、そうもいかない。曲がりなりにもボスの名代である。私の発言はボスの発言。私の行いはボスの行い。評判を地の底に落としてやろうかと思わなくもなかった。怨みは深い。
ジャブ代わりの世間話中に電話がかかって来たので、ケータイを出す。ボスだった。画面を見せると2人が席を外そうとしたが、私はそのままスピーカーフォンのボタンを押して、テーブルに機体を置いた。嫌じゃないかな、自分たちの根城で、客がこそこそ電話するのって。ぷるぷる。ワタシワルイギャングジャナイヨー。あとボス嫌いダヨー。
何も知らぬボスが、私に話し出す。
「わたしのポルポ、ライブラはどうだ?パッショーネの得になるか?」
「金払ってるうちはなるんじゃない?」
「どのような構成なのだ」
探るような視線が向けられたが、どちらに対する答えもひとつである。
「知らんよ」
「訊くだろう普通!?お前はそれでもわたしの部下か?パッショーネの幹部か?何をしに行っているのだ」
「ボスの代わりに契約書を持ってってるんだよ。外に出たくないとか言うから。私だって出たくないんですよ。私が居ないと回らない仕事もあるのにね」
「む……、確かにそれはその通りだが。そう長く滞在するわけではないだろう?」
「ええまあ」
色んな意味で。バッグの中にはいつもトリップマシンが入っている。
ボスは声を潜めた。
「奴らの主要な構成員は?何人だ?名前は?どのような力をもってヘルサレムズ・ロットを動かす?」
やっぱりこっそり話さなくてよかった。後ろ暗くなるところだった。危ない危ない。そうなんです、ボスってこういうやつなんですよ。
なんて言おうかな。首を傾げると、クラウスさんは常備されるメモ用紙に答えを書こうとした。彼の隣の副官が、ああー、と言いたげな顔をした。原作のいつ頃なのかはちょっと知りたいけど、怖いから書かなくて大丈夫です。
「私の話術が紙装甲だってことはボスもご存じでしょうに。名前は、えーと。ごめん私英語読めない聞き取れない。他の質問にしてください」
「英語ができないギャングが居てたまるか!!」
「いっぱいいるだろ。他になにもないなら切ります」
ディアボロが慌てて私に追いすがる。
「わたしのポルポ」
「おたくのじゃないですね」
ここは譲れません。金銭的、身分的には拘束されていても、私の心は自由の翼を持ち、サブカルと暗殺チームちゃんに心臓を捧げているのである。言わないけど。いないから言わないけど。まあでも彼らがいたとしてもヘルサレムズ・ロットがしっちゃかめっちゃかになるだけっぽいから、私がさっさと帰りさえすりゃいいんだけどね。原作を知らない彼らがここにトリップしたって、面倒に巻き込んでしまうだけである。だけど会いたい。なんで電話の相手がボスだけなんだよぉ。こんな現実なんてポイズン。キアリーで解き放ちたい。
へいへいと相槌を打ちながらも、ディアボロの話は半分くらい聞き流していた。どうせべらべらと自分の頂点エピソードでも披露しているのだろう。とりあえず金くれ。無心しないと精神の安定を保てない。私、この会合が終わったらいっぱい買い食いしてやるんだ……。
「いいか、ポルポ。やつらに気を許すな。お前はわたしの目と耳となり、あちらの内情をさぐるのだ。そうしなければどうなるか、……もうわかっているだろう?傷の痛みを思い出せ。苦しみの記憶を胸に宿せ。わたしの言うことが聞けるな、ポルポ」
あれ、私ってこの時期に痛い目に遭わされていたっけな。もう少し後だった気がするんだけど、こっちにも差異が出てるのか。やだもうこいつ。この世界での痛い記憶がなくてよかった。あ、別のイタい記憶は絶賛生み出し中である。生きている限り業は付きまとう。
ボスと会話するのがかったるくなってテキトーに視線を動かすと、秘密結社のリーダーと、その副官の順に目が合った。ディアボロの発言の真意を素早く悟った彼らは、私に、否、ディアボロに向けて目を眇める。かすかな変化だったが、パソコンのメーラーに集中しつつも画面右端に常駐させる呟きクライアントのストリーミングを追える私の視野で捉えられないはずがなかった。何の自慢にもならねえな、これ。誰でもできるわ。あと、仕事は真面目にしなきゃだよね。私みたいになっちゃダメだ。
「ボス、私……」
しおらしい声を出す。こういうのは形から入りたいタイプなので、表情も沈鬱なものへと変えておく。しかしタイミングが合わず、私の姿を目の前で見られるライブラズからすると、さっきまで一大イベントの発生時期の違いに首を傾げていた私のか弱い態度は、わざとらしく思えただろう。演技が下手にも程があるけど、ギリギリでパッショーネの幹部をやっていられてるから大丈夫だと思いたい。
「ボス、私、あなたの言うことに従うわ。たとえ火の中水の中草の中森の中土の中雲の中あの子のスカートの中、色仕掛けを駆使してでもやり遂げるから。あなたはのんびり、私のぶんの仕事をやっといてね。あと、Ede & Ravenscroftのバッグを買っておいてね。赤のやつ」
副官が詰まったような咳ばらいをした。ギャグだったんだけど、笑ってくれなかったな。金額が安すぎたか。
「ああ、もちろんだ。お前のぶんの仕事はわたしが処理しよう。報酬も用意する。特別任務に当たるのだ。……ところで、そちらでは今は何時だ?」
「え?……一大事?」
「急に日本語を使うな」
ヤバいぜマジ。
「また電話をする。時差があっても必ずとるのだ」
「トイレ行ってたらごめんな」
電話が切れ、私はケータイをバッグに入れた。
部屋が、しんとした。
言うことはひとつである。
「こういうやつだから、お金以外では付き合わないほうがいいですよ」
「いや、それはおたくのところのボス……。君は代理……」
「奈落の底までパッショーネの印象を落とそうと思って来ました」
「嫌い過ぎだろ……」
ボスも嫌われてるのを察せよ、みたいな空気。ホントだよね。電話かけてこないでほしい。万国共通、異界でも使えそうな便利な違法クレカにしか好感を抱けない。あ、ディアボロはクレジット会社と契約を結んでいるわけではないので、トラブったらヤバいんだよ。トラブらないようにだけ気をつける。それがSYACHIKUならぬギャン畜のたしなみだ。
クラウスさんが、真っ直ぐに私を見つめた。
「ドン・パッショーネについての評価は、今の会話を聞かせていただいてよくわかった。ではあなたは、"あなたの所属する組織"をどう思っていらっしゃるのか?」
「そうですね……」
頭の中で、指折り数える。それから、導き出した年数を口にした。
「将来性に大きく期待ですね」
たぶん、とは付け加えなかった。ジョルノまでいなかったら最低だよね、この異世界。
無駄な嘘はつきたくないので、曖昧な言い方を選ぶ。将来はともかく、現在は塵芥レベルも期待できない。これ以上悪くは変わらないだろう。我らが組織は、表向きは合法だけど、裏側ではイリーガルもイリーガルな商売に手を出していらっしゃる。ライブラの彼らが知ったら、金銭的な支援に拒否感を持ってしまうかもしれないくらいに。良い人たちっぽいし。
クラウスさんが頷いた。では、とペンを執る。契約書にサインを入れた。
「では、此度の契約は、そちらの意思にお任せいたします。たったこれだけの短い時間ではありますが、実際にご覧になり、我々が信用にたる組織であると思われたならば、締結をお願いしたい」
マジかよ、私が決めんの?重すぎでしょ。
しかしこれはディアボロの金。私にはなんの負担もかからない。
ポーズとして、クラウスさんに笑顔を向け、意味もないのに袖をまくるふりをしてからサインを入れた。ちなみに、格好いいサインなんてつくってないので(考えたんだけど、センスがなかった)、面白みのない記名になる。私もさあ、サラサラサラ……シュッ!みたいなサインがほしいんですよ。つらい。誰かに考案してもらおうかな。あと関係ないけどローテーブルで物を書くってすごい大変じゃない?おっぱい邪魔すぎ。
二枚の紙にインクを走らせた私は、あちらとこちらで一枚ずつ分け、丁寧にファイルに入れた。できるだけ丁寧に見えるように頑張ったんだけど、もしかすると生来の雑さが隠せていなかったかもしれない。
肩が凝ったけど、伸びをするわけにもいかないので、すまし顔で背筋をしゃんとさせる。
「では、ドン・パッショーネの代理として申し上げます」
ライブラに栄光あれ、ではなく。
「不束者ですが、これからもどうぞよろしくお願いいたします」
こっちは金を出す。あっちはこっちに異常がないか、ちょっと多めに気を配る。簡単な話だ。イタリア全体の、異界に対する認識が甘いのではない。パッショーネのボスの某ソリッド・ナーゾの警戒心が異様に強いのだ。窓にカナブンがぶつかっただけでビビッてコップを落としてるんじゃないかと思っている。
ああ、それにしても、真剣な雰囲気だったからめっちゃ疲れたなあ。お昼ご飯は何を食べようか。
食べ物へ気を逸らした私を待ち構えていたかのように、わがままボディが悲鳴を上げた。お腹が鳴る。私は26歳として許されざる恥ずかしい生理的現象に横っ面を叩かれた。28歳のリゾットだったら世界から祝福すらされるのだが、私の場合はいいや限界だ押すね、って感じで社会的に爆破される。
とりあえず円滑に済ませるために謝罪した。
「すみません」
シャボン玉が弾けるように、お仕事の緊張感が消えた。
紳士的なお誘いをいただける。
「我々もこれから昼食をとります。もしよろしければ、ポルポさんもいかがでしょうか」
「え、いいんですか!」
原作キャラとランチ……だと……?脳内で死神代行が愕然とした。
びっくりはしたけど、これはありがたい。解散するときに、ヘルサレムズ・ロットでのオススメご飯を訊こうと思っていたのだ。彼らが選択する食事なら、間違いはない。
ドン引きを綺麗に引っ込めた副官が、苦手なものを訊いてくれた。ここの食材がどんなもんなのかがわかんなかったので、漫画で読んだぶんでは怖そうだなと思いつつ、大丈夫ですと答える。彼らなら、非HL民に初っ端からあからさまにヤバそうなものは出さないだろう。
「(……忙しそうなのに、いいのか?)」
考えたが、誘われたなら、いいのだろう。
女性とランチ、となると定番はイタ飯あたりなのだろうが、申し訳ないことに私はイタリア人だった。ヨーロッパの文化から離れ、なんと、ものすごく嬉しいことに、創作和食料理屋さんに案内された。私がジャッポーネラブ勢である、と情報を得ていたのかもしれない。接待が細かい。見習いたい。
"世の中の騒ぎをボケーッと眺めて過ごしますゥ、みてーな自堕落な顔をしてんじゃねえ"とイチャモンをつけられる私だが、今は目が輝いているに違いなかった。どんな顔なんだろうね。こんな顔か。いや、やっぱりどんな顔だ?
自然と上座に置かれ、ぶっちゃけてしまうと上座に置かれることに慣れ過ぎた私はなんの謙遜も遠慮もなくそこに腰掛けてしまって、再び大人としてどうなんだろう、と自分を殴った。ホントすみません。どう考えても私よりクラウスさんのが偉いし、私よりスティーブンさんの格が高い。
座っちゃったモンは仕方ないので、立たないけど。クラウスさんとスティーブンさんが並んで座る絵面が可愛いというのもある。向かいにいるのは私でいいのだろうか。もっと、こう、スゴイ人であるべきだ。
英語が読めないというのもあって(読めるんだよ、読めるんだけどね、読めるんだけどさ)、注文は丸投げする。彼らなら、最高に(私が)気持ちのいいチョイスをしてくれるに違いない。1分と経たないうちに、ぺらりぺらりと英語でオーダーを入れていた。くっ、これだから英会話族は。カッコイイ。泣いてないよ。私も日本語だったら早口言葉とか言えますしおすし。
これを逃したら色んな意味で二度と会えないので、私は記念として、彼らに話しかけることにした。
「よくいらっしゃるんですか?」
「そう頻繁でもありません。しかしたまに、どうにも味が忘れられなくて足が向くのです」
「ポルポさんのお口に合うといいのですが」
「おふたりがそこまで気に入るお店とは。楽しみです」
絶対おいしいでしょ。普段から質のいいものを食べているに違いない彼らの舌に認められる料理だぞ。味が確かじゃないわけがない。ワクワクが膨らむ。
お互いに無難な話題を振り合って愛想笑いで殴り合ううちに、料理が運ばれてくる。ランチの枠に当てはまる、簡単なコース料理のようだ。いただきます、と箸を動かして目を丸くする。おいしかった。すごくおいしかった。
日本が懐かしくなり、同時に、9人の姿を思い出した。食べさせたい。これを食べて、フワッと表情を緩める暗チーズが見たい。緩めてくれない人もいるだろうけど、夢を見たっていいじゃない。
「お口に合いますか?」
訊ねられ、「おいしいです」となるたけ上品に微笑んだ。
「私の身内にも、料理の得意な人がいたんです。彼らにも食べさせて、感動を共有できたらいいのに、としみじみ思います」
アッ軽くミスった。イタリア語なのに間違えた。過去形になっちゃったよ。死んだみたいだな。
っべーと思って黙り込み、目をそらした私をどう思ったか。まさかイタリア人がイタリア語を言い間違えるとは考えもしなかっただろう彼らは、ちらりと顔を見合わせた。死んだと思われたな、これ。ごめんソルジェラ。生きてるのに、私が勝手に会話の中で殺しちゃったわ。
スティーブンさんが何かを言おうとする前に、急いで誤魔化した。
「すみません、ラインヘルツさん、スターフェイズさん。こんなふうに言うつもりじゃなくてですね。えー、……おいしいです」
落ち着いた、控えめな、優しそーな、私より数百倍格上の微笑みが寄越された。
「お気に召したなら、何よりです」
誤解が深まった気がした。死んでない。死んでないんです。
口から出した言葉は戻らないので、気を取り直そう。うやむやにすべくコース料理を食べる。
柔らかく重ねられた、湯葉のおつくりを飲み込むと、クラウスさんが些細な話を切り出した。
「ポルポさん。あなたに抵抗がなければ、我々のことは、ファーストネームで呼び捨てにしてくださって構いません」
「え!?いいんですか!?」
全然些細じゃなかった。
「もちろんです」
スティーブンさんまで頷いた。おいおい、主人公組だぞ彼らは。罠かなんかじゃねーかなと疑いかけた。彼らが私を騙くらかしたって得はないから、普通にただの善意なのだろうけど、そんな権利をいただいちゃっていいのかな。頭の中では勝手に呼んでたから、助かるっちゃ助かるけど。
でも、とてもレアな体験だし、せっかくだから呼ばせてもらおう。
「それじゃあ、お言葉に甘えて。クラウスさん、スティーブンさん」
うわ私今リアルに昂ぶってる。これだけでトリップした甲斐があったな。ディアボロへの関係ないムカつきがちょっと減った。
ここで気づく。
「あー、すみません。私、『ポルポ』って名前しかなくて。ファーストもミドルもファミリーも、何がなんだかわかんないんです。だから、対価として差し出せるものがちょっと」
ファミリーネームはあったけど、もう慣れないので呼ばれても困る。まあ、名乗れたとしても、彼らへのファーストネーム呼びのご許可と同価値ではなかろうが。
彼らは揃って首を振った。
「では、我々は出会ったときからずっとあなたをお名前で呼んでいたのですね。失礼いたしました」
「いえいえ、私の名前なんざどうだっていいんです」
どうせタコだ。
クラウスさんが、一瞬だけ目を伏せた。
私の名前は、明らかに偽名である。……ように思える。リアルにタコなんですけど、普通はそうは考えない。誰が娘に『タコ』って名前をつけるんだよ。日本で言う『サヨリ』とか『ヒイラギ』とか『アユ』みたいなのとは違うんだぞ。
まともな思考からすると、こうなる。
パッショーネとは、"構成員に新しい名前を勝手につけ、彼らを『記号』として管理する組織である"、と。しかもボスはあんなやつ。
大草原だ。完全に大草原だ。パッショーネクソワロタ。元々低下していたボスへの好感度がクリフォトまでまっさかさまだ。瘴気の海に落ちた。
もちろん、あえて否定しなかった。私の人間性ってクソだな。
満腹な別れ際、却下前提で言っておいた。
「私は少し、この街の観光をしてから帰ります。もしもまたどこかでばったり会うことがあったら、そのときは丁寧な言葉なんて取っ払って、テキトーに接してもらえたら嬉しいです」
クラウスさんは「あなたも」と言い、スティーブンさんは「機会がありましたら、ぜひ」と言った。稚拙な感想だけど、大人って、えらい。
20150901