や、やったか?
ポルポとハリーの死体が運ばれて来た時、一番初めに動いたのはパンジー・パーキンソンだった。僕はそれを見て、ああ、みんな二人のことを大切に思っていたんだ、とようやく知った気がする。
隣にはルーナがいて、僕の手には剣がある。グリフィンドールの剣。蛇の血がついた剣を取り落してしまってうるさい音が響いた。だけど誰も気にしなくて、駆け出そうとする数人を、別の誰かが押さえて留める。マルフォイはパーキンソンを。ルシウス・マルフォイとルーピン先生はシリウスを。ハーマイオニーはロンを。フレッドとジョージはジニーを止めた。
「ポッターは死んだ」
ヴォルデモートの声は高かった。冷たい高揚に浮かされている甲高い声が歌うようにハリーとポルポの劇的な死を叫ぶ。囁くほどの声なのに、僕たちの耳には二人の死んだ場面が無情なまでに届く。
「抵抗はしなかった。仲間の為に殉じる決意が出来ていたのだろう。ポッターとポルポのどちらを先に殺すかと俺様が悩んだ時、ポッターは自ら名乗りを上げた。その勇気に免じ、俺様はポッターに杖を向けた。死はポルポが確認した。声が震えていた。甘美な震えだ。俺様はひどく気分がいい。長い間追い続けたモノをようやく仕留めたのだ」
ヴォルデモートは哄笑した。倣った死喰い人たちも笑い声を立てる。剣が落ちた音なんかより、ずっとけたたましくて、うるさい笑い声だった。
「ポルポの罪は重い。"俺様の"杖を使えなくしたのだ。罪は身をもって贖わねばならない。小娘は怯えていた。ポッターの死体に縋って、弱弱しく、つまらない女だった」
男の足が面白くなさそうにポルポの死んだ脚を小突いた。侮辱された気がして、僕はカッとなる。頭に血が上り、どくどくと心臓が脈打っていた。ポルポとの思い出が過っていく。
最初に魔法薬学でペアを組んだ時から、ポルポはずっと僕のペアだった。面白いことをいつも探して、楽しいことが好きで、真面目な面もあって、ポルポはいつだって"正しいもの"の味方だった。スリザリンにいるなんてヘンだと思ったこともあったし、きっとポルポがグリフィンドールに居たら僕はもっと楽しい学校生活が送れていただろうと卑屈になったこともあった。だけど、今は胸を張って言えるようになったのだ。スリザリン寮にいるポルポは僕の親友だと、胸を張って。
ポルポは地面に倒れていた。ハリーがハグリッドに抱きかかえられているのとは真逆で、地面に投げ出されていた。ピクリとも動かず、綺麗な姿のまま、傷もなく、倒れていた。
そのポルポに向かって、影のように、一人、一歩一歩近づく人がいる。声もなく、全員が信じられない想いで見つめる中、ネエロはヴォルデモートの微笑を受けた。
「やはりその小娘が大切か?引き換えにそれをくれてやると言えばお前はこちらにつくか?」
ネエロは膝をついてポルポを見下ろす。ヴォルデモートの問いにはこたえなかった。
「何をやっていやがる、リゾット」
意外なほど大きな声を張り上げ、彼の行動を批難したのはプロシュート先生だった。いつも凛と立つ先生は、汚れたローブを脱ぎ捨て、今は黒いスーツ姿でいる。力強い眼光がネエロを射ぬく。ネエロはそれを受けて一つ瞬きをした。僕とネエロの間には随分な距離があったけれど、その距離をひいてもよくわかるほど、ネエロの赤い瞳もまた力を持っていた。同じ赤い瞳なのに、ポルポのものともヴォルデモートのものとも違う。不吉の象徴とされる赤色の瞳は、僕にとってはもう心強いものでしかない。直感的に思った。ネエロは"ちがう"。
「まさかテメー、そっち側につくんじゃあねぇだろうな。ポルポを殺した男に与するのか?」
「どこであろうと関係はない。俺は"ポルポ"を手に入れたいだけだ」
ヴォルデモートの酷薄な笑みが向けられる中、ネエロはポルポの死体にキスをした。
その唇が何かを囁いたことには、僕は気づかなかった。
「ネエロ、馬鹿な……」
「本気か!?」
「プロシュート先生、ダメ……!」
「くっ……リゾット……!」
声が駆け巡る。動揺がわたしたちの間を走る。ルシウス・マルフォイが呟き、シリウスが吼える。ハーマイオニーはプロシュート先生に助けを求め、彼の瞳にみなぎる力があることを見て取った。はっと身を引いて、手を自分の胸に押し付ける。叫び出したい衝動を抑えていたのはわたしも同じだった。パパの手を借りて立つスネイプも、同じ思いだったのかもしれない。
ポルポの死体を背に庇うように立ち、プロシュート先生に杖を向けるネエロ先生は落ち着いていた。まるでこれが決められた事柄であるかのように落ち着き払った先生の姿に、"例のあの人"は何も思っていないようだった。違和感すら抱かず、先生が本当に自分のものになったと確信して笑っている。切れ込みの入ったような薄い唇が割れ、中から毒々しい赤色の口内が覗く。蛇のような舌が唇を舐めて、私たちを睥睨した。
「リゾット、やるのだ。まずは旧友を」
ネエロ先生とプロシュート先生は同じ学年の卒業生だ。それを知らない人はいない。二人は親しく、ポルポという存在がなかった時も、頻繁に二人で何かを話していた、らしい。魔法薬学の教授と助教授がペアであるのと同じように、ネエロ先生とプロシュート先生も同じ位置に属するひとたちだった。バディ、と誰かが呼んでいた気がする。それはとてもぴったりだなと思ったおぼえがある。
「ペッシ先生、止めてください!」
はらはらとその場の行く末を見守っていたペッシ先生は生徒に縋りつかれて首を振った。
「大丈夫。すぐに、なんでもなくなるよ。心配しなくていいんだ。兄貴とリーダーだもん」
本当に混乱して泣いてしまったその生徒は、ネエロ先生とプロシュート先生に命を救われた女の子だった。さっきの戦いで、わたしたちに向けられた死の呪文を防いでくれたのがあの二人。彼女の気持ちが痛いほどわかって、わたしは彼女の手を握った。きっとポルポなら、こうすると思った。ペッシ先生もその子の頭を撫でて、肩を支えてあげていた。
プロシュート先生が杖を振って、赤い光が一直線にネエロ先生に向かう。わたしの目では追えないような、反射に近い動きで光が弾かれ、ばちりと火花が散る。その火花は流れて死喰い人の一人に当たった。武装が解除され、死喰い人達は攻撃を防ぎきれなかったその死喰い人を嗤ったが、わたしたちにはネエロ先生の動きが意図的なものに思えて目をこする。
「リゾット、茶番は終わりだ。本気を出すのだ。"あの"魔法を使え……血の魔法を……」
なんのことを言っているのか、わたしたちにはわからなかった。ただ、わたしとネビルは、信じられないものを見た。
ポルポの手がネエロ先生の服の裾を引いた。微かな動きだった。ネエロ先生が魔法を切り上げ、プロシュート先生も手の中でくるりと杖を回し持ち替える。
ネエロ先生は素早くポルポを抱き上げた。ヴォルデモートの呆気にとられた顔がわたしたちの目に焼き付く。
「何をしている、リゾット?まずはその男を―――」
ハグリッドの腕から、ハリーが転がり落ちた。ハグリッドが落としたのではない。ハリーが、自分で、飛び降りたのだ。
ハリーは生きていた。わたしは自分の目から幾筋も涙があふれていくのがわかった。ハリーは生きていた。同時に、うしなってしまったポルポの命の重みがのしかかる。咄嗟にそう感じて、だけれど、と先ほど見た信じられない光景を思い出す。ポルポの手は動いた。ネエロ先生はポルポの身体を抱き上げた。何か意味があるはずだ。必ず、あるはずなのだ。
「ネエロはお前のものにはならない!ポルポも、僕たちも、お前に屈することはない!」