もう何も怖くない
私は口を開く。あの、聞いてほしいことがあるんだけど。
「ちょっとい―――」
「みんな!」
聞いてアロエリーナ。
「僕……みんなに飲んで欲しいものがある」
遮ったのはハリー君だった。否、彼に遮るつもりなんてなかったのだと思う。ただタイミングがかぶっただけだ。そして私の発言には誰も気づかなかっただけだ。つらい。空気乙。
スネイプ先生が退却し、私たち以外のスリザリン生と大半の生徒が学校外に避難した後。ハリー君は頑として大広間から出ず、業を煮やしたルーピン先生に一喝され、ようやくこの言葉を絞り出した。
「水差しを用意してもらえませんか、先生。それで……これを」
ハリー君はローブのポケットから小瓶を取り出した。
それは、いつか私が渡したフェリックス・フェリシスだった。
なんだ、と私は呆気にとられる。同じことを考えていたんじゃないか。
力も魔法もなく、おっぱいも金も役に立たない現状で私に今出来ること。それは、自分の手持ちのフェリックス・フェリシスをこの場にいる全員に飲ませることだった。水に混ぜて一杯グイッと飲ませりゃあ多少は持つでしょ。ロン君が去年ハリー君に騙されたように、こういうのは気の持ちようでもある。
なんとなくだけれど、嬉しい気持ちになった。ハリー君がこの状況で私と同じ考え方をしてくれたからではない。その選択肢が、とてもハリー君らしいなと思ったのだ。
自分より、他人を優先する。優しい心は尊く、気高く、彼の成長の証でもある。真剣にそう思ってるんだよ、冗談っぽく思われるかもしれないから言わないけどね。
ルシウスさんが私を見た。
「君は今何を言いかけた?」
うわっこいつ私に振るのかよ。さりげなく聞いていたのか。うわっキツイ。つい今しがたハリー君に心から感服したことも忘れて狼狽えた。だって私完全ハリー君のパクリみたいになるやろ。二番煎じに醒めてしまう空気には耐えられないよお!
心の中で悲鳴を上げて、救いを求めてホルマジオにアイコンタクト。今は私の話よりも水差しが先だろって言って。そしたら私はハリー君に自分の幸運薬を渡してひっそり舞台裏に戻るから。個人的にはそれでやることやったったって感じがしてオッケーだから。
ホルマジオは私の考えを理解したようだった。ちょっと迷ってから、あー、と私のポケットを指さす。
「もしかしてこいつも同じこと考えたんじゃねェの?」
ホルマジオ泣かす。
視線が私に集まり、『不死鳥』の面々と、数少ない生徒たちの期待と困惑の空気が私を包む。はいごめんなさい、私も同じことを考えていました。ホルマジオ泣かす。
ハリー君にフェリックス・フェリシスを渡し、居た堪れない気持ちでパンジーにもたれかかった。つらいよパンジー。
「押しが弱いからこうなるのよ」
私の押しはそう弱いわけじゃないと思うんだ。イギリス人が強すぎるんだよ。私根は日本人だからさあ。言い訳がましいので言うのは止めた。言ったとしても伝わらないしね。
マクゴナガル先生が作り出した水瓶に小瓶二つ分のフェリックス・フェリシスを流し込む。そこでメローネも手を挙げた。
「仕方ないなあ、じゃあ俺のも使っていいよ」
「えッ、……いいの?」
私に続く必要はないというか、そういうつもりじゃあなかったんだけど。
慌てると、彼は首を傾げた。べつに他意はないぜ、ただこれくらいならまた作ればいいって思っただけさ。そう言われては何も返せない。良いのか、それで。隣でポケットに手を突っ込んで立っていたギアッチョも、胸ポケットから小瓶を取り出してメローネに渡す。
「えー、じゃあ俺らもやっとく?」
「個人的には一瓶は女王さんに飲ませてえんだけど」
「結果的にはあいつも飲むことになんだろ」
「プロシュート、あんたは……ってもう入れてんのかよ!!早えよ!!どんだけ男らしいんだよ!?」
「もたもたしてても仕方ねぇだろ」
感激して言葉も出ないといった様子のマクゴナガル先生を前に、無言のリゾットも加わり、十一人分のフェリックス・フェリシスが水に混じった。
「うわあ、これ、売ったらいくらになるのかな……」
呟いたウィーズリー兄弟に内心で同意。結構相当めちゃんこすると思うよ。ていうか何だこれ。こんな展開ファンタスティック。
私たちはいっせーのーせで杯を傾け、とんでもない多幸感とやる気に身体を支配された。
「僕たち、もう何も怖くないって感じだ」
それ死亡フラグだからマジでやめて。
「あ、ついでに『エリキシル剤』が欲しい奴はいるかい?貴重だから今は一本しかないけど」
広間にいる全員がハリー君に道を開けた。メローネはその間をすたすたと歩いて、ハリー君に瓶を押し付ける。
「ポルポ印の回復薬だぜ。困った時に飲んで感想を聞かせてくれよ。実はまだ実験したことがなくてさ」
「お前とんでもないモン渡してんじゃねえよ!?」
的確なツッコミは全員の反応を代弁していた。メローネはてへりと笑って嘘だよと両手を上げる。効果はホルマジオが保証するぜと水を向けられたホルマジオが、もしかしてアレがコレかよ、と知っているそぶりを見せた。しかめられた顔に嫌な予感が広がる。
「もしかしてすごく不味いの?」
ホルマジオは頷いた。メローネは無邪気を装って、マスクの下の目をニッコリと弓なりに細めた。
「味と命なら命が先だろ?」
ごもっともと頷けない何かがある。ホルマジオが口ごもるくらいだから、よほど不味かったんだろうなあ。ハリー君の顔も引きつっていた。
やる気に満ち溢れた私が何をするかというと、それは特に何もない。特に働く予定もないし、私だけ飲まなくても問題なかったんじゃないかな、と思わなくもないが、リゾットに無言で見つめられては飲まないわけにもいかない。そもそも"飲まない"という選択肢はなさそうだった。私はそんな君にこそたくさん飲ませたいよ。なんかうっかり死んじゃいそうなんだもん。
とんでもない多幸感とやる気に満ち溢れた私は、なぜだか、ここで誰かを待たねばならないという気になった。こんな場所に居て良いのか。戦いもしない私が。だけど、この広間にいなくてはいけないとガイアが囁いたのだ。ガイアが囁いたなら仕方がない。
プロシュートやペッシ、リゾットは教員として学校の防衛に回ったけれど、他の六人は特に何の義務も負わず、やって来た敵は殺す、そうでなければ自分たちの身を優先する。そんな理屈をこさえて私と一緒に大広間に居た。
「女王さん、俺の実験体になってくれるかい」
メローネに片手をにぎにぎと握られ、もう片方の手にニワトコの杖を持っていた私。話題の切れ間に話しかけられ一も二もなく頷くと、ジェラートは安心したように笑った。断られたらどうしようかと思ったぜ、一応ポルポで109人目の実験になるんだけど、と言ったジェラート。一体どんなえげつない方法で私以前の108人を捻出したのか聞きたい。
「え?聞きてえの?」
「ごめんやっぱりいいや」
ビビんなよ、とジェラートは膝を叩いて腹を引きつらせる。非合法な方法は使ってねえよ、ちゃんと金で買ったさ。そう言われてもナニも安心出来ませんね。逆にスゴイよ。
ジェラートは私に杖を向けた。心臓の辺りに先をくっつけて(むにりとおっぱいを杖で突かれたけどその工程は絶対に要らなかったよね?)、彼のスタンドの名前を呟く。無言呪文を習得しているはずの彼が呪文を唱えるということは、スタンドへの愛が尽きていない証明なのかもしれない。みんな言うよね、スタンドの名前を。あ、リゾットは言わないか。場合によるけど、リゾットって無言がよく似合うから、スタンドの名前も叫ばないイメージがある。かくいう私もいちいちブラックサバスを"呼び"出していたわけではないので何も言えないけど。
あたたかさも冷たさもなく、魔法は終わった。
「"死んだふり"?」
「そ。今なら"死ねる"ぜ、ポルポ」
どっちにしても死にたくないな、と思った瞬間、スネイプ先生がぶち破った窓の割れ目をさらに広げて、二人の死喰い人が大広間に乱入して来た。しかし開始一秒で氷漬けになって終了。わあつよい。
手伝いには行かないのかな。君たちがいれば百人力だと思うよ、私は。
ゴトリと落ちた氷の塊は放置される。
メローネは凝り固まった肩を解すように腕を回して、そうだなあ、と立ち上がる。
「たまには動かないと身体が鈍るしな。ギアッチョ、行こうぜ」
「一人で行って来い」
「え?イく?」
「マジで死ね」
悪態を吐きつつもギアッチョも立ち、少し猫背気味の身体を伸ばして歩き出した。戦いの場には相応しくないけらけらとした笑い声が大広間から遠ざかって、次いで爆発音が聞こえたり氷が砕かれる音が聞こえたり、メローネが何かしたのかギアッチョの罵声が響いたりと大騒ぎだ。
「ホルマジオ、イルーゾォ。行かねえのかい?」
「おにいさんたち、二人が戦ってるところが見たいなーなんて思ってんだけど」
「あんたらが動けよ」
取り付く島もないイルーゾォとは反対に、ホルマジオは磨いたナイフを手の中でくるりと回した。ホルダーに収める。
「あえてやる理由もねェが、やらねー理由もねェしな。オメーはどうする、イルーゾォ」
「俺は行かねえ」
「弟君が待ってるかもしれないぜ、イルーゾォちゃん」
からかったソルベを睨みつけて、イルーゾォは少し悩む。行くべきか行かないべきか、幸運薬の衝動と自分の理性を戦わせているのだろう。結局、イルーゾォはホルマジオの差し出した手を払い除けて、自分の力で腰を浮かせた。
「あいつの為じゃねえからな」
バレないように苦笑したホルマジオの前をすたすたと歩き、イルーゾォも広間から出て行く。気をつけてねと言うと、二人は軽く振り返って応えた。オメーもなとホルマジオが大声で言う。私は大丈夫なんだよ、幸運薬を信じているからね。でも君たちは理性がしっかりしているから抗おうとするじゃない。メローネやホルマジオは自然体で従うことも良しとするかもしれないが、ギアッチョやイルーゾォは自分の意志と正反対の動きがあったら真ん中の道を行って中途半端に傷ついて帰って来そうなイメージがあって心配なんだよ。
「なんだろうな、俺らも女王さんを一人にした方が良いような気がしてるんだよ」
「それが正しいような……そんな気が」
何にとって正しいのか。考えれば、答えは自ずと姿を見せる。
「ポルポ!」
私たち三人が振り返った先にボロボロの姿で立っていたのは、ハリー・ポッター君だった。
ハリー君は私の手を引いて、どこへか歩いて行く。
「スネイプを見たんだ」
それだけ言ってソルジェラから私を引き離すと、"スタンド"だけを私にのせてひらりと手を振り自分たちも戦いに出た二人を置いて、じめじめとした地下へゆく。道を通って、誰かの歩いた跡をたどる。
「君に聞いてほしいことがある。……それから、スネイプにも。僕なりに考えたんだ」
ハリー君は落ち着いた口調で語った。核心にはまだ触れず、背負うものがあることを。愛の守りについてを。ダンブルドアから伝え聞いたスネイプ先生の過去と、現在と、未来の予想を。自分の状況と照らし合わせ、今、彼に会って伝えなくてはならないひと言があると。
私が黙ったまま聞いていると、ハリー君は私の手を強く握った。指先は震えていた。そうしなくてはいけないような気がして、私も彼の手を握りしめてやる。
切ないけど、なんだか近所の子供を見ているような気分だ。近所の子供が決意に震えているのなら、近所のオバサン、いやいやいや間違えた、近所のおねえさんとしては、何とかしてやりたいと思うものではなかろうか。多少以上に関わりのある、友人ならばなおさらに。いや、あのね、年齢的にはオバサンを超えているかもしれないけど精神的にはぴちぴちだから。うう、自分で言っていて痛々しい。認めることも時には大事よね。
「こっちだ」
一人ではとても入らないような場所。混戦状態であるにも関わらず、喧騒は遠く、この場はとても静かだった。ハリー君は私に透明マントをかぶせた。自分も中に潜り込み、息を殺す。
扉を一つ隔てた向こうには、ヴォルデモートとスネイプ先生がいた。
透明マントのさらさらとした手触りや、触れているのか触れていないのか解らないほどの通気性に感服する暇などなかった。ヤバい私透明マント着てる!そんな感動はうっちゃられてしまっている。これから起こることを私は知っていた。
「我が君、敵の勢いは我々とほぼ互角となっています」
「互角か。お前が居らずともそれだけの成果は出せるというわけだ」
冷ややかな声だった。同じく頂点に君臨しようとした男を私はもう一人知っているが、それよりも細やかで歌うようで、高い。冷酷さが滲み出ている。ハリー君は私と繋いでいる手にじっとりと冷汗を滲ませた。
僅か数センチ先に立つスネイプ先生もまた、青ざめていた。
「セブルス。ニワトコの杖はいまだに見つからない。だが、今後のことを考えようではないか」
「我が君、何を……」
ヴォルデモートは椅子から立ち上がった。どうでもいいけど彼のローブはシャツとか下着とかナシの直着に見えるんだけど私の目の錯覚かな。薄絹を何枚も重ねたような風にぶわぶわ巻き上げられる半透明のローブが捲れちゃったらその下からフワァーオな現実がこんにちはしてしまったりしないのかな。ちゃんとズボンくらいは履いてくれているだろうか。ああもう現実逃避は止めたい。ニワトコの杖ならここにありますし私のおっぱいは大きいです。
「ニワトコの杖は、最後の持ち主を殺した者の所有物となる。お前がダンブルドアを殺した。死の呪文を唱え、勝負に勝ったのはお前だ。ニワトコの杖の所有権は今、お前にあるはずだ。俺様がたとえ現物を手に入れたとしても、お前が生きている限り、あの杖は俺様のものにはならぬ」
「我が、君」
ヴォルデモートは杖を振った。
それよりも、ハリー君が動く方が早かった。
「ポルポ、今折るんだ!!」
「エッマジで?!」
確かにこのままいくとスネイプ先生は死んじゃうけど、今私たちが出て行くのって逆効果じゃない!?どうせなら隠れたまま魔法でイモビラスとかシレンシオとかして『姿現し』で逃げた方が良いんじゃないかなっていうか私はそうするつもりだったよ、ここホグズミードだからテレポート使えるし!?
ハリー君が何を考えているのか解らず躊躇したものの、透明マントをかなぐり捨てたハリー君に引きずられて私も『叫びの屋敷』に踏み込む。ヴォルデモートの杖先がこちらに向き、切り裂いたような蛇の瞳が驚きに見開かれた。スネイプ先生が反射的に私たちを守るように動いた。その陰に隠れるより早く、私はローブの内側から、スカートとシャツの間から一本の杖を引き抜く。
よしよし、折ろうじゃないか。この中で"運"に取りつかれていないのは、ヴォルデモートとスネイプ先生だ。私たちは"幸運"の中にいる。栄光は私たちにある。脳内でDIO様が言った。関係ない、折れ。
「それはニワトコの―――」
「そいやッ!!」
両手で両端を持ち、思い切り膝に当ててぶち折る。ヴォルデモートの呆気にとられた顔を写メ出来なかったのは一生の不覚と言っても良いだろう。この目に焼き付けたよ、きっとハリー君もスネイプ先生も、一生忘れないだろう。
「スネイプ!逃げるんだ!」
草を大量に生やしてざまあする時間もない。
ハリー君の呼びかけにハッとしたスネイプ先生は、私たちを抱えて霞に姿を変える。大広間の戦いinホグワーツの再来か、再び窓を割って夜の闇に飛び出した彼の背中に蛇が食らいつく。うめき声が聞こえて、それでも教授は空を奔った。